わんわんごあいどぉ~~!!
れみりゃはちんまりと太った体を自慢げに反らし、晴れやかな顔つきで手足を動かす。
「うっう~うあうあ♪」
「うーうー!」
「ぷっでぃん~!」
れみりゃはえれがんとに暮らしていた。
最近出産を済ませ、立派なこーまかんで二匹のあかちゃんとうあうあと生活している。
ところで、”立派なこーまかん”とは言っても、れみりゃの家族が住むのに適した岩穴などそうそうあるものではなく、
このれみりゃと二匹のあかちゃんの”こーまかん”は子れみりゃ一匹が潜れる程度のうろ穴を持つ木とその周辺の一帯を
勝手に「おぜうさまのおやしきだっどぉ~」と言っているにすぎない。
そのこーまかんに足を踏み入れるものが居た。
「あう?」
草を踏み分ける、複数の足音を聞いてれみりゃは振り返った。
そこに居たのは一人の人間。黒く大きな猟犬を一匹伴っている。
「やあ」
片手を上げて挨拶をしてきたが、親れみりゃ、子れみりゃともに特に面識はない。
「うっうー!おぜうさまがえれがんとすぎるからぁ、かってにじゅうしゃがつかえたがってこまるどぉ~♪」
「いや、それはない」
「う~それならぁ、かってにおぜうさまのおやしきにはいったらだめだどぉ~たべちゃうどぉ~」
れみりゃは両手を広げて通せんぼの構えを取る。
その時、近くを飛び回っていた二匹の子れみりゃがうっうーと空を飛んでやってきた。
「まんまぁ~おなかへったどぉ~」
「あまあまたべたいどぉ~!」
親れみりゃの頭上に豆電球がひらめいた。
「そうだっどぉ☆
ぷっでぃんもってきたらおぜうさまのおやしきにつかえることをゆるすんだどぉ♪
と・く・べ・つ・さーびすだどー!」
「うっうー!」
「はやくあまあまもってきてぇ~」
男は足元に目をやった。影のように待機していた猟犬がきらりと瞳を輝かせる。
「ティンダロス、行け」
ゆっくりは、どうしたわけか野生動物の捕食対象とならないケースが多く、たとえばほとんどの犬はゆっくりを食べない。
そして、そうした自分を相手にしない動物を相手に威張り散らしゆっくりするケースも、また多い。
れみりゃと犬が道で出会ったなら、
「う~♪わんわんじゃまだど~!おぜうさまにみちをゆずるど~」
「ぐるる(無視)」
「はやくするどぉ~!おぜうさまはつよいんだど~!たーべちゃーうどー!」
「わんっ」
「あう!!おぜうさままけないどぉ~!」
「ぐるるる(無視)」
「あっちいけ!あっちいけ!
……わんわんじゃまだどぉ~!!さくやぁ~、さくやぁ~!!」
などと一人相撲を展開。
れみりゃが好き勝手に騒いでいるうちに、やがて犬はどこかへ去り、
「う~!おぜうさまのてきじゃなかったど!」
「あんなぶれいものをゆるしてあげるなんて、おぜうさまはかんだいだどぉ~!すけーるがちがうどー!」
おぜうさまのだいしょうり!とれみりゃは悦に入る。
このれみりゃも今までそうしてきたため、犬をおそれることはない。
「わんわんだどぉ~!うあ♪うあ♪」
しかし、警戒の必要がないのはあくまで野生の犬に限ってのことだ。
「わん」
ティンダロスと呼ばれた犬は飼い主を振り仰ぐと、近寄ってきたれみりゃを油断なく見定め、
その腕に噛み付いた。
「ぎゃぶぅぅぅぅ~~!!!???」
「あう~~!!??」
「まんまぁ~~!!?」
男は犬に命令を下す。
「いくら怖がらせてもいいが、体を損なうなよ」
れみりゃは逃れようと暴れるが、犬は大きな体でれみりゃを押さえ込む。
「うー!うー!おぜうさまをはなすどぉ~!ぶれいだどぉ~!」
「まんまぁ~!!」
「うー!?うー!?」
腕だけではなく、体中いたるところを犬は咬む。
「いだいどぉぉぉぉぉ~~!!」
「よし、いったん放せ」
「わんっ」
犬がれみりゃを解放すると、れみりゃは一目散に逃げ出した。
「うあ~~!!わんわんごあいどぉ~~!!」
「まんまぁ~まっでぇ~~」
「うあー!!」
男は犬を足元に呼び戻すと、ゆっくりと追跡を始めた。
それはどちらかというと散歩に近い。
れみりゃが空を飛ぶ速度はきわめて緩やかで、しかも大声で泣きながら逃げているために追跡に何の苦労もないのだ。
「まあ、ゆっくりだしな……」
前方から聞こえるれみりゃの声を聞きながら男は進む。
