ゆっくりいじめ系545 挙の歳末_1

 歳末の大宴会も終わり、今年も残すところあと二日となった。後は年越し宴会を待つのみだ。
 まどろっこしいからいっそのこと三日連続正月含めてぶっ通しで宴会やろうよ、というアル中チ
ビ鬼の提案は一蹴されている。開催会場の設営者が直々に「いやよ」の一言と見事な三白眼で断っ
たのだ。そりゃ当然だ。一週間も延々騒ぎ通した挙句、博霊神社には何の見返りも無いのだから。
 しかし、年越し宴会の開催は、皆の熱心な説得により開催される運びとなった。これには鬼も喜
んでいたので、ある程度の満足は得られたのだろう。博霊の巫女による最大限の譲歩だったのだろ
うが、彼女は宴会の開催決定にうんざりした表情をしていた。

 俺は、その年越し宴会のための鋭気を養うため、早々に帰路についている。今頃は三次会になだ
れ込むところなのだろう。しかし、俺は年越し宴会で倒れるわけにはいかないのだ。しっかりと体
力を戻さねば、新年を昏倒した状態で迎えることになる。そんな一生の汚点を抱え込むわけにはい
くまい。かなりの人数に引き止められたものの、必死に断りの文句を並べ立て、何とか解放しても
らえたのだ。年越し宴会ではひどい目に遭わされそうだという確信もこのとき生まれた。そうなれ
ば、酔った勢いを装って、あのチビ鬼の瓢箪を踏み割ってやろう。いっぺん泣きを見せてやらねば
ならないのだ。もっとも、そういいながら実行に踏み切ることは無いだろう。



 酔いを醒ますように、涼やかな夜風が吹く。今日は幸運なことに雪は降っていない。地面にはし
っかりと根雪が積もり足場は悪いが、横殴りの雪が降るよりはましだ。酔いがさめる所の話ではな
くなってしまう。

 確かな足取りを保ちながら、家路を急ぐ。酔いが醒めてくるとともに、冬の寒さが身体の節から
沁みてくる。これは早く家について焼酎かなにかで寝酒に興じるのがよいだろう。もう一度身体を
暖めてからのほうが、俺の場合寝付きが良くなるのだ。

 我が家への道のりもあと少しとなってくるころには、自然と俺の歩みは速くなる。寝酒を夢見な

がら歩を進めていくうち、俺は妙な違和感に気づいた。


 ――家に、灯かりが付いている。

 俺は、まだ酔っているのかと自分に呆れながら、もう一度我が家の窓を見る。

 ――台所の方が、やはり、明るくなっている。

 再度、括目する。

 ――居間の窓が割れていた。

 三度、括目する。

 ――何かが、室内で蠢いている。影が上下に揺れていた。

「不味いだろ……」

 自然と呟きが漏れ、嫌な予感が脳裏を過ぎる。何者かが、俺の家の中でなにかをしている。この
状況を楽観視できる人間がいるなら、俺はすぐさまそいつをどこかの滝壺に突き落とそうじゃない
か。骨は、白狼天狗の椛ちゃんが拾ってくれるだろう。

 とりあえず、俺は現実から目を背けてはいけない。家の中に居るのが、喩え夜盗だろうと妖怪だ
ろうと、立ち向かわねばならないのだ。我が家を守るには一所懸命。それ相応の努力労力を惜しん
ではいけないのだ。

 俺は深呼吸を何度もし――それでも心臓は落ち着きを取り戻さなかった――、決心を固め、玄関
の戸を、音を立てぬように引いた。

 土間を通り過ぎ、静かに下足を脱ぐ。扉の隙間から、薄暗い居間で何かが飛び跳ねているのがわ
かった。新種の妖怪だろうか。それとも気の狂った盗人だろうか。そのどちらとも判別は付かなかった。


