「ちょっと、けーねぇ、こっちは?」
透明なケースに閉じ込められたままのまりさ達を指す。
まりさ達は、全ての仲間が死んでしまっても、ただ酷薄な笑みを浮かべているだけだった。
「ああ、好きにしていいぞ」
慧音は笑って答えた。
「実を言えば、そいつらにこそ、私は罪を知ってほしかったのだがな。こうしてゆっくりを集めた理由の半分もそれだ。
例えどんな生き物でも、言葉が通じるならば、きっと分かってくれると──罪の概念を知ってくれると私は思っていた。
だが無理だな。私にはそいつらが理解できないし、理解したくもない。
だから、好きにしていいぞ、妹紅」
「……あいよ」
あっけらかんとした口調で喋る慧音を、妹紅は少し怖いと思った。
……先程、ゆっくりに自分のしでかしたことを教えた慧音は、確かに教師だった。
どんな駄目な子供にも、根気強く付き合っていく、教師としての慧音だった。
殺すゆっくりにすら教えを授ける慧音を、妹紅は正直『甘い』と思う。
喋って動くだけの饅頭にそんな時間を費やすより、もっと有意義な使い方があるだろうと思う。
だが慧音はこれまでそうしてきたし、これからもそうしていくだろう。
このまりさ達は、その慧音をして『処置なし』と思わせるほどのゆっくりだった。
「じゃあここからは、私の舞台だな」
そして今、その三匹のゆっくりの前に立つ妹紅は、慧音ほどに『甘く』はない。
「しかし、ま。ある意味凄いかもなー、お前ら」
透明のケースを外してやると、すぐに三匹は喚きだした。
「さっさとまりさたちをここからおろすんだぜ! いうこときいたほうがみのためなんだぜ!」
「ゆ! あのくされまんじゅうどもをしょぶんしてくれたことはほめてあげるよ! だからおろしてね!」
「ふ、ふん! べ、べつにありすはあのごみくずどもをころしてなんてたのんだおぼえはないんだからね!」
わぁしょうがねーなーこいつら、と妹紅は苦笑した。最後の一匹は余計なツンデレ成分まで出し始めている。
「やー威勢がいいねお前ら。でもだめだ。逃がすことも生かすことも、私はしないね」
「ゆっへっへ、そんなこといっていていいんだぜ? まりささまをあまくみると、いたいめにあうんだぜ!」
「……うーん」
どうしてこう、こいつは自信満々でいられるのだろう。
足を炭化するまで焼かれ、まともに動くこともできないはずなのに。
「あのさー、なんでお前らそんな余裕でいられんの? 私、今からお前らを殺すんだよ?」
「へっ! にんげんごときにそんなことできるはずないんだぜ!」
「いやいやいやいやそれはない。むしろお前らがこの窮地から脱出できる方法があるなら私が教えてもらいたい。
それとも何か、お前ら、人間より強いとか言い出すつもり?」
「そうなんだぜ!」
ふん!と胸(だからどこだ)を張るまりさ。
一瞬、妹紅は気が遠くなる感じを味わった。
「……え? なに? マジで?」
「ふん、しんじられないならおしえてやるぜ! このまりささまは、以前にんげんをころしたことがあるんだぜ!
おとなのにんげんをころせたまりささまに、ひんじゃくなおねーさんなんかひとひねりなんだぜ!」
「──────────────────ぶわぁーっはっはっはっはっは!!!!!」
妹紅は我慢できなかった。
文字通りお腹を抱えて笑いながら、そこらじゅうを転げまわった。
美しい銀の髪が泥だらけになるのも構わず、そのまま笑い死んでしまうんじゃないかと言うくらいに。
「ゆぎぎっ! なにがおかしいんだぜ! しにたいのかだぜ!」
「しにっ、しにたいのか、だってぇ!? ふひゃっ、もうだめ、いやいやほんとしんじゃうわー!」
「ばかにするなだぜ! もうゆるさないんだぜ!」
「おろかなおねーさんね! これだからいなかものは!」
「まりさのつよさをしらないなんて、とんだちえおくれだよ!」
「いや、だってさぁ、ひっひっひ……」
ようやく笑いのビッグウェーブも収まり、妹紅は立ち上がって服についた泥を払う。
「ゆっくり如きが人間殺すだなんて、そんなん無理に決まってんだろー?
