ゆロットかー 作:アイアンマン
「ただいまーっ!」
靴を脱ぐのももどかしく部屋に戻ると、抱えていた箱の包装紙を、少年はワクワクしながら引き破った。
たった今、お年玉を使ってデパートで買ってきたばかりのおもちゃだ。
中身は「ゆロットかー」。
蓋を開けると、ブリスター包装に入ったキットが出てきた。
電流を通すレール一式と、ピストルに似たトリガー型のコントローラー。
肝心の「ゆロットカー」本体は、不活性ガスを注入した密封袋に詰められていた。
その袋をハサミで切って、中身を引き出した。
出てきたのは、カードサイズの小型台車に載った、小さな丸いゆっくり――。
「れいむだ、赤れいむだ!」
少年は興奮して叫ぶ。都会に住む彼は、ゆっくりを見るのが初めてなのだ。
ゆっくりれいむは目を閉じて、ゆぅゆぅと穏やかに眠っている。
その下にある台車は「スィー」というゆっくり専用のもので、生き物であるゆっくりを生かしておくための装置らしい。
れいむと台車の間を覗こうとすると、接着剤でしっかりくっつけられていた。
説明書にあるとおり、ひなたに台車を置いて眺めると、じきにぷるぷると身震いして、目を覚ました。
「ゆっくちしちぇいっちぇね!!!」
「わあ、目を覚ました」
少年は目を輝かせて、れいむを指でつついた。
「ゆっ? おおきなゆびさんだよ! ゆっくちさせちぇね!」
「すげー、ほんとにしゃべる」
ぷるぷると身を震わせていた赤れいむは、やがて周囲を見回して不思議そうに言った。
「ゆゆっ? おかーしゃんはどこ? おかーしゃんにしゅーりしゅーりしちゃいよ!
おにいしゃん、おかーしゃんにあわせてね!!!」
少年は説明書に没頭する。
「ゆっくりは母親を呼ぶ習性があります。別売りの『おはよう! ゆっくりれいむだよ!(母)』とあわせてお楽しみいいだけますが、なくてもゆロットカーはご使用になれます、か……」
「ゆっくち! ゆっくちしちゃいよ! ゆっちくさせちぇね!」
窓際では、もぞもぞ体を動かしたれいむが、ぷにぷにした顔を困惑にゆがめている。
「ゆゆっ? れいむうごけにゃいよ! あしがくっちゅいてるよ! これじゃゆっくちできないよ!
おにーしゃん、このいたからはなしちぇね! れいむをぴょんぴょんさせちぇね!」
いろいろ文句を言っているが、どうやら放っといても構わないようだ。
少年はひとまずれいむを無視して、レールの組み立てに取り掛かった。
レールは二車線で、一度に二台のゆロットカーを走らせられる仕様だ。
別売りのレールを組み合わせれば、四台、六台でも対戦できるらしい。
とりあえず手元にあるのは二車線だ。少年はそれを組み立てる。
畳一畳ほどの面積に、8の字を描くようにレールを接続する。
クロスする場所が高架になっていて、エキサイティングな上り下りを楽しめると同時に、外周と内周の距離差を打ち消すというつくりだ。
その道中はこんな構成になっている。
スタート地点からすぐ、クロス部の高架下を通過。直線からコーナーに突っ込み、右旋回する。
内側に特殊な加工を施したトンネルを通過し、高架部を越える。
左カーブに入り、ゴム棒エリアを通過。ここはゆっくりの顔の高さに、左右から棒が突き出している。
そしてスタート地点に戻ってくる。
少年はレールを繋ぎ、アダプタをコンセントに挿し、コントローラーを接続した。
コースの完成だ。
「よーっし、できた」
コースにゆロットカーを載せようとして、ふと少年は余りのパーツがあるのに気付いた。
それは爪楊枝の半分ほどの小さな棒だ。
はなしちぇ、はなしちぇねえええ! と叫ぶ赤れいむの、ちょうど顔の前に立てるものらしい。
「なんだ、これ」
説明書を読むと「スティック」という名称で、使い道が書いてある。
それを読んだ少年はにんまりした。
「なるほどー、二通りの遊びが出来るんだな」
でも最初は初心者モードでいいや、と少年はひとりごとを言い、ひとまずスティックを置いた。
れいむのスィーを持ち上げて、底面のガイド突起をうまくレールにはめる。
二本の集電ブラシがレールに接触していることを確認する。
「ゆ? ゆ? れいむになにをちゅるの?」
不安そうにきょろきょろしているれいむに、少年は笑いかけた。
「スピード出るからな、おもしろいぞー?」
「ゆゆゆ、ゆっくちさせちぇね!」
「ゴー!」
少年はトリガーを引いた。
レールに電流が流れ、スィーの中のモーターを目覚めさせた。
途端に、弾丸のような勢いでスィーは前へ飛び出した!
