逆境無類ケイイチ

(KOOLになれ! KOOLになれ前原圭一!)

思えばなんて馬鹿げたゲームに巻き込まれてしまったのだろう。間違いなく自分の人生の中で一番の窮地だ。
正直、あのケツホルデスという女が殺し合いだなんだと言い始めた瞬間は、冗談じゃないのかと思っていた。
だけど、その直後、首輪の爆弾によって無残にもやる美は殺されてしまった。一瞬でも冗談なんて考えてしまった俺はバカだ。
これは嘘でもドッキリでも何でもないんだ。紛れもない現実。負ける事は許されない死のゲーム。

俺はすぐさま名簿と支給品の確認に移る。周りは一面木が鬱蒼と茂る山。夜の闇も相まってほとんど何も見えない。
支給品か何かで武装しなければ、誰かに襲われる以前に、自分の神経が恐怖で参ってしまう。
ランダム支給品は金属バットだった。そして名簿には沢山のクラスメイトの名前が記されていた。
本当に最悪だ。本当に全くもってどうして……こんな悪夢みたいなゲームに付き合わされないと駄目なんだよ。

(とりあえずまずは誰かと合流する事を目指すか……阿倍さん辺りと会えたら結構頼りになりそうだけど……)

俺は金属バットを握りしめて辺りを見回した。闇と森の合わせ技で視界はほとんどないが、
少なくとも自分の周りには誰もいない、ような気がする。正直言って何の確証も得られない。
ここにいるといつ誰に襲われるか分かったものではないので、さっさと森を抜けてもう少し見晴らしのいいところに行くべきかもしれない。
緊張で、バットを握りしめた手に汗が滲む。俺は自分の安全を確保するために、森を抜ける事にした。ここは危険すぎる。

(名簿によると、俺の知り合いは全部で13人参加させられている……優勝するためには、当然みんなを殺さなければならない……)

圭一はケツホルデスの姿を思い出して、眉間にしわを寄せる。残念ながらあの外道の考えたバトルロワイアルとやらのルールは完璧に近い。
どこをどうつつけば、このどうしようもない状況を打開し得るボロが出るのか、今の時点では皆目見当がつかない。
普通に考えれば、どうあっても絶対に殺人を避けられない状況だ。どうしようもない現実を心の内で再認識して、圭一は怒りを燃やして歯噛みした。

友達の死を、見届けない限りは俺に生き残りはない。ケツホルデスが説明したバトルロワイアルのルールだと当然そういう事になる。
だが、だがなケツホルデス……俺がそう簡単に友達を殺すような薄情者に思えるかよ。
例え自分が死んだとしても、大切な仲間の命を踏み台にしてまで生きたいなんて思わない。
俺は、お前の言いなりになんてならない。俺の仲間達だってきっとそうだ。そうに違いない。
俺は絶対に負けないからな……何が何でも絶対にだ!

圭一は目の前に見えた木に向かって我武者羅にバットを打ちつけた。
どうしようもなく過酷な状況に対する不安、ケツホルデスへの怒り、仲間達への信頼、
こみ上げた感情がある種の臨界点を超え、それらの感情を全て振り払うかのように圭一は何度もバットを振るった。
バットを振る毎に、自分の気持ちが整理されていくように感じた。不安、怒り、絶望、そういった負の感情だけをバットを振る事によって消し去り、
そして勇気、信頼、冷静さ、この過酷な状況を乗り切るために必要なものだけを残していく。
圭一は何度も何度もバットを振った。絶対に負けない。絶対に諦めない。死んでたまるか。

一際鋭い一撃が、木に叩きこまれる。すっきりしてきた。心の中に確かにあった不安を、大暴れすることでやっと振り切る事が出来た。
ここまできたら、もう迷わない。後はひたすらゲーム転覆に向けて一直線あるのみだ。
仲間を死なさずに、皆でこの島を脱出して、そしてやる美の仇を必ず取る!

