Gun with Wing

主催者の男は言った。

――中には立派な殺人兵器もあれば、可愛いハズレが入っていることもあるから、運次第で実力差を埋めることもできる。



そして、志村新八は憤慨した。
「全然まったく可愛くねーよ! むしろめっちゃ腹立つんですけど!!
こんなんで身を守れってか! 豆腐の角に頭ぶつけて死ぬより難しいわ!」

そして、地に手と膝をつき、正に『orz』というポーズで悲嘆する彼の前には、三つのランダム支給品。

つばの大きな羽飾りつき麦わら帽子。
黄色いアヒルのイラストが描かれたノートブック。
何の変哲もないテニスラケット。

誰から見ても、(ラケットはまだともかく)殺し合いはおろか自衛手段にすらならないハズレだった。
志村新八とて、戦いの経験がない素人ではない。むしろ、歴戦の侍と言っても過言ではない。
しかし、その地力の礎となるのは十年余りの道場剣術。
竹刀の一本もないこんな装備では女子どもにすら殺されかねない。

「しょうがない……こうなったら一刻も早く銀さんたちと合流しないと」
ろくな装備がない以上、誰かから分けてもらうしかない。
それでなくとも、こんな殺し合いの場では仲間との合流が最優先だ。
ひとまず新八は、ラケット以外の支給品をディパックにしまいこんだ。
ノートにはびっしりと女の子の可愛らしい字が書きこまれていたが、中身は読まないでおく。
誰が読むかも分からない会場に、自分の日記をばらまかれるのも酷い話だ。

……もっとも、ひとたびそこに書かれた内容を読めば、違う意味での酷さに戦慄していただろうが。

名簿に書かれていた彼の知り合いは、万屋の坂田銀時と神楽、そして真選組の土方十四郎。
いずれも血の気は多いが、決して殺し合いなどするはずもない、頼れる仲間だ。
万屋で働くうちに数々の事件を解決してきた新八は、こういう非常事態で結束が何よりも大事だと知っている。
銀さん、神楽ちゃん、待っててね。志村新八が今行くよ――武器もないけど。

――え? なにお前、丸腰なの? 勘弁してくれよ~これだから新八はよ~。
――そんなんだからお前はいつまでたっても新八なんだヨ。

「くじ運が悪いだけで新八という存在を全否定かよ。しかも人の頭の中で!」

万屋メンバーの予想されるリアクションに突っ込みを入れつつ、彼はなけなしの武器であるラケットを片手に森の中を行く。

「――ぁぁぁぁ」

おや?
誰かの声が聞こえた気がした。
七十人もの人間が集められているのだ。人の声が聞こえるぐらい、べつだんおかしなことではない。
おかしいのは、それがどうも真上の方向から聞こえたということで――

「きゃあああああああああああっ!?」

もはや幻聴と呼ぶには無理がある、黄色い悲鳴。
新八はぎょっと上空を仰いだ。


そして彼は、少女と出会った。


真っ白い制服を着た幼い少女が、新八のもとへと真っ逆さまに落ちて来た。
新八の頭が、その一瞬『理解不能』の空白で埋まる。

――銀さん、空から女の子が……

志村新八、16歳。
彼女いない暦16年。これからもできる見通しは無し。
俗な言い方をすれば女性には餓えていた。
しかし、だからと言ってこんなベタベタなボーイ・ミ―ツ・ガール
――しかもこんな小さな女の子相手に――を幻視するほど虚しい男ではない。

何て言ってる間もなく、少女は等速運動に則った落下で地面へと迫り、
新八はとっさに少女の落下地点へと駈けつけ、

「ぐぼはっっ!!」

振って来た少女を、己の胸で受け止めた。

――というより、直撃を受けた。



※   ※

「ほんとうに、ほんとうにごめんなさいっ!」
「そんなに謝らなくていいよ。なのはちゃんが怪我をしなくて済んだんだから」

高町なのはが顔をあげると、そこにはメガネ少年――志村新八と名乗った――の笑顔があった。
なのはの落下を受け止めてくれたこの人は、あんな高さからの直撃を受けたにも関わらず、なのはのしたことを笑って許してくれた。
「僕のことなら大丈夫だって。ギャグ漫画で突っ込みを張るならこれぐらいで倒れてられないよ」
「ギャグ漫画? ……新八さんはお笑い芸人さんなんですか?」
激突の後はしばらくぴくぴくと痙攣していたし、メガネにはヒビが入っていたのだが……。
でも、落ちて来た先が殺し合いに乗っていない人で良かった。
もしこの場所にいたのが危ない人だったら、なのははそのまま殺されていたかもしれない。

