俺とゆっくり2(前編)




「なになに、『ゆっくり雛にも厄を集める効果あり!? 現在数匹のゆっくり雛が鍵山雛氏の下で修行中』……しばらく見てないと思ったらそんなことしてたのか、雛さん」
早朝。
炒れたばかりの緑茶を啜りながら、俺は日頃から購読している『文々。新聞』をまったりと読んでいた。
季節は夏。太陽が昇る時間が早くなるにつれ、こちらの起床時間も早くなる。
だが仕事の開始時間は変わらない。だからこそ、こうして優雅な一時を過ごせるのだが。
この新聞を配達してくれた知り合いの天狗は、夏の暑さなどものともせずに何処かへと飛んでいった。あの余りある元気を少し分けて欲しい。
「お前も何か役に立つ能力があればいいのになぁ」
「ゆ?」
俺の足元でぴょんぴょん飛び跳ねて遊んでいるゆっくり霊夢に話しかけると、ゆっくり霊夢はよく分からない、といった風に首を傾げた(ように見えた)。
日頃、害獣として畑を荒らしまわったり、おやつとして店頭に並んだりするゆっくりという種族をペットにする人間は多いとはいわないが、決して少ないわけではない。
俺もその一人であり、このゆっくり霊夢を溺愛して毎日を共に暮らしている。
二ヶ月前、ちょっとしたことでこいつに『お仕置き』をする機会があったが、それ以来こいつは元々聞き分けの良かった性格がもっと改善され、今でも良好な関係が続いている。
……というか、あのお仕置きで酷い目に合ったのはこいつよりも俺のような気がしてならない。
豪華な食事を振舞ったせいで一ヶ月間極貧生活を送る羽目になり、この前の誕生日に贈ってくれたプレゼントが破壊されてしまったと、頭を下げに行かなければならなかったからだ。
特に幽香さんは酷かった。このままでは俺もしくはゆっくり霊夢が殺されかねない勢いだった。なんとか足を舐める勢いで土下座して許してもらった。
あーやだやだ、あの人絶対Sだよ。あんな性癖にはなりたくないねぇ。
とかそんなことを考えているうちに、いつの間にか出勤の時間となっていた。
「じゃあ、俺は行くぞ。お昼はテーブルの上な。夕方には帰るから」
「ゆっくり頑張ってね!」
俺が立ち上がって玄関まで行くと、後を付いて来たゆっくり霊夢はそう言って激励を送ってくれる。
うわ、かわええ。
俺は思わず振り返り、ゆっくり霊夢を抱き上げると頬ずりした。
「ゆ!? くすぐったいよ!」
「おぉ、すまん」
少し嫌がる声がしたので、慌てて下ろす。
野生のゆっくりは勝手に人の家に住み着き占有権を主張するような輩が多いが、最初からペット用に飼育されてきたゆっくりは野生のものより寿命が短い代わりに知能が高い。
だがこうして激励までしてくれるゆっくりはそうそういないだろう。俺とゆっくり霊夢の信頼関係がなせる技だ。
「じゃあ行って……む」
がたがた、扉がうまく開かない。
「立て付けが悪くなってるなぁ……あとで修理しないと」
ケチがついてしまった。
俺は力を込めて扉を開き、同じように力を込めて扉を閉めると、いつものように仕事場へ向かった。
いきなり疲れちまったよ、畜生。
何か嫌な予感がするなぁ。
何事もなければいいけど。