四半刻ほども追い回した後、男はれみりゃをあらためて捕獲した。
「おでがいじまずぅぅぅぅ!!!おぜうざまをゆるじでぐだざいぃぃぃぃぃ!!」
どうやら目的どおり恐怖を植えつけることに成功したようで、れみりゃはすっかりおびえきっている。
「まんまぁ~!」
「わんわんごあいどぉ~!!」
「”許してください”って、別にお前ら悪いことはしてないんだが」
「おねがいでずぅぅぅぅぅ!!!」
* * * *
れみりゃは懸命に自重を支えていた。
「う゛~!う゛~!」
「あう~!」
「まんまぁがんばるどぉ~!」
子れみりゃの(比較的)気楽な声援を受けて力を振り絞るが、その体勢を保つのが精一杯だ。
「さっさとしないと、許すわけにはいかないぞ」
男の言葉を裏付けるように犬が進み出る。
「ばうっ」
「ごあいぃぃぃぃ~!!」
「まんまぁ~!!」
れみりゃは地面に両手両足を付け、そのやわらかく太った腕を曲げている。
れみりゃが強いられているのは、腕立て伏せだった。
「うっうー!うー!うー!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにして声を張り上げる。しかし、体はまったく持ち上がる気配はない。
「いつまでそうしているつもりだ、早くしろ」
「まんまぁ~!」
「うあうー!」
「おぢびぢゃんだずげでぇ~~!!」
「わんっ」
「でぎないどぉ~!!おぜうざまのほそうでがおれちゃうどぉ~~!」
とうとう根気が尽きたのか、れみりゃは地面に寝転がってしまう。
「ごんなのでぎるわげないどぉ~!!いじわるしないでぷっでぃんもってくるどぉ~~!!」
男はため息をついた。
「ティンダロス」
「おおんっ」
犬が跳ねた。浮遊している子れみりゃのうち一匹をその牙に捕らえ着地する。
「びゃぅぅぅぅ!!いだい!!いだいどぉぉぉ!!!まんm あ だずげd」
「はむっ、はふはふっ、はむっ」
「えれがんどなあがぢゃんがぁぁぁぁぁ!!!???」
「もういいやティンダロス。時間がもったいない。
ソレは全部食べていい」
「まんまぁ~ごあいどぉ~~」
「ぷっでぃんもっでぎでぇ~~!!おぜうざまはごーまがんの、」
「ばうっ」
* * * *
人々が寝静まる頃、その施設は密かに幕を開ける。
施設は、その後ろ暗い秘密を守るために完全会員制である。
本来は割符と合言葉によって身の証を立てねばならないが、演出家である男は顔パスで通行を許可される。
「ゆっくりしていって下さいね」
「ありがとう」
部外者の侵入と外出を許されざる者の脱走を阻むための長く曲がりくねった廊下を抜けて男はホールへとたどり着いた。
すり鉢状のホールの上部――人間と妖怪のために用意された座席は満杯。
そして、すり鉢の底に位置する舞台の上には、彼が集めてきた演者が列を成している。
はるか下方の舞台を食い入るように見つめる観客の中から顔見知りの常連客を見出すと声をかける。
「やあ、兄(あに)さん。どうだい?今夜の舞台は」
「いいね」
「うー!うー!」
「うっうー!」
れみりゃ達は一生懸命に腕立て伏せを繰り返す。
筋書きはただそれだけ――
「ぐるぢいどぉ~~!!」
「うあー!うあー!」
「ぢゅがれだどぉ~~!」
ぷるぷると体を震わせ、でっぷりと太った体を懸命に引き上げるれみりゃ達。
十二匹もの腕立て伏せの出来るれみりゃを狩るのは骨が折れたが、人々が自分の舞台に熱中してくれているのを見ると
男の胸に喜びが湧き上がる。
れみりゃ達は苦しく息を吐き、いつ来るとも知れない、あるいは永遠にこないかもしれない終わりを待ち続ける。
「だけどよ……ちょっとシュールすぎね?」
「そうかねえ」
れみりゃの一匹が体勢を崩した。
「あう!あう!」
翼を羽ばたかせ、腕にも力を込めなおそうとするがすでに体は限界を迎えていた。
「あうっ」
膨れた腹が床についてしまう。
「あ……あう……」
その瞬間、すべてが停止した。観客のざわめきも、周囲のれみりゃの声さえも止んだ。
音もなく黒子が姿を現し、そのれみりゃを引きずっていく。
「うー!!やだどぉ~~!!たすけてほしいどぉ~~!
わんわんいやだどぉ~~!!」
舞台の袖で、犬がわんと哭いた。
END
最終更新:2009年03月05日 01:13