2008年、秋、東京。
俺はカメラ片手に駅の改札を通った。
ターゲットはゆっくり霊夢。
俺は都会に住むゆっくり達のみすぼらしい姿を、ドキュメンタリー風に編集してyoutubeにアップロードしている。
それに関連したブログは日本語、英語の二ヶ国語で配信。
全ては、アフィうめぇと言える日のために。
先日アップロードしたドキュメンタリーは、ゆっくり魔理沙が主役だった。
繁華街に生きる、食事時には見たくない動画だ。
感想は世界中から届いたが、次の企画のタネになりそうな気になるメールがいくつかあった。
それは「れいまー」と呼ばれる、ゆっくり霊夢愛好家からの要望だ。
"私の愛するゆっくり霊夢が、日本でどのように生活しているのかとても気になります"
といった内容のメールが、少なくとも300通ほど届いた。
なぜ断定できないのかというと、俺は日本語と英語しか読めないからだ。
感想メールは、フランス語、ドイツ語、ロシア語、中文、ハングルなど、それこそ世界中から届いた。
だから読めなかったメールの中にも、「れいまー」のご意見があったかもしれない。
一度、ネット上の自動翻訳にかけた時に「ゆっくり霊夢」という単語が何回か出てきたこともあった。
ゆっくりアリス愛好家「ありさー」や、ゆっくりパチュリー愛好家「ぱちゅりあ」などのメールもあったが、れいまーが一番多かった。
なので、今回のターゲットはゆっくり霊夢なのだ。
秋と言っても、まだ9月始め。
夏は最後の抵抗とばかりに、気温を上げてくるだろう。
早朝に出てきたのは、早めに取材を始めて終わりにしたかったのもある。
貴重な土曜日なのだ。
「さて・・・っと」
ゆっくり霊夢を探すといっても、単体ではつまらないと思う。
個人的に、ゆっくり霊夢の魅力はそのアホさと、母性にあると思っているからだ。
前にテレビCMで流れていた、とある政党の広告が記憶に新しい。
「家族とゆっくりできる日本を作る!」
というフレーズだった。
とりあえず流行りモノを利用しとけという、いかにも政治家らしいCMである。
そのCMの主人公は、ゆっくり霊夢であった。
周囲は薄暗く、広い部屋から物語は始まる。
プチトマトほどのゆっくり霊夢は、親もなく、孤独におびえていた。
ぷるぷると小刻みに震え、悲しげに泣く赤れいむ。
すると、そこにその党の党首が現れる。
大きな掌に赤れいむが乗り、満面の笑みを浮かべるのだ。
それから成体になるまでの時間は、アルバムをめくるかのようなエフェクトで進む。
お風呂で笑う赤れいむ、野菜に目を輝かせる赤れいむ、ケガをして大泣きする子れいむ、ベッドで党首に寄り添って寝る子れいむ。
1匹のゆっくり魔理沙と出会い、恋をして、プロポーズをされる。
そうすると、アルバムが閉じるエフェクトが入るのだ。
最初、赤れいむが孤独におびえていた部屋。
そこには成長し、親れいむとなったれいむと、伴侶の親まりさ、そして小さな赤ちゃんゆっくりが8匹もいる。
「おじさんのおかげでゆっくりできたよ!これからもゆっくりしていってね!」
それに笑顔で党首は応え、視聴者に向かってキャッチフレーズを言うのだ。
そのCMはそれなりにインパクトがあったようで、ペットショップでれいむ種が飛ぶように売れたらしい。
一時の流行でペットを買うあたり、実に情けない国民性である。
そもそも、れいむ種に限らず大抵のゆっくりは母性が強い。
なんとなくイメージがついているだけで、母性の強さは個性によるものが大きく、種の平均を見てもたいして変わらないと専門家がよく言っている。
