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無限桃花の愉快な冒険10

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eroticman

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ここは海沿い創発の館(仮)。
いつもの通りサムライポニーテール少女、無限桃花は海に面したテラスで椅子に腰掛けぼけっとしていた。
彼女は別にこんなマヌケ面の腑抜け野郎というわけじゃない。そこそこ、いや、一般人から見れば達人程度の体術をこなす剣士なのだ。
伊達に狼男と話したり、電撃少女に襲われたり、冬山で不可解な生物と男に出会ったり、駅前で相手に直接命令を書き込む能力者と戦ったり
一夜にして海と化した港町にいたり、町を見下ろすテラスからジャンプしてたりしたわけじゃない。
これだけ書くと意味がわからないが彼女は『他世界を旅する』という珍しいのかよくわからない能力を有しているためそんな体験をしていたのだ。
そんな経験者の彼女がなぜこんなヒマをしているのか。理由は簡単。
やることがないのだ。
この広い館。辿り着いてからある程度の時間が経ったはずなのに未だに全部を見て回れたわけではない。
行く先々で会う人間(主に他の桃花を指す)とおしゃべりしたりお茶をしたりしているといつの間にか夜なのだ。
一応食事を取るための広間はある。一体何人を収容するために創ったのかわからないがとりあえず広い。しかしそこが使われることはない。
考えてみよう。右見ても左見ても自分とほとんど同じ顔の人間が食事を取っているシーンを。体験したいか? したくないだろう。
そんな配慮なのか食事は配給係(桃花)が部屋に運んできてくれる。ちなみにコックも桃花だそうだ。会ったことはない。
何から何まで自分と同じ顔の人間が仕事をこなしている。やることがあるかと言われるとない。
そんなわけで彼女は館を探検するのを諦め、海を眺めながらぼーっとしているのだ。
海が寄せては返す。寄せては返す。太陽が高い。太陽が高い。風は生ぬるい。風は生ぬるい。


勢い良く立ち上がる。このままでは精神ごと腐ってしまうと自覚したのだ。最もその気は既に出ている。
探検、というにも下手におしゃべりな桃花に出くわすと違う意味で精神が腐ってしまう。もう耳にタコだとかイカだとか海洋生物が済みついてしまう。
あの桃花に出くわさないように探検。簡単に見えて奥が深い。愛用の抜かない刀を持ち、部屋のドアをそっと開ける。
右にも左にも誰もいない。部屋から出て、右へと向かう。あのおしゃべりな桃花は左先にあるサロンによくいるから多分会わない。
かと言って油断しているとまた曲がり角から現れて「おー! いいとこにいるじゃん。ちょっと面白い話仕入れたからこっちこいよ!」
と連行されてしまう。お前の話は面白いことが少ないと小一時間話したい。
同じような扉が続く。この部屋全てに住人がいるかはわからない。が、行く先々で会うことを考えると入っているのかもしれない。
総じてやたら話したがりでとりあえずお茶に誘ってくる。本来あまりそういう誘いに乗る性格の桃花ではあるがついつい乗ってしまう。
同じ人間の誘いが珍しいからかはたまたこの館の奇妙性がそうさせているのかわからない。
何個目かの十字路に辿り着いた。どの方角を見ても同じ廊下が続いている。灯りが少なく、先まで見通せない。
この廊下を同じ方向に真っ直ぐ進めばこの館が常識的である限りは壁につく。ならばそこを目指せばいいか。
さきほどと同じ方角に歩を進めようとするとからからと荷台を押す音がした。食事を運ぶ荷台の音だ。
銀色の荷台にはいくつかの食器が重なっている。回収してきた食器なのだろう。しかし桃花は別のことに愕然とした。
荷台を押している人間の頭の位置がおかしい。荷台と言っても取っ手が桃花の腹の辺りに来る高さだ。決して大きいわけじゃない。
なのにその荷台を押している桃花は頭が少し出ている程度なのだ。これでは前が見えないではないか。
「前が見えないわけじゃないよ。ちゃんと見えてるよ」

