自暴自棄のアイドル

海に面した砂浜で、高槻やよいは放心した顔で座り込んでいた。つい先ほど目の前で起きた事が、現実の事と思えなかった。
夢でも見てるのかもしれない。そう思って頬をつねってみたが、予想通りというべきか、やはり痛かった。

辺りは闇に包まれていた。やよいは自らの肩を抱え、恐怖に震えた。
やる美という少女の肩から上が吹き飛ぶ光景が、目に焼き付いて離れない。
自分もいずれああなるのだろうか、そんなの嫌だ。絶対に認めたくない。

支給品や名簿はすでに確認してある。やよいのランダム支給品は鉈だった。
かなり重量があるため、小柄なやよいには満足に扱えそうにない。
勿論、これを使って人を殺そうなどという気はやよいには微塵もないのだが、
それでも十分に人を殺せ得る重量を持つ鉈を握りしめていると、恐怖心が僅かに減り、落ち着いてくる。

────名簿には、私の知り合いの名前が沢山あった……七人も……
皆と殺し合いなんて出来るわけない……。怖い。怖いよ……。死にたくないよ。

とにかく怖かった。やよいはまだ中学生。夜、辺りに何もない砂浜にいるだけで、彼女にとっては十分なほど恐怖。
ましてやバトルロワイアルの中であるから、彼女の恐怖心は一層強まるのだった。
会いたい。とにかく誰かに会いたい。そう強く願い、やよいは鉈を片手に立ち上がる。

────このまま一人でいたら、怖くて怖くて死んじゃいそうだよ……

とぼとぼと砂浜を歩く。しばらく行くと、木造の民家が見えてきた。
どうやらあれは海水浴場によくある海の家のようだ。今の季節は秋。
暑い盛りに見る海の家は、こちらまで熱くなるような明るい熱気に覆われているが、
肌寒い秋の夜に見る海の家はなんだかちぐはぐな違和感を感じて、酷く不気味だ。

やよいは恐る恐る海の家に近づく。もしかしたら誰かいるかもしれない。
いなかったらいなかったで、朝までここに隠れていよう。こんな夜に一人でこれ以上歩くなんて、怖すぎる。
やよいはゆっくりと、海の家の扉を開いた。

「ああん……あんた誰よ? 誰の許可を得て私の家に入ってきてるのよ」
「はわっ!」
部屋から漂う酷い酒臭さに、やよいは思わず身を引いた。
部屋の中央の机の周りに置かれたチェアの一つに、赤い服を身にまとった、
やよいとは比べ物にならないくらいに肉付きの良い女が座っている。
よくよく見ると机の上にはビールやら日本酒やら、古今東西あらゆる酒が大量に置かれている。
さらに、お菓子のビスケットが入った袋が机に開かれていた。ビスケットはほぼ全て食べられている。
酒のいくつかはすでに空のようだ。どうやら女が飲んだらしい。空になっている分を全て飲んだのだとしたら、かなりの量だ。

すでに泥酔している女には近寄りがたい雰囲気がぷんぷん漂っていたが、やよいは意を決して、部屋に一歩踏みいる。
どこか怖い印象を受ける女だが、さっきまで味わっていた孤独と恐怖を、もう一度味わうのは嫌だった。

────怖い。怖いけど、本当に悪い人なら、私が部屋に入ってきた時点で襲いかかってるよね……

「あの、私、高槻やよいと言うんですけど。あの私、殺し合いなんて絶対にするつもりはないです!
 あの……お姉さんは、どうですか……?」
女が生気のない眼をやよいに向ける。やよいはびくりと体を震わせた。そんなやよいを見て、女は意地悪そうに微笑んだ。
「ふふふ……私はめーちゃんよ。殺し合いなんてするわけないじゃない。バカバカしい。
 それより、やよいちゃんさあ、私の顔見て何か気付かない?私の顔見た事ない?」
「えっ……顔、ですか?」
唐突に問われた意図不明の質問にやよいは答えられなかった。

「うっうー……わかんないです。でも、どこかで見た事があるような……思い出せないんですけど」
メイコはそれを聞いた薄く笑った。どこか自虐的な笑みだ。
「やっぱり、そんなもんよね。それじゃあさあ、咲音メイコってアイドル、聞いたことある?」
「あっ、それならあります。私達の先輩ですから! 最近はあんまり見なくなったんで悲しいんですけど」
メイコの目が目ざとく光る。
「へえ、初音ミクが先輩って事は……なに?やよいちゃんもアイドルなわけ?」
「あ、はい。まだまだ見習い。アイドル候補生なんですけど」
「へえ~」