いやま、相当デカいのなら分かんないけどな、お前私の膝にも届かない大きさじゃないか。
ばかなの? お前、死ぬの?」
「しぬのはおねーさんなんだぜ! いいかげんにしないと「あはははは、もううるさいなーお前」」
ブギュルリ。
無造作に伸ばした妹紅の指が、まりさの右目を貫通した。
「……びっ、があああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「え? 何? 電気鼠?」
「おねーざんまりざになにずるのぉおおおおおおおお!!!???」
「あるっ晴れった日のこと~、笑いなーがらサミングッ♪」
段々楽しくなってきて、突っ込んだ指をさらに抉る。引き抜くと、丸い目玉がぽろりとこぼれ出た。
「うわグロッ。こういうところだけ人間そっくりなのはやだねー。しかし材質何なのこれ。寒天?」
絶叫するまりさに構いもせず、妹紅はしげしげと抉り出した目玉を眺める。
「ごっ、ごろじでやるっ! うばれでぎだごどをごうがいざぜでやるっ、このごみぐずばばああああああ!!!!」
まりさが、ようやくそうして言葉らしきものを紡げるようになったところで、妹紅が目玉を投げ捨てた。
そして血のように赤い瞳で、吠え立てる屑饅頭を見やるのだ。
「殺してやる、ねぇ。そうかそうか。そんなに殺したいか。うん、いい憎悪だ。
──じゃあ、やってみな」
そう言うと、妹紅はまりさを掴んで地面に降ろしてやった。
「ゆっ……!?」
「ほら、好きにしなよ」
ニタニタ笑いながら妹紅は言った。
「私、しばらく動かないでやるからさ。殺してみろよ。お前、足動かないだろうけど、私も動かないなら条件は対等だろ?
だから、ほら、殺してみろよ、饅頭」
妹紅の瞳が紅く輝く。まるでそれを待ち望むかのように楽しげに。
「ゆぎ、ぎっ……ゆっくり、死ねぇっ!」
隻眼となったまりさは、全身の力を振り絞って飛び上がり、妹紅の脛に齧りついた。
そしてそのまま歯を食い込ませようと、顎に渾身の力を込める。
「ぶぎっ! ぶぎっ! ぶぎっ!」
「まりさ、がんばって!」
「ばかなおねーさんなんかころしちゃえ!」
台の上からありすとれいむが応援する。
だが、
「ぶ、っぐ、ぐ、ぐ、ぐ、ぐ……!」
どうあっても、まりさの歯はそれ以上食い込んでいかなかった。
かつてれみりゃをも一齧りで絶命せしめたまりさの歯は、しかし、妹紅相手には全くの無力だった。
「ん~?」
それを、あてが外れたとばかりに妹紅は見る。何しろ、全然痛くないのだ。
「もんぺ越しなのがダメなのかな?」
「ぶふぁっ!?」
まりさを無理矢理引き剥がすと、今度は何も身につけていない素手をまりさの前に差し出した。
まりさは段々と焦点の定まらなくなってきた瞳で、妹紅を睨みつけていた。心の中の大事な何かが、まさに今砕けていく──そんな顔だ。
「ゆ゛っ、ゆ゛ぅっ……!」
「ほれ、噛んでみろ」
「ゆ゛あ゛ああああああああああああ!!!」
まりさは大きく口を開くと、妹紅の手の平を一口で口内に納めた。
そして最も細い手首の部分を噛み千切ろうと、精一杯の力を込める。歯にひびが入るほど、強く噛み締める。
しかしそれでも、妹紅の表情は崩れない。
「おお、結構やるじゃないか。こりゃ歯型はしばらく消えないかもねー。
でもやっぱり噛み千切れるほどじゃないな。……ちょっと発破かけてみるか」
と妹紅は、空いているもう片方の手でまりさの帽子を奪い、帽子の縁に小さな火を点した。
「!!??!??!??!?!!?」
まりさが、残った片方の目を裂けんばかりに見開いた。
ゆっくりにとって、帽子は命の次に大事なものだ。何しろそれがなければ、仲間として認識してもらえない。
もしここで生き残っても、最早まりさについてきてくれるゆっくりはいなくなるのだ。
「まりざの、まりざのぼうじがぁああああああああ!!!」
「やべでぇえええええ! もやざないでええええええええ!!!」
ありすとれいむが叫ぶ間にも、どんどん火は燃え広がっていく。妹紅はそれをひらひらと振りながら、まりさを煽った。
「ほーらほら、早く噛み千切らないとお前の帽子全部燃えちゃうぞー?