荷台の主が桃花に声をかける。そして荷台の影から出て、桃花にお辞儀をする。
「始めまして。無限桃花さん。私の名前は……まぁ無限桃花だね。なにかすごく驚いた目で見ているけど
 私は生まれつきこんな体なのだよ。でもちゃんと働いている。君達と、いや君達よりも お と な なんだよ」
この時。桃花は思わず一歩後ろに下がった。この桃花を前にして。無意識に一歩後ろへ。あまりにも一瞬で頭が判断したのだ。
この桃花には勝てない。例え自分がこの桃花よりどれだけ心体技に優れようとも敵わない。そう感じさせる『何か』をこの桃花は持っていた。
「ちなみにそこ真っ直ぐ行けば壁に着くけど行っても何もないよ? 暇ならちょっと手伝ってほしいんだよね。この荷台を運んでほしいの。
 あ、場所は指示するよ。ちょっと疲れちゃってね。私は荷台に乗るから押してくれるかな。まずはここ真っ直ぐね」
この間、桃花は一切喋っていない。それと同時に最初の謎が解けた。
「その通り。私の能力は人の心を読む能力だよ。私の前では何人たりとも嘘はつけないよ」
からからと荷台が桃花の前に運ばれてくる。一方の桃花は荷台の上の皿を上手くどかしてスペースを作り、座り込む。
「それじゃあ進もうか。ごーごー! あ、今子どもっぽいと思ったね。私のほうが仕事しているぶん お と な なんだからね!」
言われるがままに荷台を押す。もう全てが手遅れなのだろう。そう考えるとまた前の桃花から突っ込みが飛んで来た。

「到着っ!」
前の桃花が飛び降りて、前に進む。扉のないそこには『厨房』というネームプレートが入り口上部についていた。
押していた桃花は黙って、荷台をやたら広い台所まで運ぶ。そこには洗物専門なのだろうか、桃花が一人せわしく食器を洗っていた。
その桃花の指示に従い、荷台を置くと厨房の隣にある休憩室の椅子に腰掛けた。この部屋だけ見るとどこかの食堂のように見える。
最もここを利用するのはこの場で働く桃花くらいなのだろう。そんなことを考えて現実逃避を計る。
さて、なぜそんなことをしなければならなかったのか。それは全て上の一行の空白の間に起きたことを話さなければならない。
「まずこの十字路を真っ直ぐ行って左の五番目のドアに入ったあと、中にある花瓶の位置をベットから本棚前に動かしてね。
 その後、部屋から出て正面のドアのノブを右方向に三回転させた後、部屋に入ってドアを閉めて出る。
 で、部屋から出たら右に進んで二つ目の十字路を左に曲る。右の三番目のドアの前まで来たら三回ノックして真後ろのドアを開けて入り、
 そのまま向かい側のドアから出て、右に進めば右手側に厨房が見えるよ」

ご理解いただけただろうか。繰り返し言わないが、桃花たちはここに辿り着くためにこんなことをしたのだ。あの無数にある部屋たちには理解を
超越したギミックが仕込まれていてちゃんとした手順を踏むことで他の場所に移動することが出来たのだ。
もちろん全ての部屋がそんなギミックが仕掛けられているわけではないだろう。ちゃんと中に人が住んでいる部屋もある。
それらをちゃんと把握して、利用し、食事を暖かいうちに館の人間に届ける。それがここの配給係はこなすのだ。
「私は特別だよ」
例の桃花が桃花の前にお茶を出す。桃花はそれを見つめる。
「この館のギミックを理解しきっているのは多分私とハルトシュラーくらいだろうね。弟子すらも全てを把握してないよ」
「……」
「どうせ読んでくれるだろうと思ってるんでしょ。それでもいいけどせっかくの休憩なんだけどお話しようよ。
 口で言わなきゃ伝われない気持ちだってあるんだよ」
「君は一体何者なんだ……。ただの配給係じゃないのか」
「あれ、自己紹介しなかったっけ」
桃花はその姿らしからぬ笑みを浮かべる。
「私はここの料理長を務める無限桃花だよ。君の食べるメニュー全てが私の考案したメニューだよ」
そう。彼女こそがこの恐ろしく広い館に住む全ての人間に満足を届ける料理長なのだ。
人は見かけでその人間の本質まで見ようとするがそれはあまり正しいことではない。
確かに見かけにはその人間の本質がうかがい知れることもある。だけどそれが全てではない。
なにせ能ある鷹は爪を隠すのだ。この桃花のように。
「ふふん。すごいでしょ。どうせ見た目から給仕見習いだとでも思ったんでしょ。私は お と な なんだよ」
もちろん彼女の例は極端な話なのだが。
そんな館のとある一日でした。どっとはらい。



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