失敗の由来は、支給品の中に『跳(ジャンプ)』と書かれたカードを見つけたことだ。
レイジングハート無しではほとんどの魔法を使えないなのはだったけれど、そのカードからは何だか独特の魔力が感じられた。
説明書によると、そのカードを使っている間は天高くまで跳ぶことができるらしい。
デバイスを持たないなのはは思った。
これを使えば、ユーノ君やフェイトちゃんを探すのに役立つかもしれない。
カードを掲げ、その名前をとなえると、なのはの両の靴に光の羽根が生える。
アクセルフィンの翼に似ていると思った。
なのはは力強く地面を蹴った。
それがいけなかった。
予想していたより、ずっと高くまで跳んだ。
『アクセルフィン』と同系統の魔法だと思ったのも失敗だった。
いつも飛んでいる時と同じ様な先入観だったので、姿勢保持を間違えて空中で天地が反転した。
『跳』のカードにできることは、文字通りジャンプだけ。
飛行魔法と違って、落下中に姿勢を立て直すことはできないのだ。

一度使ったカードは、6時間後まで使えないという。もったいないことをしてしまった。

「結果的には、お互い殺し合いに乗っていない人と会えたんだから良かったじゃないか。
なのはちゃんも友達を探してるみたいだし、一緒に探そう。
二人でいれば、警戒されにくいだろうし」
なのはの支給品から譲り受けた日本刀を腰にさして、新八は立ち上がった。
「はい! がんばります!」
新八の人のよさそうな感じと言葉は、なのはを信用させるのに充分なものだった。
フェイトちゃんはユーノくんも、こういう信頼できる人と会えていますようにとなのはは思って、

ガサガサ、と茂みをかき分ける音がした。

なのはと新八はびくっと震え、後方を注視する。

そこに出現したのは、

「やぁ、はじめまして」

全身を、ターミネーターのロボットのような黒光りする鎧で覆った人間だった。

その顔面部を覆う面頬は、音楽の教科書で見た、能の『般若』のお面のよう。

なのはと新八は、再び悲鳴を上げて跳び上がった。



※   ※

結果を言おう、その人――『カノン・ヒルベルト』はいい人だった。

いい人、というか、覆面の下から出て来た『にぱーっ』という笑顔に、二人とも毒気を抜かれてしまったのが正直なところだ。
そしてその人は、二人の参加者を探していると言った。

「鳴海歩とミズシロ火澄という二人に心当たりはないかい?
この二人を死なせるわけにはいかないんだけど」

こんな状況で、自分以外の人を心配できるのなら、その人は殺し合いに乗っているわけではないのだろう。
「ごめんなさい。僕たち、この殺し合いで出会ったのはお互いが初めてなんです」
「その人は、カノンさんのお友達なんですか?」
カノンは涼しい顔をして言った。
「ううん。実は、ある人から二人の護衛を頼まれていてね。
その人は参加者じゃないんだけど、一応は依頼を守ってあげたいんだ」
護衛……という言葉がなのはの好奇心を刺激する。
もしかして、クロノくんが働いている時空管理局のように、何か専門的な仕事をしている人なのかもしれない。
だとしたら、味方としてはとても頼りになりそうだ。
「あの……良かったら、カノンさんもわたしたちと一緒に探しませんか!
そうやって味方が増えていけば、きっと殺し合いも止められます!」
「ふむ。……その前に、一つだけ聞いていいかな」
「はい!」