「俺は諦めない……いくらでも俺達を追い詰めるがいいさ。
 だがそれでも俺は屈しない。何が何でもこのゲームを破壊して、このバットでお前に一撃を叩きこむ!」
圭一は木に向かって止めの蹴りを放つ。
「この前原圭一を最初の見せしめに選ばなかった事が、ケツホルデス、お前の運の尽きだ!」
ぜいぜい息を切らしながら宣言する。もう恐怖なんて感じない。今、圭一の胸の内には、確かに青く燃える勇気がある。
ただ、圭一は恐怖を振り払うためだけに、少し大きなリスクを負いすぎていた。

「なかなかカッコイイ事言うじゃあないか。そそられるね」
圭一がバットを執拗に叩きこんでいた木の裏側から、パンツ一丁の男がのそりと出てきた。
そう、あれだけ大騒ぎする事は、近くにいる参加者に自分の居場所を教えるようなものだ。
「ッ!?」
「君の決意にはなかなか心惹かれるものがあったが、さすがにこの状況で大騒ぎする浅はかさはどうかと思うね。
 まあ、若さゆえって事なのかな。そう考えると君がますます魅力的に思えてくるが……」

(なんてこった……俺、なんて馬鹿なんだ。自分では冷静なつもりだったけど、俺は恐怖の所為でCOOLじゃなくKOOLになってたのか……)
やってしまったという風に、呆然として男を凝視する圭一。
(それにしてもなんなんだこいつ……なんでパンツ一丁なんだよ……これじゃあ変態にしか見えないぞ)
圭一が大いに動揺している間、男は悠然とした態度で圭一に近づいてきた。

「俺がもし積極的に殺しをするような輩だったら危ないところだったな」
「と言う事は、あんたは殺し合いに乗っていないのか……?」
だとしたら協力者が出来る。正直言って、外見からして怪しいってレベルではないけど……。
「どうかな……最終的にどう行動するかはまだ判断しかねるな。君がさっき宣言したようにゲームを破壊できるのなら殺人を犯す必要なんてないが、
 まだ何の保証もないからね……。いざとなれば、本当にどうしようもない段階になれば、俺は殺人を犯すかもしれない」
「そんな状況にさせないためにも、俺達参加者は全員協力し合わなければならないと思うんですけど」
男のどっちつかずのスタンスに、圭一は少しイラついた。

「その通りだな。まあ、俺だって殺しがしたいわけじゃない。殺人なんてごめんさ。
 勿論、男らしい君がゲームを転覆させると言うのなら、それに協力だってするよ。
 だけどな、俺は殺しなんてしたくない以上に、死にたくないんだよ。いざとなったら、俺は自分の命を守るために殺すかもしれない」
圭一は男を少しの間睨んでから、言った。
「なんか……ずるい考え方ですね……一度やると決めたなら、最後までやりとおすのが男でしょう?」
「まあ、理想としてはそうなんだろうねえ。でも俺の場合、極限状態になって、死んでヤれなくなるくらいなら、
 罪を犯してでも生き残る道を模索すると思う。君の言うそういう心意気はフィクションの中だけの世界で、
 現実に自分の命をかけてまでやりとおす事が出来る人間なんているんだろうかね。」
「やり通しますよ、俺は。絶対に」
挑戦的に、圭一は言った。それを見て男は苦笑いした。

「そんなに怒るなよ。少なくとも今の時点では俺は君の協力者さ。君はとても魅力的だからね。
 さっきも言った通り、俺は殺人を犯すなんてなるべく回避したいんだから。
 そういえば君の名前は何だ?俺はトータス藤岡ってものなんだが……」
「前原圭一、ですけど」
「圭一君か。いい名前だ。名は体を表すってのは本当なのかね。
 さっきの勇ましい宣言でも思ったけど、君は勇気があるとても魅力的な男だ。協力するに足る男だと、俺は直感したよ」
圭一はトータスの褒め言葉に少しうろたえ、上手く言葉を返せなかった。
なんだか、さっきまでのイラつきを上手くはぐらかされているような気がするな……

「正直言ってそそられたね。圭一君は実に俺好みの漢だ」
「そ、それは正直言い過ぎでしょう。まだ出会ってから10分も経ってないのに」
「いや、圭一君には器の広さを感じるよ。どうだい、ここで景気づけに一発ヤらないか」
「え……やるって何をですか?」
「おいおいおいおい、分かってるくせに最後まで言わせるんだな。察するに君はノンケじゃないか?
 だが心配する事はない。俺は朝から晩までいい漢との交わりを妄想するような生粋のド変態だ。
 大丈夫。一発でホモセックスなしでは生きていけない体にしてやる」