それとも、やっぱり人間を殺したなんてのは嘘だったのかねぇ。──っと」
僅かに、妹紅の手首を噛む力が強まった。まりさは瘧のように身体を震わせ、涙を流しながら必死に力を込めている。
だがそれでも、妹紅の腕を血が滴ることはなかった。
五秒、十秒、二十秒と経ち、帽子はどんどんその形を喪っていく。
「うぐっ、ぐぎぎががぎがぐぎあがああああああ!!!」
結局、まりさの帽子が全て燃え落ちてしまうまで、そんなに時間はかからなかった。
「はい時間切れー。なんだ、てんでダメじゃん、お前」
妹紅はまりさの口から手を引き抜くと、元の台の上に乗せてやる。
「ちぇっ、人間を殺したなんて豪語するからどれだけ強いのかと思えば。てんで期待はずれだ。
所詮ゆっくりはゆっくりってことなのかなぁ」
「ちが……まりさは、ほんとうに、にんげんを……」
それでも、まりさは頑なに自らの弱さを認めようとしなかった。
何故ならばそれこそが、今までまりさをまりさたらしめていた全ての源だからだ。
自分を虐めていた人間を殺し、自由を得た。
人間に勝てたという自負があったからこそ、無謀とも思える所業を何度も達成することができた。
れみりゃを食い殺し、その肉を貪ることすら可能としてきた。
そんな自分だったからこそ、このありすもれいむも、群れの役立たずどもも、自分を崇め、敬ってくれたのに。
それなのに今、まりさは、何もしていないたった一人の少女に、痛い思いをさせることさえできないでいた。
最早まりさのアイデンティティは、ゆっくりと破壊されつつあった。
だがここでれいむが声を上げた。
「ゆっ! おねーさんはうそをついているよ! まりさがよわいんじゃないよ!」
「へぇ。なんでそう思った?」
「おねーさんはさっき、てからひをだしていたよ! れいむはしってるよ、おねーさんはにんげんじゃないね!
おねーさんはようかいだよ! だからおねーさんはうそつきだ!」
まくし立てるようにそう言われ、妹紅は苦笑した。
「まぁ、まともな人間かどうかって言われたら、確かにちょっと微妙だねぇ。強度自体は同じなんだけど」
その言葉に、まりさは僅かながら希望を取り戻しかけた。
そうか、このおねーさんはようかいだったんだ。だったらしかたがない。ようかいはにんげんよりもずっとつよい。
だからきっと、このまりささまがまけたのも、しょうがないことなんだ。
しかし、まりさの自分を納得させる言い訳をも、妹紅は軽く打ち砕く。
「でもな、もし私が妖怪だったとしても、そのまりさが人間を殺してないことには変わりないんだぞ。
お前が殺したとか言ってるやつ、今もぴんぴんしてるぞ」
「ゆ゛ぅ゛ぇ゛っ……!?」
まりさは、一瞬言葉の意味が理解できなかった。
殺したはずの人間が、今も生きているだなんて、そんなこと、認められるはずがなかった。
「お、おねーざん、が、ぞんなごどっ、じっでるわげっ……!」
「いや、だってそいつ里の外れに住んでる×××××だろ? あいつ普通にピンシャンしてるぞ。
今じゃゆっくりブリーダーとして、この村じゃ知らないやつがいないほどだしな」
「…………!!!!」
まりさは今度こそ頭の中が真っ白になった。その名前は、一度も呼んだことがなくとも、確かに自分が殺した人間の名だった。
「いやぁ、さっきから話聞いてて、あれ?って思ったんだよなぁ。
前にそいつが話してたんだよ。『生意気なまりさの前で死んだ振りしてみたら、喜び勇んで逃げ出していった』って」
「あ、あ、あ、あ、あ……」
ガクガクとまりさは全身を震わせる。
それは恐怖からだったのかもしれない。何よりも、今の自分を喪うことへの。
うそだ。そんなのうそだ。あのにんげんはたしかにころした。いくらうえではねてもおきなかった。
だからあれは、ちゃんところしたはずなのに。
「おっと、噂をすればなんとやら、だな」
妹紅が振り返ると、畑の前を一人の男が歩いていた。背中に五匹ほどのまりさが入った網を下げている。
「よーぅ、精が出るねぇー」
妹紅が声をかけると、男ははたと立ち止まり、挨拶を返した。
「や、どうも」
「また捕まえたのかい?」
「ええ、うちのゆっくり達につっかかってきた連中でして。これから加工所に売りにいくところなんですよ」
「やだー! がごうじょやだー!」
「おうぢがえじでええええええ!」
網の中で叫ぶまりさを叩いて黙らせ、男と妹紅は和気藹々と会話する。
