07 『絶海の孤島・ミステリーツアー』1日目朝の放送

 どれほどの時間そうしていたのかを、サトミはまるで意識できていなかった。
 鉄の棺桶の中での目覚めから、放送。そして突然蘇った忌まわしい記憶。
 自分がこの手で、娘を殺したということ。
 そられ全てが、彼女の意識をかき混ぜ、千々に乱し、思考を阻害していた。
 一旦、最初に目覚めた鉄の棺へと戻って、横になり目を瞑ってみた。
 そんな事をしたところで、ここでこうしている事がただの夢であり、かつての生活に戻ることが出来るわけなどないことなど、はっきりと分かっている。
 数分、数十分、或いは数時間、サトミはただそこで横になって目を瞑り、或いは再び起きあがって辺りをうろうろと徘徊し、また戻っては今度はうつぶせになってみたりを繰り返していた様だった。
 その間、少しの間は眠っていたかもしれない。夢と現実の境がはっきりとせず、棺の中で眠り、また目覚めても変わらずにそこにいることを知り、再び彷徨っていたのかもしれない。
 木にもたれ掛かりその匂いと感触を実感し、または小さく何事かを呟いては、今度はさめざめと涙を流す。
 自分自身、そこで何をどうして時間を過ごしていたか、はっきりと分からない。
 恐れる事も、逃げまどうことも、隠れる事も、或いはその両足で歩き進み、また戦うことも、あらゆる全てを選択できず、ただ時が無為に過ぎていった。
 満天の星空、である。
 都会では見ることの適わぬ、美しく澄んだ星空の元、鬱蒼とした木々に囲まれた空間で、サトミはただ何ら意味のある事を出来ずに居た。
 それが次第に白み始め、太陽が徐々に水面から顔を覗かせ始めた頃、突然の放送があたりに木魂し始めた。


『絶海の孤島ミステリーツアーに参加なされた名探偵の皆様、おはよう御座います』
『これは、ゲームの進行をお知らせするための定時放送でございます』
『有能にして勇敢な皆様方のご活躍により、なんと夜が明けるまでの間に3名! 3名もの犯人が、その犯したる罪を償う事となりました!』
『1人目の犯人、その名はスコット・戸向。彼は日系三世の元海兵隊員で、某基地に配属され日本に居ましたが、酒に酔い当地の少女を襲い、結果ジープでひき殺したという大悪人でありました!』
『2人目の犯人は、庚山啓一! このたちの悪いチンピラは、組織暴力団の使い走りとして、様々な悪事に手を染めていました!』
『違法薬物の密売人をし始めてから、それらを私的に流用。その薬物を使い酩酊した女性に暴行凌辱すること数度、後に1人の女性を死に至らしめました!』
『そして3人目の犯人は、花村庄一! 一見木訥な外見とは裏腹に、恐ろしいことにこの男は、自らの妻子をその手に掛けているのです!』
『このような悪行、神は決して許さず、この島にて名探偵の皆様方によって罪を暴かれる結果となったのです!』
『しかし、皆様方。ご安心なさるのはまだ早い!』
『或いはもしかすると、この島にはまだまだ多くの大悪党、卑劣漢、罪深き犯人が隠れ潜み、名探偵の皆様方へと逆襲をせんと付け狙っているやもしれないのです!』
『さあ、決して油断なさらず、彼ら悪党の罪を暴き、償いをさせましょう!』
『それは、貴方なのかもしれませんよ?』


 島内各所に設置されているのであろうスピーカーから発せられたそのアナウンスは、音声を加工してはあるものの、最初の舞台で司会進行をしていた、城主を名乗る男によるもののようだった。
 ただ漠然とその事は理解できていたサトミだが、かといってそこで告げられた内容に対して思うことは特にない。
 というより、何を告げられていたのかすら、よく分かっては居なかった。
 それでも、日の出と共に長い間の迷妄からは些か覚醒し、朝の湿った空気に少し身震いをする。
 辺りを見回し、やはりここが南の島とでも言うべき場所であることをきちんと認識し始め、そして自分がどういう経緯で今ここにいるのかも把握していた。
 そうだ、と。
 私は罪人としてここに連れてこられ。
 そして、罪人として罪を償わせられようとしているのだ。
 その事が、サトミのはっきりし始めた意識によってなされた、現状認識である。
 誰かが ――― それが誰かはまるで分からないが ―――、私の罪を罰したがっている。
 それは夫であろうか。或いは夫の両親であろうか。または、もしかしたら夫の姉であるかもしれない。
 夫の ――― いや、今はもう、元夫、というべきなのだろうか。
 殺人の記憶同様何故か忘れていたが、サトミが娘を殺した後、2人は離婚をしている。
 だから今、サトミは夫の性から旧姓に戻り、天祢聖美となっている。
 二度と、名乗りたくなかった、元の姓に。
 ひとごろしのむすめは、やっぱりひとごろしだ。
 元夫の、その両親の、或いは姉の言った…言ったかもしれなかった…その言葉が、サトミの中に蘇る。
 ああ、その通りだ。
 サトミは持っていたバッグにあったそれを手に取った。
 それは鋭利な、よく手入れをされた刃物。
 おそらくは外科医が使う、手術道具のセットの中にあった、メスであった。
 バッグの中にあったそれが、誰かを救うために使えという意味だったのか、その鋭いメスで誰かの血肉を抉れと言う意味だったのか、それはサトミには分からぬ事だった。
 しかし、サトミは後者を選んだ。
 誰か、とは、他の誰でもない。自分自身を。
 朝日に鈍く光る銀色のメスを両手で持ち、震えながら翻して自らの喉元に当てる。
 あと少し、あとほんの少し、その手に力を込めれば、頸動脈が切断され、噴水のように血が溢れて、じきに全てが流れてゆくだろう。
 あと少し、あとほんの少し ―――。
「駄目だ、サトミさん!」
 誰が叫んでいた。
 反射的にサトミは刃を首に当てて引く。
 痛みが、血が、サトミの意識と視界を覆い、赤く染め上げる。
 その赤い薄膜の向側に、見たことのある顔があった。
 前日知り合っていた男。
 よく日に焼けた顔の青年医師、結城照伸であった。

【1日目:朝】 

【参加者資料】
天祢聖美 (アマネ・サトミ)
女・24歳・無職
罪:子殺し
備考:手術道具一式
ポイント:100

結城照伸 (ユウキ・テルノブ)
男・28歳・医師
罪:薬殺
ポイント:100  


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最終更新:2011年07月03日 05:14
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