メイコが意味ありげな視線をやよいに向ける。じっとりとした視線を感じた、なんだか気持ちが悪かった。
しばらくの沈黙の後、メイコは日本酒をついだコップを片手に、語り始めた。
やよいに語りかけているのか、それとも独り言を呟いているのか。あまりに酔っ払っているのでどちらなのかよく分からない。

「アイドルなんてほんと若い時だけよね。特に最近はそれが顕著。日本の男はどいつもこいつもロリコンばっかりになってきてる。
 二十歳でもう年増扱いよ。信じられない。昔はある程度通用したみたいだけど、咲音メイコの時代にもなるともうどうしようもないくらいに、
 日本中にロリコンが蔓延っていたわ。そんな中、見た目の可愛さだけで生き残ろうと思っちゃ駄目ね。花はいずれ枯れるものよ。
 咲音メイコは何の努力もせず、持って生まれた容姿だけに頼る、そんな二流のアイドルだったわ。
 馬鹿みたい。年をとっても生き残るには、世間に強烈なキャラクター性を見せつけるしかないのよ」
「そう、なんですか。参考になります」

正直よく分からなかったが、感心したふりをして頷いておいた。
泥酔した大人は、子供から見るととても怖いものだ。やよいもやはり、めーちゃんと名乗る酔っぱらいが怖かった。
どうしてこんな異常事態なのに、お酒なんて飲めるのかなあ……、やよいは疑問に思う。

「本当に気付いてないの? 私の名前はね、メイコって言うの。咲音メイコと私は同一人物」

メイコの告白に、やよいは言葉を失った。なんとも言えない重い沈黙が部屋を支配する。

「若い頃は散々持て囃した癖にすぐに人を年増扱いしやがって……日本の男なんてどいつもこいつも変態のロリコン野郎ばっかりだわ。
 挙句の果てに二十歳を過ぎたら人をババア呼ばわりしやがる。あんな変態共はずっと二次元に夢中になっていればいいのに、
 どういうわけか三次元にまで手を伸ばしてくる。児童ポルノ法を改良して全員死刑にすればいいのよ」

愚痴を吐きながら日本酒の入ったビンをラッパ飲みする。
メイコの顔は酔っ払っているためか耳まで赤く紅潮し、両目には涙が滲んでいた。
やよいはメイコが怖くて一言も口を開く事が出来なかった。

「何よ……若い頃からアイドルシンガーになりたくてなりたくて、やっとの事なったって言うのに、
 二、三年ちやほやされただけでアイドル人生終了よ。年をとる毎にどこも仕事をよこさなくなったし、
 新曲を発表しても、後続のガキ共の話題性には到底叶わない。挙句の果てにバトルロワイアルよ!?
 何が殺し合いよ!なんなのよこの人生!そりゃあ私は売れるための努力を怠ったけど、
 何か私が悪い事をしたって言うの!?ふざけんじゃないわよ」

メイコの口調が荒荒しくなってきた。やよいは目をつむって恐怖に耐えた。
やっぱり一人でいた方がマシだったかもしれない。見ず知らずの女の愚痴に耐えるよりかは、マシだったのかも……

「ねえ、やよいちゃん……あんた初音ミクって知ってる?このゲームにも参加してるわよね」
「えっ……あ、はい。勿論知ってます」
「そりゃあ知ってるわよね。世間からの人気は鰻登り、今や国民的アイドルの名を欲しいままにしてるものね」

メイコの表情は複雑の極みだ。きっと彼女は初音ミクに対して逆恨みに近い憎しみを抱いているに違いない。
私も、自分はアイドルなんて言ったら、殺されるかもしれない。

「ねえ、ミクについてやよいちゃんはどう思うの?」
「えっと……初音ミクは……」
「答え難そうね」
メイコはやよいを凝視している。それにしても難しい質問だ。
どう答えればメイコの機嫌を損なわずに済むのだろうか。

「可愛いわよね……」
「あ、はい。それは、もう……可愛いと思います」
メイコ自身が可愛いと言うのなら、やよいも可愛いと言って何の問題もないはずだ。
「でも、可愛いだけじゃ駄目なのよ。いくらミクでも……」
「そう、なんでしょうか……きっと、そうなんですね」

「いくらミクでも、可愛いだけじゃ駄目、何か強烈なキャラを持っていないと……
 でも、ミクはきっと大丈夫よ。いえ、大丈夫だったのよ。それなのに……」
「……あの、どういう意味ですか?」

