江ノ島盾子は、その時デパートにいた。
より厳密に言うならば、デパートの屋上のちょうど中心。
百円で動くパンダの乗り物に、ニコニコと気味が悪いほどの笑顔を浮かべて座っていた。
その右手には鋭い輝きを宿したナイフが一振り。
左手には不思議な形をした、
ナイフを握り、パンダの乗り物に座り、江ノ島盾子は思いを馳せる。
先に待つ未来。
程無くして戦士達は辿り着くだろう。
この機械仕掛けの救世主の元へ。
この世界を統べる救世主の元へ。
これは希望だ。
これは希望で、そして絶望にも繋がる道でもある。
希望とは絶望の苗床だ。
まさしくその通りだ。
彼等は―――特にあのロン毛の男と白色の獣は、中々に絶望というものを理解していたように思う。
絶望の中で手に入れた一髪逆転の一手が、実は主催者達の思惑が内にあった。
それは人々の心に途方もない絶望を植え付ける事だろう。
あんな奴等に目を付けられてしまった彼は、やはり超高校級の『不幸』なのだろうか。
絶望の学園を脱出した末に待ち受けるは、絶望の殺し合い。
流石に僅かな同情を覚えずにはいられない。
「うぷぷ、大変だね~。苗木君」
まあ、そんな同情を遥かに超越する昂揚感が江ノ島の内には存在するのだが。
江ノ島は記憶をさかのぼる。
絶望学園。
あの学園は退屈なところもあるにはあったが、やはり思い返してみれば最高であった。
超高校生級の彼等が見せた『絶望』に抗おうと四苦八苦する姿が。
真実を知り、『希望』を失い、『絶望』に心を折り掛けた姿が。
『希望』を取り戻し、覚悟の未来を見詰め始めた姿が。
そして何より、全ての事象の末に待ち受けていた『絶望』の『オシオキ』が―――、
最高だった。
いや、最高という言葉では片付けられない快感があった。
超高校級の『絶望』たる自分が、生きていて良かったと柄にもなく感じてしまったほどだ。
それほどに最高だったのだ。
努力と辛抱の末に手に入れた成功の味は、経験したこともないほどの美味であった。
だからこそなのか、江ノ島はこのバトルロワイアルにさした興味を持てずにいた。
あれを越える快感などある訳がないと、江ノ島の本能的な部分が声高々に主張しているのだ。
どうにも二番煎じな雰囲気を感じずにはいられないのだ。
それでも、江ノ島は努力をした。
あまり興味の持てない事柄を、それでも楽しもうと必死で考え抜いた。
そして、考え付いた。
中々に面白そうで、楽しめそうで、膨大な『絶望』を誰にも等しく与えられるような計画を。
江ノ島盾子はがさごそとスカートのポケットへと手を伸ばし、とある物体がそこにある事を確認した。
Tの形をした銀色の金属片。
彼女の知る技術では説明不可能で理解不能な、だがしかし彼女の計画には必要不可欠な金属片。
これのもたらす効力を、江ノ島は言伝で聞いた程度の漠然とした情報でしか知らなかった。
それでも、江ノ島盾子は追及する。
このバトルロワイアルの楽しみ方を、極限の絶望を参加者達に与える術を、追及する。
だから、人外の面々の目を盗み、この金属片の一つを盗みとった。
だから、殺し合いの場に参戦することを望んだ。
だから、決めた。
学校の帰りがけにコンビニでも寄ろうかと決める位の気軽さで、超高校級の『絶望』たる江ノ島盾子は、決めた。
「じゃあ、頑張ってね。超高校級の『探偵』さんに、超高校級の『希望』さん」
江ノ島盾子は、『死』を選択することを、決めた。
ナイフを握る江ノ島の右手が、動く。
ナイフは、江ノ島の眼前で真っ直ぐに横薙ぎの軌跡を辿り、そして切り裂いた。
江ノ島盾子の柔肌を、柔肌の奥にある筋と脂肪を、筋と脂肪の奥にある血管を、切り裂いた。
切り裂き、噴水を思わせるような勢いで、血を噴出させる。
裂傷は、ちょうど頸動脈を切り裂く深さで創られた。
漆黒の遊戯場にて、赤色の液体が全てを染め上げていく。
バシャバシャと撒き散らされる液体が、楽しげな雰囲気のアミューズメンントパークを凄惨なものへと変化させていく。
命を支える液体を失って、超高校級の『絶望』たる少女は力なく膝を折り、前方に倒れ伏した。
自身が出した液体に浸かりながら、江ノ島盾子は霞みがかった思考で考えていた。
これもまた良い『絶望』だ、と。
これから発生する『絶望』を、ここで死亡する自分は決して見る事ができない。
良い『絶望』だ。
何回経験してもあきる事が無い。
癖になってしまいそうな快感だ。
だが、ここで死亡する自分には、この快感を再度経験することができない。
そう考えると、心が沸き上がった。
何という『絶望』だろう。
生きたいのに、死にたくないのに、死んでしまう。
最高だ。
止められない。
ああ、もっと『絶望』したい。
誰か助けて。
この血を止めて。
『絶望』を知りたいんだ。
もっともっと、
もっともっともっともっと、
もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと……『絶望』を知りたい!
良い、良い、良い!
これが、これこそが、『絶望』!!
自分を満たす唯一の感情!!
死にたくない、死にたくない、死にたくない!!
心の底からそう思える!!!
そう思っているのに、死にたくないと願っているのに、死んでしまうのだ!!!
(やっぱ……最っ……高…………だよぉ……)
そして、江ノ島盾子は『二度目』の死を迎えた。
もう二度と目覚めることのない黄泉への旅。
偶然など、奇跡など、もう起きる訳がない。
超高校級の『絶望』は、ただ『絶望』だけを抱えて、死んでいく。
殺し合いの行く末を、自身の計画の行く末すらも知る事なく、死んでいく。
それが彼女の―――『絶望(シアワセ)』であった。
【江ノ島盾子@ダンガンロンパ 希望の学園と絶望の高校生 死亡】
【残り79名】
最終更新:2011年09月18日 19:01