さっと全身から血の気が引くのが感じられた。この男が口にする『やる』とは、やる、でもなく殺る、でもなく、ヤる……
見た目からして怪しかったが、まさかこの男がホモだったなんて……。折角冷静に慣れたのに、また混乱してきた。
なんだこの状況、おかしすぎる。殺し合いに呼ばれただけでも十分おかしい状況なのに、その上初めに出会った参加者がホモだったなんて。

「君はなるべく多くの協力者を探しているんだよな。殺し合いをぶっ壊すために、当然俺にも協力してほしいんだよな。
 だったらここで俺と一発ヤるくらいいいよな。正直言って、色々あって俺も精神的に参っているんでね。
 君が気を殴ってストレス発散したように、ここらで俺も精神的重圧から開放されたい訳なんだよ」
「あ、あ、あ……あんた、正気で言っているのか?」
「勿論正気さ。第一印象で感づかなかったか? 俺はもう自分でも引くくらいのド変態ゲイだ。なあ、頼むよ」

圭一は後ずさりした。体中に悪寒が走っている。冷たい汗が額を流れる。

「思った通り圭一君はノンケみたいだな。いいねえ。ますます惹かれるよ。
 知ってるか? ゲイはみんな、ノンケが大好きなんだぜ。なあ、頼むよ。ヤってくれないと、俺は圭一君に協力しない。
 それどころか、圭一君の悪口を言いふらしてて回るかもしれない」
それを聞いて、圭一は憎しみを込めてトータスを睨んだ。なんなんだこの男は。最低だ。
ある意味殺し合いに乗った人間よりも性質が悪いかもしれない。

「ふざけんな。みんなが助かるためにゲーム転覆を狙う事よりも、自分の欲望を満たす事の方が大事なのかよ。
 って事はお前、やっぱり初めから俺に協力する気なんて0だったんじゃねえか!」
「そんな事ない。確かに俺は性欲第一で行動する人間だが、だからといって自分の命を捨てていいわけじゃない。
 死ねばもう二度といい漢達と交われないからな。君が大人しくヤらせてくれるなら、俺は君に協力する事を惜しまない」
「人の命よりも性欲を重視するような人間の協力なんて、誰がいるか!そんな人間がどうやって全員の命を救う事が出来る!?
 お前の協力なんてこっちから願い下げだ!」

圭一は吐き捨てた。なんて野郎だ。クズすぎる。反吐が出る。
最初は殺し合いに乗るとも殺し合いを打倒するともはっきりしない、中途半端などっちつかず男くらいに考えていた。
実際は全然違った。この異常な状況の中でさえも性欲を満たそうとする、尋常ではないくらいに変態野郎だった。

「散々な言い草だな。これでも職場では結構モテモテなんだがな。いいだろう?別に。
 どうせどの方向に、どれだけ頑張ったとしても、絶対に助かるなんて保証はどこにもないんだ。
 むしろ死ぬ確率の方が遥かに高い。だったらいいじゃないか。最後の晩餐として、いい漢達を頂いたとしても。
 知ってるか?ゴリラやチンパンジーの一種は緊張やストレスから逃れるために誰彼かまわず、性別の区別なしにヤるらしいんだ。
 勿論オスどおしでもな。ヤるってのは心理的にとてもいい効果をもたらすんだよ。だから軽く景気づけくらい考えて一発くらい────」
「滅茶苦茶言うなおっさんッ! 俺はチンパンジーでもゴリラでもないだろ!れっきとした人間だ!」

そう叫ぶとトータスは諦めたかのように意気消沈した。しかし、実際は諦めてなどいなかった。
圭一を油断させるための、単なる演技。体格において圭一を遥かに勝るトータスだが、
さすがに金属バットという武器を構えている男から無傷で肛門を奪う自信はない。だからこその些細な演技。
俯いて溜め息を一度吐いた直後、トータスは今まで溜めに溜めていた性欲を全て力に変えるかのような勢いで、猛然と圭一に掴みかかった。

