ゆっくりいじめ系1670 ゆっくりと悪魔のような子供達2

(注1)何の罪もない、純粋で心優しいゆっくりが酷い目に遭います。
(注2)東方原作キャラが出てきます。

このSSは、虐めWiki収録「ゆっくりいじめ系1540 ゆっくりと悪魔のような子供達」の続編です。



三ヵ月後。

暖かい春はとっくの昔に終わり、憂鬱な梅雨も過ぎ、蝉達が合唱会の準備を始める初夏の頃。

「ゆっくりぃー!」

まりさは、人里から少し離れた森の中をぴょこぴょこ飛び跳ねていた。
大きく膨れた口の中には、狩りをして手に入れた、沢山の葉っぱや木の実が詰まっている。

『狩り』と言っても、まりさのした事は怪我をする危険の無い、ただの植物採集だ。
ゆっくり達が、何故そうした行為を『狩り』と呼ぶのかは不明だが、
幼児が大人の真似事して、難しい言葉を使うのと、同じような理屈なのかもしれない。

「おうちにかえるよ! ゆっくりかえるよ!」

まりさの顔いっぱいに、景気の良いゆっくりスマイルが溢れる。どうやら今日は大猟だったようだ。
ブラウンカラーのつぶらな瞳に、れいむの喜ぶ顔がありありと思い浮かぶ。

「ごちそうがたくさんとれたよ! もりさん、ありがとう!」

白い歯を輝かせて、森の恵みに感謝するまりさ。まりさの歯は、全て元に戻っていた。
ゆっくりのデタラメな身体機構と、驚異的な治癒能力の賜物である。
それに加えて、慧音が応急手当をしてくれた事も、早期回復に大きく寄与していた。

三ヶ月前、慧音はお仕置きとして子供達に強烈な頭突きをお見舞いした後、
れいむとまりさを自宅に連れ帰り、適切な治療をして、ご飯を食べさせてくれた。

また、慧音は『困った事があったら、いつでも私の所に来るんだぞ』と言ってくれた。
悪魔達の再来に怯えるまりさにとって、それはとても心強い言葉だった。

幸いな事に、今現在にいたるまで、困った事は起こっていない。
まりさは悠々自適のゆっくりライフを満喫していた。

「ゆ~ゆゆ~ゆゆっゆっゆ~♪」

鼻歌(?)を歌いながら、軽やかなステップで我が家を目指すまりさ。
初夏の日差しがキラキラと輝く杉の木立を抜けた先に、まりさの巣はあった。
それは、大きな岸壁にぽっかりと開いた洞窟だった。

「おうちにかえってきたよ! これでゆっくりできるね!」

まりさは高らかにそう宣言すると、喜び勇んで洞窟に入って行く。
ここは、何人にも侵されず、ひたすらゆっくり出来る場所。
れいむとまりさのゆっくりプレイス――愛の巣だ。

「ゆぅ……ゆぅ……」

洞窟の中では、れいむが小さな寝息を立ててお昼寝をしていた。
子供達に虐待された体の傷もすっかり良くなっており、お肌のツヤも絶好調だ。
ただ残念な事に、右の眼球だけは再生しなかったが、隻眼でも生活にはまったく支障が無かった。

ゆっくり達にとっては、『ゆっくりする』以外には、
やりたい事も、やるべき事もあんまり無いので、当然と言えば当然だが。

「むにゃ……むにゃ……もうたべられないよ……」

半開きの口から、よだれと共にテンプレートな寝言を漏らすれいむを見て、
まりさの胸中に、ちょっとした悪戯心が芽生える。

「れいむをゆっくりおどろかせるよ!」

れいむを起こしてしまわぬよう、小声でそう表明すると、
足音を殺して「そろーり、そろーり」と呟きながら、幸福そうな寝顔に接近する。

三メートル……二メートル……一メートル。

吐息が掛かるほど近づいたところで、元気良くおはようの挨拶だ。

「れいむ、ごはんをとってきたよ!」

「ゆゆっ!? まりさ!? びっくりさせないでね!」

突然の大音声に、ゆっくりとした夢の世界から連れ戻されたれいむは、
ぷくっと頬を膨らませて、『怒ってるよ!』とアピールする。
だが、その膨れっ面はすぐに萎み、ニコニコの笑顔になった。