 意を決し、居間の扉を蹴り開けて、直ぐ脇にある電気のスイッチを入れた。


 卓袱台の上に何かが在る――否、居る。“そいつ”は、跳躍運動をするように飛び跳ねながら、
百八十度反転し此方を向いた。

「――ゆっくりしていってね!! ゆっくりしていってね!!」

 どこかで見たような面をした饅頭のような柔らかさをもった生首が、気色の悪い顔でそう言った。
実に愉しそうな動きで、そう言った。

 俺は、“そいつ”から視線を外さぬように後退し、再び居間の扉を閉めた。


       ○


 居間からは、まだゆっくりコールが聞こえてくる。拍子抜けしてしまった士気をもう一度上げる
ために、深呼吸をした。

 噂に聞いたことはあったが、実際に見るのは初めてであった。

『ゆっくりれいむ』

 それが、居間に居座っていた饅頭に付けられた名前だ。

 博霊の巫女の顔とよく似てはいるが、巫女本人とは何の縁も関係も無いとのことだ。

 完全に生首であるその全貌。そこはかとない苛立ちを覚えさせるその表情。その視線に捕らえた
ら、人妖問わずゆっくりしていくことを望むという奇怪な習性。中身は餡子などが詰まっていると
いう、まさに饅頭そのもののような性質を持っているのが、先ほど相見えたゆっくりれいむである
。他にも、『ゆっくりまりさ』、『ゆっくりれみりゃ』、『ゆっくりふらん』といったように、幻
想郷に住む妖怪や魔法使いなど、よく似た饅頭状の生物、通称“ゆっくり”の存在が明らかになっ
てきている。台所の方でも何かが蠢いていたことから、どうやら他の“ゆっくり”も乱入している
ようだ。

 多くの評判に拠ると、ちらりと見たくらいの内は、そのもちもちとした顔つきと目が可愛らしく
て庇護欲が沸いてくるものの、じっと見つめているうちにその半開きの口と表情の全体的なバラン
スに腹が立ってくる、とのことだった。中身にたっぷりと詰まっているのは、大半が餡子であり、
これがなかなかの美味らしい。そのための加工所まで出来たという。

 確かに、俺も今一瞬見た限りでは、ぽよんぽよんと楽しそうに跳ねている様子は見ていても可愛
いと言えるかもしれないし、和んでしまうかもしれない。

 だが、同時に我が家の居間に広がっていた“惨状”もしっかりと視界に捉えた俺は。ひとつの確かな結論を導いた。

 間違いない。

 間違いなく、今、こいつらは――

 ――調子に乗っている。


 外にある納屋から得物を持ってきた俺は居間に通じる戸の前に一口大の饅頭を置き、ゆっくりれ
いむの横幅と同じくらいに開放した。饅頭は、貰い物として近所から受け取ったものだが、生憎俺
は和菓子系統の甘いものがあまり好きな方ではないのでそのまま放っておいたものだ。はっきり言
って、食べられる状況ではない。辛うじてカビがあまり生えていないものを選んでおいた。

「ゆ! おまんじゅうさん、そこでゆっくりしていてね! れいむがたべてあげるよ!」

 居間から嬉しそうな声が聞こえた。間もなくして、グシャ、ビリッという音も聞こえてきた。先
ほどは“ゆっくり”にだけ視線を取られたが、恐らく卓袱台に置き放してあった食器や本の類が壊
されていたのだろう。やはり、こいつらは調子に乗っている。

 やってくる。ゆっくりとした動きで影が近づいてきた。

 ――勝負は一瞬で決まる。

 気色の悪い顔の半分が引き戸から見えた瞬間、反動をつけて引き戸を一気に閉めた。

「ゆっ!?」

『プビュッ』

 扉に腹立たしいほどにやわらかい感触が伝わる。ゆっくりの身体がぶにょっ、と形を変え、口は
火男(ひょっとこ)のような形になった。同時に口から中身の餡子が少し飛び出した。扉を完全に
引き開けると、ゆっくりれいむは床に力なく転がった。しかし飛び出した餡子は全体の三パーセン
トほどだろう。これくらいで死ぬとは思っていないが、死なれては困る。俺はゴム手袋をつけて気
絶したゆっくりれいむを捕まえると、こぼれた餡子を中に入れてから丁度いい大きさの水槽に逆さ
まにぶち込んだ。蓋は強力なテープで幾重にも貼り止め、ダンボールで周囲を覆った。