しかし、ゆっくり大国の日本がそんなイメージに染まっているせいか、諸外国でも「れいむ種=母」といったイメージが強い。
ブログを見てくれている外国人も、きっとそういうものを期待しているのだろう。
あえて、母性のカケラも持たずシビアに都会を生きるれいむを撮影してもよいのだが、今回は家族を持つれいむ種を追うことにする。
「ん、いきなりか」
駅を出て少し歩くと、乱雑に投げ出された自転車の山の中に、1匹のゆっくり霊夢がたたずんでいた。
「ゆっくりしていってね!!!」
俺が注目していることに気がついたのか、そのれいむは俺に向かってお得意の挨拶をしてくれた。
都会に住むゆっくりは、大抵愛想がいい。
「ああ、ゆっくりしていってね」
自転車をかき分け、俺はれいむに近づいた。
大きさはバスケットボールよりも少し大きい。
かなりの大型だ。
「ん?」
そして、綺麗だった。
髪の毛は油汚れやホコリがついていることもなく、サラサラとしている。
リボンの赤がまぶしい。
「お前、ペットか?」
「ゆゆ!そうだよ!おにいさんをゆっくりまってるの!」
ペットだというのに、リボンにペット証が付いていなかった。
人目につくとは言え、ペット証も付けずに放置するなど考えられないことだ。
つまり考えられることは一つ。
「いつから待っているんだ?」
「ゆー!きのうからだよ!おにいさんがいってたよ!ここでゆっくりしてねって!」
要するに、捨てられたのだ。
捨て犬、捨て猫のように、捨てゆっくりは今や大きな社会問題の一つになっている。
残念ながら、飼い主の住所氏名を言えるようなゆっくりはまずいない。
なのでペット証を外せば、簡単に捨てられてしまうものなのだ。
「おにいさんが、れいむにおともだちをつれてきてくれたんだよ!はやくかえっていっしょにゆっくりしたいね!」
ゆんゆんと歌い始めるれいむ。
まだ捨てられたことに気が付いていないのだ。
「お友達か。なんて友達?」
「ゆゆっ!まりさだよ!すごくゆっくりしたあかちゃんだよ!れいむのあかちゃんじゃないけど、いっしょにゆっくりしたいよ!」
俺はカメラを構えていた。
これは使えるかもしれないからだ。
「そーか。可愛いまりさなのか。よかったなー」
「ゆゆん!とってもうれしいよー!」
満面の笑み。
れいむは知らない。
最近、まりさ種が注目を浴びていることに。
最近始まった、大手飲料メーカーがやっているCMは、ゆっくり魔理沙が主人公だ。
そのCMがウケた結果、まりさ種がブームになっている。
元飼い主はきっと、あの政党のCMを見てこのれいむを飼い始めたのではないだろうか。
れいむの大きさとCMの時期から考えて、そんな感じがする。
そして次のブームが来たので、古いれいむは捨てて新しいゆっくりに手を出したと。
「まあ、お前はでっかいからなー」
「ゆ?」
ぽむぽむとれいむの頭をなでる。
そう、無駄に大きい。
はっきり言って部屋の邪魔になるレベルだ。
求めるエサの量も多いだろう。
しかも大きいからといって、メリットもない。ごく潰しの粗大ゴミだ。
まりさ種ブームがこなくても、いずれ捨てられたのではないだろうか。
「ま、頑張って待ってな。俺はもう行くよ」
「ゆっくりがんばってね!」
何をするのかも分からない癖に、応援をしてくれる。
こんなに良いゆっくりを捨てるなんて。
世界のれいまーの方々はさぞ嘆き悲しむだろう。
せっかくなので、しばらくしたらまたここに来よう。
その時はきっと、いつまでも帰ってこない飼い主をボロカスになりながら待つれいむがいるはずだ。
コラムの題材に丁度いい。
そんなことを考えながら、俺は家族持ちのゆっくりを探しに行った。
翌日。