夢の世界でも、現実の世界でも、どっちにしろゆっくり出来るからだ。
狩りをして疲れているであろうまりさに、ねぎらいの言葉をかける。

「ゆっくりしていってね!」

最愛のパートナーからの『ゆっくりしていってね!』
何度聞いても、聞き飽きる事など無い、至福のフレーズだ。
狩りの疲労など、瞬く間に吹き飛んだまりさは、れいむにぴったりと頬を寄せて、愛の言葉を囁く。

「れいむ、だいすきだよ……。いつまでも、ふたりでゆっくりしようね」

「まりさ……。うれしいよ……。れいむ、とってもうれしいよ」

まだ午前中だというのに、どんどん盛り上がっていく二匹。
もちもちの頬は紅潮し、心臓(無いけど)がドクンドクンと早鐘を打つ。
うっとりとした表情でお互いの瞳を見つめあいながら、桜色の唇を重ねようとする。

その時、洞窟の奥から複数の小さな物体が、押し合いへし合いしながら接近してきた。

「おとーしゃん! おかえりなちゃい! ゆっくちしていってね!」

「おとーしゃんがかえってきた! しあわせー♪」

「れーみゅ、とってもいいこにちてたよ!」

「ゆっくち! ゆっくち!」

カラリとした七月の陽光が差し込む洞窟に、賑やかで可愛らしい声がこだまする。
なんと、れいむとまりさは天から新しい命を授かっていた。

今では、子れいむ、子まりさ。赤ちゃんれいむ、赤ちゃんまりさの四匹が家族の一員になり、
合計六匹の大所帯である。人間ならば、養育費の問題に頭を悩ませるところだが、
ゆっくりにはそんな事まったく関係が無い。家族は多ければ多いほど良いのだ。

「「ゆゆっ!? ちびちゃんたち!?」」

れいむとまりさは、ミリ単位にまで接近していた唇と唇を、慌てて離す。
子供達の前でラブシーンを演じるほど、二匹は恥知らずのゆっくりではなかった。
まりさは「ゆふん!」と小さく咳払いすると、満面の笑みで可愛い子供達に声を掛ける。

「ただいま、ちびちゃんたち! ゆっくりしていってね!」

「「「ゆっくちしていってね!!!」」」

「ゆ、ゆっくちちていってにぇ!」

黄色い声をそろえて、いっせいに挨拶しようとした子供達だが、
赤ちゃんれいむだけが、タイミングを外してしまった。
一匹だけ失敗した負い目からか、小さな体を震わせて泣き出してしまう。

「ゆぅあ~ん! れーみゅ、みんなといっちょにあいさつちたかったのに~!」

「あかちゃん! なかないでね! なかないでね!」

「とってもじょうずなあいさつだったよ! すっごくゆっくちしてたよ!」

「ゆぅ~! れーみゅがないてると、まりしゃもかなちいよ! なきやんでにぇ!」

泣きじゃくる赤ちゃんれいむを、一生懸命に慰める他の姉妹達。
その微笑ましい姿は、どんなに美味しいお菓子よりも、れいむとまりさの心を満たしてくれた。
二匹は何者にも害されることなく、可愛い子供達に囲まれてゆっくりできる喜びを、神様に感謝していた。

「ちびちゃんたち! おうたをうたおうね! おかあさんとうたおうね!」

「ゆっゆっゆー! ゆっくちうたうね!」

「ゆ~♪ ゆ~♪ ゆっくり~♪ ゆっく~り~し~ていってね~♪」

れいむの歌声に合わせてハミングする子ゆっくり達。
小さな体を揺らしながら、一生懸命喉を震わせて歌う姿は、とても愛くるしい。

「み~んな~♪ ゆ~っくり~し~ていってね~♪」

それに、ゆっくりにしては、思いのほか悪くない歌だ。
特に子まりさの歌唱力は、メロディがしっかりと安定しており、中々のものだった。
妹の華麗な歌声に、子れいむは賞賛の声を送る。

「まりさはじょうずだね! れいむもまりさみたいにうたいたいよ!」

「ゆっへん! おかーしゃんと、いっぱいれんしゅうちたからね!」

大きな瞳を輝かせ、自慢げに胸を張る子まりさ。
得意の歌を、大好きな姉に褒めてもらえたのだ。これほど嬉しい事は無いだろう。
愛しい我が子の著しい成長ぶりに、れいむも大喜びだ。