「君たちは、どうして殺し合いに乗らなかったんだい?」

なのはは少し困った。
「人殺しなんて、したくないから……だと思います」
「うん、それはそうだね。でも、単に誰も殺したくないってだけじゃ、どっちみち十二時間ルールで全員が死んでしまうよね。
君たちには何か、ここから脱出する方法でもあるのかな?」
あくまで穏やかに、カノンは問いかけた。
なのはは、やっぱり答えに困った。
魔導師としての成長は著しいとはいえ、高町なのはは魔法を習い始めて未だ数カ月だ。
魔法を使っての戦闘はずいぶん上手くなったけれど、魔法知識自体はまだ知らないことばかりだし、『呪い』とやらを解除する方法も分からない。
もしかしたらユーノくんやフェイトちゃんなら、なのはより多くの魔導の知識で、刻印の解き方も分かるかもしれない。
でも、『もしかして』という方法を、脱出法として説明してしまっていいものか。

なのはが迷っていると、カノンが先に謝った。
「ああ、意地悪なことを聞いてしまったね。ごめんね。
ただ僕にも、脱出する方法が分からなかったものだから」
そのカノンは本当に悪かったと思っている風で、なのはから焦りが抜ける。
しかし、そこで明るく言葉をつづけた人がいた。新八だった。
「僕も脱出の方法は分かりません。僕の知り合いの人たちも、『呪い』の解き方なんて分からないと思います。
でも、少なくとも僕は殺し合いをするつもりはありません」
カノンと新八が、静かだが真剣な視線を交える。
「なるほど。その心は?」
「殺し合いをしない理由なんて、結局、殺し合いなんてしたくないからです。だって、命を奪ったら、取り返しがつかないじゃないですか。
殺された方も、殺した方も。それは、僕にとって、自分が生き延びるよりも大事なことです」
新八の答えは、あまりにも明快で、そして高潔だった。
それこそ、9歳のなのはでも、すぐに志村新八という人間を理解できてしまうほどに。
「僕の仲間は、一度、間違えて人を殺しかけたことがあります。
普段はとても優しい女の子なんだけど、一度だけ、我を忘れてそうなってしまったことがあります。
僕はその時、その子が人を殺すのが本当に嫌だと思いました。こんなことが二度とあってほしくないと思いました。
ましてや、それが自分で選びとったことじゃなく、人から無理やり命令されたことなら」
なのはの心に、わずかに沈殿していたわだかまりが消えていった。
そうだ、脱出できるかどうかは関係ないのだ。
なのはだって、ユーノくんやフェイトちゃんが人を殺したりしたら嫌だ。
それを止めようとすることの、どこが間違っているというのか。
カノンも心から感心したように、にこやかな笑顔を浮かべた。

「『取り返しがつかない』か……。そうだね、僕もそう思うよ」

しかし続けてカノンがディパックから取り出したのは、そんな希望にヒビを入れるものだった。

銃だった。
それがサブマシンガンだとかライトマシンガンだとかの種別はなのはに分からない。
しかしとにかく、大型の銃だった。
それはあまりにも、なごやかな空気に不一致で、なのはは首をかしげた。
なんでカノンさんはそんなものを取りだしたんだろう。
きれいな構えで銃を持ったカノンを見て、なのはは呑気に、そんなことを考えていた。

「だから、せめて君たちは苦しまないように――」



「そこの三人。状況を説明してもらおうか」



張り詰めた弦のように緊張感に満ちた声が、場の気温を下げた。

横合いの茂みから姿を現したのは、セーラー服を着たカノンと同年代の女性。
細長い両の指で回転するチャクラムのようなリングは、女性の剣呑な視線とも相まって、鋭利さを強く印象付ける。
そして何よりなのはの印象に残ったのは、鼻筋を真横に横切る、ひと筋の傷跡。

「君は?」
カノンが短く問う。その視線は、先ほどまでの笑みが嘘のように、鋭く、冷たい。
「悲鳴が聞こえたので駈けつけた。
そこのキミ、何故二人に銃を向けているのか、説明してもらおうか」

どうやら、なのはの悲鳴――『跳』のカードの時か、カノンとの遭遇時か――を聞きつけたらしい。
――いや、いま重要なことは、そんなことじゃなくて。

そう言えば新八さんも、いつのまにか日本刀を構えている。

どうしてなのは以外の全員が、武器を構えているのか。
どうして、先ほどまで『殺し合いはいけない』という話をしていたのに、まるで臨戦態勢のようになっているのか。

どうして、と問いかけながらも、なのはの深層、魔導師としての闘争本能は、警告を発していた。
逃げるか戦うかしなきゃいけない。
でも動けない。どうしたらいいか分からない。

――レイジングハートがないことが、ここまで心細いものだったとは。

なのはの困惑などまるで意に介さず、
実際にその膠着が解けるのは、ほんの数秒だった。

張り詰めた弦はすぐに切れた。



――ガキン!

