祈りから始まって、呪いで終わる

木之本桜。友枝小学校六年生。
ついこの間、クロウカードをぜんぶさくらカードに変えて『世界で一番強い魔法使い』になったけれど、普段は朝寝坊もするし算数が苦手。
そんな普通の小学生だ。
「殺し合いなんて、できるはずないよ……」
支給されたディパックを抱え込んで、さくらは呟いた。
そう、こんな酷いゲームなんてできるはずがない。
最後の一人になるまで、誰かの命を奪うなことを、していいはずがない。
でも、あの男の人は反抗すれば死んでしまうと言っていた。
なら、私はどうしたらいいんだろう。何ができるんだろう。
うずくまり、頭の中の嵐を懸命に鎮める。
どうしたらいい?
どうしたらいい?
今までも、どうしたらいいか分からなくなったことはあった。
そういう時はどうしてきたんだっけ?

――泣くな。泣いても何にもならない。

「あ……」
そうだ。
こんな時、いつも『あの人』はそう言っていた。
そう言ってくれなかったら、さくらはもっとたくさん泣いてしまっていたと思う。
「小狼くん……」
そうだ。
『その人』もここに来ている。
いつも、さくらのいる場所にいてくれた。
『消』のカードで皆が消えてしまった時、『影』のカードを変えた事件で知世ちゃんがいなくなってしまった時、
いつもいつも、『彼』がいてくれたから頑張ることができた。
木ノ本桜の、『いちばん』の人。
「そうだよ。泣いたらだめだ……」
泣いていても、解決しない。
泣きやんで、考えて、動かなくては。
さくらは大切な人を守りたいし、悲しいことを起こさせたくない。
「小狼くんを探そう」
小狼だけではない。
人殺しをしたくない人なら、他にもおおぜいいるはずだ。
そういう人たちを助けて、助けてもらって、力を合わせてどうしたらいいか考えていこう。
こうして、ただの少女でしかない『この世で一番強い魔法使い』は、闇の中に光を見出した。

何度も深呼吸をして落ちつくと、ディパックを開ける。
先に進む為にも、まずは今ある荷物を確認しなくてはいけない。
中に入っていたのは、食糧やコンパス、懐中電灯といった、学校の野外活動で使いそうな道具、それにルールブックと参加者名簿だった。
参加者名簿を改めて確認したけれど、小狼以外の知り合いはいないようだ。
そして、さくらの個別支給品は、重たそうなぬんちゃくと、どうしてだか輸血用の血液。そして、拡声器。
武器として使えそうなものはぬんちゃくだけだったけれど、さくらはそれを使って人殺しなどしたくない。
輸血パックは……使い方が分からない。
拡声器は……。

ちかちかと、視界のすみで光が瞬いた。

顔を上げると、小さな灯りが茂みの向こうに見えた。
懐中電灯の灯りだと気づいて、さくらは立ち上がった。
つまりそこには人がいる。さくらと同じように、突然に連れて来られて困っている人かもしれない。
どきどきする心臓を服の上からぎゅっと抑えつけて、さくらは近づく。
背が高くて髪の長い女の人が、山道に立っていた。
兄の桃矢や、雪兎と同じぐらいの年齢に見える。
腰までのびたロングヘアーが、観月先生を連想させた。
キレイな人だったけど、何だかすごく怒っているように見えた。
それも、ただ怒っているのではなく『刺すような』目をしていて、それが怖かった。
今まで、攻撃的な人やカードに会ったことはあるけれど、誰かから憎まれたり恨まれたりしたことなんてない。
だからさくらには、その人の『刺すような』感じが怖かった。
もしかして、もしかしてあの人は、殺し合いに乗っているのだろうか。
そんなことを考えてしまい、さくらは慌ててその疑いを振り払う。
疑いから始まってはダメだ。
きっとその疑いは、相手に伝わり相手を傷つけるだろう。
相手もまたさくらを疑ってしまうだろう。
まずは、信じなくては。
「ぜったい……だいじょうぶだよ」
口の中で“無敵の呪文”をとなえて、さくらは歩み寄った。
「あの……私は、こんなゲームをするつもりはありません! だから、私の話を聞いてください!」
女性は、さくらを見た。
さくらと目が合って、女性の目の焦点が定まって、
女性は、とてもたおやかに微笑んだ。
「そうなの」
どきりとした。
見とれてしまうようなきれいな笑顔なのに、何かがおかしい。ここでそんな顔をするのがおかしい。
人を安心させるような笑顔なのに、ちっとも安心できない。
気がつくと女性は、さくらのすぐ目の前にいた。