「みんなでれんしゅうしようね! もっとじょうずになって、いろんなひとにきいてもらおうね!」

「「ゆっゆー♪」」

再び歌の練習を開始したれいむ達のすぐ側では、まりさが赤ちゃん達に食事を与えていた。
赤ちゃんゆっくりは顎の力が弱いので、親がある程度咀嚼して柔らかくした食べ物を口移しで飲ませてやるのだ。

「あかちゃんたちには、まりさがごはんをたべさせてあげるね!」

「おにゃかちゅいたよ! ゆっくちたべちゃいよ!」

「おいちいごはんをたべさせちぇね!」

餌を求める雛鳥のように、愛情たっぷりのご飯を催促する赤ちゃん達。
まりさは優しく微笑むと、まずは赤ちゃんれいむにご馳走を食べさせてあげた。

「ゆっくりのみこんでね!」

「ゆぅ~♪ とってもおいちいよ!」

美味しそうに喉を鳴らす赤ちゃんれいむ。
それを羨ましそうに眺めていた赤ちゃんまりさが、ぴーぴー騒ぎ出す。

「ゆゆー! まりしゃもたべちゃい! まりしゃも! まりしゃもぉ!」

赤ちゃんまりさの瞳には、涙が溢れ出し、今にも決壊しそうだった。
まりさは慌てて、駄々っ子の赤ちゃんにも手作り離乳食を飲ませてやる。

「ご、ごめんね! いまたべさせてあげるからね!」

「むーちゃ、むーちゃ、ちあわちぇ~♪」

満足気に微笑む赤ちゃんまりさを見て、ほっと胸を撫で下ろすまりさ。
赤ちゃんのちょっとしたワガママも、親にとっては喜びの内だ。

平和だった。『ゆっくりの楽園』と比喩しても差し支えない程の、穏やかな情景。
だが、エデンの園しかり、楽園というものは、ある日突然崩壊してしまうものである。
悲しい事に、ゆっくり一家の幸福の終焉は、もうすぐそこにまで迫っていた。
そう、回避する事が不可能なほど、すぐ近くまで……。

「こんにちわ」

「へえ……子供が出来たんだ。良かったね」

突如、洞窟の入り口から聞き覚えのある声が響いた。
ゆっくりの記憶力はハト並である。だから、意地悪されたり乱暴されたりしても、
三日もすればケロッと忘れてしまう。おそらく、その方がゆっくりする事に都合が良いからだろう。
だが、そんなお馬鹿なゆっくりでも、骨の髄……いや、餡子の髄まで浸透した恐怖は簡単には忘れられない。
れいむとまりさは、声の主の事をはっきりと覚えていた。

れいむは、子ゆっくり達と歌うのをピタリと止めて、絶句した。
まりさは、赤ちゃん達に食べさせてあげようと、口に咥えていた葉っぱをポトリと落とす。

そして三ヶ月前のように、同時に絶叫した。

「「ゔわ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!」」

洞窟の入り口に、三ヶ月前、二匹を虐待した子供達が薄ら笑いを浮かべて立っていた。
れいむとまりさの全身を戦慄が駆け巡り、小さな額から滝のような汗が流れ出す。

二人の悪魔達に虐待されて以来、ずっと恐れていた事。
いつか、自分達を殺す為にこの場所へやって来るのではないか、という懸念。
それが今日、とうとう現実になってしまった。

