第二十七話≪”Old Army”~老兵は死なず~≫
廃屋で一時の休息を終えた隠居老人・山本良勝は、
殺し合いからの脱出を図るべく、行動に移った。
地図を広げ、まずは現在位置から一番近いと思われる、会場東南部の遊園地を目指す事に。
しかし、流石にこの距離を歩きで行くのは、老体には堪える。
すぐ隣の別の廃屋にガレージと思しき小さな建物があったので、
半開きになった錆付いたシャッターをくぐり、中に入る。
ガレージ内にはこの家の主が所有していたと思われる430型グロリアが駐車され、
壁際の金属製の棚には工具や自転車用の空気入れであるフロアポンプ、予備のタイヤ等が収められていた。
しかし、430型グロリアは長い間放置されていたのか、
白く塗装された車体は所々赤錆が浮き出し、タイヤも全て劣化しパンクしており、
とても走る状態では無かった。
「むう、他に何か無いかのう……ん? あれは……自転車か」
ガレージの隅に、白い家庭用自転車が置かれていた。
近付いてタイヤを調べてみると、空気を入れさえすれば十分使えそうだった。
「自転車なら、歩いて行くよりはずっと楽じゃろ」
良勝はガレージから自転車を外に出し、金属棚に置かれていたフロアポンプを持ってくると、
まず前輪に空気を入れる作業を始める。
口金をタイヤチューブの空気挿入口に接続し、シリンダー部分を足で押さえ、
T字型ハンドルを上下させタイヤチューブに空気を入れていく。
過去、数え切れない程同じ行為を行ってきたはずだが、
流石にこの年になるとこういった簡単な運動でもすぐに息切れしてしまう。
「ゼェ、ゼェ、ゼェ……お、おかしい、空気入れって、こんなに、しんどかったっけ?」
自身の明確な体力の衰えを感じつつ、良勝はどうにか前輪、後輪に空気を入れ終えた。
その頃には良勝は息切れ汗だくになっていた。
何はともあれ自転車は発進可能な状態になったので、
良勝はふぅ、と一仕事終えたように右手で汗を拭った。
ふと地面に目をやると、雑草に埋もれた古びた金属バットが落ちていた。
グリップを持って拾い上げると、金属の重みがずっしりと手から伝わってきた。
これは武器になると思い、丸腰よりはマシと、良勝は古びた金属バットを自転車の籠に入れた。
そして良勝は自転車を押して歩き、廃屋群、背の高い雑草地帯を抜け、
砂浜のすぐ傍を走るアスファルト道路に出た。
自転車に跨り、遠方に微かに見える遊園地の観覧車の影を見据える。
「よーし、行くかぁ!」
良勝は自転車のペダルを踏み込み、遊園地目指しアスファルト道路を走り始めた。
◆
左肩に包帯を巻いた新緑色の軍服姿の灰色狼獣人、北原大和と、
手斧を携えた白Tシャツにジーパン姿の人間の男、大崎年光は、
休息を取っていたスタッフルームを後にし、山に入って迂回し市街地を目指すため、
遊園地入口に向かって歩いていた。
ソフトクリームショップ、ゴーカート、ジェットコースター、お化け屋敷といった、
遊園地定番のアトラクションを見ながら、
「大崎さん、ジェットコースター苦手なのか?」
「どうしても駄目だな。あの丸い所で一瞬無重力になる瞬間とか」
「俺は……実を言うとお化け屋敷が苦手なんだ」
「へぇ、可愛いトコあるな」
「ちょ……」
といった他愛も無い会話をしながら歩いていた。
「北原さん、左肩はもう大丈夫なのか?」
「ああ。あまり動かさなければ平気だ」
「そうか、それなら良かった」
年光が大和の左肩の傷の心配をする。
強力な357マグナム弾が貫通した貫通銃創は決して浅く無い傷口だったが、
やはり獣人だけあり、治癒能力は人間より高いようだ。
「だが、しかし……」
年光が自分のデイパックに手を入れ、何かを取り出す。
それは、自分達にはめられているのと同じ、黒光りする特殊金属製の首輪だった。
裏面には「Nobuharu Oda」と刻まれている。