「……でも、ごめんなさいね」

お腹が熱い。

蹴られた。
さくらの体が宙に浮いて、後ろに飛ばされて、それでやっと『蹴られた』のだと分かった。
ドシン、と木の幹にぶつかって、そこでやっと地面に落ちる。
「はっ……」
背中が、みしみしと軋んだ。
駆け抜けた灼熱の痛みが、背中を焼く。
お腹が熱い。叩きつけられた背中が熱い。
動けないさくらの耳に、女性の冷たい声が届いた。

「私はゲームに乗っているのよ」



※  ※

少女の気配に、雨苗雪音はずっと前から気づいていた。
そして隙だらけの挙動から、特に実戦を経験したわけでもない子どもだとすぐに分かった。
蹴り一つで動きを封じると。上着の下に隠していた短刀の鞘を抜く。
十歩ばかりくと、ひぅひぅ息をする蹴ったばかりの少女が足元に転がっていた。
「恨みはないけれど……私の復讐の為に死んで」
そのまま脇差を振りおろそうとして、


後ろから、瞬間的な敵意を放たれた。



「させるかぁっ!!」



一閃。


とっさに左に跳んだ。
右腕を、剣撃がかすり木の幹に突き刺さる。
腕にひと筋の鮮血が走り、青い影がかすめる。
跳んで避けたとき、目が合った。
まっすぐな、でもどこか『アオクサイ』目をした、青い髪に青い装束の少女。
速かった。
一挙動でここまで近づかれたとしたら、驚異的な速さだ。
雨苗がかわせたのは、少女が気配を隠そうともしなかったからに過ぎない。
そして、サーベルが幹に深く突き刺さり、連続攻撃に繋がらなかったからだ。
雨苗はそのまま跳躍して、青い少女と倒れた少女から距離を取る。
乱入した少女はサーベルを抜き放つと、標的だった少女を庇うように立ち、サーベルを振りかざした。
「あんた、こんな女の子に何してんのよ!! 自分さえ生き残れればどうでもいいっていうの!!」
どうやら格好だけでなく、言葉も青いようだ。
「別に、自分の生き死ににも興味はないわ」
気の無い答えを返しがら、雨苗は少女を観察する。
殺気を感じた直後に、繰り出された剣撃の速度。
片腕だけで、幹に深く刃を突き刺した力。
どういう訓練を受けたのか、“速さ”と“攻撃力”では確実に、少女の方が上だった。
しかし、サーベルを構えた姿はどこかぎこちない。
それに、先ほどの一連の動作。
躊躇いなくサーベルを突き刺すほどの敵意があるなら、わざわざ剣を引き抜かずに、素手で立て続けに攻撃すれば良かったのだ。
少女の身体能力があれば、それだけで充分に致命傷をもらっていたはずだ。
その判断ができなかった。すなわち、地力はすさまじいけど、実戦経験は少ない――雨苗はそう判断する。

「ただ、誰も彼も死んでしまえばいいと思っただけよ」
だから雨苗は、上着から立て続けにそれを取り出し、投げつけた。

無機質な黒い、手のひらサイズの筒。
「ば、爆弾……!?」
投げつけると即座に逆方向へと走り出した。



スカート姿のまま全力疾走に移行した雨苗のすぐ後ろで、凶悪な閃光がさく裂する。
スタングレネード。
破壊力はないが、轟音と強烈な光を放射する、傷つけるのではなく無力化させることを目的とした武器だ。
いくら反応速度に優れていても、保護する少女を抱えた状態では、手榴弾の対処に遅れが出る。
しかも実戦経験が少ないなら、手榴弾の対処法を知っている可能性も低い。
その隙に、雨苗は撤退した。