それが意味する事は何か? 簡単だ。一家皆殺しである。

今の二匹なら、エデンの園を追われるアダムとイヴの気持ちが理解できるだろう。
いや、もっと悲惨かもしれない。アダムとイブは拷問なんてされなかったのだから。

「いやあ、探すのに苦労したよ。まさか、こんな洞窟に住んでるなんてな」

「本当だよね。ここを見つける為に何匹殺したのか、途中で数えるのを止めたくらいだもんね」

二人がれいむとまりさを探し出す為に選択した手段は、
限りなくシンプルで、残虐な方法だった。

① そこら辺で遊んでいるゆっくりを片っ端から捕まえる。

② 『片目のれいむと、歯抜けのまりさを知らないか?』と質問する。

③ 『知らない』と答えたゆっくりは、拷問して殺す。

④ 『知ってる』と答えたゆっくりは、情報を聞き出してから拷問して殺す。

それを三ヶ月間地道に繰り返し、とうとうこの洞窟を探し当てたのだ。
慧音がもしもこの事を知ったら、怒るのを通り越して、泣いてしまうだろう。

この二人、完全にイカれていた。

「にんげんさんだ! ゆっくちしていってね!」

「れいむのなまえはれいむだよ! よろちくね!」

「まりしゃ、にんげんしゃんみるのはじめて!」

「ゆっゆー! ゆっくち! ゆっくち!」

普通、両親がこれだけ叫んでいれば、子ゆっくり達も緊急事態である事に気づきそうなものだが、
そこはお馬鹿で人懐っこいゆっくりの子供、何の警戒心も持たず悪魔達に近づいていく。

『駄目! その人達に近づいちゃ駄目!』

子ゆっくり達を制止しようとするれいむとまりさだが、
三ヶ月前の恐怖がまざまざとよみがえり、金縛りにあったかのように体が動かなかった。
注意しようとしても口からは、「ゔわ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!」という絶叫以外出てこない。

「おねーしゃんたちは、ゆっくちできりゅひと?」

子ゆっくり達を代表して、赤ちゃんれいむが無邪気な顔で尋ねる。
知らない人と話すのがちょっぴり恥ずかしいのか、
小さくはにかんでいる姿はとても愛らしく、『お饅頭の妖精』という形容がピッタリだった。
そんな赤ちゃんれいむに、少女はニッコリ微笑んで優しく囁く。

「ゆっくり出来ない人だよ」

言うが早いか、肩にかけていたカバンから小瓶を取り出し、
中に入っている薄黄色に濁った液体を赤ちゃんれいむに振りかけた。

「にゅうっ!? にゃにこれ!」

それは、油だった。
可愛い妹に怪しげな液体をかけた少女へ、
ぷくっと頬を膨らませて抗議する子れいむと子まりさ。

「やめてね! まりさのいもうとに、いじわるちないでね!」

「ぷんぷん! いじわるするひととは、ゆっくちできないよ!」

「ゆ~ん? でも、おねーちゃん! このぬるぬる、なんだかたのちいよ!」

生まれて初めて触れる油に好奇心を刺激されたのか、
赤ちゃんれいむは滑ったり転んだりして遊びだした。
その楽しげな姿を見て、赤ちゃんまりさも大喜びする。

「たのちそう! まりしゃもあしょびちゃいよ!」

「楽しいか? それは良かった。これから、もっと楽しくなるよ」

少年の手にはいつの間にか、火のついたマッチ棒が握られていた。
安っぽい棒切れの先端で揺らめく、吹けば飛ぶような、儚い灯火。
それはまるで、赤ちゃんれいむの末路を暗示しているかのようだった。

「まりしゃもおいでよ! いっしょにあしょぼう!」

「ゆっゆー! いまいきゅね! ゆっくちいきゅね!」

きゃっきゃとはしゃぐ姉妹のお誘いに乗り、よちよちと油のプールに歩いていく赤ちゃんまりさ。
少年はそのご機嫌な姿を一瞥すると、赤ちゃんれいむにマッチ棒を投げつけた。
あえかなる火影が、美しい放物線を描いて油溜まりに吸い込まれていく。

ボォッ

「ぴぃぃぃい゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙!!!!!!」

一瞬だった。ほんの一瞬で、小さな体が紅蓮の炎に包まれた。
赤ちゃんまりさの眼前で、地獄の業火に焼かれ、甲高い悲鳴をあげる赤ちゃんれいむ。
突然の苦痛に困惑しながらも、何とか火を消そうと地面をごろごろ転がるが、
皮にたっぷりと油が染み込んでいるので、まったく消える気配は無かった。

「「ゔわ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!」」

香ばしく、美味しそうな匂いを発しながら焼き饅頭へと変化していく妹を見て、
親そっくりの声で絶叫する子ゆっくり達。赤ちゃんれいむに最接近していた赤ちゃんまりさなど、
小さな口から泡を吹き出して怯えている。

「ぴぃぃぃい゙い゙い゙い゙い゙!!! ぴぃぃい゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙!!!」

苦痛にのた打ち回る炎の塊から発せられる幼い悲鳴が、洞窟内でハウリングする。
揺らめく炎の中で、ゆっくりと融解していく赤ちゃんれいむの小さな体。
どうする事も出来ず、ただ泣きながら叫び声をあげ続ける他の家族達。
そして、その様子を楽しそうに眺める少年と少女。まさに、地獄絵図だった。