 興味本位で、ゆっくりれいむから飛び出した餡を回収する。甘ったるい香り。指先に乗った分だ
け味見してみると、意外なことに、甘味の嫌いな俺でもおいしいと思えた。なるほど、餡菓子の元
になり人気を博すのも理解できる。


       ○


 ゆっくりれいむと“遊んであげたい”欲望には打ち勝ちがたいものがある。玄関の下駄箱の上に
水槽ごと放っておいたが、早くも目を覚ましたゆっくりれいむは何やら叫んでいる。出してほしい
ようだが、そうはいかない。コーヒーセットなどが入った食器棚の中身をひっくり返しておいて、
生きて住処に帰れると思っていただいては困ると言うものだ。これだけの食器を集めるまでに、何
度香霖堂に通ったと思っているのだろうか。ゆっくりれいむとは数年間を懸けて償ってもらうとす
る。ゆっくりたちに住処はあるのか気になるところでもある。あるならば、一度足を運んでみたい
ものだ。その理由は、ここで語る必要はないだろう。

 さて、今、俺の目の前の床下に居るのは、頭を(全身を、のほうが正確なのだろうか)ぺしゃん
こにし、餡子をだらしなく零して、ピクリとも動かなくなったゆっくりまりさである。もはや、こ
れは数分前まで飛び跳ねるように動き、「ゆっくりしていってね!」と気色悪い顔で言っていたと
は思えない状態になっていた。


 唐突にストーリーが動いたため、動揺している方がいらっしゃるであろうことも加味し、今起こ
ったことを詳細に告げるべきだろうと思う。

 居間から台所に続く扉を開けた瞬間、扉を弾き飛ばすような勢いで身体を突っ込んできた者がい
た。それが、ゆっくりまりさだった。

「ゆっくりしていってね!」

 心にも思っていない言葉を投げかけると、ゆっくりまりさは俺の足にへばり付く様に飛び跳ねな
がら、「ゆっくいひへいっへへ!!」と御決まりの文句をのたまった。

 先ほどのゆっくりれいむと比較しても、このゆっくりまりさは随分と挑発的な顔つきに見える。
上目を見ているからなのかもしれないが、見ようによっては偉そうに踏ん反り返っているようだ。
しかも唇の端がやたらと上がっている。ゆっくりの中には、まあ可愛らしい(と言われているがそ
れほどでもない)顔つきのものと、完全に人間をバカにしているような表情をしているものがいる
らしい。このゆっくりは後者のゆっくりなのだろう。

 ただ、ゆっくりの多くは、自分が入った家に住んでいたもの概要がそのときに誰も居なかったか
らという理由で自分のものだと言い張るらしい。このゆっくりまりさにその兆候は見られないが、
しかし、その下膨れの頬はさらに膨らみ、滑舌も非常に悪かった。何かを口に含んで話しているの
がすぐに判った。

「ま、まって! まいさにらにしゅるの!! ゆっくいしてね!! あなひへへ!! ゆっくいへ
きないならどっかきえへね!!」

 何も訊いていないはずなのだが、ゆっくりまりさを捕まえた瞬間、そいつはそう言った。これは
何かをやっていたに違いないと思い、ゴム手をつけた右手を口に突っ込んでかき回した。

「ゆ、ゆっふりやっへね!」

 訳の判らないことを言ったので左手でぶん殴った。その感触はあまりに柔らかく、全身に戦慄の
ようなものが走った。そして、右手にゆっくりには有り得るはずのない固い感触があったので、そ
れを捕まえて取り出した。猶もやかましいゆっくりは、向かい側の壁に投げつけた。ゆっ、と言い
ながら床に伏せた。というか、転がった。

