嘘八百並べてみてもね

第六十二話≪嘘八百並べてみてもね≫

かつてはこの島を統括する役目を果たしていたであろう、エリアG-3に存在する島役場。
今では職員達や住民達の姿は無く、代わりに建物の中には、三人の死体が横たわっていた。

「ふーむ……一体何があったんだ?」

一階オフィスと、オフィスの一角を仕切って作られた応接室に転がる三人の死体を見て、
紫色の艶やかな髪をなびかせた女性憲兵・松宮深澄が思考を巡らせていた。
首輪の解除、運営側へのサイバー攻撃を仕掛けるため、
深澄はこの辺鄙な島で最もネット環境が整っていると思われる、島役場を訪れていた。
このような小さな島にある役場にも、外部へのネット環境はあるだろう。
そう考え、深澄は島役場へと足を踏み入れたのだが。
そこで深澄は首がおかしな方向へ曲がった青い狼獣人、
応接室でソファーに血を流して横たわっている豹獣人の女性、
同じく応接室の床で胸に銃創が空き倒れている桃色の髪をした高校生風の少女の、
三人の死体を発見する事になったのだ。
同じ建物内で、ほぼ密集する形で三人の男女の死体。
深澄で無くとも、何がここで起こったのか考えさせられる状況だろう。

「随分と荒れているな……銃撃戦でもやらかしたか?」

壁には銃痕が確認でき、オフィスのデスクの上は滅茶苦茶に荒らされ、
書類や筆箱、内線電話などの小物が床の上に散乱している。
明らかに銃弾が当たった痕跡がある物も多く転がっているので、
銃撃戦が起こった事は容易に想像出来た。
この三人が結束して襲撃者と戦って全滅したのか、或いはこの三人で互いに戦って全滅したのか。
恐らくそのどちらかだろうが、真相は深澄の興味の及ぶ所では無い。

「とりあえず死体を何とかするか……私が殺したなどと思われると少し面倒だ」

こんな状況を第三者に目撃されると、まずい誤解を生む可能性が非常に高い。
深澄自身は殺し合いに乗っている訳では無い――役に立ちそうに無い者は殺すという危険思想の持ち主ではるが。
いらない誤解は招かないようにするのが一番だ。

「全く、死体処理など私の仕事では無いと言うのに」

深澄はとりあえず奥の倉庫に死体を放り込んでおく事にした。
死体の両手首を掴み、自身は後ろ向きのまま死体を倉庫まで引き摺る。
まずは青狼獣人の死体からだった。
やはり成人男性の身体はかなり重い。
首に凄まじい力で噛み付かれた跡があるので、この青狼獣人は獣人族、
恐らく犬科か猫科の獣人に首を噛まれ、頸椎をへし折られて殺されたのだろう。
次に少女の死体を引き摺って運ぶ。やはり青狼獣人よりは随分と軽い。
そして最後に豹獣人の女性の死体を運ぼうと、廊下からオフィスに移動した時だった。

「誰だ」
「あ……あの」

いつの間に入ってきたのか、白髪を持った狐獣人の女性が、
怯えたような、困惑したような表情を浮かべて立っていた。


白髪の狐獣人の女性・霧島弥生は、休息を取っていた民家を後にした後、
次の標的を探して市街地内をうろついていた。
もちろん禁止エリアとなっている病院周辺は避けるように大きく迂回しながら。
そしていつしか島役場へと辿り着いたのだった。

「ここなら誰かいるかもね~」

他参加者を見つけた場合の弥生の行動方針はよく決められている。
殺し合いに乗っている者ならば、弱そうなら殺し、強そうなら不意を突いて殺すか、逃げる。
乗っていなければ無害な人物を装って上手く取り入り、隙を突いて……。
実に簡単かつ分かりやすい行動方針である。
彼女が今持っている武装は二つのナイフと閃光弾が三つ。
出来れば彼女は銃器が欲しい所だった。

役場の正面口のガラス扉をゆっくりと開く。
誰もいない、受付のカウンターと待合用の長椅子、何か書類を書くための台が弥生を出迎えた。
役場お馴染みの麦茶を飲み放題出来る機械(何と言うのかは知らない)や、
「××記念」と言った事が端に書かれた鏡、大きいが古めかしいテレビなどもある。
本当に、至って普通の田舎町の役場と言った感じだ。
弥生自身も何度か役場や市役所には足を運んでいるのでそう感じる。
とは言っても20歳を超えて一度もそういった公的機関に行った事の無い者などいないとは思うが。