だが俺の心配は杞憂だったようで、特に事件があったりすることもなく夕方になった。
春先ならば景色が赤く染まっている時刻だが今は夏、未だに晴天の中で黄色い太陽が燦々と輝き続けている。
慧音さんの寺子屋から帰る途中らしい子供たちとすれ違いながらあぜ道を歩いていると、前方に人だかりが出来ているのを発見した。
あそこは村一番の大きい野菜を作ることで有名なおじさんの畑だが、何かあったのだろうか?
俺は集団に駆け寄り、一番後ろで腕組みをしているおっちゃんに尋ねてみた。
「すみません、何かあったのですか?」
「おぉ、ニイちゃんか。いや、実はゆっくりどもが現れやがったんだ」
「ゆっくりが?」
背伸びして覗いてみると、畑は無残なことになっていた。
青々と育っていた野菜はほとんどが原型を失うほどに食い散らかされ、無事なものを数えたほうが早いくらいになっている。
おじさんは放心した様子で畑に尻餅を付いていた。あの人は何故かゆっくり相手に反撃をしない無抵抗主義として、別の意味で有名でもある。
そして、畑の真ん中。
七匹のゆっくりたちが、身を寄せ合って震えていた。
ゆっくり霊夢が四匹に、ゆっくり魔理沙が二匹、ゆっくりパチュリーが一匹。
他にも餡子や皮などが畑中に散乱しているところを見ると、本来はもっとたくさんの集団だったようだ。
「これは……酷いですね」
惨状に、ごくりと唾を飲み込んだ。
このようにゆっくりたちが徒党を組んで畑を荒らしにことは珍しくない。
だが、ゆっくりたちの集団と実際に遭遇したのは初めてのことだった。
大抵は事が終わったあとであり、被害の跡しか見たことがなかった俺は少し興奮してゆっくりたちの様子を観察する。
ゆっくりたちは殺された仲間たちの死体と、自分たちを囲む鍬や鋤などの武器を持った人間たちに怯えながら、ぎゃあぎゃあ喚きたてているようだった。
「ゆ、ゆっくりしてってね!」
「わたしたち悪くないよ! これはわたしたちが見つけた食べ物なんだよ!」
「ゆっくり出来ないならあっち行ってね!」
だが、その発言が皆の怒りに触れたらしい。
一人の男が前に出ると、何の躊躇もなく鍬を振り下ろした。
「ゆ゛っ゛!?」
哀れ、男に一番近かったゆっくり霊夢が餡子を飛び散らかして、その生涯を終えた。
「れ゛い゛む゛ぅ゛ぅ゛ぅぅぅ゛っ!!!」
ゆっくり魔理沙の悲痛な泣き声。
それがきっかけだったかのように、固まっていたゆっくりたちは各自ばらばらの方向に散開した。
「この、足元をちょろちょろするんじゃねぇ!」
年かさの男が、股の間をすり抜けようとしたゆっくり霊夢を踏み潰す。
ぶぎゅっ、と醜い音を立ててゆっくり霊夢は動かなくなった。
「お前のせいで、美味しい野菜が食べられなくなったじゃんか!」
「む゛ぎゅ゛ー!!!」
足が遅いせいで一匹逃げ送れたゆっくりパチュリーは、数人の子供たちにサッカーボールのようにぼこぼこに蹴られ、絶命した。
他にも捕まって引き千切られたもの、棒でメッタ打ちにされたもの、ゆっくりたちは様々な死に方でその生に幕を閉じる。
「だ、た゛ずけ゛て゛ぇ゛ぇ゛ぇ!!!」
と、最後の一匹。
ゆっくり魔理沙が俺の足元に絡みつき、必死の形相で助けを請う。
「……むぅ」
俺はそいつを抱き上げた。
うちのゆっくり霊夢と同じくらいの大きさだろうか。バレーボール大のゆっくり魔理沙は震えながら、何度も何度も命乞いの言葉を口にしている。
……何故だろう。
その表情は、その……俺の心の内の何処かを、くすぐる。
「おぉ、捕まえたか!」
そうこうしてるうちに、逃げたゆっくりたちを全て殺しつくした村人たちが、俺の周りに集まってきた。
「まったく、ゆっくりたちにも困ったものだなぁ。ニイちゃんとこのみたいに大人しければ、まだ可愛げがあるってもんだが」
「あの……こいつ、俺が貰っていいですか?」
「あん?」
怪訝そうな村人たち。
俺だって、自分が無意識に言った言葉が不思議だった。
「別に構わねぇが……どうする気だい? ニイちゃんはゆっくり饅頭とか食わねぇ主義なんだろ?」
「まぁ……その辺りは後で考えますよ」
ゆっくり魔理沙が俺を見上げる。俺はそいつに視線を向けず、怪訝そうな村人たちに礼を言って足早にその場を立ち去った。


「ゆ! お兄さん、ありがとう!」
家に戻る途中、腕の中の黒大福が俺に謝辞を述べる。
先程仲間たちが大勢死んだというのに、その顔は能天気さを取り戻したようだった。
「別に……」
俺はそっけない返事をする。
ただ、こいつの泣き顔を見た瞬間……なんとなく、このまま村人に引き渡すのは惜しいと、そう考えただけだ。
まぁ、ゆっくり霊夢も俺が仕事に行ってる間暇だろうし、話相手になってもらうのもいいかもしれない。
……畑を荒らしたことについては、きちんと注意する必要があるだろうが。
野生のゆっくりを、ちゃんと躾けられるかどうか。
「どこに向かってるの?」
「俺の家だ。お前と同じゆっくりもいるぞ」
「本当!? ゆっくりしていくね!」
ああ、なんか駄目っぽいなぁ……




