『巨漢』の持田を撃ち殺した後、柚木はすぐに配布されたラジオの電源を入れた。
監督長、早川が早口に捲し立てる声が聞こえてきた。
『どうも、相互処刑開始! 開始です! 皆さん、聞こえましたか? 私はしっかり聞こえましたよ!
たった今、正午ピタリに銃声が鳴り響きました! 開始早々、いきなり死人が出たのでしょうか!
嬉しい誤算です! 私、開始してからしばらくは根比べの時間だと予想していましたから、驚いてしまいました!
今、誰が死んだのか調べております! 事前に説明した通り、皆さんの体内にはマイクロチップを埋め込んでいます!
チップは皆さんの生体情報と位置情報を我々に正確に伝えてくれるのです! 凄いでしょう?
あっ! 分かりました! 誰が死んだか分かりましたよ! やっぱり死んでました! 開始早々死人が出ました!
記念すべき最初の死亡者は『巨漢』の持田俊さんです! いやあ、早いですね! まさに速攻ですね!
殺したのはどなたでしょうか! プライバシー保護のため言いませんが、やる気がビンビンに感じられます!
いいですね! 素晴らしいですね! 実にいい展開です! 素晴らしい!
他の皆さんも勿体ぶらないでじゃんじゃん殺し合いましょうね!』
その後も早川はひたすらぺらぺらと喋り続けた。話すのが楽しいのだろうか。
これ以上聞き続けても耳が疲れるだけだと判断し、柚木は電源を切った。
「舌のよう回る奴でんな」
「まったくだ。ところで越智さん、同盟の条件についてだが、どうする?」
「初めにわしが言うたんは、先生とわしが一対一、
つまり残り二人になるまで同盟やったが、慎重を期して十人程度にしときますか?」
柚木は口に手を当て、考える。
「いや、とりあえず十人脱落するまで。残り二十人になるまでにしておこう。
その時になっても、互いにまだ同盟を必要とするなら、引き続き同盟を組み直せばいい。
事情が変わって、組む価値がなくなったのなら、そのまま解散といこう」
「そうでっか。異論ありまへんわ。それでいきましょか」
ああ、よろしく。と柚木は軽く頭を下げた。それを見て、冷徹な越智の眉がぴくりと動く。
「よしなはれ。わしらは互いに互いを利用しとるだけで、いずれは殺し合う仲や。慣れ合いはいらん」
「そうか……。そうだな」
「それより先生、ちっとばかし、予定外の事が起こった。分かるか?」
「……持田の死亡が告げられたな」
「せや。早川の外道、死亡者は三時間毎に纏めて放送するとか言い腐りおった癖して、
実際は死亡者が出る都度、放送していくようや。
持田が金を持っとるゆう噂を知る人間は、恐らくそれなりにおる筈や。
銃声はいい威嚇になる思うて、わしは先生を止めんかったが……」
「銃声を聞きつけた参加者が持田の金を奪いに来るか……?」
「……その可能性は否定できんやろな」
「しかし、殺し合い中に金が力を持つ事、武器を買える事を知る人間は、そう多くはないだろう?