 手の中にあるのは桃の缶詰めだった。顔面饅頭は缶詰の蓋を開けることは出来ないため、缶をそ
のまま飲み込んで味わっていたようだ。これでも美味しかったのだろうか。氷精並に頭も弱いらし
い。いや、チルノでも缶切りくらいは使えるだろう。というか、使えていてほしいものだ。

 気持ちの悪い体液に塗れた桃缶をゆっくりまりさに投げつけた。

「ゆっ!」

 ぼぅよん、と身体を震わせながら痛みに耐えているらしく、その醜い目は次第に潤み始める。缶
詰は眉間に当たったのだが、この饅頭にも痛覚はあるのだと実感した。

「おじさんなにするの!! それはまりさのものだよ!! どうしてかってにとるの!! どろぼ
うはよくないよ!!」

 何を言うのだろうかと思えば、逆切れだった。そして、ついに自分のもの発言、いいようによ
っては“ジャイアニズム発動”と相成ったわけだ。何を言ってやってもこの不細工バカ饅頭には理
解できないと決定づけた俺は、一跳びにゆっくりまりさの転がっているところへ走った。そして、
俺の全然ゆっくりでない動きに怯んだところを捕まえ、小刻みに震わせるように揺すった。

「ゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆ」

 最初は混乱したような表情を浮かべていたが、次第に熱を帯びたように逆上せた視線を揺らし、
頬を赤く染まりはじめる。小刻みに揺することで発情するということは、広く公にされて久しい情
報である。

 ――感じさせてどうするのか? これは、あくまでも“餌”に過ぎない。

「ゆゆゆふふぅ、ゆゆゆゆうぅ……、ゆっ!!?」

 生意気にも、随分と感じていただいたようなので、ゆっくりまりさを床に強く放り捨てる。快感
に身を委ねすぎていたせいか、耐性を立て直せずにまりさは顔面から床に衝突した。すぐさま、ゆ
ゆゆといいながら俺を見上げる。

「もっとゆっくりしていってよー!」

 もっとしてほしかったのだろうか、俺の足元で顔を真っ赤にして飛び跳ねている。物足りないあ
たりで止めておいたのだ、その反応は当然と言える。

 しかし、このときゆっくりまりさは、自分の欲望に正直になり過ぎであり、俺の右手に握られて
いる納屋から引きずってきた得物の一つである棘付き鉛バットの存在を失念していたことで、自ら
の死期を大幅に近くした。

「もっとゆっく……、ゆゆ!? ゆゆゆゆゆべべっ!!?」

 我が家に轟音が響いた。

 飛び跳ねた瞬間を見計らって、渾身の力を振り絞って鉛製の棍棒を振り下ろした。棍棒が床に接
触したとみるや、床は木っ端微塵に弾けた。ガリガリと床を削りながら棍棒を床に引き上げると、
その下では最初のような状況になっていたというわけである。総重量七十キロだ。饅頭如きがこの
重さに耐え切れるわけが無い。

 しかし、こうしてしまってから俺は気づいてしまった。後処理が非常に面倒だ。このままにして
いては、床下に夥しい黴が繁殖してしまう。いくら床を修理しようが、黴なんぞの生命力は末恐ろ
しいもので、俺は数年後にアレルギー症状を起こしながらくたばってしまう。

「……嗚呼」

 何のことは無い。

 ――後でゆっくりれいむに処理してもらおう。共食いなんて容易いことだろう。


     ○


 最後の砦になってくれるのだろうか、この台所の扉。

 ゆっくりまりさが腐り始めるまえに台所の異変を解決しなくてはならないが、どうもその気がし
ない。完全にやる気がしないわけでは無いのだが、あの気色の悪い饅頭のさらに気色の悪い屍を見
た後だからだろう、俺はゆっくりたちとの関わりあいを持ちたくないのかもしれない。