俺はまた昨日と同じ駅で降りた。
昨日は一日探したというのに、家族持ちのゆっくりは1匹も見つからなかった。
独り身の成体ゆっくりは腐るほどいたというのに。
やはり、エサの少ないこの地区では家庭を持つのは厳しいのかもしれない。
俺は前に撮影をした繁華街に行こうと考えていた。
わざわざこの駅で降りたのは、昨日見つけた、捨てゆっくり霊夢の様子を見るためだ。
「ゆぅ・・・・おに・・・ざ・・・」
昨日と同じ場所。
そこにいたれいむに、昨日の面影はなかった。
「随分とまあ・・・」
カメラを構える。
「昨日のれいむかな?」
小型マイクを手に乗せ、れいむの方に向ける。
それをエサだと勘違いしたのか、れいむが一瞬だけ目を光らせた。
「これは食べられないよ」
しゅん、と小さくなる。
そして泣き始めた。
「ゆぉっ・・・ゆゆゆうううう・・・!おにいざんもどっでぎでよぉおお!!!」
電車の音と、鳥の声だけが響く早朝の空に、れいむの嘆きが混ざる。
そして、その嘆きに応えたのは俺ではなかった。
「おきゃーしゃん!なかないで!」
「ゆっくちしようね!」
「ゆー!」
そう、れいむは一晩で親となっていた。
何度頬を重ねたのかは分からない。
だが、俺の目の前には50匹をゆうに超える赤ちゃんゆっくりが所狭しと犇めいていた。
「こりゃ凄い」
ぞわぞわと動く様は、ヘタな害虫よりも気持ち悪い。
親れいむに「すーりすり♪」と言いながらまとわりつくプチトマトの集団。
ヒルか何かに浸食されているようだ。
「れいむ、これどうしたんだ?」
頭は撫でない。
昨日に比べると、だいぶ薄汚くなっている上に、赤ゆっくりを実らせていた茎が生えっぱなしだったからだ。
茎は6本。
交尾が成功した回数だけは分かった。
「ゆっ!ゆっ・・・!」
ぽろぽろと涙をこぼしながら、親れいむはゆっくりと話し始めた。
昨日、俺が立ち去った後もれいむはここで元飼い主を待っていたらしい。
だが、いつまでたっても飼い主はやってこない。
諦めず、それでも待っていると1匹のゆっくり魔理沙がやってきた。
動く汚物のようなまりさだったという。
飼いゆっくりとして生きてきたれいむには、直視できるものではなかった。
「ゆ!すごくきれいなれいむだね!」
そう言いながら、まりさはれいむに寄って来た。
れいむは逃げ出したかったが、逃げた間に元飼い主が来るかもと思い、逃げられなかった。
「すごくおっきくてゆっくりしてるね!きれいなりぼんだね!まりさとゆっくりしていってね!」
そのまま頬を押し付けられ、初めての交尾を経験したのだという。
一度の交尾でまりさは満足してどこかへ行ってしまった。
残ったのは頬に残る不快感と、頭に生えた茎。
飼いゆっくりは、野良ゆっくりから見れば絶世の美ゆっくりだ。
栄養状態もよく、大型であったれいむは魅力的な存在だった。
その後も、近くを通ったゆっくりに次々と頬を押し付けられ、交尾に疲れて眠ってしまったのだ。
「なるほど。お前は可愛かったからな」
過去形。
なぜなら今はあまり可愛くない。
「おちびちゃんたちもかわいいよ・・・」
ぴょんぴょん跳ねる赤ゆっくり、まりさ種を親れいむは舌でぺろりと舐める。
嬉しそうに赤まりさは跳ねる速度を上げた。
「どぼじで・・・れいむはなにもわるいごどじでないのにぃい・・・む゙りや゙りずっぎりずるなんでひどいよぉお・・・」
赤ちゃんの誕生は嫌ではないようだが、無理やりのすっきりがお気に召さないようだ。
「しかし、どんだけ種類いるんだコレ」
見れば、れいむ種とまりさ種がほとんどであったが、ありす種やぱちゅりー種までいる。