――ぱらららっ



サブマシンガンの弾丸の雨が、なのはたち二人の立っていたすぐ右に着弾した。



※   ※

茶髪の少年の目を見た瞬間、斗貴子は悟った。

コイツの眼は乾いている。
躊躇なく人を殺せる人間の眼だ。

高速でモーターギアの片輪を射出。
狙いは正確だ。その正確さと速さこそが、モーターギアの強み。

――ガキン!

発砲に先んじてギアがマシンガンの、その銃身に火花を散らす。
手首は狙わない。暴発の恐れがある。

――ぱららららっ

銃身がブレたことで狙いをそれた弾丸の雨は地面に着弾。
それでも引き金が絞られていたのはゼロコンマ1秒。
無駄弾を減らす為の慣れたトリガー操作だ。間違いなく戦いなれている。

敵が妨害に驚いた一瞬の隙に、斗貴子は跳躍。
マシンガンと二人の民間人の間に割り込み、己が体で射線を遮った。

「その殺気……貴様、明らかに一般人ではないな。もしやホムンクルスか?」
「ホムンクルス……? 何のことかな。フラスコの中から生まれたという意味では間違っていないけど」
敵は武装錬金に取り乱した様子もなく、銃口を軽く揺らめかせて『照準』を探す。
その銃口は、明らかに斗貴子の『後ろ』を狙っていた。

「君、その女の子を連れて逃げろ」

モーターギア射出のタイミングを見定めながら、斗貴子は背後の少年に命令した。

「そんな! 助けてくれた人を置いて逃げられませんよ」
「いい、足手まといだ。それに、誰がその女の子を逃がすんだ」

背後からはっと息を呑む音。そして、前方からは機械のような声。

「させないよ」

敵が、飛んだ。

そう、『跳ぶ』ではなく『飛ぶ』と言った方が正しい。
何の助走も踏み込みも無しに、翼があるかのごとく二メートル弱も飛翔。
斗貴子の頭上を飛び越え、後ろの無力な一般人から仕留める為。
そうはさせじと、斗貴子もまた飛んでいた。

ガキキン!
――ぱららっ


どごっ


神速の影が二つ、空中で交錯した。

激突音は鈍く響き、火花ではなく血霧を散らして両者は着地。

カノンの覆面の、両眼にあいた穴からじわりと血がにじむ
右手の人差し指と中指を返り血でしめらせたのは守り手の斗貴子。
彼女もまた、代償として受けた左手の痛みに歯を食いしばる。

「強引に押し通ろうとしたら、眼突きを狙って来るとはね」
「人の腕を足場にして回避した奴が何を」

二つのモーターギアは、銃口の妨害と少年への囮として、懐に飛び込む為だけに使われた。
斗貴子の二つの指は、少年の装甲に守られていない、面頬の中の眼球を狙った。
しかし少年は、斗貴子への蹴りによって空中で方向転換を果たしてみせた。
少年の蹴りは重かった。直撃は避けたにも関わらず、腕の骨がみしりと軋んだ。

背後から、ばたばたと二人が逃走する足音が聞こえた。
斗貴子はほっと息を吐く。腕をひとつやられたが、収穫はあった。

サブマシンガンの射程は短い。あとは斗貴子がこの防衛ラインを維持すれば、二人の命は安全圏にある。

「なるほど、ここには相当の手練れもいるということだね。じゃあこういうのはどうかな」
敵が再び飛ぶ。
同じ手が二度通用するものかと、斗貴子は再びモーターギアを射出し、跳躍。
しかし、サブマシンガンの銃身は、斗貴子の予測した位置を逸れた。
敵はサブマシンガンを、後方に振りかぶっていた。モーターギアがかわされる。