「こいつ……!」

一瞬油断した圭一だったが、すぐさま金属バットを構え、迫りつつあるトータスに向けてバットを振るおうとする。
だが間に合わない。バットを振る時間などなかった。最初の一瞬の油断が命取りだった。
しかし、ここで何も抵抗できずトータスの思うがままにされるほど、圭一は甘くなかった。
曲がりなりにもクラスの誰よりも信頼され、中心人物だった男。クラスメイトの多くがバトルロワイアルへの絶望に打ちひしがれている中、
たった一人で、主催者へ宣戦布告した男。圭一は、ここで簡単に負けてしまうような、弱い男ではなかった。

バットを振ってトータスを殴れないのなら、手で握りしめているバットのグリップの部分、先端をそのまま突き出してやればいい。
一撃で仕留めるような高い威力は出せないだろう。だが、トータスはこちらに向かって一直線に掴みかかりに来ているのだから、
それに合わせてバットの柄をトータスの顔面に向けて突き出すだけで、少なくとも昏倒させるくらいの威力は出せるのではないか?
昏倒させられるなら、それで十分。トータスとの決着は、二撃目で決める。

バットを振ってトータスを殴れないのなら、手で握りしめているバットのグリップの部分、先端をそのまま突き出してやればいい。
一撃で仕留めるような高い威力は出せないだろう。だが、トータスはこちらに向かって一直線に掴みかかりに来ているのだから、
それに合わせてバットの柄をトータスの顔面に向けて突き出すだけで、少なくとも昏倒させるくらいの威力は出せるのではないか?
昏倒させられるなら、それで十分。トータスとの決着は、二撃目で決める。

正確に突き出したバットの先端が、トータスの顔に突き刺さった。圭一の目論見通り、あまりの激痛に耐えかねて地面に倒れこむトータス。
野球の練習のために、毎日素振りした経験が生きた。バットに慣れていたからこそ、トータスの行動に慌てず、冷静に対処する事が出来た。
圭一はバットを持っていない左手で地面の土を握りしめて、トータスに向かって歩みよる。

「そんなもんなんだよ……人の命よりも自分の欲望を重要視する奴に、俺が負けるか!」

その時、パンという乾いた音が響いた。トータスが顔面の傷を負った部分を抑えながら、懐から取り出した銃を撃っていた。
幸運な事に弾丸は圭一のすぐ横を通り抜けて、夜の闇の中へと消えていき、圭一自体は無傷だ。
だが、この瞬間圭一の心を襲った衝撃は、並大抵のものではなかった。

(ぐっ……拳銃……! ウソだろ……!?)

これではどう考えても勝負にならない。戦いにおけるアドバンテージが、一気に引っ繰り返った。
金属バットなんかでは到底銃に勝てるはずがない。一転して追い込まれた圭一。トータスが不敵に笑った。

「やるじゃないか圭一君……さすが俺の見込んだ漢だ。だが少々おいたが過ぎたな……物凄く痛い」
ゆっくりと、痛みに耐えながらトータスが立ち上がる。不敵な笑みを浮かべたまま、圭一の目をじっとりと見つめている。
「諦めろ圭一君。金属バットを捨てて裸になれ。断るって言うなら、まあそれもアリだろう。
 俺は死体だって構わず食っちまうような人間だからな……」

絶体絶命、かのように思われたが、それでも圭一の目にはまだ光が残っていた。
絶対に諦めない。ゲーム打開、やる美の仇を討つと意気込んだのはついさっき。ここでいきなり死んでは何が何やら……
だから、絶対に死ねない。例え死ぬとしても、強く死ぬ。諦めて惨めに死ぬのだけは、絶対に嫌だった。

「分かったよ……分かった……ここで死ぬわけにはいかないからな……
 掘られるのは結構痛いだろうけど、死にはしない。だよな?」
圭一の言葉にトータスは口角をさらに吊り上げる。満面の笑みで、その通りだ、と答えた。
圭一は握りしめていた金属バットを足もとに置いた。そしてズボンに手をかける。

「裸になるところをずっと見られるのは恥ずかしいから、向こうを向いていてれないかな……」
「ふふ、なかなかうぶなところがあるな。いいぞ、これだからこそノンケはいい。
 だが駄目だ。目を離すといつ金属バットを拾って俺に殴りかかるか分からないからな」
その言葉を聞いて圭一は溜め息をつく。トータスは相変わらず銃口を圭一に向けたままでいる。

