ゆっくりれみりゃ系いじめ55 うーせんおじさん

『うーせんおじさん』




男はかつて、どこにでもいる子供だった。
ただ、少し運命がズレてしまった点があるとしたら、
ある夏、森で遊んでいた時に1匹の赤ちゃんゆっくりを拾ったことだろう。

その日を境に、男の人生は、
多くの人間が歩んでいく大通りから、少しずつはずれていく。

そして、ずいぶんと長い時間が経った。

(今、俺はどこを歩いているんだろう?)

男は、仕事の下準備をしながらふとそんなことを思い、
次の瞬間ため息をついた。

「……くだらない。さっさとノルマこなさなきゃな」

男はバケツの中に、"用意した物"を入れ、
それを持って家の裏庭へと向かう。

裏庭に建てられた、ほったて小屋。
男は扉を開けて中に入る。

小屋の中は、空気を入れ換えるための通風口こそあるものの、
窓は閉め切られ、まだ昼だというのに薄暗い。

そして、小屋の左右にいくつもケージが置かれ、
奥には別の部屋へ通じる扉がある。

「みんな、待たせたな」

男はバケツを地面に置き、ケージを次々に開けていく。
ケージの中にいた生物は、扉が開けられたのに気付き、つぶらな赤い瞳を開いた。

「うー♪」

1匹の、胴無しれみりゃが、ケージの中から元気よく飛び出してくる。
それを合図にするかのように、次から次へと飛び出す、胴無しれみりゃ達。

「うー♪」
「うっうー♪」
「うーうー♪」

先ほどまで物静かだった小屋の中は、
うってかわってれみりゃ達の鳴き声で溢れていく。

その数は、ざっと50匹。
いずれもまだ子供で、羽を除いた胴体部分はソフトボールほどしかない。

その子れみりゃ達は、
自分達が飛べるのを確認するかのように、小屋の中をしばし飛び回り、
互いに飛び合う姉妹達の様子を見て嬉しそうに声を上げる。

「みんな、元気そうだな」
「「「うー♪ うー♪」」」

男の言葉に、声を揃える子れみりゃ達。
子れみりゃ達は、男の存在を確認すると、無邪気に男の周りに集まってくる。

「「「ぱぁ~ぱぁ~♪」」」

パパ。
子れみりゃ達は、男のことをそう呼んだ。

勿論、人間である男が腹を痛めたわけではない。
この子れみりゃ達は、人工的な交配で産み落とされ、男に育てられたれみりゃ達だった。

「う~~~う~~~♪」
「しゅ~りしゅ~り♪」
「なでなでしてぇ~♪」
「う~♪ だっこぉ~だっこぉ~♪」
「ぱぁ~ぱぁ~♪ ちゅっちゅっ♪」

子れみりゃ達は、完全に男のことを信頼し、懐いていた。
頬をスリスリこつりつけたり、顔を舐めたり、キスの真似事をしたりして、
精一杯の親愛の情を表現する。

男は、そんな子れみりゃ達に優しく微笑みかける。

「みんな、ゆっくり食事にするぞ!」
「「「うっうー♪ でぃなーでぃなー♪」」」

喜びあう、子れみりゃ達。
ちなみに時間はまだ昼だったが、食事を「ディナー」と表するのは、ゆっくりれみりゃの習性だった。

男はバケツに入れてきた"特製プリン"を手ですくい、
周囲をパタパタ飛んでいる子れみりゃ達に食べさせてやる。

「うぁうぁ~♪」
「おいしぃー♪」
「とっても~あまあま~♪」
「う~っ♪ ぷっでぃ~ん♪」

何の疑いも持たず、子れみりゃ達は口のまわりを汚しながら、パクパク食べていく。
その姿を見て、男は微笑みながらも、暗澹とした気分に沈んでいく。

「……すまないな」

男が呟いて、さして時間もたたぬうち。
子れみりゃ達はウトウトしだし、そのまま深い眠りに落ちていく。
50匹もいた子れみりゃ達が、全て地面で寝息をたてるまでに、1分もかからなかった。

子れみりゃ達が食べたプリン。
それには、ゆっくり用の睡眠導入剤と麻酔薬がたっぷり混入されていた。

「さて、作業にとりかかるとするか」

男は、子れみりゃ達を一カ所に集め、その傍らに道具を置いて座る。

「まずは…っと」

男は、手近な子れみりゃを1匹手元に持ってくる。
子れみりゃは、幸せそうに微笑みながら眠っていた。
男は、罪悪感を覚えながらも、手際よく処置を済ませていく。

まずは子れみりゃの口を指で閉じ、笑顔の形にする。
そして、小麦粉とハチミツと油を混ぜたものをそこに塗り、その形を固定させる。
時間が経てば口は癒着し、ニコニコ笑ったまま動かすことができなくなるだろう。