ほとんどの水分が蒸発した赤ちゃんれいむの眼球は豆粒のように萎縮し、
煤けた口内からは、助けを求めるかのように突き出された舌が、力なく洞窟の天井を指している。

「ぴい゙ぃ……ぴぃぃ……ぴ……ぃ…………」

やがて力尽きたのか、赤ちゃんれいむは悲鳴を発しなくなった。
短い生涯が、苦痛と共に終わったのである。

「れーみゅ! れーみゅおきて! いっしょにゆっくちちようよぉ!」

一番歳が近い姉妹の死を受け入れる事が出来ないのか、
炭化しつつある赤ちゃんれいむの死骸に向かって、必死に呼びかける赤ちゃんまりさ。
少年は、その健気なお饅頭を親指と人差し指でつまむと、自分の目の高さまで持ち上げる。

「そう言えば、お前も遊びたいって言ってたよな。 ほら、好きなだけ遊べよ」

少年は楽しげにそう言うと、赤ちゃんまりさを、
いまだに燃え続けている赤ちゃんれいむの亡骸に投げつける。
小さな小さな金髪黒帽子が、蝶々のような軽やかさで宙を舞った。

「ゆっゆー♪ まりしゃ、おしょらをとんでりゅよ♪」

さっきまでの泣きべそ顔はどこへやら、
初めての浮遊体験(正確には落ちているのだが)に、
屈託の無い笑みを浮かべて、能天気に大喜びする赤ちゃんまりさ。
だがその幸福も、煌々と燃え盛る赤ちゃんれいむにぶつかるまでだった。

「ゆぎゅうっ!? あぢゅいっ! あぢゅいよぉっ!」

接触したのは、底面――それは、ゆっくり達が『足』と呼んでいる部分だった。
赤ちゃんまりさの体には油が染み込んでいないので、火が燃え移るような事は無かったが、
赤ちゃんゆっくり特有のぷにぷにの皮が火ぶくれをおこし、ケロイド状にただれてしまった。

「ぴぃぃぃい゙い゙い゙!! あぢゅいっ! あんよがあぢゅい゙い゙い゙!!」

目の前で次々と起こる惨劇に、子ゆっくり達はもう叫ぶ事も出来なかった。
なにがなにやら分からず、ただブルブルと震えていた。
両親はというと、いまだに「ゔわ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!」と絶叫していた。

「火傷しちゃったの? それじゃ、急いで冷やさなきゃ」

「あぢゅいよっ! あぢゅいよっ! ゆっくちひやしてにぇ!」

少女は赤ちゃんまりさを持ち上げると、カバンから水筒を取り出し、
火傷した底部は無視して、小さな口に大量の水を注ぎ込んでいく。

「んぶっ!? んみゅっ!? や、やめっ! く、くるちっ! くるちいよぉっ!」

赤ちゃんの抗議を聞き流して、どんどん水を飲ませる少女。
ちびっこい体に収まりきらない水が、苦しみに震える唇からダラダラと溢れ出す。
当然そんな状態で呼吸が出来るはずがなく、三十秒程経つと、赤ちゃんまりさは白目を剥いて痙攣し始めた。

「ゆ゙っゆ゙っゆ゙っゆ゙っゆ゙っゆ゙っ……」

少女の手に伝わってくる赤ちゃんまりさの振動が、どんどん弱まっていく。死にかけているのだ。
それでも彼女は水を注ぐのを止めようとしない。悶え苦しむ赤ちゃんまりさの姿を喜色満面で見つめている。
さらに三十秒後、赤ちゃんまりさは苦悶の表情のまま全く動かなくなった。

「はい、これで大丈夫。もう二度と熱い思いはしなくてすむよ」

根本的な部分が間違ってはいるが、それは一応正論だった。
死んでしまえば、熱さも寒さも感じる事は無い。

やってみたい遊びや、行ってみたい場所が沢山あっただろうに、
あまりにも短い生涯を、残酷な方法で強制的に終わらされた赤ちゃんまりさ。

少女はその小さな死骸を、呆然とする一家の目の前に無造作に放りつけた。
それはまるで、つまらないゴミをくずかごに捨てるかのような動きだった。
ベチャリという音と共に横たわる赤ちゃんの姿を見て、一家は小さなうめき声を上げる。

