7-259 ※陳羣を夏侯惇が殺害


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39 名前:1/12:2007/04/14(土) 19:14:05
全ては、雨が洗い流してくれたのだろう。
ぬかるんだ大地に降り注ぐ木漏れ日は信じられないくらいに穏やかで、
この地で起こった惨劇などまるで夢か幻のように思えた。
だが注意深く見てみれば、転がっている倒木や流された家の残骸などに混じって
時折確かに、人の骸のパーツらしきものがある。
しかしそれらは廃材に紛れ照る陽の光の陰となって、
この世界を象徴するような奇妙なオブジェとなっていた。

そのオブジェに祈りを捧げる陳羣と、それに従う曹幹を人事のように眺め
郭嘉は自らの作業を再開した。
拾った広辞苑のページを慎重に一枚一枚はがす。
水で駄目になってしまった箇所もあるが、その厚みのおかげで
真ん中あたりのページはほぼ無事だった。
おそらく誰かの支給品だったのだろうその本はどうやら辞典のようだ。
きっと役に立つだろう。何の意味もないものが支給されるということはあるまい…多分。
だから、きっとこれにだって何か意味があるのだ。
そう思い込み、拾ったもう一冊の本を手に取る。
水に強いしっかりとした素材で出来ているらしいその本は、
多少ふやけてはいるものの中身は問題なく見ることが出来る。



40 名前:2/12:2007/04/14(土) 19:17:01
ちろりと覗いた舌が、指に絡ませたとろりとした蜜を舐る。
男心をくすぐるコケティッシュな構図である…被写体が袁術でなければ。
袁術陛下写真集『はちみつ』。初回封入特典とやらで小さな本がついている。
その小冊子は完全に水を弾くらしい薄い素材に包まれていて、全く濡れていなかった。
『袁術陛下のすべて』と銘打たれたそれの封を開け、
げんなりとした表情で繰っていた郭嘉の表情が段々と真剣なものになっていく。

 “…第一回ではお約束の死に様をばっちり披露し、
  第二回はお色気満載、大胆な脱ぎっぷりを見せつけた袁術陛下…
  …さて、今回はどんな活躍を見せてくれるのか……。”



自分は、正しかったのか。
それとも、間違っていたのか。
許チョの死体の傍らに立ち尽くしたまま、考えど、考えど、答えは出なかった。
朝日の昇る頃になって、ようやく考えることの愚かしさに気づいた。
…正しかろうが、間違っていようが、自分が許チョを殺したという事実は変わらないのだから。
夏侯惇はふらふらと歩き始めたが、
自分がどこを目指すのかという意識はあまりなかった。



41 名前:3/12:2007/04/14(土) 19:18:40
彼が目指すのはただ曹操の傍らであり、
その曹操の行方も解らぬ今、当てもなく彷徨うより他にどうしようもなかった。

許チョの血で汚れた自分に、孟徳の傍らに立つ資格があるのか?
自分自身への問いかけに答えは出なかった。
でもそれでもいい。
ただ一人、孟徳が生きるために自分は礎になればいいのだ。
そのために、許チョを斬った。全ては孟徳のために。
夏侯惇は押し寄せる罪の意識に蓋をして、許チョと同じ道を選んだ。
全ては、孟徳のために。

だから。
遠くにその男の顔を見た時、ああ殺さなければ、と思ったのだ。
全ては、孟徳のために。

…哀しいかな奉考、痛ましいかな奉考、惜しいかな奉考…。

郭奉考。
あいつは、孟徳を悲しませる。
再会が叶った後に再びあいつが死ぬようなことになれば、
あいつを二度失う悲しみに孟徳は打ちひしがれるだろう。
だから、殺さなければ。
孟徳を、悲しませないために。
許チョの血に濡れた大斧を引きずりながら、夏侯惇はふらふらと歩みを進める。
…全ては、孟徳のために。



異様なまでの寒気に郭嘉は身を震わせた。
憎悪に似た殺気が自分の肌を刺しているのだと解った。
本を仕舞い、じりじりと郭嘉は後ずさる。



42 名前:4/12:2007/04/14(土) 19:20:23
夏侯惇はゆっくりと近づいてくる。
彼が引きずる大斧が地面と奏でる不協和音に、
陳羣も弾かれたように我に返る。
「郭嘉殿!」
曹幹の手を握り叫んだ陳羣の声が、開幕の合図だった。

