ゆっくりいじめ系1542 ゆっくり破壊爆弾(後編)

「ゆっくり破壊爆弾」(後編)



「ゆぐぐぐ……わがままいうとゆっくりできなくするよ!!!」

怒りに我を忘れ、野菜クズを全て口に含んだ母れいむは子供たちを追いかけ始める。
最初、口移ししてもらえると思い込んで、母れいむのほうへ跳ねていった子供たちだったが……



パンッ!!!



一匹の赤ちゃんまりさの犠牲で、全てを思い出した。
自分たちは、母親に近づいてはいけない。近づいたら死んでしまうのだ、と。
そして、何のために母親が自分たちに近づいてくるのか、その理由も理解した。

「ゆぎゃあああぁぁあぁ!!!おかーしゃんこっぢごないでえええぇぇぇぇぇ!!!」
「いやだぁぁあぁぁぁぁぁ!!!ゆっぐぢでぎなぐなるうううっぅぅぅ!!!」
「わがままいうこはおかーさんのこどもじゃないよ!!ゆっくりりかいしてね!!」

逃げ惑う子供たちを、母れいむは鬼の形相で追い掛け回す。
振り返ってはいけない。立ち止まってはいけない。この追いかけっこで追いつかれることは、死を意味するのだから。
だが、赤ちゃんと母親では体力の差は歴然。蓄積した疲労で、赤ちゃん達はすぐに動けなくなってしまう。

「もうわぎゃままいわないがらあぁぁあぁぁ!!!」「ごはんのごぢまぜんがらああぁぁぁぁ!!!」
「ゆっ!!さいしょからそうすればよかったんだよ!!!ゆっくりはんせいしてね!!!」

藁にも縋る思いで、命乞いをする赤ちゃん達。
母れいむは床にご飯をばら撒いて、子供たちから離れていく。
残された赤ちゃん達はずりずりと這いずり、曇った表情のままゴミクズの山に噛り付いた。

「むーちゃむーちゃ……ふしあわせー」「ゆっぐ……ゆっぐぢしたいよぉ…」
「ゆっ!わがままなのがいけないんだよ!ばくはつしたくなかったら、ゆっくりいうことをきいて……ね…?」

そこまで言いかけて、母れいむはやっと正気を取り戻す。
母れいむの衝動を支えていた怒りはどこかに消え失せ、1匹の赤ちゃんの残骸だけが散乱している。
視線を移せば、そこには苦々しい表情で野菜クズを食べる赤ちゃんの姿。
母れいむは、自分がしてしまったことをはっきりと理解した。

「ゆあっ!?ゆがあああぁぁっぁあ!!!れいぶのあがぢゃんがあああああぁぁぁぁぁあぁ!!!」

叫んだところで無意味だ。
1匹の赤ちゃんが死んだという結果は、どう足掻いても覆らない。

「ゆうううぅぅぅぅ!!!!あがぢゃんのぶんもゆっぐじずるがらねええぇぇぇ!!!!」

赤ちゃんの残骸に混じっていた帽子に頬を寄せて、誓う母れいむ。
頑張って赤ちゃん達とゆっくりして、まりさと会える日を待ち続けよう。
そして、皆でこのゆっくり出来ない場所から出て、外でゆっくりするんだ。
そう決意した矢先の、出来事だった。

「れいむ。赤ちゃんが1匹になったら、まりさに会わせてやるよ」
「……ゆっ!?」

それは、悪魔のささやき。

「残り9匹のうち8匹赤ちゃんが死んで、残り1匹になったらまりさに会わせてやる。
 分かるか?『赤ちゃんを8匹殺せ。そしたらまりさに会わせる』って言ってるんだ」
「ゆゆっ!?そんなことできないよ!!ゆっくりまりさにあわせてね!!」

母れいむの発言に気を悪くした男は、母れいむの顔面を踏みつけた。
「ゆぎゅっ!?」と気味の悪い悲鳴を上げる母れいむに、男は唾を吐きかける。

「僕は提案してるんじゃない。命令してるんだ。赤ちゃんを8匹殺せ。1匹は残しておけ。
 それができたら、まりさに会わせてやる。元の巣にも帰してやる。今さっき1匹殺したじゃないか。出来ないわけないだろう」