それは大和を襲撃し、年光に殺害された竜人・織田信治の首輪だった。
年光の手斧の斬撃により首と胴体が泣き別れになったため、
首輪を入手する事が出来たのだ。
「改めて見てみると、こういう感じだったんだな、俺達にはめられている首輪」
「そうだな……でもそんな物持ってきてどうするんだ?」
「何かの役に立つと思ってな」
笑みを浮かべながら首輪を自分のデイパックに戻す年光。
しばらく歩くと、遊園地の正面玄関に到着した。
係員のいない切符売場とゲートをくぐり、遊園地の外に出た。
広めの駐車場の先に、草原地帯と道路、緑に覆われた山が見えた。
海が近いのか、微かに波の音が聞こえ、潮の香りもする。
一台も車が駐車されていない駐車場を通り抜け、アスファルトの道路に近付く。
その時、今二人がいる地点より東北の方向、緩やかな上り坂の向こうから、
猛スピードで坂を下ってくる自転車に乗った人影が現れた。
「エラく飛ばしてるな。大丈夫か?」
「どうやらおじいさんみたいだな。参加者の一人だろうか……って、あれ?
何だか様子がおかしいぞ?」
◆
良勝は非常に焦っていた。
調子に乗って自転車を飛ばし続けていたのは良かったが、
余りにスピードが付いてしまった上に、緩やかな下り坂に差し掛かり、
自分でも制御困難なスピードに達してしまっていたのだ。
前方に目的地である遊園地が見えるが、その前にカーブがある。
この状態で突っ込めば、間違い無く転倒する。自分のような老人の場合、
下手をすれば命に関わるかもしれない。
生きて帰ると決心したと言うのに、そんな情け無い事故で死にたくは無い。
(まずい! まずいまずいぞわし! 何とかせにゃあ……。
そうだブレーキをかければいいんじゃないか!)
なぜこんな簡単な事に早く気が付かなかったのだろう、と思いながら、
良勝は前後輪ブレーキを思い切り引いた。
ところが、思ったよりもブレーキが利かない。ほとんど手応えが感じられない。
長い間放置されていた自転車のため、ブレーキの利きが悪くなっていたのだ。
スピードはほとんど落ちず、カーブが迫ってくる。
カーブの先には雑草地帯、その先はアスファルトの駐車場。
(……こうなったら)
良勝は一か八かの賭けに出る事にした。
自転車は凄まじいスピードでカーブに向かい突進する。
カーブまで残り、100メートル、70メートル、50メートル、30メートル……。
だが、良勝はカーブの方向にハンドルを切る事は無かった。
自転車はカーブをそのまま直進し、雑草地帯へ飛び出した。
飛び出した瞬間、良勝は自転車ごと、思い切り身体を左へ倒した。
ガシャアン!! ズザザザザザ……。
◆
前方数十メートル先で起こった事故に、
大和は全身の毛を逆立て驚愕し、年光は口をぽっかりと開け唖然とした。
老人の乗っていた自転車は猛スピードでカーブを飛び出し、雑草地帯で派手に転倒した。
そこで止まらず数メートル草の上を引き摺られるように移動したというのは、
相当な勢いがあった事を物語っていた。
しばらく呆気に取られていた二人だったが、倒れたままピクリとも動かない老人を見て、
はっと我に返った。
「おい、マジかよ……!」
「行くぞ、北原さん!」
二人は老人の安否を確かめるべく、急いで老人の元へと向かった。
◆
結果として、老人――山本良勝は、何とか無事だった。
左半身を強かに打ち付け、身体中に擦り傷や打撲が残ったが、幸い骨折も無く、大事には至らなかった。
代償として、自転車は大破し使用不能になってしまったが。
駆け付けた大和と年光の二人の介抱もあり、数分後には自力で立ち上がった。
そして二人が殺し合いには乗らず、このゲームからの脱出方法を探っている事を話すと、
自分も同じ考えである事を良勝は二人に訴えた。