 しかし、先ほどから「うー、うー」という妙に愉しそうな奇声が、扉を閉めているのに聞こえて
くる。その奥にゆっくり何某が居るのは間違いなく、きっと台所をめちゃめちゃにして楽しんでい
るのだろう。そもそも、台所から撤退して貰わないと、俺は飢え死にしかねない。

 俺は指向を変え、裏の勝手口から潜入することにした。先ほどの“地響き”のために、もしかす
ると居間側の扉近くには居ないかもしれない。奇襲をかけてみるのも、ひとつの方法だ。

 俺は勢いよく勝手口を開いた。

 ――その瞬間。
「うー!?」


 扉に柔らかい感触があった。それに気づく間もなく叫び声が聞こえ、反対側の壁に何かがぶつか
った。ぶつかったのは実際には見ていない。だが、その方角にある食器棚のガラスの引き戸が割れ
る音が聞こえた。

 中を見る。俺は絶句するしかなかった。

 最惨劇は台所で起きていた。

 水は出しっぱなし。冷蔵庫は開けっぱなし。中身はぐちゃぐちゃ。食器はすべて粉々。鍋やフラ
イパンの類は辺り一面に散らかり、俺が暇さえあれば読んでいた料理本はビリビリに引き裂かれて
いた。そのすべてに、よだれのような体液がこびりついていた。

 ――犯人は誰だ?

 食器棚の陰でうーうー唸っているゆっくりの正体を見るため、そっと近づいた。

「うー……!」

 ゆっくりれみりゃだった。

 頭から本人そっくりな羽を生やし、本人そっくりにカリスマ性の無さそうな顔をしている。しか
し、こいつは、紅魔館付近で見られるゆっくりれみりゃと違って顔がやたら大きいものだった。別
の見方をすれば、胴体がまだ成熟しきっていないともいえる。恐らく、まだ幼体なのだろう。背中
の黒い翼は、おまけと言ってもいいくらいに小さい。これでは、この豚まんの身体を支えながら飛
行することは不可能だろう。

「おにーしゃん!! れみりゃにょぶっでぃーんは!? ぶっでぃーんはやくちゃべちゃいどー!
!」
 いきなり阿呆丸出しなことを言う。
 んなもんねえよ。俺は洋菓子の甘味がこの世で一番嫌いなんだ。

 俺の胸の中は、あっというまに、殺意で満たされた。

 今日の宴会で、実は俺とレミリア・スカーレットは少々揉めていた。以前から鼻持ちならなかっ
たのだが、ここにきて不満が爆発してしまったのだ。

 理由は単(ひとえ)に、レミリアの傍若無人ぶりだった。

 いつもは咲夜にすべての世話を遣らせるくせに、今日に限って、レミリアは咲夜を制し仕事をさ
せなかった。年末だから、いつも甲斐甲斐しく世話をしてくれるメイド長を休ませてあげようと考
えていたのだろう。

 その心意気は、買ってあげてもよい。そう思う。

 だが、その代りに、平時咲夜がすべき仕事のすべてを俺に押し付ける、そういう道理は存在しな
いのにも関わらず、それを俺に遣らせるのは理解できなかった。酒を注げ。料理を取れ。肩を揉め
。宴会芸をしろ。

 最初のうちは、俺も然程厭ではなかったのだが、一時間以上も常識知らずの“お嬢様”の面倒を
見ていると腹が立って来るのは自明だ。主従関係、眷族関係のどちらでもない者が、延々を終わる
こと無い命令に従っていられるはずが無いのだ。

 途中俺を可哀想に思ったのか、咲夜はレミリアを止めようとしたのだが、そんなことで考えを変
更するほどの一般常識をレミリアは持たない。あれは、どれだけ自分にカリスマがあると《勘違い
》しているのだろうか。そもそも、十六夜咲夜がレミリアを持ち上げるから、あいつの傍若無人ぶ
りには拍車を掛かっているのだが、咲夜には《そちらの感情》があるためその自覚はないのだろう。