「分かったよ……だったら、ずっと見ていればいい……」
諦めたようにベルトに手をかけて、そして────
左手に握りしめていた土を、こちらをまじまじと見つめているトータスの顔面に向かって投げつけた。
圭一の裸体への期待と興奮によって半ば平静を失っていたトータスは、これに反応できない。
顔面に土くれをくらい、視力を失う。しかしトータスも必死だった。ここで何もしなければ、圭一に金属バットを叩きこまれてしまう。
あんなもの、頭に一発でもくらえば、反撃する事すらできなくなる。一発もヤれないままにお陀仏だ。
視力の回復を待つ余裕など、トータスにはない。

────パン

だから、トータスは目が見えないままに我武者羅に拳銃の引き金を引いた。圭一に当たらなくてもいい。
今は、圭一に対して自分が人を一撃で殺し得る得物を備えている事を存分にアピールする事が大切だ。
圭一に近寄らせるわけにはいかない。

このトータスの必死の威嚇は、思った以上の効果を上げた。掠ったのだ。圭一の髪の毛の間を、弾丸は通り抜けて行った。
圭一にとっては恐怖で鳥肌が立つ思いだった。これではトータスに近寄れない。
というより、相手が拳銃を遠慮なく使うようになったのであれば、もはや戦いにすらならない。
元々得物の火力に差がありすぎた。しかし、圭一はここでトータスの予想し得なかった行動に出た。
トータスと圭一の立場を逆転させる。起死回生の戦略。

圭一は拾いなおした金属バットをトータスに向けて────全力で投げた。
金属バットは空中を真っすぐに飛び、トータスの腹に突き刺さった。本当は頭を狙ったはずだが、狙いが逸れてしまった。
だが、外れなかっただけで十分。命中したという事が重要だった。何せ、投げたものは金属。
それを苦し紛れとはいえ思い切り投げたのだから、相手を昏倒させるのには十分な威力だ。

悶え苦しむトータスに向かって全力で走る圭一。すぐに距離を縮めて、拳銃を握りしめているトータスの右手を思い切り蹴った。
その一撃でトータスは拳銃を手放す。地面に転がった拳銃に圭一はすぐさま飛びつく。
圭一はぜいぜいと息を切らせながら、トータスに向かって拳銃を向けた。

「どうだよ……まだやる気か?さっき言っただろ?人の命よりも自分の欲望を重要視する奴に、俺が負けるか!」

トータスの視力は少しずつ回復してきたとはいえ、まだほとんど何も見えない。それ故に、今の状況が理解できていない。
とりあえず、落としてしまった拳銃を必死になって手探りで探す。拳銃は見つからない。代わりに、何か堅いものがコツンとトータスの指先に触れた。
金属バットだ。これが落ちているという事は……。トータスは漸く理解した。拳銃はすでに奪われている。
そして金属バットは自分の手元へ。立場は完全に入れ替わってしまった。形勢逆転だ。

「おい、理解できたか?」
「……なるほど、なるほどなるほど。すでに形勢逆転ってわけか。とんでもない漢だな、圭一君は」
視力の方は大分回復してきた。トータスは腹を抑えながら、圭一の方へと体を向ける。
最初に金属バットで殴られた右目と、腹が痛い。だがもう戦いは終わった。もう傷つく事はないだろう。

しばらく無言で睨みあう両者。やがて、圭一がその表情を悲しげに崩す。
「なあ、頼むよ。一人でも協力者が欲しい……特に大人の協力はきっと大きな力になると思うんだ。
 だから、もう心は入れ替えて、ヤりたいとか掘りたいとか言わないでくれよ、おっさん」
「…………」
トータスは沈黙している。

「そんな事より、生き残る事の方が大事だろ?生還したら、彼氏でも作って掘り合えばいいんだ。
 そういや……おっさん、職場ではモテモテなんだろ? 掘りたい放題じゃないか。
 絶対に生き残るために頑張った方がいい。生還を諦めるなんて、駄目だ……」
「ふふふ……なかなか魅力的な言葉だな……だがな、俺は初めから言ってるだろ?
 君が俺に一発ヤらせてくれるだけでいいんだ。ヤらせてくれるなら、協力する」
圭一が顔を歪ませる。嫌だ。男とヤるなんて絶対に嫌だ。どうしても、それだけは嫌だ。