「失敗したか……」
青色の少女と距離を稼ぐため走りながら、雨苗は舌打ちした。
その心には、得物を取り逃がした焦りや邪魔をした少女への怒りはない。
ただ、このゲームで己に課したこと――皆殺し――が遠のいたという焦燥だけがあった。
もちろん、あんな能力者が参加していることは、想像の完全に外だった。
けれど、もう物事をまっとうに考えてはいられないのかもしれない。
仮にも“ブレード・チルドレン”を救う側にいたはずの鳴海清隆が、私をファイルの情報目当てに生かしておきたがったはずの鳴海清隆が、こんな狂った『実験』を始めたぐらいだ。
しかも、“呪いの刻印”というふざけたおまけつきで。
それともこれは、私の頭がとうとう狂ってしまい、現実とかい離した夢を見ているのだろうか。
現実の私の体は、もうブレード・チルドレンの呪いで自我を失っていて、手当たりしだいに通り魔を起こしていたりするんじゃないだろうか。
でも、どちらでもいいことだとすぐに気がついた。

確かなことは、雨苗雪音は家族の仇が取れなくなったということ。
家族の仇まであと一歩と迫りながら、もうすぐその男を殺せるところまで迫りながら、その復讐を邪魔されてしまったということ。
最愛の義姉を殺した男、シェフィールド教授への復讐。
九年間、復讐のことだけを考えることで、雨苗はどうにか狂わずに済んでいた。
いつ“ブレード・チルドレンの呪い”が目覚めるか分からない。
“呪い”が目覚めれば、雨苗雪音はただの殺人鬼になりさがり、力尽きて死ぬか、いつか誰かの手で殺されることになるだろう。
殺人鬼になることに怯えながら、殺人鬼にならない為に、殺人のことを考えてきたというのも我ながら皮肉だ。
けど、それが雨苗の最後の意地だった。
“見境なく人を殺す悪魔”になるよりは、“己の意思で、己の大切な人の為に復讐する悪魔”でありたい。
そんななけなしの執念で、今の彼女は正気を保っていた。

けれど、この会場にシェフィールド教授はいない。
会場から帰るには、最後の一人になるしかない、らしい。
それを約束したのが鳴海清隆である以上、その口約を信じるつもりはなかった。
つい数十分前に会った時は私の復讐を容認していたのに、今更こんな舞台に呼ぶとはどういうつもりだ。
しかし、かといって止まることもできなかった。
清隆の命令に従っていい結果に転がるとも思えなかったが、かといって動かないままのたれ死にするつもりもない。
何もしなくても、誰かに殺されて死ぬか、ブレード・チルドレンの呪いが発動して死ぬか、どちらかしかないのだ。
ならば、私はせめて最後まで暴れることで意地を通す。
仇を討つ相手がいないのならば、せめてこの“世界”に復讐しよう。
こんな私を生みだした、私のいる、私に何も与えてくれなかった、あらゆる全てに復讐しよう。
少しでも多く人間を傷つけて、災厄を振りまいて、“私”という復讐者がいたことを、この世に知らしめよう。
それはもはや、恐れていた“見境なく人を殺す悪魔”の姿と同じかもしれない。
けれど、もう何になってもいい。
望んだ何かになることなど、できないのだから。
どのみち破滅が待っているなら……私は殺戮によって、私の生きた証を残す。



かつて、小さな幸せを望んだ少女がいた。
その少女の祈りは、たいせつな女の子と、ともにいること。
そして、女の子をうしなった少女は、今、世界を呪う。
祈りからはじまったことを、呪いで終わらせようとする。

雨苗雪音は、走る。
雨苗雪音は、走り続ける。
雨苗雪音は、自分の身を恨む。
雨苗雪音は、自分を生みだした全部を憎む。
雨苗雪音は、――雨苗雪音という偽名を持つ少女は、世界を呪う。




【G-3/森、爆発地点からやや東/深夜】


【雨苗雪音@スパイラル・アライヴ】
[状態]健康、右腕に軽傷、強い憎悪
[装備]スタングレネード(2/3)@スパイラル・アライヴ、宗次郎の脇差@るろうに剣心
[道具]基本支給品一式、不明支給品0~1(確認済み)
[思考]基本・何もかも滅べばいい
1・優勝を狙う。帰った世界でシェフィールド教授に復讐。
2・伊麻里に会ったら……?
※当然のことですが、鳴海清隆、竹内理緒、浅月香介、高町亮子、鳴海歩を『アライヴ』(2年前)の彼らだと思っています。