「妹紅さんは、今何を?」
「いやなに、畑に入ってきたゆっくりがいたんだが、これがまた結構なワルでね。
今お仕置きしてるとこ。今後の進退は、まぁこいつらの出方次第かな」
妹紅が身体をずらしたお陰で、男の姿はまりさの片方しかない目でも捉えられた。
それは確かに、自分を育て、自分が殺したはずの人間で。
「うそだ」
「ま、まりさ?」
呟く言葉も弱々しかった。ありすの気遣う声も耳に入らない。
「そんなの、うそだ」
だが現実というものは、まるで今までの傲慢を清算するかのように、どこまでも残酷だった。
「そーいやあの二匹は元気かい?」
「ええ、もうどこに出しても恥ずかしくないゆっくりに育ちましたよ。──ほら、ご挨拶しな」
男が足元に呼びかけると、垣根の陰から二匹のゆっくりが姿を現した。
「「ゆっ……!?」」
ありすとれいむが息を呑む。まりさは、ただ呆然としていた。
「「もこうおねーさんおひさしぶりです! どうかゆっくりしていってくださいね!!」
「おうおう、ゆっくりしてるよー」
妹紅と和やかな挨拶を交わすそのれいむとまりさは、とても大きかった。
男の膝の高さと同じくらいの体躯。まりさの二倍以上の直径を持つ成体ゆっくりだった。
ただ大きいだけではない。瑞々しい皮、さらさらの髪、輝く瞳。どれをとっても、一流のゆっくりのそれだ。
一体どれほどゆっくりしてきたのか想像もできないほどに、その二匹は立派だった。
勝てないと、まりさの本能が即座に畏怖と諦観の念を抱いてしまうほどに。
それだけではない。まりさは、その二匹に見覚えがあった。
その二匹は、まりさが男を『殺す』前、共に男の場所で過ごしてきたれいむとまりさであったからだ。
その頃の二匹は、何をするにも愚図で愚鈍で頭の悪い、自分とは比べ物にならないくらい駄目なゆっくり達だった。
足は遅く高くも跳べず、聞いたこともすぐ忘れる。
そのくせ、自分達を虐める男によく甘えていた。自分達に少ない餌しか与えず、無理矢理運動させ続けていたのはそいつだというのに。
そんな程度の低い連中と同レベルに扱われることが、まりさを凶行に走らせた一因でもあったのだ。
愚図どもを置き去りにして、まりさは森のゆっくりの頂点に立った。
立ったつもりでいた。
「しかしよく育ったねこいつら。最初期から育ててたやつだっけ」
「ええ、売り物にするつもりだったんですが、ちょっと育てすぎちゃったみたいで。
ただその分強くなりました。今じゃれみりゃも二匹くらいまでなら相手できますよ」
「二匹で?」
「いえ、単独でです。二匹一緒なら五匹まではいけますね」
男が誇らしげに言うと、れいむとまりさは声をそろえた。
「れいむとまりさのこんびねーしょんぷれいのまえには、れみりゃだろうとひとひねり!!」
「でもゆっくりじゃあにばんめだよ! いちばんはおにいさんだからね!!」
「世辞も出来るときたか。こいつはいよいよ村一番のブリーダーとして宣伝しなきゃいけないかな。宣伝部長こいつらで」
「いやいや。自分などまだまだですよ」
謙遜する男の笑顔は、どこか気恥ずかしげだった。
妹紅はちらりとまりさのほうを向く。まりさはその瞳に怯えた。赤い瞳は、狂気を孕みながら、とても楽しそうに輝いていた。
「──そういや、前に逃がしたゆっくりって、そいつらと同じ頃から育ててたんだっけ?」
「ええ、将来有望だったんですが。どうも育て方間違っちゃったみたいで。全く、まだ弱い子供だったってのに」
「ゆっ──」
自分でも分からない、言い知れない衝動が迸りそうになった口を、妹紅の手が塞いだ。
がくがくと震えるまりさを無視し、妹紅は話を続ける。
「大方、付け上がっちゃったんだろうね。甘やかしすぎるとダメなのは人間も同じだけど、ゆっくりは根が単純だからもっと酷くなるんだ」
「お恥ずかしい限りです。勿体ないことをしたなぁ。あんな無謀さでは、もう生きてはいないでしょうし」
ちがう。
まりさはここにいる。まだいきている。
れみりゃをしりぞけ、むれのりーだーになって、いちばんつよいゆっくりとしてくんりんしていた。
くんりんしていたのに。
「でも、その時点でもそれなりに強かったんでしょ? あんたが育てたゆっくりなら」
「ええまぁ。一般的な野生のゆっくりよりかはよっぽどね。けどあれはその辺りをカサに着てた部分もありましたから。
それが、私を襲うという馬鹿馬鹿しい反逆に走らせた原因だったのでしょうね。