「ゆぎゃああああ!!?」
スタートポイントから発車したゆロットカーは、シャーッと甲高い音を立てて高架の下を通り、右カーブに差し掛かる。
しかし、少年が思い切りトリガーを引いていたため、レールから飛び出してしまった!
「ゆべっ! ゆびっ! ぎょっ!」
凄まじい勢いで転倒したゆロットカーが、ごろごろと床を転がって壁にぶつかる。れいむの濁った悲鳴が聞こえた。
「うおー、こいつはえー!」
どうやらこのおもちゃは、フルパワーだと簡単にレールから飛び出してしまうらしい。
気をつけなきゃなあ、とつぶやきながら少年はれいむをひろいに行く。
潰れて不恰好に歪んだれいむが、ゆ゛、ゆ゛、ゆ゛、と苦しそうな声を漏らしていた。
「お、おにーしゃん……いちゃいよ、おかおがちゅぶれちゃったよ……。もうやめちぇね……」
スタート地点に戻しながら、説明書を読む。
「あんこさえ漏れなければ回復します。もしゆっくりがつぶれてしまっても走行機能に差し支えはございません、か……でも潰れちゃったらつまんないよなあ」
少年はれいむに顔を寄せて、ささやいた。
「ごめんな、れいむ!」
「ゆっ? も、もうやめちぇくれるの?」
「次から飛び出さないように気をつけるからさ!」
「ゆああああああぁ、いや! いや! ゆっくちいやにゃの! やめちぇねえええ!!」
涙を流して激しく嫌がるれいむをレールにセット、コントローラーを握る。
「いっけえええ!」
「ゆぎゃああああああ!!!」
れいむは再び、猛烈なスピードで加速され、死のコーナーへと突っ込まされた。
れいむは工場生まれだ。母の頭から落ちた瞬間、「ゆっくちしちぇいっちぇね!!!」と言いながら、もうベルトコンベアで流されていた。
マスクをしたパートのおばちゃんたちにつまみあげられ、流れ作業でスィーに接着された。
まだ何もわからず、ゆ? ゆ? と言っているうちに密封され、ガスで眠らされた。
再び光に照らされ、目が覚めたと思ったら、この少年のそばにいたわけだ。
「そりゃあああ! 曲っがれえええ!」
「ゆびぃぃぃぃ! ゆぶっゆぶっ、ゆべぇぇぇぇ!!!」
暖かい野山で、ふんわりおだやかに暮らし、ゆうゆうとゆっくり暮らすはずのれいむ。
そんなれいむにとって、ゆロットカーの感覚は拷問も同然である。
その一周は、こんな感じだ。
「いっけええええ、うりゃあああ!!!」
スタート地点。少年の叫びとともに、後ろから蹴飛ばされたような加速が始まる。
体内のあんこがギュッと後方へ押されて吐き気が襲う。
「ゆべゃぁぁぁぁ!!」
シャーッと高架下をくぐってあっという間に直線を駆け抜け、右カーブに差し掛かる。
外向きのGがかかり、頬の皮がミチミチと引きつれて激痛が走る。
「いぎいぃぃぃぃ!!」
ゴオッ! とトンネルに突入。そこには牙を剥いた恐ろしいゆっくりゃがいる。
蛍光塗料で書かれた絵なのだが、れいむには本物にしか見えない。捕食の恐怖をかき立てられ、あんこの底から震え上がる。
「きょわいよぉぉおお!!」
涙を流して目を血走らせながら、あっという間にトンネルを通過。
息つく暇もなくクロス部の高架に差し掛かる。グウッと体が押し付けられ、視界に天井しか見えなくなる。
「ゆわああぁぁぁぁぁ!!」
人間がジェットコースターに感じるのと同じ恐怖だ。次の瞬間には降下の感覚が襲い掛かる。
フワリ……と空へ放り出されるような気味悪さが襲い、れいむは実際に嘔吐しかける。