「「ゆっくりしていってね!」」
ゆっくり霊夢とゆっくり魔理沙はすぐに仲良くなった。
今まで不平を洩らしたことはなかったが、やはり一人家で待つ時間は寂しかったのだろう。ゆっくり霊夢は本当に嬉しそうにぱたぱた飛び回っていた。
二人が頬を寄せ合って、押し合い圧し合いゆっくり遊んでいる様子は……やべぇ、超和む。
可愛い。マジ可愛い。このまま食べちゃいたいくらい可愛い。
勿論、食べないけどさ。
丁度良い時間なので夕飯を作る。
「うっめ!!! メッチャうっめこれ!!!」
ゆっくり魔理沙は今まで草花や虫しか食べてこなかったからか、俺の料理を大層美味しそうに平らげていた。
あまりにがっつきすぎて、カスがボロボロ零れ落ちている。
……下品だ。うちのゆっくり霊夢に変な影響が出たら困るな。
それに俺のいない間に、勝手に繁殖されても困る。
ゆっくり霊夢はまだ成長期の途中だ。子供を生もうと思えば生めるが、黒ずんで朽ちてしまう。
そんな事態、まっぴらごめんだ。
勢いで連れ帰ってしまったが、こいつにはやっぱり野生に帰ってもらおう。
一瞬、加工所に送ろうかとも考えたが……関わってしまった以上、少しだけ忍びない。
「ゆっくり魔理沙」
「ゆ?」
ゆっくり霊夢と一緒になって部屋中をぴょんぴょん飛び回っていたゆっくり魔理沙は、俺の言葉に足を止めた。
「今ゆっくりしてる最中だよ、邪魔しないで!」
「……」
な、なんて自己中心的な奴……
反射的に殺意が湧き上がるが、俺が何かするより早く、
「だめだよ! お兄さんの話をちゃんと聞かなくちゃ!」
ゆっくり霊夢がたしなめるようにゆっくり魔理沙を叱る。
おぉ、流石我が愛しのペット。ちゃんと常識というものを弁えているな。
ゆっくり魔理沙は不満げに、だがちゃんと俺の方に駆け寄ってきた。
「なに?」
「ここに来る前、他のゆっくりたちと畑に忍び込んだだろう。どうしてだ?」
「あそこはまりさの新しいおうちだよ!」
「違う。あそこはお前の家じゃない」
「うそはいけないよ! あそこはまりさが見つけたんだもん! だからまりさのおうちだよ!」
「……」
こ、これが野生のゆっくりというやつか……成程、確かに腹が立つな……
この村はゆっくり対策用の罠が張り巡らされている(鼠返しならぬ、ゆっくり返しみたいな)から、ゆっくりはあまり見かけないんだよな……
しかしこいつ、仲間たちが皆あんな目にあったのに全然懲りてないのな。
仕方無い。
「お前を家に帰してやる」
「ほんとう!?」
ゆっくり魔理沙の顔がぱっと輝き、そして何かに気付いたように震わせた。
「やっぱりいいよ!」
「は? じゃあどうするんだ?」
「ここをまりさのおうちにする! れいむといっしょに暮らす! お兄さんはゆっくりまりさとれいむにごはん作ってね!」
……
…………
………………
「お、お兄さん!?」
「はっ!?」
い、いかん、俺の怒気にゆっくり霊夢が怯えてしまった。
しかし、ここまで人を怒らせることが可能なのか、野生のゆっくりというやつは……
放っておいたら何されるか分からないな、とっとと野に放してしまおう。
俺は手を伸ばし、ゆっくり魔理沙の身体を抱き上げた。
「ほら、外行くぞ」
「やだ! ここでゆっくりする! ゆっくりできないお兄さんは出ていってよね!!」
「ここは俺の家だ!」
心配顔のゆっくり霊夢を残し、俺は立て付けの悪い家の扉を強引に閉じると、太陽が沈んで月の浮かんだ夜空の中に出た。
さて。
もうゆっくり霊夢は見てないな。
こいつ、どうしてくれようか。