ましてや、持田の死体の近くには、相互処刑開始早々に人を撃ち殺す殺人鬼が潜んでいるんだ。
通常の神経を持つ人間なら、危険を冒してまで金を奪いには来ない。
そもそも、その殺人鬼がすでに金を奪ったという事も考える筈だ。勿論、油断は禁物だが」
「全くもってその通りやとわしも思う。
問題は、明らかに通常の神経の持ち主ではないと予想される人間が、あまりに多い事や」
越智はデイパックから参加者名簿を取り出し、畳の上に開いた。
「『麻薬中毒者』、『脱獄囚』……。『サイボーグ』や『野人』辺りも、
どんな事を考えているのか全く想像がつかないな」
「威嚇は時間が経つに連れ、効果を失っていくもんや。金で武器が買えるという事実も、
どこかからばれて広がっていくやろ。もしかしたら、早川のアホが次の瞬間にもベラベラ話してまうかもしれん。
いずれにせよ、その内、この建物に金目当てのハイエナが来るで。間違いなく」
「我々の逃げ道の確保と、あと、この建物に罠を仕掛けておく必要があるな。運が良ければ何人か片付けられるかも」
「せやな。場合によっては、待ち伏せするんもありかもしれん。如何に戦闘に慣れたもんでも、
二人相手に奇襲仕掛けられたらひとたまりもないやろ」
そうだな、と柚木は頷いた。
「待ち伏せするにしろ、保険として逃げ場所を考えておかないとな。
この建物の2階から、町を見下ろせるんじゃないか?」
「それやったら都合のええ事に2階の上に屋根裏部屋があるわ」
二人で屋根裏部屋に移動する。小さな窓を覗くと、狙い通り、町を見下ろす事が出来た。
「『スナイパー』の狙撃が怖いな……。そこまで気にしていたら何も出来ないかもしれないが……」
「洗面所から手鏡を拝借しとるんや。小さあて使い勝手が悪いかもしれんが、
町の様子を鏡に反射させて見たら、誰かに撃たれるゆう事もないやろ」
感心しながら越智から手鏡を受け取る。
柚木に手鏡を渡すと、越智は背中を向けて階段を降りていく。
「先生が逃げ場所を探す間、わしは入り口に罠を仕掛けときますわ。見張りも必要やろうしな。
何か見つけたりしたら、呼んでくれや。ただし、大声で呼ぶんは、あかんで?」
「ああ、分かった」
柚木は壁にもたれ掛り、手鏡を窓の前に差し出す。鏡越しに風景を見るのは想像以上に難しかった。
越智に主導権を握られているな……。越智に使われるのでは駄目だ。自分が越智を使わなければ……。
柚木は風景を眺めながら考える。
それから15分程経過した頃だろうか、逃げ場所の候補をいくつか見つけ、絞り込もうとしていると、
突然、女性の悲鳴が柚木の耳に飛び込んできた。音源はそう離れていない。この邸宅の近くだ。
手鏡の向きをあちらこちらに変えて、音源を探す。
見つけた。邸宅から五十メートルほど離れた道路で、必死に逃げる女性と彼女を追いかける男がいる。
柚木は目を疑う。男は両手を地面に付け、獣のように四足で女を追いかけている。
さらに、殺し合いが始まって間もないというのに男の衣服はすでに泥と血で酷く汚れている。
「今の悲鳴はなんや」
越智が階段を登って来た。手鏡を凝視する柚木の隣で、越智は窓からそっと外を覗く。
その時だ。男が逃げる女の背中に飛びかかり、力任せに引き倒した。
そして驚くべき事に、男は迷うことなく彼女の喉に噛みついた。
聞くに堪えない華岡の絶叫が町中に響く。その悲鳴は次第に弱まり、やがて途絶えた。
死んだ。開始してから一時間も経たないのに、もう二人目。
越智と柚木は目を見張った。男は死んだ華岡の喉に食らいついたまま、彼女を持ち上げたのだ。
仕留めた獲物を安全な場所に運ぶ虎のように、彼は顎だけで華岡を持ち上げ、どこかへ運んでいく。
重そうなそぶりは毛ほども見せず、平然と歩いていく。なんという顎、なんというパワー……。
「もしかして、あれが『野人』か……?」
「そのようでんな。肩書きは伊達やないようや」
「奴は隠れないのだろうか。序盤からあれだけ暴れまわったら、後が持たないぞ」
「どうでっしゃろ。野生動物でも、自重は出来る筈やけど……」
いずれにせよ、強敵であることには間違いない。柚木は道路に残った血の痕を眺めた。
▼ ▼ ▼
体が震える。悪寒が止まらない。頭の中はぐちゃぐちゃだ。
台所の壁にもたれかかり、自らの肩を抱え、『住職』、穂波拓真は念仏を唱えた。
目の前には負傷した男性が倒れている。まだ、息はある。早く平静を取り戻して、彼を介抱してやらなければならない。
あの獣との出会いはあまりに唐突だった。
人を殺さずに相互処刑を生き延びる手立てはないものかと、不法侵入した民家の畳の上で悩んでいた際、