瓦礫の間を縫うようにしながら三人は走る。
もともと距離はあったし夏侯惇は大斧を振り上げ走っているのだが、
こちらも小さな曹幹を連れている時点で状況は五分、
さらに自分たちは文官で相手は歴戦の武官であるということを考えれば
圧倒的に郭嘉たちが不利だった。
要所要所で捲くように逃げてはいるが、
こちらが疲れ果て追いつかれるのも時間の問題だろう。
瓦礫の狭間に身を潜め曹幹を郭嘉に託し、陳羣は言った。
「行ってください、郭嘉殿」
郭嘉にとって、それは予想できた言葉だった。
三人そろって逃げきることは不可能だということも解っていた。
「…お前…、俺より生き延びてやるって啖呵切っただろうが」
解っているのに、そんなことを口走る自分が酷く無様だった。
「ええ」
光学迷彩スーツを広げ着込みながら、陳羣は淡々と答えた。
「生き延びましたよ。貴方より、三十年も長く」
曹幹の手を握る手に、自然と力がこもる。



43 名前:5/12:2007/04/14(土) 19:22:31
「…郭嘉殿。あの時逝った貴方も、さぞかし無念だったかもしれない。
 でもね…、残された者のやり切れなさというのも、耐えがたいものがあるのですよ」

郭嘉の死。
それを契機に、全ては綻び始めたのかもしれない。
乱れた世を正す為にと、綺羅星の如き人材が曹操の元に集っていた。
しかし郭嘉の死によってぽっかりと出来てしまったしまった、隙間。
他の誰もそれを埋めることが出来ないのだと、皆が気づいてしまったのだ。
長江が炎で燃えたときに。
郭奉考が生きていれば!
そんな言葉が曹操から、そして皆から自然と口をついて出たときに―――。

小さな穴が堅牢な壁を崩す原因になることがあるように、
郭嘉の死によって出来た隙間は
最大の敵であった袁家の滅亡や赤壁の敗戦などさまざまな要因から広がり、
皆の中に少しずつ違和感を育んでいったのかもしれない。
目指していた所は同じだったはずなのに、
そこへ至る手段や考え方、物事の優先順位など、
互いの考えには様々なずれがあることに皆が気づいてしまった―――。

もはやかつてのようには語り合えなくなってしまった人々を次々に失い、
その度に何かを削ぎ落としていった陳羣。



44 名前:6/12:2007/04/14(土) 19:23:58
看取った人々が皆惜しんでいた男。
陳羣だって幾度思ったか知れない。
―――郭奉考が生きていれば!

しかしそんな思いは奥底に仕舞って陳羣は微笑んだ。
本心を隠すことはとても上手になったのだ。そう、彼が死んだ後に。
「郭嘉殿、先にさっさと逝ってしまわないで、たまには居残ってください」

貴方はいつも面倒な仕事はさぼって逃げてばかりだった。
けれど、たまにはしっかりやってください。
…生きていくというのは、とても、面倒なことだけれど。

そう言った陳羣の微笑はどこか悪戯めいていて、
年若い外見とは不釣り合いな苦さや深ささえ含んでいた。
郭嘉は何も言えなかった。
こんな陳羣は知らなかった。
含みのない、真っ直ぐな怒りを向ける陳羣しか知らなかった。
そんな陳羣を適当にあしらっていたのはずっと自分の方だったのに、
今こうして向かい合っていると自分のほうが子供じみている気がする。
郭嘉の知らない三十年が、ここにあった。

「曹幹様…。」
子供なりに何かを感じているのだろう。
曹幹の瞳は大きく見開かれ、不安に揺れている。
かけたい言葉は山ほどあった。



45 名前:7/12:2007/04/14(土) 19:25:52
父も兄も早くに亡くし、こんな遊戯に巻き込まれ、
ここでもまた兄を亡くして声を失うほどに傷ついたこの幼子がどうしようもなく哀れだった。
過去の光景と今までの惨状が思い起こされて、
不敬と知りつつも陳羣は曹幹を抱き締めることを止められなかった。
「…どうか…、…ご無事で…。」
せめて曹操様に、実の父親に会えるように。どうか。
陳羣は吹毛剣と閃光弾を引き替えて最後に、郭嘉に言った。
「頼みましたよ…奉考とうさま」
衣を纏った陳羣の姿が、見えなくなった。