「ヤらせてくれないのなら、仕方ないな。俺は君を襲うだけ……」
トータスは手元に落ちている金属バットを握りしめた。その行動を見て、圭一は唖然とする。
「おい、本気かよ……俺は拳銃を持っている。さっきのあんたのように油断もしていない。
 あんたの行動に怪しいところがないか逐一確認しているんだ。俺が引き金を引くだけで、あんたは死ぬんだぜ?」
「ふん……いい漢を食えない人生なんて、何の意味がある? 君のような御馳走を前にして涙を飲むなんて、死んだ方がマシだ」

正気じゃない、圭一は思った。なんなんだこの男は。本当に性欲しかないのだろうか。

「だんだん、腹の痛みにも慣れてきた……どのみちお前のバット投げは苦し紛れの一撃だったからな。
 かなり痛いが、我慢は出来る。お前を掘るのに支障はない……」
そういう問題ではない。バットと拳銃では、相手にならない。そんな常識すらもトータスの頭にはないのだろうか。
バットを手にして、トータスは立ち上がる。圭一の顔は再び冷たい汗によって濡れた。

「ほ、本気かよ!撃つぞ俺は!いざとなればさすがに撃つ!こんなところでやられたら何が何だか分からない!
 それ以上近づいたら撃つ! 絶対に撃つからな!」
「撃つがいいさ。それで死んだとしても、悔いはない。俺は掘りたいんだよ!死んでも!お前を!」

(そんな馬鹿な……狂ってるだろ、こいつ……)
圭一は戦慄した。この男の性欲がここまで強いとは……まさかこれほどまでの変態だったなんて……
「おっさん、どんだけ変態なんだよ……性欲が凄すぎる」
「行くぞ……勝負だ」

トータスがバットを握りしめて、圭一に向かって一歩踏み出す。
『それ以上近づいたら撃つ』その言葉通りに、圭一は半ば叫びながら引き金を引いた。三度目の乾いた銃声が響く。
銃口はしっかりとトータスの心臓へと向けられていた。いくら銃の素人とはいえ、これほどの至近距離で外す事はなかった。
実際に、弾丸はトータスの胸に向かって吸い込まれるように向かっていく。そして────命中した。

「そんな……嘘だろ……お前……」
圭一は目を疑った。夢でも見ているのだろうか。
意味が分からない。恐るべき現実が目の前にあった。銃弾はしっかりと、トータスの分厚い胸をとらえた。
確実に命中したはずだ。だが、何故かトータスはぴんぴんした状態で立っている。胸には傷一つ付いていない。

「驚いたか?正直言って、金属バットを持つ圭一君が相手だから、勝算の薄い戦いだった。
 だがお前の言うとおり、諦めさえしなければ何とかなる。諦めなかったおかげで今まさに、
 この俺の手の中に、勝敗の鍵である金属バットがある。残念だったな……」
目の前の光景に戦慄しながら、圭一は必死に思考する。

(まさか、外したのか?)
元々闇で視界が利かない。確かに間違いなく命中したように思えたが、
そもそも圭一は引き金を引いたあの時、大いに動揺していた。もしかしたら、万に一つ、見間違えるような事もあるのかもしれない。

トータスがまた一歩圭一に近づく。圭一は雄叫びをあげながら引き金を何度も引いた。
全弾トータスの胸に命中する。命中したように見える。しかし、トータスは少し顔をしかめる位で、
傷一つ負わず、ゆっくりと圭一との間合いを詰めてくる。圭一は銃に籠っている全ての弾を撃ち尽くした。
それでもトータスは死なない。傷一つ負わない。もう、弾は残っていない。

ふと、圭一はトータスの足もとに白いものが転がっているのを見つけた。
愕然とした。それを見た瞬間、圭一は全てを理解した。そうだったのか……

トータス……この男が拳銃で俺を撃ったのは今までに二度。どちらも弾丸は俺の体に命中しなかった。
あれはトータスが狙いを外したわけじゃなかったんだ。

────わざと狙いを外していたんだ!