母れいむは、無言でいやいやと首を振った。
自分のパートナーに会うために、子供を殺すだなんて……正気の沙汰じゃない。
今、決めたばかりなのだ。もう誰も失わない。皆でゆっくりして、皆でまりさに会って、皆でここを出るんだ。

「焦る必要はない。期限は決めないから、ゆっくり殺せばいい。ただ……ゆっくりしすぎると間に合わないぞ」

間に合わない。子供たちの命を奪うのを躊躇っていると、まりさが助からないということ。
ゆぎぎと唸る母れいむ。男はクククと笑いながら、部屋から出て行った。

「ゆぅっ…」「おきゃーさんこっちこにゃいでね!」

ふと母れいむが顔を上げると、生き残った9匹の赤ちゃんは震えて声を上げる。
先ほどの男の話を、赤ちゃん達も聞いていたのだ。
母れいむがぴくっと身体を動かすたびに、9匹の悲鳴が部屋中に響き渡る。
先ほどの母れいむの暴挙を考えれば、当然の反応である。

「いやあぁあぁぁぁぁぁ!!!」「ごっぢごないでねえええぇぇぇ!!!」「おがーざんはむごうでゆっぐぢしでにぇ!!!」
「ゆっ……そ、そんなこといわないでね!!!みんなでゆっくりしようね!!」

赤ちゃんが自分の命を守るために叫ぶ言葉が、母れいむの心をがりがりと引っ掻く。
しかし、そんなことはお構いなしの赤ちゃん達は、母れいむへの罵声を止めようとはしなかった。

「おがーさんどゆっぐぢしたら、れいみゅたちしんじゃうよ!!」
「おがーじゃんのせいでゆっぐぢでぎないよ!!ゆっくりはんせいしてにぇ!!」
「どぼぢでぞんなごどいうのおおおおおお!!??おがーさんわるぐないのにいいいぃぃ!!!」

母れいむに降りかかる言葉の槍は、男が次の餌を持ってくるまで止まなかった。
そして母れいむは、子供たちを恐怖のどん底に突き落としておきながら、自分に罪はないと言い張るだけ。
ただひたすら必死に、「お母さんは悪くない。れいむは悪くない」と自分に言い聞かせ続けた。



3日間、母れいむは悩み続けた。
子供たちとこのままゆっくり出来ない日々を過ごすか、まりさを救うために子供を犠牲にするか。
だが頭を痛めて産んだ子供を、自ら殺すなどできるはずがなかった。

「この前だって綺麗あっさり殺したじゃないか。それとまったく同じことをすればいいんだ」

毎回毎回、餌を持ってくる毎に男はささやく。
母れいむの心の隙につけ込もうと。最悪の結末を導くために。
周りの赤ちゃん達にも聞こえるように、人間の姿をした悪魔はささやく。

「ここにずっといたって、全然ゆっくりできないよなぁ?」
「こんな性格の悪い赤ちゃんと、これからずっとゆっくりするのか?」
「みんなお前のこと嫌ってるぞ。そんな子供とゆっくりできるのかい?」
「昨日出来て、今日出来ないなんて事はないだろう?……やっちゃえよ」
「もしかしたら、明日にはまりさ死んじゃうかも…」

母れいむの餡子脳に染み込む、男の言葉。
聞いているうちに、納得してしまいそうになる自分に気づいて、ぶるぶると首を振る。
それが、母れいむに許される唯一の抵抗だった。



そして、男が去っていくと食事の時間だ。

「むーしゃむーしゃ!ぺっ!!……おちびちゃんたち!ゆっくりたべてね!」

母れいむが餌の山から離れると、赤ちゃん達が食事を開始する。
ゆっくり出来ない現実を呪いながら。その全責任を母親に押し付けながら。

「おかーしゃんのせいでゆっくちできないよ!!」
「ゆっくちあやまってにぇ!!」「まりしゃにもあやまっちぇね!!!」

口移しで食事をすることが出来ない、そして母親とすりすり出来ないストレスは、赤ちゃん達の性格を捻じ曲げていく。
一方、何も食べていない母れいむも、空腹によるイライラは限界に達しつつあった。