投げた。

約3キロのマシンガンにあるまじき弾速が、ギュオと風を切る。
しかし狙いは粗い。斗貴子は空中で首をずらして軽くかわす。
あり得ない攻撃だ。回避はそれほど困難でない上に、銃を失うデメリットは大きすぎる。
斗貴子はかわされたギアを空中でキャッチして改めて丸腰のカノンを――


――――ぐしゃり


小さな音だった。

それにも関わらず、とても不吉な音だった。
何かが、潰れたような、めり込んだような、

あり得ない。と再び思う。
否定したかった。
十数メートル先を走っていた相手に向かってサブマシンガンを投擲して、その相手の『頭蓋を叩き割る』などという真似が、人間の握力でできるはずがない。

――しかし、マシンガンを投擲したあの腕力、あの驚異的な投擲の速度を生みだせる人間なら?

少女の悲鳴が、その『あり得ない』を否定した。
「新八さん!? 新八さんっ!?」
度を失った悲鳴。
振り返る余裕などなかった。いや、正直、振り返ることが恐ろしかった。
しかし、その絶望的な叫び声からは、『ぐしゃり』で何かが起こったことは明白で――。

(そんな――)

回避したせいで、一人、死なせた。
戦士斗貴子にとって、それはあまりに重い悔恨をもたらすもので、

「ひとつ教えてあげるよ」

その悔恨は、致命的な隙。



※   ※

――失敗した。

志村新八を倒した一撃に対する、カノンの評価はそれだった。
本当は、なのはを狙ったのだ。その低い位置にある頭は、カノンの滞空する角度から狙いがつけやすかったから、
しかし、志村新八はとっさに動いていた。死角の外からの完全な不意打ちに、とっさに対応した。
カノンは狩猟で培われた驚異的な動体視力から、それを確認した。
サブマシンガンは、なのはを突き飛ばした新八のうなじに突き刺さった。
結果を見れば、二人の内どちらかを攻撃して、動きさえ止めれば良かったのだから成功したと言える。
しかし、一撃で仕留め切れず、苦痛を長引かせる結果となってしまった。

(まだ迷っているのか……?)

考えられる可能性は、カノンの迷い。
無関係の『一般人を殺す』という行為に、投擲速度が鈍ったこと。
しかし、心揺らされている暇はない。眼の前の少女は、躊躇いながら倒せるほど容易い相手ではない。

「ひとつ教えてあげるよ」

凍りついた少女に、コンマ一秒で肉薄。

蹴った。

ギリギリで津村斗貴子が着地していたことはわざわいした。
完全な隙をついての一撃だったのにも関わらず、後方に飛んで受け身を取ったのだ。

「がぁっ…………!」

しかし、それでも小柄な体がたっぷり数メートルは吹き飛び、太い樹木の幹へと激突。
げほっ、と咳を吐くと、肺に衝撃を受けたらしく呼吸が止まる。
本当なら、この一撃で血を吐いて死んでいるはずだったのだが……。

「この世界に悲劇はなくならないし、
諦めを知らないのは途方もなく愚かだよ」

しかし、しばらくは起き上がれないだろう。

カノンは余裕を持って、先ほど倒した少年たちの元へと歩み寄った。


志村新八の言っていたことは、全く正しかった。
ひとたび人を殺してしまえば、取り返しはつかない。
既に何十人も殺してきたカノンは、その『取り返しのつかなさ』を誰よりも知っていた。
新八の主張は間違いなく正しい。そしてその正しさは、そのままカノンに跳ね返る。