「う……あ……ぁ……あかちゃん……れいむの……あかちゃん……」

「どうじで……どうじでぇ……? かわいいあかちゃんたちがぁ……」

「ゆっくちできない……これじゃ……ゆっくちできないよぉ……」

「ゆぅぁぁぁあああ~ん! こわいよぉ~!」

ゆっくり一家は、無残な赤ちゃんまりさの亡骸にすがりついて、ただひたすらに涙を流す。
ついさっきまで、愛くるしい笑顔を振りまいていた家族のアイドル。
それが、どうしてこんな惨い仕打ちを受けなければならないのか。

ひどい。こんなの、ひどすぎる。

ゆっくりファミリーは皆、心から願った。赤ちゃん達が生き返って欲しい、と。
一度死んだ者は、決してよみがえったりしない。ゆっくりの知能でも、そんな事くらい分かっている。
それでも、一家は強く願った。きっとどこかにいるのであろう神様へ、切に願った。
神様。神様。神様。どうか、お願いします。赤ちゃんを、お救いください……。

その時、奇跡が起こった。

「ゆふっ! ゆぎゅ、ゆふぅっ!」

死んだと思われた赤ちゃんまりさが、激しく咳き込んで息を吹き返したのである。
どうやら、仮死状態になっていただけらしい。

「ゆふっ……ゆふぅ……おかあしゃん……くるちぃ……くるちぃよぉ……」

「あかちゃん! れいむのあかちゃん!」

「よかったね! ゆっくりしようね!」

「しんじゃったかとおもったよぉ!」

「おちついていきしてね! ひっひっふーだよ!」

末っ子が黄泉の国から奇跡の生還を果たした事で、歓喜の渦に包まれるゆっくりファミリー。
少女もこんな事態は予想していなかったのか、少しだけ驚いた顔をしている。

「へえ、めずらしい。絶対死んだと思ったのに」

だが、すぐに平静な表情に戻ると、ピクピク痙攣しながら荒い息を吐いている赤ちゃんまりさの頭上に、
足を振り上げた。暗い影が、赤ちゃんまりさに覆いかぶさる。それは、照準だった。

「狙いよーし」

感涙に咽ぶゆっくり一家には、少女の邪気に満ちた呟きなど聞こえていない。
ただ、「よかったね! よかったね!」と、赤ちゃんの生存を喜び合っていた。
ゆっくり達の間で交わされる、暖かい笑顔の応酬を眺めて、少女も笑った。
だがそれは、人間味の欠片もない、残忍な冷笑だった。

ダンッ!

一切の躊躇が無い、無情な踏みつけ。赤ちゃんまりさは、微笑みあう家族の目の前で潰れ饅頭になった。
強い衝撃で行き場を失った体内の餡子が、脆い皮を破って噴き出し、ゆっくり一家の笑顔に等しく降りかかる。

「「「「……………………………………」」」」

ムンクの叫びそっくりの顔で絶句するゆっくり一家。
もしも幻想郷で、おもしろゆっくりコンテストが開催されたなら、
今の四匹を出場させれば間違いなく優勝出来るだろう。

水を打ったような静けさが洞窟内を支配する。
その静寂を打ち破ったのは、ゆっくりファミリーの愁嘆だった。
赤ちゃんまりさを踏み潰したままの少女の足に、恨みがましい視線を送りながら嘆く。

「がえ゙じで……! あかちゃんたちをがえ゙じでえ゙……!」

「とってもかわいいあかちゃんだったのにぃ……!」

「……ふたりとも、とっても……ゆっくちした……いいこだったんだよ?」

「こんなのひどいよぉ……! ぜんぜんゆっくちしてないよぉ……!」

まあるい顔をくしゃくしゃに歪めてすすり泣く可哀想なお饅頭たち。
その様子を眺めるのが余程楽しいのか、子供達は正反対のニコニコ笑顔になる。
それから、『元気出せよ。こんな事くらいで泣くなよ』とでも言わんばかりの軽い口調で、
ゆっくり一家に信じられない程の暴言を吐きつけた。