「うるさいよ!!わがままいわないでゆっくりたべてね!!!」
「ゆあああぁぁぁぁん!!おかーしゃんこわいよおおぉぉぉ!!!」「ゆっくちできないいいぃぃ!!!」

3日の時間を経て、母れいむの心は傾き始めていた。
残り9匹となった自分の子供と、最愛のパートナーであるまりさを、れいむは天秤にかける。
どちらも大切な家族。ずっと一緒にゆっくりしたい。皆でゆっくりしたい。
そんな風に思ったこともあった。

でも、今は違う。

「おかーしゃんのばかぁ!!!」「どうちてゆっくちしゃせてくれないの!?」
「まりしゃはおかーしゃんのかわいいこどもたよ!!!」「れいみゅがかわいくないの!?」

ただでさえ空腹でストレスが溜まっているのに、周りの子供たちは暇さえあれば自分を罵ってくる。
自分はゆっくりしてただけ。自分は何も悪くない。悪いことをしていない。
悪いのはあのお兄さんだ。お兄さんが罠で自分を陥れたんだ。だかられいむは悪くない。

それなのに、どうしてここまで言われなくちゃいけないの?
赤ちゃんなんか、いなければ良かったのに。れいむは、まりさだけいれば十分なのに。
まりさ、会いたいよ、まりさ。はやくでてきてよ。あいたいよ、あいたいよ。

あいタイよ。ハやクでてキテヨ。マリサまりサマリさアイタイヨまリサアいたいヨデテきてヨ。

れいむの心は、黒く濁りつつあった。



そして、3日目の夜。一家に変化が訪れた。

「ほら、今日の餌だぞ」

いつものように、食料を持ってくる男。
その量は決して十分といえるものではない。
赤ちゃん達に食べさせたら、れいむの分が無くなってしまうのだ。
全ての食料を赤ちゃん達に譲っていた母れいむ。その空腹は限界に達しつつあった。

『おなか…すいたよぉ……』

れいむの視界がぼやける。遠くで見守っている赤ちゃん達の姿が……消えていく。
もはや、正常な思考が出来る状態ではなかった。

「おかーしゃん!?なにしてりゅの!?」
「さっさとごはんをよういしてにぇ!!のろまなおかーしゃんはきらいだよ!!」
『いっかいぐらい……いいよね…』

赤ちゃん達の罵声も、耳に入らない。れいむにとって、それらは雑音であって声ではない。
れいむの不安定な思考は、全て自分の都合のいい方向へ転がっていく。

『あかちゃんたちも……がまんしてくれるよね……』

『れいむの…あかちゃんだもんね……きっとゆるしてくれるよね…』

そして、我慢できなくなった母れいむは、ついに餌を独占し始めた。



「ゆううううっぅぅぅぅぅ♪むーしゃむーしゃ!!しあわせ~♪」

3日ぶりの食事に、涙を流して喜ぶ母れいむ。
がつがつと目の前の野菜の山を食べ崩していく。
そこに、子供を思いやる母の表情はない。全ては自分が中心。自分がゆっくり出来ればそれでいい、という顔だ。
当然赤ちゃん達は黙っていない。自分たちが当たり前に食べられると思っていた食べ物が、突然母親に奪われたのだから。

「おかーしゃん!!!ごはんをひとりぢめしないでにぇ!!」
「そうだよ!!!おきゃーさんはまりしゃたちにごはんをちょうだいね!!」
「うるさいよ!!むーしゃむーしゃ!!まんぷく~♪」
「どうしてぜんぶたべぢゃうのおおおおぉぉぉ!?」

赤ちゃん達の抗議を全て聞き流し、餌を食べつくす母れいむ。
その一部始終を見ていた赤ちゃん達は、一斉に叫び始めた。

「おまえなんておかーしゃんじゃないよ!!ゆっくちしね!!!」
「おかーさんのせいで、いままでぜんぜんゆっくちできなかったよ!!!」
「もっとゆっくちできりゅおかーさんがよかったのにね!!!」
「ゆっくりしねぇ!!」「ゆっくちしね!!ゆっくちしねぇ!!」