続いて、子れみりゃが熟睡しているのを確認してから、
顔の両脇からのびている黒い羽を切除する。
さすがに痛みを感じたのか、「うっ」と体を震わせる子れみりゃ。

しかし、羽の切除跡にゆっくり用の鎮痛剤と、
先ほど口に塗ったのと同じ液体を塗っていくことで、
再び安らかな寝息をたてるようになる。

「いい夢、見ているんだろうな…」

男は呟き、それと同様の処置を、50匹全てのれみりゃに行っていく。

「さて、そろそろかな?」

男は、最初に処置を施したれみりゃをじっと眺める。
口は癒着し、羽の切除跡も綺麗に閉じていた。

それは、れみりゃ種特有の再生能力がなせるわざだった。
"この商品"に他のゆっくりではなく、れみりゃ種が使われる最大の理由がここにある。

「よし、最後の仕上げだ」

男は、子れみりゃの底に鋲を刺し、穴を開ける。
その穴にチューブを差し込み、ヘリウムガスをいれていく。

子れみりゃは、おもしろいように膨らんでいく。
下ぶくれた顔はパンパンに張れ、元々ソフトボール大だったサイズも今はバスケットボール並になっている。

男は、子れみりゃのサイズを見極め、チューブを引き抜く。
そして、最後に再び鋲を刺して穴に栓をして、さらにその鋲に1メートル弱の紐をくくりつけた。

「よし、完成だ…」

ヘリウムガスを大量に吸い込んだ子れみりゃの体は、手を放すと同時に空中に浮き上がる。
これが、男の作ろうとしていた商品……"うーせん"と呼ばれる風船型のオモチャだ。

男は、時計を確認しながら、残りの子れみりゃも"うーせん"に変えていく。
一方の子れみりゃ達は、自分が"うーせん"に変えられたことにも気付かず、幸せな夢の中にいた。


   *   *   *


夜の帳が下りた神社の境内。
しかし、今日の神社は、各所にかがり火が灯され、夜を明るく照らしていた。

あちこちから聞こえてくる祭囃。
軒を連ねる屋台と、往来をいく人手。

今日は神社の秋祭だった。

昼間、"うーせん"を作った男もまた、そこにいた。
すると、男の下に、子供が走って来る。

「うーせんおじさーん、ひとつくださーい!」

浴衣姿の子供が、元気よく男を呼んだ。
その手の平には、硬貨が置かれている。

「はいはい、大事にしてくれよ?」
「うん!」

男は、屋台にくくりつけられた"うーせん"を一つ手に取り、子供に渡してやる。

「ありがとう!」

子供は"うーせん"を持ったまま、人混みに消えていく。

「まぁまぁのぺースだな」

子供から渡された硬貨をしまう男。
男は、屋台で"うーせん"を売っていた。

男は、ふと"うーせん"を見る。
"うーせん"となった子れみりゃ達は……既に目をさましていた。

"うー! うー!"

口が癒着して開けないため、喋ることはできないが、
男には何を言わんとしているのかが手に取るようにわかった。

"うーうー♪"
"ゆっくり~ゆっくり~♪"
"ぱぁ~ぱぁ~♪ あそんでぇ~♪"

……と、未だに男を信用し、純真無垢にニコニコしているものもいれば、

"おくちがぁ~! おくちがぁ~!"
"こあいー! こあいー!"
"れみりゃうーせんじゃないー! ちがうーちがうー!"
"れみりゃのいもうとぉー! もっていかないでぇー!"

……と、ことの次第を察して、悲しげに赤い瞳を潤ませているものもいる。

だが、子れみりゃ達がどんな視線を送ろうと関係ない。
男は接客スマイルを崩すことはなく、淡々と子供達に"うーせん"を売っていく。
ただ、それだけだった。


   *   *   *


「大事にしてくれよ」
"うーせん"を売る時、男は必ずそう言うことにしていた。

けれど、気まぐれな子供達の"うーせん"の扱いは、決して丁寧ものではない。



「おかーさぁーん、まってぇー!」
"うぁー! いたいー! やめてぇー!"

少女は"うーせん"を持ったまま、親のもとへ走っていく。
紐の上で揺さぶられる"うーせん"は、木の枝に引っかかったり、大人の頭にぶつかったりして、
その下ぶくれの顔は、見る間に擦り傷だらけになっていく。



また、ある少年達は"うーせん"を使った対戦遊びに夢中であった。

「こいつー! おれの"うーせん"の方が強いんだぞー!」
「なにいってんだ! おれの"うーせん"こそサイキョーだぜ!」

少年達は、互いに手に持った"うーせん"を空中でビシバシぶつけ合う。

"うぁー! うぁー!"
"やめてぇー! やめてぇー!"

仲良く育った姉妹同士が、ぶつかり合い、傷だらけになっていく。
ついさっき、眠る前まではあんなに幸せだったのに、どうしてこんなことに。
"うーせん"となった子れみりゃの姉妹は、ボロボロ泣きながら答えの出ない自問を繰り返す。

"ちがうー! こんなのちがうー!"
"ごめんー! ごめんー!"