栄養たっぷりの親れいむだからこそできた出産だろう。
「家庭を持つゆっくり霊夢」という条件は満たせないが、「子を持つゆっくり霊夢」というシチュエーション。
良い題材かもしれない。
「捨てられた飼いゆっくりの末路」というテーマでうまいこと編集しよう。
俺は素早く、親れいむのリボンに小型マイクを仕込んだ。
「ゆ?」
違和感を覚えたのか、親れいむが声を出す。
何か言われる前に、俺が先制する。
「ま、そのうちお前の飼い主も帰ってくるだろうよ。ガンバレ」
「ゆっ・・・ゆっくりりかいしてるよ・・・ゆぅ・・・」
小さく丸くなった親れいむをおいて、俺はその場を離れた。
幸い、近くには隠れて撮影するのに好都合なモノがいくつかある。
俺はとりあえず高架橋の柱に身を潜めた。
『・・・ゆゅ・・・おにいさぁん・・・・れいむ、ゆっくりできてないよぉ・・・・』
耳につけたイヤホンから、親れいむの独り言が聞こえてくる。
『ゆゅー!』
『おきゃーしゃん、おなかちゅいたー!』
同時に、赤ゆっくりの甲高い声もマイクに届く。
『ゆ・・・!ごめんね!おにいさんがかえってきたら、すぐゆっくりできるからね!』
どうやらあの親れいむは、茎を落として食べさせることを知らないようだ。
粗悪品を売る、激安ペットショップ出身かもしれない。
困惑する親れいむの顔にズームイン。
頭にエサがあるというのに、無知とは罪なものだ。
メガネを額に上げたことを忘れて、メガネメガネと彷徨う人のよう。
『ゆー!もうがまんできにゃいよ!』
『ごはん!ごはーん!』
『れーみゅ、あまあまたべちゃい!』
『まりしゃも!』
『ありちゅもあまあま~!』
『むきゅ・・・・・ぱ・・・も・・・』
少し離れているが、赤ゆっくり達の声はマイク越しでなくとも聞こえる。
「住宅街だったら即死だな」
もっとも、あんな危機意識のないゆっくり達は即死でなくともいずれ死ぬ。
死までの時間が少し長引くだけだ。
『あかちゃんたち、おねがいだからがまんしてね!おにいさんがきっとゆっくりさせてくれるよ!』
『はやくゆっくちちたい!』
『おかーしゃんはゆっくちさせてくれないの!?』
『もうがみゃんできないいい!!』
『ゆっ!?おにいしゃん!ありちゅにごはんちょうだいね!』
1匹の赤ありすが、道行く男性に声をかけた。
スーツ姿の男性だ。時間的に、休日出勤をするサラリーマンだと思う。お仕事お疲れです。
『きいてりゅのぉ!?』
男性は赤ありすとゆっくり約50匹をちらりと見ると、すぐに視線を正面に戻して歩いて行った。
一言も、赤ありすに言葉をかけることなく。
『ゆぎゅ!いなかもにょ!ありちゅにごはん!』
野良ゆっくりの相手などする人間は、ほとんどいない。
マナー違反であるし、下手に甘やかせば余計に酷い思いをすることが多いことを知っているのだ。
「ああ、出勤時間か」
時計を見れば、今は出勤するサラリーマンが増えてくる時間帯だ。
柱に隠れてカメラを構える俺は、さぞかし怪しい姿に映るだろう。
最悪、盗撮魔と通報されてしょっぴかれてしまうかもしれない。
「んー」
数秒考え、俺はカバンを近くのフェンスに引っかけた。
続いて、カバンにカメラを入れる。
「角度は・・・っと」
カバンには穴が空いているので、そこにレンズを突き通す感じでセッティング。
ちゃんと録画されていることを確認し、俺はフェンスに寄りかかるように座った。
パッとみた感じ「フェンスに寄りかかって音楽を聴いている男性」に見えないこともない。
ただ、カバンとカメラを調べられたら一発で盗撮の烙印を押されてしまうので注意だ。