赤ちゃん達にとって、ゆっくりさせてくれない母親に価値はない。
それはもはや母親ではなく、ゆっくりを妨げる敵でしかないのだ。

「ゆっ…ゆゆゆっ!?ご、ごめんね!!おかーさんおなかがすいてたんだよ!!ゆっくりゆるしてね!!」

空腹が解消されて正気に戻ったれいむは、自分のしたことを悔いて必死に謝罪する。
しかし、謝ったところで食べ物が戻ってくるわけではない。
赤ちゃん達の罵声は、さらにエスカレートしていった。

「ばかっ!!おかーしゃんのばかぁ!!!しね!!しね!!」
「れいみゅたちがゆっくちできないよ!!」「まりしゃもだよ!!」
「もっとゆっくちできりゅおかーさんがほしいよ!!!」「おまえなんかいらないよ!!!」
「おまえはしねぇ!!はんせいしてゆっくちしねぇ!!」
「「「「しーね!!しーね!!しーね!!しーね!!」」」」

「ゆああぁぁぁあ……そんなこといわないでねぇ…!!」

ぶちぶちっ。
母れいむの心の中で、“支え”が切れていく。

「「「「しーね!!しーね!!しーね!!しーね!!」」」」

「やめでやめでやめでやめでぇ!!!しねっていわないでねえええええぇ!!!」

死ねと一回言うたびに、母れいむの心の中に黒いものが広がっていく。

「「「「しーね!!しーね!!しーね!!しーね!!」」」」
「「「「しーね!!しーね!!しーね!!しーね!!」」」」

「やめでぇぇぇぇ……ゆっくりやめてねえぇぇえっぇえぇ……!!!」

母れいむが涙を流し、大声でかき消そうとしても……赤ちゃん達の死ね死ねコールは止まない。
際限のない言葉の暴力。思いやりすら母親から教わっていない赤ちゃん達は、手加減というものを知らなかった。

そして。



母れいむの黒い心を抑えていた最後の一本が、切れた。



「ゆがあああぁぁぁぁぁあぁぁあぁ!!!もうおこったよおおおおおぉぉぉぉ!!!」

パンパンパン!!!

赤ちゃんの集団に飛び込む母れいむ。その瞬間、3匹の赤ちゃんが破裂した。
そのうちの1匹は、運悪く身体の3分の一だけが残ってしまったが…

「ぶぎぇっ!?…え゛っえ゛っえ゛っえ゛っ!!」

断面から大量の餡子を漏らし、既に瀕死の状態。放っておいても死んでしまうだろう。
母れいむはバラバラに散っていく6匹の子供たちを見て、くすっと微笑んだ。
踏み潰すより容易い。簡単に殺せると知ったから。

「いやあぁぁあぁぁあぁ!!ごっぢごないでねえぇぇぇぇえ!!!」
「ゆふふふふ!!!ゆっくりできないあかちゃんはゆっくりしねぇ!!!」
「ぶぴっ!?」「ゆぎっ!?」「んゆっ!?」「ぴっぃ!」

母れいむの一跳ねで、今度は4匹の赤ちゃんが弾けた。
散乱する帽子とリボンの残骸をかき分けて、残り2匹の赤ちゃんを追いかける。

「どぼぢでごんなごどぢゅるの!!??」
「れいみゅはおかーしゃんのかわいいこどもなのにいいいぃぃぃぃ!!!」
「ゆふふふふ!!!あかちゃんたちがしねば、まりさにあえる!!まりさにゆっくりあえるよおおおおおお!!!」

残った2匹はしぶとく逃げ続けるが、母れいむも根気強く追い続ける。
ゆひっゆひっと息を荒げながら、赤ちゃんれいむと赤ちゃんまりさの背中を追う。
しかし、その目に映っているのは愛しいまりさの姿。
まりさに会うために、まりさを助けるために、母れいむは子供の命を犠牲にしようとしている。

うまく逃げ延びていた赤ちゃん達だったが、れいむの方が足を滑らせて転んでしまった。
そんな大きな隙を逃す母れいむではない。

「ゆあああぁぁぁぁぁぁ!!!おがーぢゃんごっぢごないでねええぇぇぇぇぇ!!!」
「ゆふふふふ!!!ゆっくりできないれいむはしんでねぇ!!!」


パンッ!!!