「おろしてよ、お兄さん!」
梟や蛙の鳴き声が響き渡る、夜の森の奥深く。
月明かり以外に光源のないこの場所は、慣れ親しんだものでないとすぐに道に迷ってしまうであろう。
俺はその森の中で、ぴたりと足を止めた。
「これが最後だ、ゆっくり魔理沙。あの家は誰の家だ?」
静かに、ゆっくり魔理沙に問いかける。
ゆっくり魔理沙はさも当然だ、と言わんばかりに頬を膨らませて、
「まりさのおうちだよ! はやくかえしてよね!」
と、傲慢に自らの主張を繰り返した。
ぷちん。
あ、やべ。
「そうか」
俺はそいつを足元に下ろすと、思いっきり足の裏で力任せに踏みつけた。
「ゆ゛ぐっ゛!!?」
汚い悲鳴をあげ、ゆっくり魔理沙の左側三分の一が潰され、餡子が飛び散った。
人間の顔のようなものが弾け飛ぶ光景に、少し顔を顰める。
こういった肉体的な攻撃は、あまり好きではない。
しかしこいつの場合、こうでもしなくては分かりもしないだろう。
「い゛だい゛よ゛ぉお゛お゛おおぉ゛ぉ゛ぉぉ、な゛ん゛でこ゛んなこ゛と゛す゛るの゛ぉ゛ぉ゛ぉぉぉ゛ぉ゛!!?」
残った片目からボロボロ涙を零し、金切り声を上げるゆっくり魔理沙。
その悲鳴。
背中がゾクゾクする。
なんだか、楽しい。
「物分りの悪い子には、おしおきが必要だろう?」
俺はゆっくり魔理沙の身体をもう一度持ち上げた。餡子が無くなると死んでしまうらしいので、傷口は上にする。
ゆっくり魔理沙は嫌がるように身体を震わせるが、その度に激痛が走るのだろう。「ゆ゛っ゛!」「ゆ゛っ゛!」と小さく洩らしながら痙攣している。
「もう一度だけ聞いてやろう。あの家は誰の家だ?」
「も゛うや゛めでぇ゛ぇ゛ぇぇぇ゛!!! ま゛り゛ざのお゛う゛ち゛にがえ゛じでぇ゛ぇ゛ぇぇ!!!」
「おお、そうかそうか。まだ言うなら仕方ないな」
俺はゆっくり魔理沙の身体を振りかぶると、近くの湖にぽーんと投げ入れた。
ばしゃん、と小気味のいい音を立ててゆっくり魔理沙の身体が湖に沈む。
「ゆ゛ぶっゆ゛ぶぶぶふ゛ふ゛っ!!?」
お、浮かんできたぞ。結構やるな、あいつ。
だが傷口から餡子がどんどん漏れ出し、ぼとぼと海中へと落下している。
「お゛、お゛兄ざん゛、だずげでぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!」
「えー、なんでー?」
自分でも白々しいほど爽やかな口調で問い返す俺。気付けば唇の端が凄い勢いでひん曲がっている。
こういう涙流して凄い必死な表情のゆっくりを見るのは、なんというか、こう……凄い快感だ。
基本的にゆっくりは水に弱い。身体を洗うために水に浸かる習性は知っているが、長時間水に浸かり過ぎると皮が伸びて戻らなくなってしまうのだ。
あ、そうだ、言い忘れてた。
「その湖、魚が住んでるんだ。お前みたいなのは大好物だろうな」
「ゆゆゆっ!!?」
ゆっくり魔理沙が溺れながら目を見開く。
しかし無情にも、何匹かの魚たちが久しぶりのご馳走が縄張りに入り込んできたことに気付き、ゆっくり魔理沙の周囲に集まりだしてきた。
狙いは傷口から漏れ出る餡子。食いついては離れ、食いついては離れるという野生ならではのヒットアンドアウェイ。
だがゆっくり魔理沙からすると、じわじわ嬲り殺しにされているような恐怖だろう。
逃げ出そうにも、ゆっくりはあの体系では泳ぐことが出来ない。精々沈まないように浮かぶのが関の山だ。
残された手段は、俺に庇護を求めることだけ。
「お゛兄ざん゛、ま゛り゛ざをだずげでぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!」
「ははは、お魚さんと遊べて楽しそうだなぁ」
「だの゛じぐな゛い゛よぉ!!! ゆ゛っぐり゛だずげでぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!」
「わかった、ゆっくり助けるぞ!」
そう言って、のそのそ歩く俺。
当然だが、湖に浮かぶゆっくり魔理沙に辿り着くことには既に跡形も無く食い散らかされてしまうほどの牛歩だ。
「も゛っど、も゛っどい゛ぞい゛でぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇぇ!!!」
既に意識が朦朧としているのだろう、目の焦点がぼやけ始めたゆっくり魔理沙が顔をぐちゃぐちゃにしながら泣き叫ぶ。
……そろそろいいかな?
俺は草履を脱いで湖に入ると、ゆっくり魔理沙を湖から引き上げた。