閃光を背に郭嘉は走った。
曹幹を抱いて、微かに残る脇腹の痛みに追い立てられながら
郭嘉は陳羣の言葉を思い出す。

今朝だったか――ああ、今朝のことだというのにもう遠い昔のようだ――
曹幹が、郭嘉の見ていたリストを見ながら困惑していたのだ。
曹幹は鉛筆でその紙にとうさま、と書いて、
リストに書かれた曹丕と曹操の名を指し、首を傾げたのだ。
郭嘉にはその意味がさっぱり解らなかったが、
陳羣はしばし考え込んだ後に、こう言った。



46 名前:8/12:2007/04/14(土) 19:27:59
「…良いのではありませんか?
 父と敬い、誇りたいと思う立派な方がたくさんいるというのは、
 素晴らしいことではありませんか」
曹幹はそれを聞いて、本当に嬉しそうに笑ったのだ。

多分曹操と曹丕、どちらが本当の“とうさま”なのかと聞きたかったのではないかと陳羣は言った。
何故だかは解らないが、曹幹は決して物覚えの悪い子というわけではなかったのに
兄の曹丕を父と呼ぶことを止めなかったのだそうだ。
実の父である曹操の名を覚えていたのか、
或いは曹丕の死の間際にでも聞かされたのかは解らないが
あれほど曹丕をとうさま、とうさまと慕う曹幹の気持ちを無碍には出来なかった、と。

頼みましたよ、奉考とうさま。
陳羣は言った。
つまり、このちびが誇れるくらい立派に親代わりやれって事かよ。
本当の父親、曹操様に会わせてやるまで。
回りくどい言い回し覚えやがって畜生。文若に似やがったな。
陳羣なら陳羣らしく、真面目にやって下さい郭嘉殿!とかなんとか
ぎゃーぎゃー喚いてりゃいいんだよ馬鹿野郎。
このちび意外と重てぇよ。何だよ、そんなに唇噛んで。
ガキならガキらしく、我慢しないでベソかきゃいいじゃねーかよ。



47 名前:9/12:2007/04/14(土) 19:29:31
そもそも俺はろくな親父じゃなかったんだぞ。
滅多に家に帰らなかったし、奕の顔すら思い出せない…
…あぁなんか、赤ん坊の頃に顔見てすげぇブサイクだなって思ったのは覚えてる。
そしたら嫁さん、奕は俺にそっくりだって言いやがったんだよな確か。
赤ん坊の顔なんか見分けつかねーよ。
身体もぐにゃぐにゃしてて、抱くのがすごく怖かった。
結局俺は奕を抱いたんだったか。抱かなかったのか……。

曹幹を抱き、しかしどこか曹幹に縋りつくようにしながら郭嘉はただ、駆けた。



陳羣は走った。
閃光弾を投げた時に確信した。
自分はこの土地ではなく、目映い光に何かを揺さぶられたのだ。
しかし今はその感覚について考察している余裕はなかった。
熱い。
身体中が、熱い。
衣の内側が焼けるように熱くなりつつあった。
生きながら身体を焼かれる、まさに地獄。
身体がバラバラになる、手足がもがれる、呼吸が苦しい。
絶叫を、苦痛にのたうち回ることを堪えながら
それでも陳羣はもがくように無様に走る。もう走れない。それでも走る。
自分はもう死ぬだろう。
ならばせめて、二人が逃げる時間くらいは稼がなくては。



48 名前:10/12:2007/04/14(土) 19:32:32
姿を消したまま、しかしその代償にその身を焼かれながら
陳羣の手がついに夏侯惇の首輪へと伸びる。

 ―――あなたは、人を殺す覚悟がありますか?