認めたくない現実、姉妹を傷つけてしまう悲しみ、姉妹に傷つけられてしまう苦しみ。
口は笑ったまま、ただただ涙を流すことしか"うーせん"には出来なかった。



そんな光景が、神社の境内のあちこちで繰り広げられていた。
元々は姉妹だった"うーせん"達は、離ればなれになってなお、その心を一つにして叫んだ。

"ぱぁ~ぱぁ~! たしゅけてぇ~~!"

「うーせんおじさぁーん! うーせんくださ~い!」
「はいよ!」

……が、"うーせん"達の心の叫びは祭囃にかき消され、決して男に届くことはなかった。


   *   *   *


「無事、完売か」

祭囃を遠く背にして、帰りの夜道で男はひとりごちった。
"うーせん"を全て売り払った男は、手みやげにプリンを買って帰宅する

一息ついて、家着に着替えた後、男の足は裏庭のほったて小屋へと向かっていた。
暗い小屋の中に、子れみりゃ達の姿は無い。

男は、肩で息を吐き、小屋の窓を開ける。
月の明かりが差し込み、小屋の中をうっすら照らした。

「……また、仕入れなきゃな」

誰もいなくなったケージを眺めて、呟く男。

自ら育てた子れみりゃを"うーせん"に加工して売る。
それが、男の生業だった。

男は、決してゆっくりが嫌いなわけでなない。
むしろ、ゆっくりを愛しているといっても過言ではない。

そして、愛しているが故に、ゆっくりに携わる仕事がしたいと思った。
けれど、男には愛以外にゆっくりに接する才覚が無かった。

ブリーダーにもハンターにもなることはできず、加工場の入社試験にも落ちた。
仕方なく、なけなしの知識とお金で、この仕事を始めるのが、男にとっての精一杯だった。

「あの日、ゆっくりを見て、ゆっくりを好きになって、その結果が……これだよ」

男は自嘲して、それから歩を進める。
目指す先は、小屋の一番奥にある扉だ。

男は扉を開け、その奥の小部屋へと入る。



「うー♪」

男が部屋に入ると、れみりゃ種特有の声が男を出迎えた。
その声を聞いて、悲しそうに微笑む男。

そこには、1匹の胴無しれみりゃがいた。
だが、そのサイズは胴無しとしては異常なほど大きく、顔の部分だけで1メートルは下らない。

その肥大化したサイズ故、れみりゃはパタパタ飛ぶこともできず、
普通のゆっくりのように、敷かれた藁の上でじっとしていた。

それは、男が少年の頃に助けた赤ちゃんゆっくりが成長した姿だった。

「ただいま、れみりゃ」
「うーうー♪ ぱぁ~ぱぁ~おかえりぃ~♪」

少年は、森で拾った赤ちゃんれみりゃを、大切に育てた。
大切に大切に。それは、実の親にも匹敵する、異常ともいえる愛情と執着だった。

れみりゃは、少年の愛情を受けて順調に育った。
そして、少年が大人になってなお、れみりゃは生き続けた。
いや、正確に言うなら、男の寵愛が、れみりゃが死ぬのを許さなかった。

ゆっくりに携わる仕事にも満足につけなかった男は、
せめてこのれみりゃだけはと、あらゆる私財を投げ打って、庇護し続けていた。

「ほら、プリンだぞ」
「うっう~~♪ ぷっでぃ~ん、しゅきだぞぉ~~♪」

男は微笑み、れみりゃの傍らに腰かける。
そして、プリンを取り出し、肥大化してろくに動けぬれみりゃに食べさせてやった。

「あま~あま~♪ おいしぃ~♪」
「そうかい、それはよかった」
「う~~♪ ゆっくりゆっくりぃ~~♪」
「ああ、ゆっくりしよう……」

れみりゃ種の寿命は、未だ研究中であり、いつまで生きるのかはわからない。
しかし、少なくともこのれみりゃの成長は、決して自然界における健やかなそれではなかった。

男にも、それは理解できた。
れみりゃ種なのに飛ぶこともできず、
されど普通のゆっくりのように跳ねることもできない。

このれみりゃは、男の庇護が無ければ生き残れない。

男は悩んでいた。
本当にこれでよかったのかと。

本当は、もっと自分もれみりゃも幸せになれる道があったのではないか。
考えても仕方の無いことを、永延と反芻する日々。

「なぁ、れみりゃ……。お前は……しあわせかい?」

男は、虚空を見つめながら、れみりゃの髪を撫でてやる。

"うーうー♪"

月明かりの下の、貧しい小屋の中。
ただ、れみりゃの声だけが聞こえてきた。




おしまい。




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≪あとがき≫
たまには、しっとりとした短い話を。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。

by ティガれみりゃの人
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最終更新:2022年01月31日 02:03
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