メイコの発言の意味がよく分からなかったので、思わず質問してしまった。すると沈黙。
メイコはまた日本酒をラッパ飲みし、机に顔を伏せた。時折、喘ぐような声が聞こえてくる。
泣いているようにみえる。

「やよいちゃん……もしかして私が初音ミクの事を恨んでるなんて思ってるんじゃない?」
か細い声。そんな事ないです、と即答し必死に首を振った。
「恨んでなんかいないわ。実はね、私とミクは結構親しい仲なの。実際、可愛い妹みたいなもんよ。
 私にとってミクは。ふふっ……信じられないって顔してるわね。本当よ」

そんな顔をしているつもりはなかったのだが、やよいは確かに口を開いてバカみたいな顔で驚いていた。
咲音メイコと初音ミク……かたや今を時めくトップアイドル、かたや──こう言うとなんだが──落ちぶれた旧世代のアイドル。
世代からして違う。年齢もかけ離れている。

「ミクは、私と違いこれからも長くアイドルとしてやっていけるはずだった。私が反面教師として、あの子に沢山アドバイスしたから。
 あの子は私のアドバイスを落ちぶれの戯言と馬鹿にせず、素直に聞き入れてくれたから……」
「そう、なんですか。」

「私はいつの間にか、ミクに自己投影していたわ。もし過去の私がもう少し賢ければ、きっとミクのようになっていたに違いない。
 私はミクが活躍するたびに、自分の事のように喜んだ。ミクと一緒に喜びを分かち合う事が出来た。
 だって、ミクは私だもの。ミクは、私の分身みたいなものなのよ……
 私が付いている限り、ミクはこれからも長くやっていけたはずだったのよ。そのための努力を私は惜しまなかった。
 長くやっていけた……いけたはずなのに。私もミクに励まされて人生をやり直そうと決意していたのに……思っていたのに…………」

私はゆっくりと、恐る恐る呟く。

「────バトル、ロワイアル……」

「それよ。ミクだけじゃなくカイトも、レンもリンも巻き込まれたわ!
 私やカイトみたいな老害だけを参加させればいいのに、どうして未来があるあの子達まで!
 もう何もかも嫌になってくる……なんなのよ……私の人生はいったい何のために────ふざけんじゃねえわよあのクソババア!!」

メイコはそれから、体を震わせながら本格的に泣き出してしまった。
一連のメイコの言葉で、やよいは気づいた。メイコは、自分の失敗を理由に初音ミクを逆恨みなどしていない。
それどころか、自分の娘のようにミクを可愛がり、アイドルとして長生きできるよう、愛情を持って見守っているのだ。

────悪い人じゃない……だけど……怖い。

「どうして、どうして私ってこんなに運がないのよ!どうして私だけじゃないの!?
 どうしてミクまで……なんなのよ殺し合いって!ああもう腹立つッ!!」

メイコはビンを持って暴れる。机に置いてある空の酒をあちこちに投げる。
嘆きはしばらく続き、その間やよいは部屋の隅でじっと震えていた。
やがて、メイコは疲れ果てたのか、眠りに落ちた。

────どうして、どうして

メイコはずっと自分の運命を呪っていた。アイドルとして落ちぶれ、後輩を見守ることしか出来なくなったメイコ。
ミクの成功を自分の事のように喜べるようになったが、バトルロワイアルの所為で何もかも台無しになってしまう。
メイコが暴れまわる気持ちは分かる。分かるが、正直言ってやめて欲しかった。

「どうして、どうしてってそんなの皆同じ気持ちだよ……メイコさんだけが悲しいわけ、ないのに」
やよいは何とも言えない感傷に胸をうたれ、部屋の隅で蹲って両目に涙をいっぱいにためる。
これから私、どうなるんだろう……。とにもかくにもバトルロワイアルは始まってしまった。
メイコの、そしてやよいの人生を大きく狂わせることになるバトルロワイアルが……

【一日目/深夜/6-I 海水浴場、海の家】
【MEIKO@VOCALOID】
[状態]:健康、泥酔、睡眠中
[装備]:なし
[所持品]:基本支給品一式(パン残り2個)、お酒セット、ビスケット入りの袋(残り2袋)
[思考・行動]
1:睡眠中

【高槻やよい@アイドルマスター】
[状態]:健康
[装備]:鉈
[所持品]:基本支給品一式(パン残り2個)
[思考・行動]
1:メイコが目覚めるのを待つ。


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最終更新:2009年10月20日 22:26
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