弥生は腰のベルトにハンティングナイフを忍ばせ、
カウンター奥のオフィス部分へと足を進めた。

(……? 何これ、ここで戦いでもあったのかな)

オフィスのデスクの上がやたらと荒れ、床には書類やら筆記用具やらの小物が散乱している。
幾つかのデスクトップパソコンのモニターに、小さな穴が空いていた。
おまけに床には血溜まりと、何かを引き摺ったような赤い血の跡がある。
何かがあった、という事は戦闘経験の浅い一般人である弥生でも想像は付いた。
引き摺った何か、と言うのは、十中八九、死体だろう。
しかもその跡はまだ新しかった。つい最近、それも恐らく一時間以内に、
死体を引き摺った者がいる。
もしかしたら、今まさに、引き摺った跡の先の廊下に――。

そう弥生が思考した矢先、廊下へ続く入口から、茶色を基調とした女性憲兵服に身を包んだ、
紫髪の人間の女性が現れた。
腰には鞘に収められた長剣が提げられているのが見えた。

「誰だ」
「あ……あの」

憲兵の女性の余りにも鋭い視線と口調に、弥生は自分でも分からない内に口ごもっていた。
それでも、弥生は何とか気を取り直して、先の二人の犠牲者の時と同じように、
か弱い民間人の女性を演じ始めた。

「わ、私、ずっと色々逃げてきて、気が付いたら、この役場まで来てっ……」
「そうか……それは大変だったな。私もな、とりあえずここをしばらくの拠点としようと思っていたんだ。
私は松宮深澄。まあ、見ての通り憲兵だ。お前は?」
「き、霧島弥生です。あ、あの、もし宜しければ、ご同行しても、よろしいでしょうか?
お願いします! お願いします!!」

弥生はおどおどとしている振り――いや実際は多少「本気」も混ざっていたが――をしつつ、
深澄に頭を下げながら同行を求めた。
相変わらずの演技力である。女優にでもなればそれなりに売れたかもしれない。

「……」

そんな事はさておき、頭を下げる弥生を、しばらく深澄は見つめ、何かを思案していた。
そして。

「……いいだろう。よろしくな、霧島」

僅かに笑みを浮かべ、右手を弥生に差し出す深澄。
それは確かに握手を求める仕草――弥生は表情こそ変えなかったが、
心の中で自分の計略が上手く運んだ、と確信した。

(やった! 最初見た時これはやばいって一瞬思ったけど、何だチョロいじゃない。
人は見かけによらないわね~)
「あ、ありがとうございます!」

弥生は満面の笑みを浮かべ、フサフサの尻尾を嬉しそうに振りながら、自分も右手を差し出し握手をしようとした。
いつかは殺すつもりだが、この程度のデモンストレーションは必要である。

――しかし。

「……がっ?」

握手のために差し出されていたはずの深澄の右手は、
弥生の鳩尾に固い拳となって深々となって食い込んでいた。

「……ッ! …………!!」

声にならない呻き声をあげ、弥生は床に崩れ落ち、腹を抱えて蹲る。
弥生は口から泡を吹き、両目からは涙を溢れさせ、更に呼吸困難にも陥っていた。
だがしっかりと意識はあった。気を失っていた方が、彼女にとっては幸せだったのかもしれない。

「な……なん……で……!?」
「何でだと? 言葉を間違えているな。お前……既に何人か殺しているな?
しかも正当防衛では無い、自分の意思を持って、だ」
「……っ!?」

驚いた表情で弥生が自分を見下ろす深澄を見上げる。
深澄は先程までとはうって変わり、まるで虫けらでも見るかのような目で弥生を見下ろしていた。
その目をみた瞬間、弥生はまるで全身が凍り付くかのような悪寒を感じた。

「……どうして、分かったの?」

もはや演技もへったくれも無い。弥生は敵意剥き出しの視線を深澄に向け問い質す。

「被疑者の逮捕、尋問、拷問、処刑、そして戦闘……長い事憲兵の仕事をやっているとな、
分かってしまうんだよ。そういう事が、な」
「なっ……ゲホッ! ゲホッ!」

血反吐を吐く弥生。とても立ち上がれそうには無かった。
尚も続ける深澄。

「見た所、お前は戦闘能力に秀でているようには見えん。恐らくは、
無害な人物を装って近付き、隙を見て殺した……そんな所だろう」

初対面のはずの弥生の手口をほぼ完璧に言い当てる深澄。
その洞察力の鋭さには弥生も思わず敬服していた。

「うるさいわね……だったら何よ? それがこの殺し合いのルールじゃ、ないの!
私は……こんな所で死にたく、ないのよ!!」

感情を露わにし、深澄に向かって怒声をあげる弥生。
確かに自分は無害な人物を装い、時には自分の身体をも使い、二人の男を殺害した。
しかし、それが何だと言うのか。主催者の男も言っていたはずだ。
「騙し討ち、不意討ち、色仕掛け、 何でもアリ」と。
自分はそのルールに則ってやったまでの事。それを責められる筋合いは無い。
死にたくない――こんな状況に放り込まれれば、誰しもそう思うはずだ。