酷い頭痛と息苦しさの中、何故か賈クの言葉が蘇った。

「…そこかッ!」
突然の閃光は夏侯惇の不意を突いたが、しかしそれだけだった。
光は未だ夏侯惇の目を灼いている。
しかし彼はもともと視覚の不利を鋭敏な感覚で補っていたのだ。
封じられた視界はその鋭敏な感覚を蘇らせる鍵になった。
目はもう大分見えている。しかし人の姿は見えない。
だがその感覚は彼に人の存在を告げている。
だから例え姿が見えなくとも、感覚の告げるままに大斧を振り下ろした。
「………!!」
声にならない叫び。

陳羣の手は結局、夏侯惇の首輪には届かなかった。
賈クの言葉に動揺したのか、あまりの痛み故に上手く身体を動かせなかったのかは解らない。
きっと負った傷が深すぎるのだろう。
今は息苦しさは感じるものの痛みはすっかり消え失せていて、
陳羣は自分を見下ろす夏侯惇をとても静かな気持ちで見つめることが出来た。

夏侯惇はあまりに無惨な陳羣の姿に動揺していた。
そうしたのは、自分であるというのに。



49 名前:11/12 代理:2007/04/14(土) 20:37:14
どういう仕掛けかは解らないが、身に纏っている衣で姿を隠していたようで
肩から腰に向かって斜めに走る傷から衣がめくれ上がり、陳羣の姿が見えるようになった。
酷く焼け爛れた肌も、臓物の見える傷口も、不思議なほど穏やかに澄んだ瞳も。
勝者は夏侯惇であるはずなのに、苦しんでいるのもまた彼のほうであった。
許チョを殺した時は、互いに死力を尽くした結果だった。
同じ武人同士、通ずるところもあった。
だが。これはただの虐殺だ。
陳羣は陳羣なりに力を尽くしたのかもしれないが、
それでも幼子を斬ったような嫌な感覚は拭えなかった。
それでも、それでも俺は、
「…俺は…、殺すのだ。全ては…孟徳の、ために、」
夏侯惇のその言葉には揺らぎがあった。
そのとき微かな囁きが、さらに夏侯惇を揺さぶった。
「殺しては…、いけません」
夏侯惇は陳羣がまだ喋れたこと自体に驚いていた。
「…貴方は、間違っている…。
 殺しては、いけません。…曹操様のためを、思う、なら」
なぜなら、という言葉は声にならず、ただ唇が動いただけだった。
「…あの方ほど、人を、才を愛した方は、いなかった…。
 だから、人を、殺しては、いけない」



50 名前:12/12 代理:2007/04/14(土) 20:38:24
この言葉が夏侯惇に届くのかは解らない。
そもそも自分がきちんと喋れているのかすら怪しい。
だが、自分が正しいと思ったことを言おうと思った。
郭嘉のいたあの頃のように。
…この世界は、間違っている!
ああ、確かにそうだった。夏侯惇は思う。
あいつほど人を求め、人を愛し、人を惜しんだ奴はいなかった。
例え何かを失っても、その荒ぶる悲しみを詩に託し、さらなる高みを目指していた。
「だが…俺は既に許チョを、それに、お前を、」
夏侯惇の呟きに、陳羣は掠れた声で、しかしはっきりと答えた。
「あの方が…貴方を、許さなかったことは、なかった」
陳羣の言葉は段々譫言めいてきていて、良く聞き取れない。
もどかしげに陳羣は言葉を続ける。
「伝えて…郭嘉殿に…。…曹幹様…。首輪…。多分、熱で、」
陳羣がどうにか指さした自らの首輪。見れば確かに、首輪が緩んでいる。
命の灯が尽きるその瞬間まで、陳羣は夏侯惇に真っ直ぐに訴え続けた。
「わたしたちは、繰り返してきた…殺し合いを…。
 戦って…。世界の…謎、を…。」
【陳羣 死亡確認】
<<忘れ形見と奉考とうさま/2名>>
郭嘉[左脇腹負傷]【広辞苑(一部欠損)、袁術陛下写真集『はちみつ』(初回限定版)、吹毛剣】
曹幹[失声症]【なし】
※荊州方面へ逃走。
※光学迷彩スーツは壊れました。
※袁術陛下写真集『はちみつ』の初回限定特典の小冊子には、過去に行われたバトルロワイヤルの記述があるようです。
@夏侯惇【金属バット、大斧】
※悩みつつも郭嘉を追います。
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