「げっ、ゆげっ、げうっ」
猛烈な勢いで下り坂を通過、ゴム棒地帯に突入。
バシバシバシッ! と顔面にゴム棒が当たる。人間でいえば続けざまにバットで殴られるような衝撃だ。
れいむの口に湧きかけていたあんこが、たちまち体内に押し戻される。
「ゆぶっ! ゆぐぶ! いぢゃいぃ! やめぢぇえ!」
殴られる痛みと嘔吐物を押し戻された不快感で、半狂乱で泣き喚く。
それが終わると、ようやくスタート地点に戻ってくる。
だがそこで終わりではない。ゆロットカーには、ゴールというものがない。
永遠にぐるぐると同じコースを回らされるのだ!(しかもAC電源なので電池切れもない)
それに少年の腕が未熟なため、何度も何度もコース外に放り出され、壁やタンスや柱に叩きつけられた。
「いやあああ! いぢゃいいいい!! ゆっくちさせぢぇえええ!!!」
悲鳴をあげ、顔を真っ赤にはらしながら、れいむは何十回もコースを回った。
ようやく停止したのは、二時間も立ってからだった。
「ゆは、ゆは、ゆは、ゆは……」
「あーっ、おもしろ!」
喚き苦しむれいむを見てげらげら笑ってた少年が、台車をコースから下ろしてくれた。
疲れ果て、傷つき果てたれいむは、かすかな希望を抱いて、少年を見上げた。
「ゆ゛ぅ……やっちょ、おわりだね。……れいむ、ちゅかれたよ。ゆっくちするね……」
そう言って、ふっと眠りに落ちようとしたとき、スィーの目の前に棒を挿された。
「ゆ?」
「れいむ、それはスティックっていうんだ」
「すちっく? それはゆっくちできりゅもの?」
「そうさ、それはゆっくりできるんだ。本当にね。ゆっくりしたかったらそれを舌で前に押すんだよ。わかった?」
「ゆ! ゆっくちりかいしたよ!」
そう言いはしたものの、れいむはまだ理解していなかった。
少年がまたスィーをレールに置き、トリガーを引いた瞬間、れいむはその意味を知った。
バヂヂヂッ! と鋭い痛みがれいむの体内を貫いたのだ。
あんこが激しく痙攣し、れいむは悲鳴を上げる。
「ゆぎぎぎぎっ!? ゆぐっ、でぎなななな!!」
「うわっ、マジで電撃きた! いったそぉ!!」
悲鳴のような歓声を上げる少年。その通り、スティックを挿すと、台車に電流が流れるようになっているのだ。
体内に焼け火箸を突き刺され、ぐりぐりとえぐられるような痛みに、れいむはグキグキと激しく痙攣する。
「げげげぎょぎょぎょぎょぎゃぎゃめめめめぢぇめぢぇ」
「あはははは、何言ってるかわかんねーし!」
少年の高笑いを聞きながら、れいむはカッと見開いた目で必死に訴える。
声が出ない、体がズキズキと猛烈に痛い、お願いだからたすけてほしい。
するとそれが通じたのかどうか、少年が腹を押さえて教えてくれた。
「れいむ、スティックだ! スティックを前に押すんだ! それで助かるぞ!」
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛っぐぢわががががが」
言われたとおり、れいむは痺れる舌を伸ばしてグッと「すちっく」を押し込んだ。
するとその途端、嘘のように電撃が消え去ったが――
「どぼじですぃーがうごぎだすのおぉぉ!!?」
たちまち台車が走り始めたのだ。少年が大声で教える。
「スティックのせいだよ、スティックを押すと台車が走るんだ!」
「れいむ、もうはしりちゃくないよ! ……ゆげげげげげげげ!」