カノン・ヒルベルトはもう取り返しのつかないところまで来ていたのだから。


イングラムの銃身が、新八のうなじ、首の皮膚にめり込んで刺さっていた。
なのはがそんな新八の体を、狂ったように揺さぶる。

「なの……ちゃ…………ニゲ……」

重要な神経を損傷したのか、その言葉はたどたどしかった。
刺さっていたイングラムを引きぬくと、その体がビクビクとけいれんする。

イングラムを1メートルの距離で照準。
こればかりは、どんなに迷っていても、撃ち損じるはずがない。


――ぱららっ


ほんのちょっとだけ引き金を搾ると、パラベラム弾が新八の頭部を破壊した。

――『殺した』のではない。『楽にした』のだ。
カノンが殺さなくとも、いずれはほとんどの参加者が清隆の生贄となるのだから
そう己に言い聞かせる。

詭弁だった。
分かっている。

たった今この瞬間から、カノン・ヒルベルトは『殺人鬼』になったのだ。
“敵”だけを殺す『ハンター』ではなく、正しい人間をも見境なく殺す『殺人鬼』に。

「新八、さん……」

なのはは凍りついた瞳で、破壊された頭部をじっと見上げている。
怒るでもなく、悲しむでもなく、ただ恐怖している。
カノン殺されると怯えているのではない。
起こったことが『理解できない』が為に恐怖しているのだ。
当たり前の反応だ。
9歳の小学生が、人の頭が撃ち抜かれる光景を見慣れているはずがない。
それ以前に、人の『死』自体さえ、そう何度も経験するほどの年端に達していない。

――だから、せめて、その絶望を理解する前に楽にする。

カノンはイングラムの銃口を、きっちりとなのはの頭に照準した。



キュン、と風を切る音がした。

「何……?」

引き金を引く指が急激に重くなり、カノンはイングラムを再確認。
トリガーの間に、ちょうどいい大きさの小石がはさまり、イングラムの引き金を封じている

『小石を投げた誰か』が、引き金をひくことを妨害した。

「こんなもので……!?」
流石のカノンも絶句する。
こんな小さな石を投擲して、ピンポイントでトリガーの小さな隙間を狙えるとは、
いったいどういう人間なのか。

しかし驚く暇は与えられなかった。
『何か』が唸りを上げて迫り、カノンは横っ跳びに回避。
『銀色』の人影が、カノンのいた地面へと鋭い飛び蹴りを叩きこんでいた。

地面がえぐれ、銀色のコートが大きくひるがえる。



※   ※

「せ、戦士長!?」

気力だけで立ち上がった津村斗貴子は、現れたその姿に、まず己の眼を疑った。

全身を――顔さえも立てた襟で隙なく覆う白銀のコートに、同じく白銀のウエスタンハット。

――防護服の武装錬金、シルバースキン。

その鎧をまとえる人間は、この世にたった一人しかいないはず。
しかし、と斗貴子は思いなおす。
支給品の核金から、バルキリースカートではなくモーターギアが呼び出されたことを。
ならばあの人間は、

「どうやら、お前は津村斗貴子の言っていた『化け物』にあたる人間らしい」
感情の読み取りずらい淡々とした声で、彼は敵に呼びかけた。

「桐山君? 何故、ここに。待機しろと言ったはず」
斗貴子は打ちつけた体を鞭打って立ち上がり、桐山の元へと走り寄る。

「やれやれ……君たちは傭兵か何かかい?」
流石のカノンもシルバースキンの異様には驚いたらしく、距離をとってマシンガンの弾倉を詰め替えている。

桐山は、コートの詰め襟の奥の瞳で、斗貴子をまっすぐ見据えた。
「俺は戦える。そして俺はこの命を、お前の言った『目的』の為に使いたい」
恐れも濁りもない。ただただ純粋な瞳だった。
(……こんなに迷いなく戦いに飛び込んでくるとは……この少年、戦士としての素質がある?)
桐山は「すまない」となのはに声をかけて志村新八の遺体から引き離し、ディパックを回収。
そして遺体が持っていた日本刀を掲げて、敵に対峙し――

「待て」

斗貴子は右腕を出して、戦闘態勢に行こうした桐山を制止した。
蹴撃のダメージは、だいぶ癒えた。
彼ならば、この少女を預けても大丈夫だ。
それに斗貴子は、カノンの知らない支給品をまだ二つ持っている。
まだ、戦える。勝算はある。

「桐山くん……少し、キミに、興味がわいた。それでも、私は君たちがいない方が戦いやすい。
桐山君は、その少女を連れて走れ。何としても守ってほしい。
これは君を認めたからこその命令だ。それに」

