7-237

55 名前:1/7 投稿日:2006/10/12(木) 19:17:35
静かに星を見ているその文官の憂い顔を、孫権はぼんやりと見ていた。
「見事な星空ですよ、孫権殿」
その男に招かれるままに、孫権は並んで立ち、窓から空を見上げる。
甘寧が連れてきたこの男は荀イク、字を文若と名乗った。
その名は孫権も知っている。曹操が「わが子房」とまで言った懐刀。
そして晩年、その曹操と悲しいすれ違いがあったらしいという事も。
長く共にあった者と違えてしまった道。
二人の境遇は少し似ていた。

どうも自分の死後何かあったらしい孫権はあまり呉将と会いたがっていない。
しかし孫権を一人にしておくのは心配だった。
城の周囲を見回っていた時に偶然出会った荀イクは、
やはり魏の人間でありながら魏の人間と会いづらいという点で
孫権の気持ちを判ってくれるかもしれないという期待があった。
別に戦力にはなってくれなくてもいい。
孫権様の敵は俺がぶっ潰す。
柔和な笑みのこの男が、少しでも孫権様の沈んだ心を慰めてくれれば。
そんな思いから、甘寧は荀イクに孫権様と一緒にいてくれ、と頼んだ。

その甘寧は北に人が集まっているようだと荀イクから聞き、喜び勇んで出かけていった。
今は荀イクと皖城で二人、こうして星を眺めている。



56 名前:2/7 投稿日:2006/10/12(木) 19:19:42
「確かに…見事な星空だ」
特にあの一際大きく、優しい輝きの星。
それが特別、孫権の目を惹く。
「どうでしょう?星見酒でも、一つ」
「酒か…」
卓の上にはこの城に豊富に備えられていた食料がある。
自分はあまり酒癖が良くないらしいということは知っていたが、
肴があり、美しい星空があり、やるせない思いがある。
孫権に、荀イクのその魅惑的な誘いを断ることがどうして出来ただろう?

酒の力が背を押すままに、
孫権は血を吐くような思いで晩年の自分の行いを懺悔していた。
そう、それは懺悔だった。
星空を背景に静かに微笑む荀イクには神々しさすら感じられる。
その淡い微笑の前にひれ伏すように、孫権は罪を吐き出し続けた。
「…死した者の魂が星になる、という伝承をご存知ですか?」
泣き濡れた孫権の告白が一段落したところで、荀イクは口を開いた。
「私は、それは真実だと思っています」
す、と天を指す荀イク。
孫権はまるで操られているかのようにそれを目で追う。
「聞こえませんか?」
満天の星空。まるで、吸い込まれてしまいそうな。
「星となった魂たちの、呪詛が」
「あ……」
無数の星々が輝く空。美しく見えたそれは今は歪んで―――。



57 名前:3/7 投稿日:2006/10/12(木) 19:21:20
「あああああっ……!」
孫権は恐怖し、震え上がった。
あの星は自分が死に追いやった臣下たちか?
あれは死を賜った子か?それともかつて寵愛した妃か?
あの星は父か、兄か、母か、忠臣たちか、散っていった兵たちか?
ひしめき合う星は全て死者の顔だった。
恨めしげなそれらは憎しみでその身をぎらぎら光らせながら、
口々に孫権に恨み辛みを訴える。

 何故ですか、殿!何故判って下さらぬ―――
 私に何の罪があったのですか―――
 どうしてです、どうすればお怒りを鎮めて下さる―――
 何故こんなことになってしまったのか―――
 信じていたのに―――。

「ゆる、して……許してくれ!すまぬ……!!」
ガタガタ震えながら床に額を擦り付け、孫権は許しを乞うた。
星を、死者の怨念を見るのが恐ろしくて孫権は必死に目を瞑り下を向く。
だが瞼の裏に焼き付いた渦巻く呪詛の光は決して消えない。
「許しません」
涼やかなその声が孫権を断罪した。
孫権はびくりと大きく身を震わせる。
「許される筈がありません。
 それは、判っているのでしょう?」
涙があふれた。
判っている。許される筈がない。
甘寧だって知らないだけだ。許してくれた訳ではない―――。