でも、彼我の実力差を見極められないようでは、野生では生きられない。
もしまだ生きているとしたら、よっぽど幸運だったか、よっぽど他のゆっくりが馬鹿だったかでしょうよ」
やめろ。
もうそのはなしをするな。
それいじょうそのはなしをされたら、まりさは。
「幸運かー。そうかもなー。でもそういうのって、最終的には手痛いしっぺ返しを喰らうもんだよな」
「いやまったくその通りで」
「でも、そのゆっくりも相当馬鹿だよな。あんたのとこにいれば、その二匹くらいには強くなれたかもしれないのに」
「ですね。自分が強いという自覚はあったのに、誰のお陰で強くなれたのか、分からなかったんでしょうか」
「分かってたのかもよ。その上であんたを裏切ったんなら傑作だねぇ」
「……それ、私が惨めなだけですよね? はぁ、本当、育て方間違っちゃったなぁ……」
男が沈鬱な溜息を漏らす。それを足元の成体れいむとまりさが励ました。
「だいじょうぶだよ! おじさんはなにもわるいことしてないよ! れいむたちをそだててくれたよ!」
「おじさんのおかげで、まりさもれいむもおっきくてつよいゆっくりになれたんだよ!
だからあのこのことはきにしないで、ゆっくりげんきになってね!」
「ああ……ありがとう、お前達。お前達は最高のゆっくりだよ」
喜び合う三人を見て、妹紅はうむうむと満足げに頷いた。右手では、まりさが見開いた目からとめどなく涙を流している。
いやだいやだいやだ。そんなはなしをまりさにするな。そんなものをまりさにみせるな。
まりさはじゅうぶんつよい。つよかったんだ。
そんなでぶになったできのわるいれいむやまりさよりも、まりさはずっとつよかったんだ。
そう、うまれたときからずっとつよかったんだ。うまれたときから──
そんな時、ふと、まりさの脳裏を閃光のように疑問が通り過ぎていった。
──あれ? まりさはどこでうまれたんだっけ?
思えば、自分というものを意識したそのときから、あの男はそばにいた。
自分もゆっくりであるからには、ゆっくりの両親から生まれたに違いない。
ならば茎に生っていたときなり、胎にいたときなりの記憶が、少しくらいあってもおかしくないのに。
なのにまりさは、それを知らない。
そしてその答えは、思いもかけない方角からやってきたのだ。
「まぁ、その二匹の言うとおり、あまり気にしないでいいよ。もっといいゆっくりを、もっとたくさん育てればいいんだから」
「ええ全くその通りなんですが……ちょっとばかし元手もかかっていましたしね」
「ふむ、というと?」
「ええ、あのまりさは、永遠亭の永琳さんから買ってきたものでして」
まりさの意識が、電撃を流し込まれたみたいに明滅した。
それはきっと、触れてはいけない記憶がそこにあったからであり。
それに触れてしまっては、今度こそ自分というものがなくなってしまう気がしたからであり。
やめさせようと声を上げようとして、しかし答えはより強く握り締められた妹紅の手だった。
男は言った。
「胎生のゆっくりから、胎児の状態で取り出して、外科的手段によって改造したゆっくりだったんです。
その後の目覚めるまでの育成も人工的に行った、言わば半人造ゆっくりですな」
ああ。
まりさは。
うまれたときから。
おおきくなったいままで。
ずっとにんげんのてのなかにいたんだ。
その後も男と妹紅は、価格がどうの、実験的価値がどうのといった話をしていたが、それらの内容はまりさの耳には届かなかった。
やがて男は妹紅に別れを告げると、二匹のゆっくりを伴って去っていった。
「さて」
妹紅はまりさの口から手を離してやる。だが、まりさは何も喋らなかった。
「どうだった? お前が殺したって言ってたやつ、生きてたけど」
「う……あ……う……」
救いを求めるように、まりさは隣のありすとれいむに視線をやった。
きっとこの二人なら分かってくれる。一番多くの時間を過ごしたゆっくりであるし、少なくとも、自分が他のゆっくりより強いことは事実なのだから。
だが返ってきたのは、ただひたすらに冷たい言葉だった。
「このうそつきっ! ずっとれいむたちをだましてたんだね!」
「ゆ゛ぇ゛っ……!?」
「にんげんをころしただなんていって、ありすたちをたらしこんだのね! さいてー!」
「うそつきっ、うそつきっ、うそつきっ! まりさがうすぎたないうそをついたせいで、れいむたちまでこんなめにあってるんだよ!