皮と餡子が弾けとび、母れいむの顔に降りかかる。
ボロボロになった赤ちゃんれいむの小さなリボンが、母れいむの目の前を遮ったその時…


『ゆ~♪とてもゆっくりしたあかちゃんだね!!』
『ゆっくりうまれてきてね!!ゆっくりでいいからね!!』


『ゆっゆっゆ~♪ゆゆゆんゆ~♪』
『まりさはとってもおうたがじょうずだね!!』


「ゆっ!?」


……母れいむは、やっと理性を取り戻した。
茎に実った12匹の赤ちゃんを見上げるまりさ。そんなまりさを見つめる自分。
れいむの頭上の赤ちゃんに向かって歌を聞かせるまりさ。そんなまりさに見とれている自分。
かつての平和な日々を、母れいむは思い出したのだ。

その時、母れいむは自分がやったことを正確に認識した。
ぼろぼろと、大粒の涙を流しながら喚き始める。

「ゆっ!!ゆぶああああぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!れいぶのあがぢゃんがああぁぁ!!あがぢゃんがあああぁぁぁぁ!!!」

まりさと共に誕生する日を待ち望んだ、12匹の赤ちゃん。
無事に生まれたら、皆で沢山ゆっくりしようね。大きくなったら、皆で狩りに行こうね。
帽子のある子は、まりさお母さんが川の渡り方を教えてあげるよ。
そんな風に希望と未来は広がり続け、怖いものなど何もなかった懐かしい日々。
赤ちゃんたちは無事に成長して、皆巣立っていくに違いない。信じて疑わなかった日々。
輝かしい過去の記憶と目の前の惨状が、どうしても繋がらない。まるでどちらかが嘘か夢だったかのように。

でも、現実だ。
11匹の赤ちゃん達は、皆死んでしまった。皆殺してしまった。
受け入れがたいことだが、これが現実である。

「う゛ぅぅぅぅ……ゆっぐりぃいぃぃぃ……ゆっくりいいぃぃぃ……」

この3日間、とてもつらいことばかりだった。赤ちゃんが沢山死んでしまった。
耐え難い空腹に正気を失い、あるいは怒りに我を失い、自ら沢山の赤ちゃんを殺してしまった。
放置されたままの、持ち主のいないリボンと帽子。それを見ると、さらに涙が溢れてくる。

けれど、全ての苦しみを自分は耐え抜いた。命令を達成した。
やっとまりさと会う事が出来るんだ。そう思うと、悲しみの涙の代わりにうれし涙が流れ出す。
全部まりさに話して、そして慰めてもらおう。『ゆっくりがまんしたんだね』ってすりすりもらおう!



「約束だ。まりさと会わせてやろう」



一部始終を見ていた男が、透明な箱に入ったまりさを連れてきた。
箱の中のまりさは、無言でれいむを見下ろしている。その表情はれいむの記憶どおり、とてもゆっくりした笑顔だった。

「さあ、感動のご対面だ」

透明な箱からまりさを取り出し、れいむの正面に丁寧に置く。
れいむは、部屋の隅で震えている子供のことも忘れ、まりさの顔に見とれていた。
そして……

「ゆっぐ!!まりさああぁぁぁ!!ゆっくりあいたかったよぉ!!!」

れいむは勢い良くまりさに飛び掛る。それを受け止めたまりさは―――



ボヨン!!