 酒も入り、普段は有り得ないのだが、完全に自我を失ったように激高した俺はレミリアと少々の
口喧嘩をしてきたのだ。

 これだけは覚えている。俺はしっかりと言ったことばがある。

『《妹の出涸らし》の癖に調子に乗ってるんじゃねぇよ』

 その一言で、レミリアは最初からゼロのカリスマ性をマイナスにした。

 最後には咲夜や霊夢に宥められ、何とか事なきを得たものの、苛立ちが完全に霧散することは無い。

 そんな折に、現れたゆっくりれみりゃは、実に運が無かったといえる。脳内で厳かな合掌をする。

「うー!! うー!! にゃんにもないけじょ、ここはおもちりょいかりゃ、れみりゃのべっそう
にしちぇあげりゅんだどー!」

 楽しそうにぽよぽよとジャンプするように踊ると、背中の薄汚い羽根で飛び始めた。といっても
“Fly”ではなく“Jump”だ。椅子、机と順々に上がりながら飛び跳ねる。がしゃんと音を立てて
台所の照明が割れ、俺の足もとに飛び散った。

 何が別荘だ。お前には洞窟で充分だ。ゆっくりふらんにでも襲われてしまえ、《妹の出涸らし》の癖に。

「う゛ー!?」

 俺は、むんずとゆっくりれみりゃを鷲掴みにした。勿論、こめかみあたりに青筋を浮かべそうに
なるのを必死になって抑え込み、笑顔で。だが、ただならぬ黒い思惟を見たのか、それでもゆっく
りれみりゃは戦慄したようだ。

「君はゆっくりれみりゃだったよね。ゆっくりしていくのかい?」

 テーブルにれみりゃを置きながら優しく聞く。敢えて。

 そうすると、ゆっくりれみりゃは気色の悪い笑顔でうーうーと言い始めた。そしてにんまりと笑
って黙り込んだ。この次に、こいつが言うことは一つだけだ。そして俺が次に取る行動も一つだけ
だ。

「う」

「――ゆっくり死ね!!」

 俺は『うー、うー、うあうあ』と喜ぼうとしたゆっくりれみりゃの顔面(こいつには小さいなが
らも身体があるからこの表記で大丈夫だろう)に鉄拳を捻じ込む。ゆっくりれみりゃの背中には、
先ほど自分でぶつかり落としたガラス製照明器具がある。それが刺さるように深く、深く。

 三十秒はそのままの状態を保つ。

 解放してやると、しばらく無表情を保ったゆっくりれみりゃだったが、堤が決壊したように瞳が
潤みだす。背中の方からも、肉汁と思しき液体が染み出した。

「……! ……!!」

 声も立てずに無様な表情で涙を流しながら、身体をびくびくと震わせはじめた

「……!!?」

 腹立たしい表情ゆえに、俺は我慢することを辞めた。ゆっくりれみりゃの頬に手を当てる。摘む
。徐々に力を込め、摘んだ部分が白色になったあたりでれみりゃの表情が歪みはじめ、涙が滝のよ
うに流れはじめた。こいつのどこにそこまでの水分があり、涙腺がどこにあるか、などは関係ない
。朽ちはて腐り逝くまで弄り倒してやろうじゃないか。

 ちぎれそうなのだろう。ゆっくりれみりゃは必死に逃れようとするが、そんな行動は到底無駄な
もので、こんな腐れ饅頭なんぞの力が人間様に敵うはずがないのだ。

 しかし、それにしても。

 ――よく伸びる。

 搗き立ての生餅のようによく伸びる。手を放したら元に戻るのか、と思っていたら、餅と同様に
伸びたままだった。
 今度は頬の端を引っ張っていた右手を顎あたりに、左手をこめかみ付近にあてがい、再び伸ばす

「おお~、伸びる伸びる」

 だんだん楽しくなってきた。もっちりと伸びていくれみりゃの皮の心地よさと、そのたびに泣き
喚くれみりゃの泣き声に、すっかり己を忘却してしまった。気がつけばゆっくりれみりゃの顔はス
ライムのように原型をなくしていた。