同じ考えを持つという事が分かり、三人は行動を共にする事になった。
人目に付き易い場所に留まる事を避け、歩きながら情報交換をする事となった。
良勝の手には廃屋群で拾った古びた金属バットが握られている。
「……とすると山本さん、あんたも知り合いは一人もいないんだな」
「ああ、こんな殺し合いに家族や友人が呼ばれていなくて良かったよ。
北原さんと大崎さんも呼ばれてはおらんのじゃな?」
「ああ」
「呼ばれていない」
「それは良かった。……で、山に向かって歩いておるが、これからどうするつもりなんじゃ?」
良勝が二人にこれからの行動について尋ねる。
「平地は人目に付き易いから、山道を迂回して、市街地を目指す。
市街地には多分人が多く集まるだろうから、仲間も見つかるはずだ」
「だが、やる気になってる奴も大勢いるだろうから、かなり危険でもある。
それにそこそこ険しい山道行く訳だから、山本さん、大丈夫か?」
年光が良勝に笑みを浮かべながら言う。
良勝には「老人にこの山道が耐えられるか?」と馬鹿にしているように見えた。
「何を言う! これぐらい何とも無いわ! こう見えてもな、わしは若い頃は兵隊だったんじゃ。
体力はそこいらの年寄よりはあると思ってる」
つい数十分前、自転車の空気入れで息切れしていた事などすっかり忘れ、
鼻息を荒くし堂々と言い放つ良勝。
「へえ、兵士だったのか、山本さん」
昔兵士だったと言う良勝に、現役の兵士である大和が興味を持つ。
「まあな。一度も戦った事は無いが……そりゃあもう訓練は大変だったぞ」
「山本さんの時代って、特栄訓練ってあったか?」
「ああ、あれか! もちろんあったぞ。あれは本当に……」
いつの間にか会話に花が咲く大和と良勝。
そんな二人を見て、完全に取り残されている年光は、フッと微笑む。
笑顔で会話する大和と良勝。微笑ましい光景とも取れなくも無い。
自分達が殺し合いという状況下にいる事を忘れそうだった。
勿論、いつ命を狙われるか分からない危険な状況下である事には変わり無い。それは理解している。
(でもまあ、清涼剤も必要、って奴かな)
そういった存在もいれば、精神的にもかなり楽になる、と。
「オイそこの狼とじっ様。会話が弾むのは結構だけど、周りちゃんと警戒しとけよ」
「ああ、分かっている」
「言われんでも分かっとるわい!」
「やれやれ……」
三人は緑の木々生い茂る山に向けて歩いて行った。
【一日目/午前/F-6草原】
【山本良勝】
[状態]:全身に軽度の打撲、擦り傷
[装備]:古びた金属バット
[所持品]:基本支給品一式、双眼鏡
[思考・行動]
基本:殺し合いからの脱出。
1:北原さん、大崎さんと行動を共にする。
2:仲間を集める。
3:首輪を外す方法を探す。
【備考】
※名簿を確認したようです。
【北原大和】
[状態]:左肩に銃創(応急処置済)、返り血(中)
[装備]:コルトパイソン(6/6)
[所持品]:基本支給品一式、357マグナム弾(47)、織田信治の水と食糧(水一本と食糧半分)
[思考・行動]
基本:殺し合いからの脱出。そのためにも仲間を集める。
1:山を迂回し市街地を目指す。
2:大崎さん、山本さんと行動を共にする。
3:襲い掛かってきた者はまず説得し、無理なら戦闘もやむを得ない。
【大崎年光】
[状態]:健康
[装備]:手斧
[所持品]:基本支給品一式、九四式拳銃(2/6)、九四式拳銃の予備マガジン(6×6)、
織田信治の水と食糧(水一本と食糧半分) 、織田信治の首輪
[思考・行動]
基本:殺し合いからの脱出。そのためにも仲間を集める。
1:山を迂回し市街地を目指す。
2:北原さん、山本さんと行動を共にする。
3:襲い掛かってきた者はまず説得。駄目なら殺す。
※F-7草原に大破した自転車が放置されています。
最終更新:2009年10月04日 21:42