地面にいくつも落ちている白いもの……それは、圭一が握りしめている銃に込められていたBB弾……!

「だから言っただろう?形勢逆転だと。その銃は本物じゃない。単なる玩具、エアガンだ。
 君が初めから持っていた金属バットこそが、この場における最強の武器だったんだ。
 本物の拳銃を持っていたなら、最初から使っている……」

圭一の全身に、もう一度悪寒が走った。今度はさっきのよりもずっとずっと酷い。震えが止まらない。

(そんな馬鹿な……!おっさんが拳銃を初めて出した時、俺は追い詰められたと思っていた……!
 だけど、実際は逆っ……!俺は最初から今までずっと、優位に立っていたんだ……!
 おっさんの演技に騙されたっ……!まさかのエアガンとか……なんて間抜けなんだよ俺はっ……!)

思い返してみれば確かにおかしい。本当に本物の拳銃を持っているのなら、初めからそれを使って圭一を脅せばいい話だ。
わざわざ肉弾戦に臨む必要なんてない。トータスは、ギリギリまで、エアガンを使うことを躊躇っていた。
何故なら、ばれたらお終いだから。元々トータスに武器なんてなかった。唯一持っているものが武器にならないエアガンだとばれてしまえば、
トータスに勝ち目はなかっただろう。だからこそ、トータスは苦戦を覚悟で、エアガンを最後の手段として隠し、いざ使った時も演技していた。
その覚悟の分、圭一はトータスに一歩及ばなかったのだ。

(夜の暗闇、森、ガチホモに襲われかねないという焦り、そもそも殺し合いに参加させられているという事実からくる恐怖……
 色々と精神的に追い込まれていた。だからって、だからといってエアガンを本物の銃と間違わなくったっていいじゃないか……
 一度気付けば明らかだ。銃声、銃の重量感、何から何まで玩具臭い……
 どうして俺は、この土壇場でこんな明らかな事実に気付けなかった……!? 間抜けすぎる!馬鹿すぎるぞ俺!)

「大人しく俺に肛門を差し出す気になったか?」

もう圭一の目の前まで来ているトータスが、金属バットを油断なく構えて言う。
エアガンを握りしめて、圭一は憎悪を込めてトータスを睨みつけた。しかしトータスは涼しい顔をしている。もはや決着はついたのだ。
「俺の許可なしでぴくりとでも動いてみろ。頭蓋骨を砕いてやる。逃げられると思うなよ。俺は君を瞬殺出来る。一撃でな」
トータスの怪力なら、恐らくそんな事も可能だろう。

圭一の心音が次第に加速していく。もうトータスに勝てない事は明らかだ。圭一がトータスに勝てる道理が一つもない。
ただでさえ体格がずば抜けているトータスの手に、この場で唯一の武器が渡ったのだから。
故に圭一が思考するのは、勝つ方法ではなくこの場から逃げる手段。

(畜生……しかし……逃げるなんて出来るのか? 一つでも怪しい動きを見せたら、本当に頭蓋骨を砕かれるだろ。
 土くれをあいつの顔に当てた時みたいに口車に乗せて油断させれたら、なんとかなるかもしれないが、
 どうもそういう俺の領分が通用しそうにはない雰囲気。そういう小賢しい真似をしたら、トータスは絶対に疑う。
 以前俺の口車に乗せられているんだから、きっと前よりも慎重になっているはず……
 だけど、もし小細工が通用しないとなると本当に手の打ちようがなくなる……
 この場を死なずに切り抜けるには、もう、掘られるしか……)

想像する。トータスと絡み合う自分を脳裏で描いてみる。怖気が走った。嫌過ぎる。
絶対に嫌だ。プライドにかけて嫌だ。相手は女の子でないと嫌だ。絶対に。

必死に逃げる手段を考える圭一。何かトータスに隙はないか……隙……僅かな穴でもいい。
付け入る隙があれば……隙……クールに、クールになるんだ……俺っ……!

────その時、圭一に電流走るっ……!

天啓っ……!まさに天啓っ……! 圭一の脳裏に突如浮かび出た、トータスの決定的な隙っ……!

(大丈夫だ……トータスには自分で気づいていない隙がある。だから、金属バットによる一撃目は恐らく、避けられるかもしれない。
 だけど、二撃目は駄目!一撃目をかわして、そのまま必死に一目散に逃げきる事が出来れば……後は脚力の問題……!)