戦いの経験はあっても兵器の知識などないさやかには、その武器が殺傷力のないものだとは分からなかった。

だから、女の子を庇うように抱きかかえて、強化された体で少しでも早く撤退しようと跳んだ。

殺人者と逆方向に走るさやかの背中を、轟音が襲う。
耳鳴りと閃光が、視界を白く染め上げ、それでもただ逃げ続けた。
とにかく女の子を助けなきゃ、と思っていた。



回復魔法を使って、わずかに残っていた聴覚の麻痺を取り戻す。
そして、周囲に誰もいないことを確認。
抱きかかえていた女の子を地面に下ろした。

「もう大丈夫だよ」
小学校高学年ぐらいの、可愛らしい感じのする少女だった。
「ほえ……」
女の子は、茫然としながらも、けれどまじまじとさやかを見上げている。
何だか正義の味方みたいだ、と思って、誇らしい気持ちになる。
同時に、こんな女の子にも殺し合いを命じる白スーツの男への怒りが、改めて湧きあがる。
それは、襲ってきたあの女も同じだ。
――誰も彼も死んでしまえばいいと思っただけよ。
その身勝手さが、気に入らなかった。
あの目も、気に入らなかった
何もかも諦めたような――周りのことなんてどうでもよさそうなあの目が、あの紫の魔法少女と重なる。
認めない。
自分の身勝手の為に他人を犠牲にするなど、絶対に認めるわけにはいかない考えだ。
そんな奴がいるから、死ななくてもいい人が死ぬ。
――そうだ、マミさんも死んでしまったはずだ。
でも、名簿にはいる。
信じられないと思うとともに、いてほしい、と願っている自分がいる。

「あの、ありがとう、ございます」
助けた女の子に頭を下げられて、さやかは我に返った。
「あたなは、殺し合いには乗っていないんですよね。だから、私を助けてくれたんですよね」
まだ少し恐怖が残っているのか、言葉に迷っている様子だ。けれど、さやかを見つめる眼には、頼れる人を見つけたという希望が宿っている。
ゾンビ同然の体になったさやかにも、守れた人がここにいる。
それが、さやかの自信になる。
それが、さやかに“やるべきこと”を実感させてくれる。
「そうだよ! 私の名前は、美樹さやか。群馬県の見滝原市を守る正義の魔法少女さ! ……なんてね。いきなり言われても普通信じられないよね」
いくら何でも子供向けアニメみたいだと、後半は照れ隠しでごまかした。
しかし女の子は、意外なことを言い出した。



「はい、わたし、木之本さくらです! さやかさんも、魔法が使えるんですか?」

【G-3/森、爆発地点からやや西/深夜】

【美樹さやか@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]健康、魔法少女(変身後)
[装備]ソウルジェム(魔力ほぼ満タン)
[道具]基本支給品一式、不明支給品1~2
[思考]基本・殺し合いに乗っていない人たちを助ける
1・え、この子も魔法少女……?
2・まどかを探し、守る
3・マミさん、生きてるの……?
4・暁美ほむらと佐倉杏子には最大限の警戒
※7話、杏子に呼び出されて話しをする前からの参戦です。
※雨苗雪音を危険人物と認識しました。

【木之本桜@カードキャプターさくら】
[状態]腹部に軽度の打撲
[装備]ぬんちゃく@スパイラル・アライヴ、星の鍵(没収されず)
[道具]輸血用血液(A型)@吸血鬼のおしごと、拡声器@現実
[思考]基本・殺し合いには乗らない
1・この人も魔法が使えるのかな……?
2・小狼くんに会いたい
※雨苗雪音を危険人物と認識しました。

※G-3の周囲に爆発音が響きました。

【輸血用血液パック(A型)@吸血鬼のおしごと】
月島亮史の主食。貴重なエネルギー源だが、味も回復量も生き血の直接摂取には劣るらしい。
ちなみに、亮史はB型よりA型の方が好きとのこと。


Back:016崖の上の魔女 投下順で読む Next:018三者三様考察
GAME START 美樹さやか Next:029想いが全てを変えていくよ
GAME START 木之本桜 Next:029想いが全てを変えていくよ
GAME START 雨苗雪音 Next:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年07月17日 11:20
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。