「まあ別に貴様の手口をどうこう言うつもりは無い。どういう手段を使うかは全くの自由。
……だが、まあ」

そこまで言って言葉を切り、深澄は右手を腰の方へと回した。
そして黒光りする小型のリボルバー拳銃を取り出し、銃口を膝立ちしている弥生の顔面に突き付けた。

「あ……ああ……!」
「殺し合いに乗っている者は、見逃す理由など無い、な」
「い、嫌、嫌……」

弥生は後ろへ尻餅をつく形になり、恐怖に怯えきった表情で涙を流しながら後ずさった。
立ち上がって走って逃げようという思考はあったが、足腰が立たない。
全く力が入らない。もっとも立ち上がれたとしても、既に手遅れだっただろうが。

「まあもし貴様が殺し合いに乗っていなくとも、こうしていただろうがな。
――明らかに使えそうにない」
「ま、待っ――」

弥生が言い終わるのを待つはずも無く、深澄はリボルバー拳銃――S&W M10の引き金を引いた。


「やれやれ、死体が増えてしまった」

6発の銃弾を浴び、絶命した白髪の狐獣人の女性、霧島弥生の死体を見下ろしながら、
未だ銃口から煙を噴き出すM10を右手に持った女憲兵、松宮深澄は大儀そうに左手で頭を掻いた。
この霧島弥生という女性に初めて会った時から、深澄は何か直感的に、
「こいつは既に何人か殺しているな」と感じていた。
被疑者の追跡、逮捕、尋問、拷問、処刑、交戦……かなりハードな仕事をこなす憲兵職を、
曲がりなりにも彼女は10年以上続けていた。
そのためか――彼女に限った話では無いが――殺人を犯した者の気、と言うものを、
何となくではあるが感じられるようになっていたのだ。
但し、例え弥生が殺し合いに乗っていなくとも、彼女は「役立たず」と判断した時点で、
始末するつもりだったのだが。

「しかしだ。あの死体の山は中々良い戦利品の山でもありそうだな」

そう言って右手に持ったリボルバー拳銃、S&W M10を見つめる。
これは首の骨を折られて殺されていた青狼獣人の傍に落ちていた物だった。
その他にも桃髪の少女の傍には大型リボルバー拳銃、ブラックホークが落ちていた。
まだ調べてはいないが、応接室の奥のソファーに横たわっていた豹獣人の女性の死体も、
何かしら持っているかもしれない。
それぞれのデイパックも落ちていた。中身はこれから調べる。
そしてたった今殺したこの女狐の持物も。

「だが……死体運びは骨が折れるな」

新たに増えた、いや、自分で増やした死体を見下ろし、深澄は溜息をついた。


【一日目/午後/G-3島役場一階】

【松宮深澄】
[状態]:右腕上腕部に掠り傷(応急処置済)、返り血(少)
[装備]:S&W M10”ミリタリー&ポリス”(0/6)、ダマスカスソード、防弾チョッキ
[所持品]:基本支給品一式、ノートパソコン、ハッキングソフト制作用のツール、
雑貨店より調達した食糧、簡易レーダー、島川奈織の首輪
[思考・行動]
基本:殺し合いからの脱出。首輪の解除。
1:まず、死体の処理と、死体の所持品の確認。
2:仲間になりそうな他参加者を探す。但し足手纏いは切り捨てる。
3:殺し合いに乗っている者には容赦しない。
[備考]
※簡易レーダーの使用方法及び性能をまだ確認していません。



【霧島弥生  死亡】
【残り17人】



※G-3島役場周辺に銃声が漏れた可能性があります。
※生鎌治伸、篠崎廉の死体は島役場一階の倉庫に放り込まれています。
引き摺って運んだため、一階オフィスから倉庫にかけ、床に引き摺ったような血痕が残っています。



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最終更新:2009年11月22日 23:14
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