一撃目なら避けられるかも、というだけで、本当に避けられる保証はどこにもない。
だがこれに賭けるしかない。立場の悪い賭けかもしれないが、命を守り、尻の貞操を守るためには、絶対に勝たなければならない賭け。
やるしかないんだ、圭一は自分に言い聞かせる。

「このまま黙っていればなんとかなるんじゃないか、なんて考えてるんじゃないだろうな。
 そうはいかない。そう答えてくれ。俺とヤってくれるかどうか……」
「…………トータスさん、最後に言うけど……あんた本当に最低な人間だ!」

圭一、最後の挑発。それを聞いた途端、トータスの顔つきが変わった。
殺気を前面に出して、思い切りバットを振りかぶる。

「それが答えかッ!それじゃあ残念だが死姦だッ!」

トータスが力いっぱい金属バットを振るう。圭一が逃げつつ、避けの姿勢に入る。
なるべく身を縮めて、金属バットの軌道をしっかりと見極める。圭一には、一撃目なら避けられるという勝算があった。
それはトータスの右目の傷。一番最初に圭一がバットの柄をトータスの顔面に突き出して食らわせてやった傷だ。
右目の瞼は傷によって変色し、内出血で腫れている。きっとほとんど見えないはずだ。
人間は両目で見て初めて対象物との距離を測る事が出来る。片目では遠近感は掴めない。
何回か試せば慣れてくるかもしれない。しかし、有難い事にトータスは金属バットを手にしてからまだ一度も武器として使っていない。
だから、この一撃は慣れていない不安定な感覚の上での最初の一撃。トータスに練習でもされていたら終わっていたが、
遠近感を失った状態で、初めての攻撃だから絶対に隙がある。トータスがどう気を付けようとも、最初の一撃だけは不安定でちぐはぐな攻撃になる。
例えば、あらぬ方向を狙った一撃とか……

しかし────

(どうして……どうしてこの土壇場で!普通に俺の方に向かってバットが来てるじゃねえか!なんだこれ偶然か!?
 ふざけんなよ!常識的に考えておかしい!頭じゃなくて腕の方にだけど!でもそれでもどうして!
 もっと滅茶苦茶な所に向かって攻撃していても良かったのにッ!)

かわさなければならない。この一撃さえかわせば、トータスとの間合いを大きく開けられる。
それからなら、脚力にモノを言わせて逃げ切れるかもしれない。一撃目をかわして初めて可能性が生まれる。

バットが迫る。圭一が必死に身を捻る。

結果────バットは空を切った。


(二撃目は駄目っ……!トータスはきっと今の一撃に違和感を感じたはずだ!二撃目からは絶対に修正してくるっ……!)
バットを大きく振り切ったトータスから、圭一は全力で逃げた。すぐさま後ろからトータスが追いかけてくる。
ここからだ。ここからが真の勝負。逃げ切れればいいが、圭一の脚力がトータスのそれを上回っている保証などどこにもない。

「圭一くぅん!おっもちかえりして死姦してやるからさっさと死ね!」
「ふざけんなガチホモ野郎!!どこかで聞いたような台詞言うな!畜生……!
 どうして開始早々こんな目にっ……!」


逃げ切れさえすれば……バットの一撃が当たりさえすれば……
ここまできたら圭一は最後の最後まで絶対に諦めないだろう。そして、性欲しかないトータスもまた。
彼らは絶対に諦めない。戦いは次のラウンドへ。

【一日目/深夜/F-5】
【トータス藤岡@本格的!ガチムチパンツレスリング】
[状態]:健康、右目蓋に内出血、腹に打ち身傷
[装備]:金属バット
[所持品]:基本支給品一式(パン残り2個)
[思考・行動]
基本:とりあえずいい漢を掘りたい
1:圭一を捕まえて掘る。手段は問わない

【前原圭一@やる夫スレ常連】
[状態]:健康
[装備]:エアガン(残弾数0)
[所持品]:基本支給品一式(パン残り2個)
[思考・行動]
基本:仲間を集めて対主催
1:トータスから逃げる。

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最終更新:2009年12月16日 15:58
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