58 名前:4/7 投稿日:2006/10/12(木) 19:22:41
「ど、う、すれ、ば……」
自分の罪が許されることはない。ならばどうすればいい?
孫権はいつの間にかその姿の見えぬ声に
―――孫権が目を閉じているだけなのだが―――教えと、救いを乞うていた。
絶望と酩酊に眩む頭の中、荀イクの声だけがはっきりと響く。
いや、すでに孫権はそれを荀イクの声だとは認識していなかった。
「死になさい」
その言葉は姿の見えぬ神、王表の声として、孫権にとって絶対の真理となる。
「死んでおしまいなさい」
「こ、わ、い……」
掠れたその声は人としての本能であった。
「怖い……、死ぬのが、怖い……!」
「では、彼らに裁かれることを選びますか?」
穏やかな声は、孫権にもう一つの選択肢を提示した。
「少しずつ、少しずつ、貴方は傷つけられるでしょう。
 死んだ方がましだと思うほどに痛めつけられて、
 滲み出る赤い血と共に生命力をゆっくりと失いながら、
 それでも一息には殺されない。
 よく、一つ大きな傷があれば小さな傷の痛みは感じないというでしょう?
 もちろんそんな逃げは許されませんよ。
 貴方が育んだ不幸の数、そう、あの星の数だけ貴方は傷を負い、
 全身を痛みにひきつらせ気が狂いそうになりながら
 削がれるようにじわじわと―――」
「止めてくれ!!」



59 名前:5/7 投稿日:2006/10/12(木) 19:25:10
星が。無数の星が孫権に牙を剥いていた。
止めて、止めてくれ、すまない、頼む、どうか―――。
「死は、怖くありません」
慈愛に満ちた神の声に、孫権の震えはぴたりと止まった。
「死は恐ろしくはありません。
 生き続けることに比べれば、死はどれほど幸いか。
 痛くもありませんよ。一瞬で終わる―――」
確かにそうだ。
永劫に続く贖罪に比べれば、死は何と幸いであることか。
「首に触れてごらんなさい」
孫権は言われるままに首に手を伸ばす。
何か冷たいものが指先に触れた。
「その首輪を引けばよいだけのことです。
 一瞬で、貴方は解放される」
そうか、これは首輪だった。
これがあれば、首を吊る苦しさも切り捨てられる痛みも無しに死ねるのだ。

孫権は神の慈悲に深く感謝する。
そして首輪を掴んで引いた。



荀イクは微笑みながら吹き飛んだ孫権の首を見下ろしていた。
逆賊の首だ。滅茶苦茶に切り刻んでやろうかと思ったが
荀イクの子供染みた加虐心は、禰衡を肉塊にしたことで幾らか満たされていた。
孫権は酒に酔い、罪の意識から自殺。
甘寧に再会したらそう説明する。
止められず申し訳なかったと、済まなそうに。
孫権の右手は柘榴のように弾けている。これが自殺の証拠になる。
何一つ、嘘はついていない。そう、嘘は。



60 名前:6/7 投稿日:2006/10/12(木) 19:27:51
今孫権を殺したり見捨てたりして甘寧に恨まれては厄介だ。
彼は大いに乗り気でゲームを面白くしてくれそうな駒だったし、
自分もまだ死ぬわけにはいかない。
孫権の死は、避けようのない不幸な事故だった。そうである必要がある。

『あんた、頭いいのか?
 頭いいなら、隆中の臥竜岡で諸葛亮って変人が野良仕事してるから、
 ついでがあれば行ってみてやってくんねぇ?
 変な本を解読したいんだってよ』
甘寧の話を反芻しながら、荀イクは孫権の所持品を漁る。
次は荊州へ行ってみようか。
防弾チョッキを服の下に着込み、日本刀はひとまず大きな袋に納め
トカレフの具合を確かめ懐に隠し持つように仕舞い込む。
そして何かの箱。荀イクは何気なく蓋を開ける。


その箱は、空っぽだった。


荀イクの瞳が揺れ、潤み、涙の滴が頬を伝う。
荀イクはその空箱を床に叩きつけ粉々に壊そうとした。
だが、出来なかった。
叩き割る代わりに、荀イクはその箱をそっと抱きしめる。
無二の宝のように大切に、優しく。

 …そう…そう、さま……。

誰にも聞こえない、唇だけでの微かな呟き。
荀イクは空っぽの箱に縋るようにしながら、ただ静かに啜り泣いた。



61 名前:7/7 投稿日:2006/10/12(木) 19:28:47

【孫権 死亡確認】

※<<呉にある二人>>解散。甘寧はピンユニット化。

@荀イク[洗脳されている?、額に切り傷]【ガリルAR(ワイヤーカッターと栓抜きつきのアサルトライフル)、刺身包丁、防弾チョッキ、日本刀、偽造トカレフ、空き箱】
※現在地は皖城。荊州の臥竜岡へ。

@甘寧【シグ・ザウエルP228、天叢雲剣、コルト・ガバメント、点穴針、諸葛亮の衣装】
※現在地は皖城より北。さらに北へ向かっています。

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最終更新:2007年11月17日 20:00
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