民家の裏口から何者かが駆けこんでくる物音が聞こえた。恐る恐る覗いてみると、血塗れの男性が倒れていた。
穂波の腰はその時点で抜けてしまい、畳の上で間抜けに転がってしまった。
結果として、それが良かったのかもしれない。壁越しに、もう一人、誰かが侵入してくる足音が聞こえた。
今度は壁に体を隠して、頭だけそっと出して覗いてみた。
土塗れの服を着た男が冷たい目をして、負傷した男性を見下ろしている。
感情の見えない爬虫類のような顔をした彼を見た途端、穂波の背筋に悪寒が走った。
顔を引っ込めようとしたその時、台所の流し台の下にある戸棚の中から、真っ青になった女性が飛び出してきた。
恐慌状態の彼女は訳の分からない悲鳴を上げ、土塗れの男から逃げた。
裏口は塞がっているので、彼女は穂波のいる和室の方に駆けてくる。
急いで身を引いた穂波の前を彼女は全速力で駆け抜け、窓から庭へと飛び出した。
その次の瞬間、風のようなスピードで穂波の目の前を何かが通り過ぎた。
なんだ、と思った次の瞬間、窓ガラスに何かがぶち当たり、盛大な音を立てて粉々に砕け散った。
庭に目をやると、ガラスで体を斬り、血だらけになっている男が苦痛に顔を歪めて悶えていた。
さっきの土塗れの男だ。
その男はめげずに立ち上がり、手を地に着け、四足走行で彼女を追いかけた。
すぐに彼女に追いつき、引き倒し、そして喉元に食らいついた。
しばらく続いた女性の悲鳴は次第にか細くなり、やがて途絶えた。死んだのだ、と穂波は察した。
穂波は怯えながらも、男の目から逃れるため、なんとか床を這いずって台所へと避難する。
自らの肩を抱いてガタガタと震え、そして今に至る。
彼からは、殺しに対する躊躇いだとか、恐れだとかいうものは全く感じられなかった。
チーターやライオンが獲物を狩る時に躊躇わないように、彼もまた、人を狩る事を悪い事だとは考えていないのだろう。
彼はおそらく『野人』だ。確証こそないが、ほぼ間違いないと穂波は確信していた。
彼は戻ってくるだろうか。戻って来るのかもしれない。だが、穂波にはこの民家を離れられない理由があった。
穂波の目の前には、畳に敷いた布団の上で眠る男がいる。
彼の腕と脚には酷い裂傷があったので、民家から拝借した包帯で止血を施してやった。
死んだように眠っているが、息はある。恐らく、その内、目が醒めるだろう。
彼をこのまま放置するのは無責任な気がして、それで民家を去る事ができない。
――――眠っている今なら、苦もなく殺せるぞ?
――――生きたいと思うなら、殺せ。殺してここから離れろ。
頭の中で囁く悪魔。その通りだと思った。生き残りたいのなら、殺すべし。
それは分かっている。しかし、穂波は、人を殺してまで生きたいとはどうしても思えない。
だからこうして、他人の怪我に応急処置を施すなどと、意味のない事をしているのだ。
最後の一人以外は、結局、全員死んでしまうのに。
ふと、穂波は思い出してラジオの電源を入れた。
早川が相変わらずの軽快な口調で、『歌手』の華岡麻美の死を告げていた。
彼女を助けてやれなかった申し訳なさから、穂波は俯き、深く息を吐いた。
【エリア[3-f]時刻[一日目・12:25]】
【歌手・華岡麻美 死亡】
★→穂波の現在地
.1 2 3 4 5 6 7 .園→公園
a 山山山田田山山 灯→灯台
b 山山田田田田山 田→田畑
c 山墓家田田田神 学→小学校
d 山家学学家病病 神→神社
e 家店店家交家家 家→民家
f .家店★家園園家 交→交番
g 港港港港港港港 病→診療所
h 灯海海海海海海 店→店舗
○アイドル ●政治家(金村忠利)
○アクションスター ○大学教授
○暗殺者 ○脱獄囚
○医者(柚木敏夫) ○探偵
○野人 ○超能力者
○格闘家. ○天才
●歌手(華岡麻美). ○忍者
○狩人 ○ハッカー
○吸血鬼. ○富豪
●巨漢(持田俊). ○魔法使い
○警察官. ○麻薬中毒者
○サイボーグ ○漫画家
○侍 ○ヤクザ(越智秀雄)
○住職(穂波拓真). ○傭兵
○スナイパー ○霊媒士
【残り27人】
To be continued........
同盟 |
投下順 |
[[]] |
同盟 |
医者(柚木敏夫) |
[[]] |
同盟 |
ヤクザ(越智秀雄) |
[[]] |
GAME START |
歌手(華岡麻美) |
死亡 |
GAME START |
住職(穂波拓真) |
[[]] |
GAME START |
野人??? |
[[]] |
最終更新:2011年04月11日 23:48