変な音がしたかと思うと、コロコロ転がって壁にぶつかり、跳ね返ってれいむのもとに戻ってきた。
「ゆっ?」と首を傾げるれいむに対し、男は誇らしげに説明する。

「どうだ。皮も髪も帽子も全部元通り、すごいだろう。………………中身は風船だけど」
「……ゆゆ?」

男の説明が頭の中に入らない。
れいむは、今度はすりすりするべくまりさの方へ這っていく。
ゆらっと揺れたまりさの体は、そのまま慣性に従って転がり、れいむから離れつつあった。

「まりさ!!ゆっくりすりすりしようね!!」

まりさは無言。まったく笑顔を歪めず、視線を正面に向けている。
れいむは構わず、頬を擦りつける。10秒ほど経過して、やっと違和感を感じたれいむは声を荒げた。

「ゆっ!!まりさもうごいてね!!いっしょにすりすりしてね!!!」

しかし、まりさはやはり無言。口を動かすことなく、沈黙を続ける。
ころりと転がってれいむから離れ、逆さまの背中をれいむに見せ付けるだけ。
ぽろっと帽子が脱げても騒ぎ立てることなく、そのまま逆さまになった状態で止まった。
追い討ちをかけるように、男はにこにこしながらもう一度説明する。

「帽子は簡単に治ったけど、やっぱり皮を直すのが難しくてな。そして中身は……………手遅れだったので風船に変えておいた。
 どうだ!どこから見ても正真正銘のゆっくりまりさだ!……中身以外は」
「ゆっ?…ておくれ?……ゆわわわわわ……!!」

“手遅れだった”

その言葉が、全てを物語っていた。



思い描いていた未来が、音をたてて崩れ去る。

まりさは、死んだ。

身を挺してれいむを守ってくれたまりさが。

まりさは、死んだ。

一緒に歌を歌って、子供たちをゆっくりさせてくれたまりさが。

まりさは、死んだ。

身重で動けない自分に代わって、沢山のご飯を取ってきてくれたまりさが。

そんなまりさが、死んでしまった。


何故か。


れいむがゆっくりしていたからだ。


れいむがゆっくりしていたせいで、まりさはれいむのあずかり知らぬところで死んでいた。


「昨日のうちに8匹殺してたら間に合ったんだけどなぁ。ま、こういうこともあるさ。元気出せよ」
「ゆがっ…ゆがっ……ばりざあああああああああぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁ!!!!!」

信じたくなかった。自分の払った犠牲に対して、返ってきたのはまりさの皮を被った風船だなんて。
自分は……ちっぽけな風船のために、正気を失い、多くの子供を死に追いやったのか。
受け入れられるものではなかった。このまま消えてしまいたい。死んでしまいたい。本気でそう思った。

「ゆわあああぁぁぁぁぁん!!!ゆわああぁぁぁぁぁあぁん!!!ばりざああああぁぁぁあぁあぁぁぁ!!!」
「お……おかーしゃん?」

泣き叫んでいるれいむに、何を思ったか赤ちゃんまりさが恐る恐る近づいていく。
すりすりと、内に秘めた恐怖に必死に抗いながら、少しずつ這いずっていく。
そして、自分の命を脅かした相手に、こんな言葉をかけたのだ。


「お、おかーしゃん!!ゆっくちなかないでね!!ま、ままままりしゃがいるからね!!!」

「ゆっ……!?」


母れいむは、はっとした。
涙をぶるぶると振り払って、足元の赤ちゃんまりさを見下ろす。
そこにあったのは、恐れをなしながらも母に微笑みかける赤ちゃんまりさの姿。

「まりしゃといっちょにゆっくりしようね!!!ゆっくりしていってね!!!」
「おちびちゃん……?」

母親を思いやる心が、赤ちゃんまりさには残っていたのだ。それはきっと、餡子に刻まれていた本能的な優しさ。
どんなに殺されかけても、どんなにゆっくりさせてくれなくても、この世にたった一人しかいない母親。
赤ちゃんまりさにとっては、母親とはれいむ一人だけだ。

「まりしゃはおかーしゃんのかわいいこどもだよ!!たくさんいっちょにゆっくちしようにぇ!!」
「ゆっ…ゆううううぅぅぅぅ……!!」

その言葉を聞いた瞬間、れいむの目に先ほどとは違う涙が浮かぶ。
赤ちゃんまりさの心に残っていた母を思う気持ちが、れいむに伝わったのだ。

「ゆっぐ…ゆっぐあぁ……おちびちゃん……ごめんねぇぇぇぇえ!!!」

れいむは決心した。もう二度と、こんな過ちは繰り返さないと。
これからは、この赤ちゃんまりさに思う存分愛情を注いで、ゆっくりできる子に育てよう。
ゆっくり出来なくなったまりさの分も、死んでしまった赤ちゃんの分も、精一杯ゆっくりさせてあげよう。