スティックを戻した途端、再び襲い掛かる電撃。台車は速度を落とすが、苦痛は倍加する。
「いぢゃぢゃぢゃぢゃ、いぢゃいよ! ゆっくちおすよ! ――ゆわああぁ、すぃーしゃん、はしらにゃいでねぇぇぇ!!?」
再び台車が加速し、れいむは勢いあまってレールから飛び出した。
ごろごろごろ、ぞむっ! とタンスの角にぶつかって、ひっくり返る。
「ヒーッヒッヒッ、おもしろ、おもろー!」
少年が腹を抱えて笑いながら、説明を始めた。
「そのスティックは電気の配分スイッチなんだよ。押せば加速し、離せば電撃が走るんだって。
どっちにするか、れいむが決めることができるんだよ。つまりれいむが運転するんだ!」
そして、電流の量そのものは少年が制御する。
言わばプレイヤーとゆっくりの二人三脚であるこのモードが、「ゆロットカー」の上級モードなのだ!
「ゆげえぇぇ……なにぞれぇぇぇ……!!!」
息も絶え絶えにれいむがつぶやく。難しいことはわからないが、自分の運命はわかる。
猛スピードで突っ走って苦しみながら跳ね飛ぶか、速度を抑えて焼け火箸のような電撃を受けるかの、二つに一つなのだ。
「さあさあ、上級モードを練習するぞ!」
少年が目を輝かせてれいむをつかみ、れいむが絶望に涙を流した時。
「たっだいまー」
「あっ、帰ってきた!」
声とともに現れたのは、一回り小さな少年だ。れいむはまたしても希望を抱く。
「にんげんしゃん、ゆっくちたちゅけてね! れいむ、しにちょうなんだよ!」
だが、その新しい人間は救いの神などではなかった。彼はコースを見て目を輝かせた。
「うわっ、兄ちゃんなにそれ、すげえ! おれもやりたい!」
「まかしとけって、おまえのも買っといたんだから」
言いながら少年が取り出したのは、色違いのデザインの密封袋。
弟がそれを開け、中からもう一つの台車を取り出した。
それに乗っているのは――
「ゆぅ……ゆぅ……ゆっ? ゆっくちしちぇいっちぇね!!!」
ゆっくりまりさの赤ん坊だった!
「うっわちっせ何これ、ぷにぷにしてる!」
「いいから早くここに乗せろって、これ握れって! 俺は上級モードね! ハンディつけてやるから!」
少年がまりさの台車をれいむの隣に並べ、弟に2Pコントローラーを押し付ける。
れいむはまりさと目を合わせる。何も知らないまりさが、輝くような笑顔で挨拶する。
「ゆっ、すてきなれいみゅがいるよ! ゆっくちしちぇいっちぇね!!! にゃかよくしようね!」
生まれてきた幸せを疑わない顔。素晴らしい人生に期待する顔。
それを見つめながら、れいむは涙の止まらぬまま、悲しく挨拶した。
「まりちゃ、ゆっくりしちいっちぇ――」
「「レディ・ゴー!」」
後ろから蹴飛ばされたように、まりさがビュッと加速していき、れいむを激痛が襲った。
終
スレ85の350あたりで、子供のころのおもちゃネタが盛り上がったので、
360で私が提案したのが「ゆロットカー」です。
モデルにしたのはスロットカー
http://www.slotcars.jp/slot_car.html
自分のネタながら、あまりにも面白そうなので、別名義で書いていた
長編を放り出して、こちらを一気に書き上げてしまいました。
執筆時間、わずか二時間だぜ!
ちなみに私自身は持っていなかったです、スロットカー。ほしかったなー。
アイアンマン
最終更新:2009年01月07日 01:06