チャクラムを再び指先に搭載。

「――こいつは、私の“敵”だ」

彼女を駆り立てるのは、簡単に罪のない人間を殺した、“敵”に対する憎悪。
そして、簡単に犠牲者を出してしまった己に対する激しい怒り。

「了解した」
「あ……」

桐山は命令を肯定するや否や、なのはを小脇にかかえる形で抱き上げ、シルバースキンの重装甲も苦にせず疾走した。

「感情をそのまま攻撃力に転化できるタイプか……これは少々、骨が折れそうだね」

二対一は不利と判断したのか、敵は桐山たちの逃走をそのまま見送る。

「それ以上、喋るな」

斗貴子にとって、敵とおしゃべりを交わす余地などはない。
この男は、無辜の少年を殺した。
例え殺し合いの場だとしても、殺戮を生む存在はその理由いかんを問わず、
斗貴子にとって完全な“悪”だった。
敵は、全て、殺す。

「貴様は私が、今ここでブチ撒ける!」

【Fー2/川の南岸/深夜】

【津村斗貴子@武装錬金】
[状態]左腕の骨にひび、腹部に打撲、桐山に『少し興味』
[装備]モーターギア@武装錬金
[道具]基本支給品一式、不明支給品2(武器らしい)
[思考]基本・力無きもの(民間人)は保護し、化け物(殺戮者)は殺す。
1・眼の前の男を確実にブチ撒ける。
2・しかる後に桐山くんたちを追う。
3・ゲームの打倒
※桐山和雄を、正義の心を持った人間と判断しました。

【カノン・ヒルベルト@スパイラル~推理の絆~】
[状態]まぶたを負傷(眼球に異常なし)、殺人による精神的苦痛
[装備]装甲@吸血鬼のおしごと
イングラムM10サブマシンガン@バトルロワイアル
[道具]基本支給品一式、予備弾倉残り4
[思考] 基本・『実験』を早く終わらせる為に殺し合いに乗る
1・目の前の女性を殺す
2・ブレード・チルドレンでなかろうと殺す。
3・アイズ、浅月、亮子はできれば直接手にかけてやりたい。
4・アイズ・ラザフォードは、殺せる機会が来るかは分からないが、殺せると思っている。
5・機会があれば、鳴海歩がミズシロ火澄を殺すように仕向ける。
※参戦時期はスパイラル5巻、来日する直前です。
(鳴海歩とは面識がないものの顔を知っています。ミズシロ火澄とは面識があります。結崎ひよののことは完全に知りません)


「あの女の人、大丈夫かな……」
なのはは桐山に抱えられたまま、後ろを振り向こうとする。
しかし、男の右腕はなのはの体をがっちりと捕獲していて動けない。
コートの男の人は淡々と言った。
「俺は津村斗貴子から、あの場は任せてお前を保護するように指示された。
だから、俺は彼女の判断に従うしかない」

あの女の人もコートの人も、殺し合いには乗っていないようだけど、しかし襲って来た敵を迎え撃つことはちゃんとできていた。
あの場で、なのはだけが何もできなかった。
その事実が、なのはの心を軋ませる。

せめて、レイジングハートがあれば良かった。
魔法が使えれば、なのはだって、いつものように――

――本当にそう?

なのはの心にいた冷静な部分が、冷やかにそう尋ねた。

水をかけられたように、なのの温度が下がる。

――魔法で戦ったとして、本当にあの人を止められたの?

確かに、レイジングハートがあればシールドで銃撃を防ぐことも、砲撃でカノンを打ち倒すこともできただろう。
しかし、魔法でカノンを行動不能にしたとして、その後はどうしていただろう。
説得してあのカノンを反省でもさせるつもりだったのか?
あの戦いは、なのはの知る戦いではなかった。
フェイトとぶつかりあった時とは、根本から違っていたのだ。

フェイトという少女に対しては、お話がしたいと思った。
何度もぶつかって、戦ってきたけれど、寂しそうな瞳に共感し、友達になりたいと思った少女。
彼女は確かに悪いことをしていたけれど、それはそうしなければならない悲しいことがあったからであり、それを助けてあげられたらと思った。
だから、全力でぶつかりあって、そして私が勝てば、その時はお話を聞いてもらえると思った。