男は、ポケットからリモコンを取り出すとスイッチを押した。
赤ちゃんまりさの身体の中から、ピッと音がする。そして、穏やかな顔で2匹に微笑みかけた。

「今、赤ちゃんの爆弾を解除した。もうすりすりしても爆発しないぞ」
「ゆっ!?ゆっくりできりゅの!?」
「すりすりしていいの!?」

2匹の問いかけに、男は再度頷く。
それを見た2匹は、涙を流しながら満面の笑みを浮かべた。

「ゆっ!!しゅりしゅりぃ!!!しゅりしゅりするよおおぉぉ!!!」
「おちびちゃあぁあぁん!!!たくさんすりすりしようねぇ!!!」

全速力でれいむに駆け寄る赤ちゃんまりさ。それを待ち受けるれいむ。
この3日間の出来事を、2匹は忘れない。忘れることは出来ない。
けれど、れいむは生きると決めた。愛したまりさは死んでしまったが、自分には赤ちゃんまりさがいる。

失ったものは戻らない。だったら、今あるものを大切にしよう。


「まりさ……おほしさまになっても、れいむをみててね」


自分が愛したまりさ。自分を愛したまりさ。
れいむは、そんなまりさを絶対に忘れない。

そして……

「おかーしゃあああぁぁぁぁん!!!!ゆっくr―――





















パンッ!!!



ビシャッ!!










れいむの顔に、焦げた餡子が降りかかる。
そして、頭にはボロボロの帽子がパサッと落ちてきた。

「ゆっ?お、おちびちゃん…?」
「あ。スイッチ間違えた。悪い悪い。まぁ、こういうこともあるよな、アハハハハ」

男はわざとらしく、もう一度リモコンのスイッチを押しなおす。
それで結果が変わるわけではない。

「ゆっ…ゆあっ!?…おぢびぢゃん!?…おぢびぢゃんへんじしでええぇええぇぇぇぇぇ!!!!」

れいむが愛を注ぐと誓った赤ちゃんまりさは、誓ってからたった数秒でこの世を去った。
失ったまりさの代わりに一生愛すると決めた赤ちゃんまりさは、餡子屑を残して綺麗さっぱり消えた。

れいむの唯一の生きがいが、この世から消えたのだ。

「ゆっぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁあ゛あ゛あ゛ぁぁあ゛っぁあ゛ぁぁぁぁぁえrがお゛え゛り゛ごい゛!!!!!」

壊れたスピーカーのように、大音量で叫びながら跳ね回るれいむ。
その破滅的な破壊衝動の矛先は、男に向けられた。

「ゆっぐじいいぃぃぃぃぃぃ!!!!じねえ゛えええ゛えぇぇぇえええええ゛え゛!!!!!!」

ゆっくりとは思えない跳躍力で跳びはねる。そのまま男の喉を噛み切ろうと、大きく口を開けた。
しかし、所詮はただのゆっくり。れいむの口が男の血を啜ることはなかった。


ビタンッ!!!


その攻撃はあっさり避けられ、勢い余ってコンクリートの床に叩きつけられたれいむ。
ゆ゛っゆ゛っとびくびく痙攣しながらも、最後の力を振り絞って立ち上がる。
しかし、振り返った視線の先に用意されたある物を見て、その動きすら止まってしまった。

「震えるほど寒いのか。じゃあ部屋の中を温めてやろう」

にこやかな表情で、“それ”を積み上げる男。
れいむは男を止めようと思った。悪い予感がしたからだ。
しかし、床に叩きつけられた激痛のせいで身体が言うことをきかない。
その間に、男は手馴れた手つきでマッチに火をともす。