このくそまりさ! せきにんとってしね! いますぐしね!」
「ちっ、ちがっ」
「なにがちがうの!? どうちがうの!? このうすぎたない、うそつきのくずまりさ!!」
「ぢがう゛の゛ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ちがわないでしょ! このうすぎたないいなかものっ!
なによっ、さっきのゆっくりのほうがあんたなんかよりずっとかっこよかったじゃない!
このおねーさんもさっきのおじさんもころせないで、つよいだなんて、とんださぎしだわ!」
ありすとれいむは口々にまりさを責め立てた。
「あっ、あっ、あっ、あっ……!」
うそだ、うそだこんなの。
ありすもれいむも、ずっとまりさといっしょにいてくれたのに。
いちばんたよれる、ゆいいつの『なかま』だとおもっていたのに。
それなのに、どうしてそんなひどいこというの?
まりさが────────────────────────よわかったから?
「う゛ぞだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
まりさが絶叫する。大気が震える。
「うぞだっ!!! うぞだっ!!! ぜんぶうぞだあああああああああああああ!!!!
まりざざまはづよいんだぁああああああ!!! いぢばんっ、いぢばんづよいゆっぐりなんだあああああああ!!!
ごんなのうぞだよっ!!! ぜんぶっ、ぜんぶっ、ぜんぶうぞだああぁぁあああああああああ!!!」
「おいおい」
妹紅は仕方なさそうに肩を竦めた。
「現実を見ろよ。お前は、お前が思ってたより強くなかったってだけの話じゃないか」
「うぞだっ! おねーざんもにぜものだっ! ぜんぶっ、ぜんぶっ、にぜものだらげだぁあああ!!!
まりざざまがごんなじうぢをうげでいいわげがないんだあああああああああ!!!」
突きつけられた事実から逃れようとするように、まりさは激しく身をよじりながら叫び続ける。いっそ滑稽ですらあった。
妹紅は顔に哀れみすら浮かべながら、まりさを掴む。
「……そこまで、現実を見たくないか。じゃあお望みどおりにしてやるよ。
ええとこういうときなんて言うんだっけ。あー……そうそう。──ばるす!」
ぎょぼぎゅっ。
「!!!!!!! あ゛あ゛あ゛、めがっ、めがぁーーあああああああああああああ!!!!」
妹紅の親指が、残ったもう一つの眼球をも破壊した。どろりとした液体が、餡子と一緒に流れ出た。
「これでもう、お前は見たくない現実を見ることもない。良かったな?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
妹紅は、もう話を聞いていないであろうまりさを投げ出した
そして、今度はありすに向き直る。
「さぁて、それじゃあこいつらは、どうしようかねぇ……」
ガタガタと震える二匹を前に、妹紅はニンマリと笑みを深めた。
あとがき
ずっと妹紅のターン!
ごめんなさい、また長くて。
おかしい……前後編のつもりだったのに……なんで中篇とかできてるんだろ……。
俺の中のもこたんがもっと輝けと言っている。
しかし平仮名喋りは書いていてストレス溜まる。何? 自分がゆっくりに虐められてんの?
余談。以前スレで「ゆっくりよりもけーねがウザい」と仰っていた方がいましたが、自分自身、もっともだと思います。
書きながらずっとそう思ってました。
ただまぁ、自分の中の慧音像に忠実だと、このようになってしまったのです。いや慧音がウザいというわけではなく。
基本的に、線引きはきっちりするけど、線引きに抵触しない範囲で何かしてやりたがる、そんな慧音です。
それを人は余計なお世話と言うのですけれども。
今までに書いたもの
ゆっくり実験室
ゆっくり実験室・十面鬼編
ゆっくり焼き土下座(前)
最終更新:2008年10月21日 23:48