でも、あの時のカノンという人は違った。

言葉が通じないと、思った。
フェイトのような、悲しげな瞳ではなかった。
乾いた瞳だった。
人間の瞳をやすりにかけてボロボロに研磨したような、擦り切れた目だった。
なのはの言葉では、あの人は止まらない。
フェイトちゃんの時のように、戦ってぶつかり合えばお話を聞いてもらえるという自信が、欠片も持てない。

お話がしたいんだ、と
本来なら当たり前のように言えた、その言葉が言えない。

カノンを食い止めようとした津村斗貴子さんという女の人も、あの人を殺すつもりでいるように見えた。
あの戦いは、本当に“殺し合い”だった。
現に、新八さんが、死んだ。

なのはの魔法は非殺傷設定を搭載していて、それを解除しない限り敵を傷つけることはできない。
バインドで動けないようにしたとしても、なのはの今の技術では、殺し合いが終わるまで拘束しっぱなしにしておくことなどできない。


つまり、あの人を止めるためには、あの人を殺すしか――


できない、と思った。


人を殺す、ということを視野に入れたその瞬間、心が『できない』と言った。


なら、高町なのははこの『殺し合い』を止められない?
高町なのはは、無力でいるしかない?

――9歳の少女は、生まれて初めて覆しようのない『理不尽』を目の当たりにしていた。

【F-3/川の南岸/深夜】

【高町なのは@魔法少女リリカルなのは】
[状態]精神的ショック(大)、桐山にだっこ
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、不明支給品0~1、『跳』のカード(6時間以内使用不可)
[思考]基本・殺し合いには乗らない……
1・新八さん……。


桐山和雄は、その対峙を見て、装甲の男を『化け物』、襲われた少女を『弱者』と断じた。
状況から津村斗貴子が彼と交戦したことは明白であったし、何より看過すれば少女はそのまま撃ち殺されていた。
そして、津村斗貴子の『少女を保護して逃走しろ』という命令によって確信を得た。
この少女は、津村斗貴子の定義するところの『保護すべき弱者』である。

桐山和雄は少女を抱えて走りながら、頭の中に会場の地図を描く。
津村斗貴子は合流場所を指定しなかった。
万が一にも襲撃者を取り逃がした場合、合流場所に先回りされる危険性を考えてのことだろう。
しかし、この会場には人の集まりそうな施設が幾つか配置されている。
戦闘を終えた津村斗貴子が、その内のいずれかを探索する可能性は高い。
近辺の施設は、警察署、病院、そしてコンビニ。
……津村斗貴子は負傷していたようだし、病院に向かう可能性が高いか。
桐山はそう考え、川の上流へと駈けた。

桐山和雄には、ひとつの誤算があった。

その少女、“高町なのは”は、決して弱者ではない。
人を殺す覚悟も備わっておらず、またあったとしても現状ではそのデバイスも備えていないが、
後に『エース・オブ・エース』と呼ばれる膨大な魔力量は既に顕在。
桐山和雄の住んでいた世界の常識からすれば、充分に“化け物”と言える魔道の潜在能力を有している。

もしその事実を知った時、彼は、


【志村新八 死亡確認】

【残り65人】

【F-3/川の南岸/深夜】

【桐山和雄@バトルロワイアル】
[状態]健康
[装備]シルバースキン@武装錬金、鉄子の刀@銀魂
[道具]基本支給品一式×2、不明支給品0~2、竹田千愛のノート@〝文学少女〟シリーズ
イエローの麦わら帽子@ポケットモンスターSPECIAL、テニスラケット@テニスの王子様
[思考] 基本:「力なきもの(一般人)」を保護し、「化け物(強者と判断したもの)」は殺す。
1・少女を保護しつつ、病院へ移動。
2・装甲服の男を『化け物』と認識

【竹田千愛のノート@〝文学少女〟シリーズ】
竹田千愛が己の半生を回顧して書きつづった自伝とも言えるノート。
これを読めば、彼女の気持ちが理解できるかも……。

【鉄子の刀@銀魂】
村田兄妹の妹、鉄子が鍛えた日本刀。鍔の部分にウ○コのような形のとぐろを巻いた竜が彫られている。
鉄子の願いが込められた一振りであり、紅桜と互角に渡り合う切れ味を持つ。

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最終更新:2011年08月30日 20:32
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