「ゆ゛っ!?……だめ゛……やべでね……ゆっぐじでぎなぐなるよ……」
「何を言ってるんだ、れいむ。暖まればゆっくりできるに決まってるじゃないか」

その言葉と同時に、男は“ある物”にマッチの火を放る。直後、ぼわっと音をたてて瞬時に炎が燃え広がった。
ばちばちばち。微小な燃えカスが上昇気流に乗って、天井へと昇っていく。

「ゆ゛っ!?……ゆぶっ!?……どぼぢで?……どうぢでぞんなごどおおおぉぉぉぉ!?」


男が火を放ったもの、それは――――


「あがぢゃんだぢのぼうじとりぼんっ!!!もやじぢゃだべええええええぇぇぇぇぇええええ!!!!!!」


赤ちゃんまりさと、赤ちゃんれいむ。合計12匹分の帽子とリボン。それを積み重ねた山だった。
その襤褸切れの山が今、炎を上げて燃えているのだ。
男はそれをにやにやしながら見つめ、れいむはそれを愕然とした表情で見つめる。

「あ゛っ……あ゛あ゛ぁぁぁっ!……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

赤ちゃん達のリボンと帽子が炎に包まれて崩れていき、ぱさぱさとした黒いカスになるのを、ただ黙って見ている。
終いには、それらは全て原形を留めぬ炭となり……れいむが触れただけで崩れる、ただのゴミと成り果てた。

「ゆ゛っ!!……あがぢゃんの……ぼう゛じど……りぼんがあ゛あ゛ぁぁぁぁ……!!!!」

れいむが頑張って産んだ、12匹の赤ちゃん。
まりさに会わせてあげたかったけど、それはできなかった。
たくさんゆっくりさせてあげたかったけど、ほんの少ししかゆっくりさせてあげられなかった。

そんな赤ちゃん達の、唯一の形見。
赤ちゃん達が“いた”ことの、確かな証。
それすらも、男は消し去ってしまった。
存在も、その証も、何一つ残さず、無に帰した。

目の前の無慈悲な人間は、れいむから全てを奪ってしまった。

ゆっくりとしての幸せを、男は全て潰したのだ。



「ゆ゛っ!?あ゛っ!?ッがあああ゛あああ゛あ゛あぁぁぁぁあ゛っぁあ゛ぁぁぁぁおあ゛お゛えおごあえ゛お゛ッ!!!!」



それから。

れいむの叫びは1分ほど続いた。

声にならぬ叫びが、永遠とも思えるぐらい長く続いた。

そして、最後にれいむ自身の口に吸い込まれて消えた。

口を限界まで開き、目を大きく開いて血走らせたまま、れいむは動かなくなった。

先ほどまでの震えも、呼吸による微動もなくなった。

瞬きもせず、真っ白になった目で正面を見ている。

涙と唾液は全て蒸発し、眼球や舌はぱさぱさの状態。

れいむは、饅頭になっていた。

れいむは、ゆっくりではなくなっていた。

……死んだのだ。次々と降りかかる不幸に耐え切れず、心が死んだのだ。



男は笑った。
下等生物のクセに心が死ぬなんて、ちゃんちゃらおかしい。
食用の饅頭が、家族だとか、愛だとか、思いやりだとか、そういう概念を振りかざすのが滑稽でならない。
腹を抱えて、一生分笑ったのではないかというぐらい、笑った。
笑って、笑って、笑い続けて、笑い続けて、やっと笑うのを止めた。

「……あぁ面白かった。でも、れいむにひとつだけアドバイス」

男は、塵取りと箒で部屋の中のゴミと燃えカスを集め、ゴミ袋の中に捨てる。

動かなくなったれいむは―――

「お星様になったまりさと会話するなら、れいむもお星様にならなきゃな」

―――かさばらないように金槌でぐちゃぐちゃに潰した後、ゴミ袋に放り込まれた。



(終)



あとがき

ゆっくりが愛し合ったり、親交を深めたりしてるのを見ると、何だかムズムズして全部ぶち壊したくなる。
子のために母が犠牲になる話とか読んでても、イイハナシダナー、グシャッ、って何もかもバラバラにしたくなる。
それにしても、ゆっくりらしさって、難しい。

作:避妊ありすの人




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最終更新:2008年11月17日 20:27
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