「……!」

 満面の笑みで見つめてやると、れみりゃは、何ということだろうか、俺を睨みつけてきた。恨み
をこめた穢れた目で、俺を睨み付けて来た。

 完全に、堪忍袋の緒は切れていたと思っていたが、俺の腸の中にはもうひとつ堪忍袋があったよ
うで、今度はそちらが爆発した。下等畜生のくせに何たるザマだ。

 俺はゆっくりれみりゃの頬を強烈に抓ったままで大手を振りながら風呂場へ向かう。伸びきった
ゴムのような身体は扱いにくかったが、途中でわざとらしく、れみりゃの眉間を机の角に強打させ
た。道中、聞き苦しい声で「あ゛―――!! ざぐや~、ざぐや~!!」と、訳のわからないこと
を叫び始めた。あまりにも喧しく憎たらしかったので、流し台の下から包丁をだし、れみりゃの目
の前で光らせた。殺される、とゆっくりブレインでも理解できたのか、その瞬間は静かになった。
見るからに凶器であるそれに戦慄したのだろうが、別にゆっくりなんぞは包丁を餡で汚さずとも殺
めることは可能だ。

 風呂場に入り、湯を浴槽に張る。河童のにとりから貰った『のび~る上水管・ボイラー付きバー
ジョン』のおかげで、あっというまに浴槽いっぱいに水が張った。いつも俺がアイディアを提供す
れば数週間でそれを具現してくれるからたいしたものだ。にとりも俺の持つ大量のアイディアには
感謝しているようだから、“Give & Take”は成立しているようだ。次の機会には、ゆっくりを痛
めつけるためだけのアイテムを嘆願しようか。アイディアは全て、青狸が暗躍する漫画からの拝借
だが。

 俺はれみりゃを浴槽にぶち込んだ。ただし全体を入れると死んでしまうのでそれは避けておいた
。そして、水の中で先ほど伸ばしていた皮をちぎった。

「う゛あ゛~~~!!! う゛あ゛~~~!!!」

 赤い肉汁が浴槽にあっという間に広がっていく。子供だから生焼けなのだろうか。れみりゃは予
想通りに泣き喚く。ゆっくりたちは、俺の予想していたのとほとんど変わらない反応を見せてくれ
るので面白い。非常に虐待甲斐がある。

 ここで俺は再び納屋に向かった。れみりゃは力の限りを使って喚いていたためか、水の中から逃
げ出す様子は無かった。ただ、水から顔を辛うじて出しながら喘いでいた。

 納屋から二つ目の水槽を出してきて玄関に置き、風呂場へ戻る。肉汁を垂れ流しながら泣いてい
るれみりゃを引き上げ、そのままの足で再び玄関に向かった。肉汁を垂れ流し、これ以上家を汚さ
れては叶わないので、風呂場横に置いてあった残飯入れ用のゴミ袋を取り出し、それに入れた。

 ふとその脇を見れば、蕎麦打ち用の麺棒が置いてあった。ひとつ閃きが舞い降りてきた。

 袋の中で手負いの身体を必死に捩って抜け出そうとしているれみりゃの頭であろう辺りを強烈に
殴り飛ばす。怯んだのか気絶したのか判じ切れないものの、動きが止まる。触診のように胴体の位
置を確認すると、麺棒を押し付けて転がした。

「むぎゃああああああああああ!! ざぐ、ざぐ、ざぐううううう!!」

 変な声が響く。

 粗方遣り終えると、もう一枚ゴミ袋を取り出して中身をそちらに移し変え、先ほどよりもギュウ
ギュウに縛った。れみりゃは痙攣するのが精一杯のようで、袋は微細動だけを繰り返している。


 玄関の扉を開けると、黄色い、かつ気色の悪い声が響き渡る。

「おにいさん! はやくだして! おうちかえる!!」

 ゆっくりれいむが必死に救出を願っている。ダンボールで水槽ごと目隠しをされその中で逆さま
になったままで、涙を頭の天辺へと垂らしているのだろう。れみりゃの泣き顔のように汚く、気持
ち悪いのが容易に予想できる。