『ゆゆ!おねえさん!れいむのおにいさんをしってたらゆっくりおしえてね!』
そうこうしている内に、駅に向かうサラリーマンやらOLが増えてきたようだ。
親れいむは道行く人に、必死で元飼い主のことを尋ねている。
健気だ。
『ゆっくりしてね!おねがいだかられいむにおしえてね!』
1人のOLに目をつけた親れいむが、ぴょんぴょんと跳ね寄って行く。
『ちょっ・・・ちょ、こっち来ないでよっ!』
カメラの角度が気になったが、多分撮れているだろう。
親れいむは必死でOLを追いかけていた。
まるで、そのOLが飼い主であるかのように。
そしてそれに赤ゆっくり達も続く。
多分何も分からず、とりあえず親に置いて行かれないようにしているだけだろう。
50匹近い赤ゆっくりの集まりは、丸い影のようにも見える。
それがぞわぞわと動いているのだ。
『うっわ、きっもぉ!何でこんなに湧いてんの!?』
片足を上げ、露骨に嫌な顔をするOLと、それを哀れそうに見つめるサラリーマン達。
『ゆ!れいむのかわいいあかちゃんだよ!ゆっくりあやまってね!』
『ゆー!ゆっくち!』
『おねーしゃんはゆっくちできりゅひとぉ?』
『いっちょにゆっくちちようね!』
『ありちゅがしゅりしゅりしてあげるね!』
親れいむに追いついたため、マイクに赤ゆっくりの声が届いた。
『・・・うっざ。も、いいわ』
言うが早いか、OLは全力疾走で駅の方へと駆け抜けていった。
『邪魔だ、どけ』
次に飛び込んできたのは、低い声。
近くにいた、頭をハゲ散らかした男性が言ったようだ。
『むー!じゃまじゃないよ!ゆっくりおこるよ!ぷんぷん!!』
『ぴゅんぴゅん!』
『ぷんっ!』
親れいむはその事実を否定するが、はたから見ても邪魔そうだった。
本格的に人が多くなってきたこともあるし、親れいむはじめ赤ゆっくりは道のド真ん中でぷんぷんしているのだ。
ここは駅に行くのにちょうど良い道であるし、さぞかし邪魔だろう。
そんな、混雑した道。
1匹の赤まりさが、親れいむを中心とした塊からはぐれていた。
無数に動く足のなか、その姿を発見できたのは奇跡といっていいだろう。
『おちびちゃん!こっちにおいで!そっちはゆっくりできな』
言い終える前に、赤まりさは潰れされた。
悲鳴も聞こえない。
潰れた音も聞こえない。
聞こえるのは、人の込み合う時に出るごみごみとしたノイズだけ。
しかし親れいむの眼には、赤まりさが潰された様子が鮮明に写っていたようだ。
『れ゙い゙ぶのあがぢゃ゙ん゙ががあぁあ゙ああ゙っ!!!!』
イヤホンから飛んできた爆音に、俺は一瞬目を瞑った。
一気にどよめく人の波。
親れいむの叫びは、ものすごい音量であった。
『あがぢゃんだちぃぃぃ゙い゙!はや゙ぐにげでぇええっ!!ごごはゆ゙っぐりできな゙いよぉぉ!!』
『ゆっ!?』
『ゆっきゅりできにゃい!?』
『こわいいぃい!!』
ゆっくりできないという事実に、赤ゆっくり達は恐怖した。
道の中央で一か所に集まっていた赤ゆっくりは、四方八方へと蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「うえっ!!ふんじまった!」
「げえ!きったねえ!」
「こっちくんなっ!」
残念ながら、親れいむの叫びで波は止まらなかった。
どよめきながらも、駅へと進む人々。
プチトマトほどの赤ゆっくりは次々と潰されていく。
『や゙べでえぇえっ!!れいむ゙のあがぢゃんふまないでぇええええっ!!!』
そんな切なる願いに返ってきたのは、踏んだことに対する嫌悪感に満ちた声。
『ゆぼおぉおっ!?』
すると、誰かに蹴られたのか、親れいむが人の中から飛び出してきた。