息も絶え絶えなゆっくり魔理沙は、助かった安堵からかしゃくりあげて泣き始める。
「な゛、な゛ん゛でごん゛な゛ごどずる゛の゛ぉぉぉ!?」
「なんで? 分からないのか?」
俺は自分でも吃驚なくらい、優しい声色で尋ねた。
「あの家は、誰の家だ?」
「ま゛、ま゛り゛ざの゛」
言葉の途中で、俺はゆっくり魔理沙をもう一度湖に落とした。
途端、離れて恨めしげに俺を見上げていた魚たちが再び集ってくる。
「ご、ごめ゛ん゛な゛ざい゛ぃぃぃ!!! お゛兄ざん゛の゛お゛う゛ぢでずぅ゛ぅ゛ぅぅぅ!!!」
もう一度引き上げる。
ゆっくり魔理沙の命は、ほとんど失われかけていた。
「おかしいなぁ、あそこはゆっくり魔理沙の家って何度も言ってたじゃないか?」
「う゛、う゛ぞでず、う゛ぞづいでま゛じだ!!! ま゛り゛ざがわるがっだでずぅ!!!」
生き残るために必死なのだろう、ゆっくり魔理沙は俺を怒らせないよう必死だ。
……どこまで本気でしゃべってるのかねぇ?
「そういえば、俺に『ここはまりさの家だから出て行け』みたいなこと言ってたよなぁ」
「ごめ゛ん゛な゛ざいぃ! いい゛まぜん、も゛う゛いいまぜんがら゛っ゛!!!」
「そして湖から引き上げてもらったお礼もなし、と」
「あ゛り゛がどうござい゛ま゛ずっ! あり゛がどう゛ございま゛ずぅぅぅ!!!」
あのふてぶてしかったゆっくり魔理沙が、俺に必死に感謝の言葉を叫んでいる。
湖に落としたのは俺だというのに、俺に対してお礼を言っている!
くはぁ、たまらねぇ……
満足した俺は湖から出て、ゆっくり魔理沙を下ろしてやった。
近くに生えている葉っぱをもぎ取り、傷口に添えてやる。
これで、これ以上餡子が流れ出る心配はなくなっただろう。
『死』は、与えてはならない。
殺してしまっては、それまでだからだ。
後に残るのは、壊してはいけない玩具を壊してしまったかのような喪失感と、先程まで動いていた命を奪ってしまったという生理的な罪悪感だけだ。
だが、生きているのなら。
何度だって悲鳴は聞けるし、絶望を与えてやることも出来る。
そして、その度に俺は満たされることが可能なのだ。
死んだらそれまで、生きているなら生き続けている限り永遠に。
だから俺は、『遊び相手』と決めたゆっくりは殺さない。
ゆっくり魔理沙は衰弱しながら、何度も何度も俺にお礼を言っていた。
「いいか、お前の仲間たちが全員殺されたあの畑も、人間のものなんだ。人間のものに手を出すと、こういう目に合うんだ。覚えておけ」
「わ゛がり゛ま゛じだ……」
「じゃあ、尋ねよう。お前はなんでこんな目に合ったと思う?」
「ま゛りざがまりざのじゃないたべものをかっでにだべだがらでず……お兄ざんのおうちをまりざのおうちっていっだがらでず……」
「よぅし、よく出来たな」
ゆっくり魔理沙の頭を撫でてやる。
これでもう、こいつは人里に現れようとも思うまい。
俺は立ち上がると、ゆっくり魔理沙に背を向けた。
「じゃあ、俺は帰るからな……ああ、そうそう」
今気付いたかのように振り向いて、
「そういえば、この辺りは野良犬やゆっくりれみりゃたちがたくさん住んでるんだってな」
「ゆっ!!?」
信じられない、といったゆっくり魔理沙の表情。
そそる。
「あと、ゆっくりアリスもこの時期発情期なんだってな。まぁ関係ないけどな」
ちなみに全部口から出任せだったりするわけだが。
無論そんなことが分かるはずもなく、ゆっくり魔理沙はぶるぶる震えて怯え始めた。
ここは自分が元々住んでいたわけじゃない森の中。
そんな土地勘のない場所で、天敵たちが自分を付けねらっている。
その恐怖を妄想したのだろう。
庇護を求めるかのごとく、もう力の出ない身体をずりずり引き摺って俺に近付こうとする。
「ま、まって……」
「じゃあな、達者で暮らせよ!」
俺は気付かなかったフリをして、そのまま歩き出した。
「ゆ……」
背後から声。
「ゆっくりしていってよーーー!!!」


振り返る直前に見たゆっくり魔理沙の表情。
それは先程まで味わっていた怒りを全て吹き飛ばしてしまうほど、素晴らしいものだった。










だが、それからしばらく経ったある日。
ゆっくり魔理沙への対処が甘かったことを、俺は後悔することになる――



続く。

中編


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最終更新:2008年09月14日 05:26
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