 ところで、こいつの言う処の《おうち》とはなんだろうか。もしかしたら、此処、つまりは俺の
家のことを言っているのかもしれない。だとしたら、こいつの命は無い。というか、俺の家なら既
にこのゆっくりれいむは帰宅しているではないか。

 先ほどのゆっくりれみりゃを袋ごとぶち込み、再び蓋を閉める。少し落ち着いて《ゆっくりした
》ところで、遠巻きにゆっくりれいむの入った水槽を見つめる。

 凄まじい。凄まじいまでの光景だ。

 ガラスの表面にへばりつく様なゆっくりの皮。もちもちとした丸みを帯びた身体は、巣層の輪郭
に合わせるように角張っている。
 ここでゆっくりれいむにとって幸運ともいえることは、ゆっくりれみりゃが、自分の後ろの水槽
に居るものが何であるのか把握できていないことだった。ゆっくりれみりゃは、他のゆっくり――
と雖も自分より弱い立場のものだけ――を食べる習性があると言う。ガキ大将宜しく、レミリアそ
っくりだ。そんなところまで似なくてもいいのでは、とも思う。しかし、今その天敵は黒いゴミ袋
に入れられて、しかも深い傷を負っていてほとんど叫ぶ力もない。

「ぅ……。うう? う”―――!! ざぐやあああああ!!」

 目が覚めたのだろうか。黒いゴミ袋から、ゆっくりれみりゃの絶叫が漏れ出てくる。れいむのほ
うに目を遣ると、顔色――もとい、皮色が悪くなって行く瞬間だった。

「お、おに”ーさん! そのだかぢはいっでるどっでだでぃ!!?」

 鼻づまりのような聞き苦しい声が震えている。『その中に入ってるのって何?』と、確認のため
に訊いて来たのだろうから、俺は懇切丁寧な解説を送ってやる。この反応から察するところ、れい
むとれみりゃには面識が無いのだろう。

「ああ。この中に入っているのは、ゆっくりれみりゃの子供だよ。子供って言ってもそんなに小さ
くはないから、……そうだね、君くらいなら軽く、ペロリとやっちゃうんじゃないのかな?」

「ゆ”――!! ゆっぐりじだい、ゆっぐりじだいどに゛――!! でぇ、おに゛いざん、だずげ
でよ――!!」

 冗談である。身体を潰され衰弱しているチビれみりゃがゆっくりれいむを食べることなど、出来
るようには思えない。だが、れいむは、袋の中身はゆっくれれみりゃであることしか知らず、それ
が大人であるのか子供であるのかの判断は、まあ出来ないだろう。

 逆さの状態で泣き喚く様は、実に愉快なものだ。ゆっくりは横柄な性格ながら、命に危険が迫る
のを確認すると、途端に猛烈な勢いで命乞いをすると聞く。それはかなり凄絶なものだ。絶望の度
合いが大きくなれば大きくなるほど、必死になる。自己中心の志向を持つものには、そう言う傾向
がある。

「おに゛―ざん、おでがいだがら!! でいぶはばだだべだでだぐだいどでぃ!!」

 すげえ必死。もはや笑える。そもそも、何と言っているのやら。自分の名前も巧く発音できてい
ない。でいぶって、デーブ大久保か?

 ただ日がな一日飛び跳ねて、隙あらば人ン家に忍び込んで好きなだけ食い物を食い荒らし家財装
具をめちゃめちゃにする、生産性の欠片も無い下らない一生に何の未練があるのやら。それはゆっ
くりになってみないと分からないのかもしれないが、人間とゆっくりの間には決して越えることの
できない壁のような立場の差が存在している。そんなことは不可能だ。

 ゆっくりは、人間に虐げられる。ただそれだけのために、生を受けし者だ。



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最終更新:2008年09月14日 07:14
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