一瞬、俺と目が合うが、すぐに視線をさっきまでいた場所に戻す。
『あがぢゃんっ!あ゙がぢゃん゙ん゙゙ん゙んん゙っ!れいむの゙ぉおっ!!れいぶのあがぢゃんっ!がえじでぇ!!ゆっぐりがえじでねっ!!』
親れいむは戦場へと戻って行った。
2時間後。
親れいむは道の隅で目が覚めた。
メタボリックな人に踏みつけられ、ずっと気を失っていたのだ。
「ゆ゙・・・!?あ、あがっ、あがぢゃんっ!?」
もう歩く人はまばらだった。
だからよく見える。道にこびりついたいくつもの円が。
「ゆがっ・・・ゆぎ・・・あがっ、れいぶのっ・・・!?」
一番近くにあった黒い円に、親れいむはソロソロと近づいた。
俺は背後からカメラを構えている。
「おちびぢゃん・・・まりざのおちびちゃん・・・」
黒い円の中心に、ぐちゃぐちゃになった帽子らしきものがある。
赤まりさの変わり果てた姿だ。
実に汚い。
「ごっぢは・・・れ、れいぶど、れいぶどおなじおぢびぢゃん・・・ゆぅっ!」
次に近寄った円の中心には、黒と赤で見事なコントラストを奏でるリボンが置かれていた。
「あ、ありずのっ・・!おちびぢゃん・・・ゆぐうぅう!!」
薄い黄色の円は、赤ありすの潰れた跡だ。
皮とカチューシャが比較的分かりやすく残っていた。
朝からこんな不快な光景を目の当たりにしたサラリーマンが哀れでならない。
「どぼじでぇっ!?どぼじでごんなごどずるのぉおおっ!!?おにいざんどこにいるのぉお!?れいぶゆっぐりできないよぉぉお!!」
顔面をコンクリートに近づけながら、親れいむは嘆き悲しむ。
すると、フェンスの隙間から1匹の赤ゆっくりが近寄って来たではないか。
「おかーしゃ!れいみゅだよ!ごわがっだよぉおお!!」
ゆゆーと泣きながら、赤れいむは親れいむの頬へと飛び込んだ。
この赤れいむが唯一の生き残りのようだ。
「ゆっ!おちびちゃん!よがっだよおぉお!!いっじょにゆっぐりじようねっ!!みんなのぶんもゆっぐりじようねぇえええ!!」
「ゆっきゅりちたいよおぉお!!おかーしゃんとゆっきゅりちちゃいよぉお!!」
すぐに激しいすりすりが始まった。
大量に子を失った悲しさを埋めるように、2匹は体をこすり合わせる。
交尾とは違う、親れいむが赤れいむを包み込むように動くすりすり。
赤れいむの表情は涙であふれていたが、明るい顔をしていた。
「お、こりゃまずい」
ふと顔を上げると、数人の男性の姿が目についた。
全員が作業服を着てこちらに向かってきている。
俺は、親れいむに近づいた。
その顔は赤れいむと同じく涙でいっぱいであったが、優しい笑顔をしていた。
「マイク、返してもらうよ」
一言つぶやき、リボンからマイクを回収する。
「失礼します、こちらのゆっくりは」
立ち去ろうとする俺に、作業服を着た男性が声をかけてきた。
彼らは保健所の人間だ。
朝のラッシュの騒動で、誰かが連絡したに違いない。
こんなに仕事が早いなんて、公務員もバカにしたものではないと思う。
いつか、保健所の取材でもしてみたい。
「ああ、野良のゆっくりでしょうね。俺のじゃないですよ」
さよなら、ゆっくり霊夢。
最期に親子の絆を確認できてよかったね。
俺は餡子を踏まないように気をつけながら、駅へと向かった。
ふと壁を見ると、餡子がこびり付いている。
赤ゆっくりを踏んだ誰かが、靴をすりつけて汚れを落としたのかもしれない。
「やべでぇええええっ!!!れいぶのあがぢゃんがえじでぇええっ!!!」
背後から変な声が聞こえたが、俺は振り返らなかった。
おわり
最終更新:2009年01月27日 16:27