「また作ればいいじゃない。いくらでもポコポコ生まれるんだから、二匹くらいどうって事ないでしょ」

「それに、お前らが言うほど可愛くなかったぞ。あんな出来損ない、死んでよかったじゃないか」

『また作ればいいじゃない』『二匹くらいどうって事ない』『出来損ない』『死んでよかった』
ゆっくりの尊厳をぶち壊す罵詈雑言が次々と四匹の心に降り注いでいく。

優しく、温厚で、『戦う』という概念など持たないゆっくり達。
だが、赤ちゃんの命を惨たらしく奪われた挙句、雨あられと暴言を浴びせられ、
ゆっくりファミリーの心中で何かがキレた。

「「「「ゆぅ……! ゆぅー!!」」」」

大饅頭二つと、小饅頭二つが、猛々しい怒りの咆哮をあげながら、全員一丸となって少女の膝に突撃する。
その勢いは、ギリギリまで引っ張った弦を解き放つスリングショットを彷彿とさせた。

ポニョッ!

「きゃっ!?」

会心の一撃が膝小僧に炸裂した。少女は大きくバランスを崩して、尻もちをついてしまう。
大人しいゆっくりが攻撃してくるなんて、夢にも思ってもいなかったのだろう。
今こそ千載一遇の好機。倒れたままの少女へ、ゆっくり一家は一気呵成に飛び掛った。

「ゆっ! ゆっ! まりさはおこったよ! ゆっくりおこったよ!」

ペコッ!

「ゆっゆっー! れいむもおこったよ! はんせいしてね! ゆっくりはんせいしてね!」

ポコッ!

「ひどいよ! ひどいよ! おねえさんはいじわるだよ!」

フニャッ!

「ゆっゆぅ! あかちゃんたちにあやまってね!」

ヘニョッ!

なんとも情けない打撃音と共に、怒涛の波状攻撃をしかける怒饅頭たち。
だが、非力なゆっくりの体当たりなど、少女には全く効いていなかった。
と言うより、こんな攻撃でダメージを受ける生き物などいるのだろうか。
お化け屋敷で飛んでくるコンニャクの方が、まだ気合が入っている。

そんなヘナチョコ攻撃でも、少女をなんとか転ばせる事が出来たのは、
一斉に仕掛けた不意打ちのタックルが、たまたま膝に当たったからだ。
それだけでも、ゆっくりの貧弱な力を考えれば、十分上出来だと言えるだろう。

しかし、どういうわけか、少女の右手からは血が滴っていた。
尻もちをついた時、咄嗟に出した手を鋭利な石で切ってしまったらしい。
少女はゆっくり達の攻撃を無視して、負傷した自分の右手をじっと見つめている。
ゆっくり一家は、そのまま動かない少女を見て何を勘違いしたのか、勝どきの声をあげる

「「「「ゆっゆっおー! ゆっゆっおー!」」」」

まりさ達の小さな体を勝利の喜びが駆け巡る。
それと同時に湧きあがるのは、少女に乱暴してしまった事に対しての罪悪感。
いくら赤ちゃんを殺され、酷い悪口を言われたからといって、
暴力を振るうようでは、とても『ゆっくりしている』とはいえない。
ゆっくり達にとって、『ゆっくりしていない』と言う事は、大きな問題だ。

『これで少女も懲りただろうから、許してあげよう』

慈しみ深く、思いやりに満ちたゆっくり一家は、皆一様にそう思っていた。
人間の常識的感覚から言えば、とても理解し難い考え方だが、
こういったメンタリティこそが、ゆっくりがゆっくりたる所以なのかもしれない。

「らんぼうしてごめんね! でも、おねえさんがいじわるするからいけないんだよ!」

「もういじわるしないなら、まりさたちもゆるしてあげるよ!」

「けんかはいやだよね! みんなゆっくちがいいよね!」

「ゆゆっ!? おねえさん! おててから、ちがでてるよ!」

子れいむは少女の右手に出来ていた裂傷に気づくと、おずおずと近づいて
その傷を優しく舐める。この子れいむは、本当に心優しいゆっくりだった。
どこの世界に、姉妹を惨殺した犯人の傷を治療する生き物がいるだろうか。

「ぺーろ、ぺーろ。いたいの、いたいの、とんでけー♪」

三日月形に口を開け、ニッコリと微笑む子れいむ。
それは、見ている方もつられて笑顔になってしまいそうな、愛くるしいスマイルだった。




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最終更新:2008年12月09日 19:07
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