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ややえちゃんはお化けだぞ! 第5話

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ややえちゃんはお化けだぞ! 第5話




バスはまるで巨大な獣に噛み切られたかのように後部を失い、その大きく開いた断面から
地獄の空を覗かせていた。
突然の惨劇、しかし嬉々とした表情のリリベルに、乗客全員が声を失っている。

「さあオマエら! 散っていった仲間たちのためにも、共に崇高な目的を達成しようでは
ありまセンか!」

おおげさなジェスチャーを交えながら、もはやツアーというより何かの危険集団を髣髴と
させる現状、最初の目的地が殿下の宮殿であることは幸運だった。

「おい、夜々重」

脱出の決意に目をやれば、夜々重はゲート突入時の衝撃ですっかり目を回していた。

「うーん……」

この状況の中、これがパートナーかと思うと情けない次第である。

「大丈夫か、しっかりし――」
「ハナちゃんダメ! 女の子同士でこんなことしたらっ!」

叫ばれた返事の意味を解する間もなく、俺の頬には夜々重の見事なパンチが炸裂していた。
僅かな回転をもってヒットしたそれに、一瞬意識が朦朧とする。

俺はハナちゃんではないし、健全とは言いがたいが、れっきとした男子高校生である。

「だ、だめだって言ってるにょに……」

やがてうつろな目線は中空から腕へと降り、ゆっくりと俺の目にたどり着いた。

「ハ、ハナちゃんじゃ……ない!」
「当たり前だバカ」

夜々重は頭が悪いうえにヘタレなので、頭ごなしに叱るとテンパってしまい、更なるバカ
スパイラルへと陥ってしまうのだ。
一刻も早くこのバスから脱出せねばならない今、その事態だけは避けたい。

「だって……だってハナしゃんが!」
「落ち着け、ハナちゃんが変態なのは分かった。それより後ろを見てみろ」
「……え、後ろ?」

さすがの夜々重も後部座席の惨状を見てこの危機的状況を把握したらしく、珍しく深刻な
表情を見せていた。

「お前が気絶してた時、つまりゲートをくぐる時だが、閉じるゲートに間に合わず、吹き
飛んじまったらしい。そこに居た奴らがどうなったか俺にもわからん」
「それじゃまさか……そんな」

とはいえ、ゲートをくぐれば宮殿まではすぐだと聞いていたので、放心している夜々重を
よそに、それほど多くない荷物をまとめにかかった。

「とにかくな、バスが止まったら即行で脱出するんだ。こんなバスでのんびりしてたら、
命がいくつあっても足りん」
「う、うん。わかった」
「それと、あのリリベルとかいう悪魔、何か変だぞ。いつの間にかお嬢様とか呼ばれてる
し、やっぱりこれはただのツアーなんかじゃ――」

言いかけたその時、バスが再度強い衝撃に見舞われた。
俺たちは前座席に強く打ち付けられ、空ふかしの唸りをあげるエンジン音に目を上げると、
窓の外がうごめく黒い影で覆われていることに気が付いた。

「一体何事デスか!」

その事態はリリベルも予想していなかったようで、少し間をおいてから運転手の無感情な
声が続く。

「捕獲されました、高度が落ちています」
「何デスって!」

「――鬼です」

鬼。
その単語にぴくりと反応したリリベルから、今までの能天気な雰囲気が消え去った。

「な、何? リリベルちゃんどうしちゃったの?」
「いや……俺にも」

悪意に口を歪ませながらゆっくり数歩前に出ると、両指を組んで鳴らし始める。
少女然とした体躯にうっすらと黒い光を帯び、今までは愛くるしい笑顔の中にあった瞳も、
今や邪悪な炎を宿す――まさに悪魔の目と化している。

「……早速現れやがりましたネ。積年の恨み、父上の仇、晴らさせて貰うデス」
「この能力はグリモワールにも載っていません、配属されて間もない番兵かと思われます」
「ブチ殺してやるデス……」

唐突に展開され始めたドラマに眉をしかめ、しかし車窓を埋め尽くす影は徐々にその濃度
を高めていく。前に向かって車体を侵食していくそれは、まるで生き物のようにざわつく
「髪の毛」だった。

「しかし、このようなところで力を使ってしまわれては――」
「黙れファウスト! 人間の分際で私に命令するな!」
「命令ではありません、これは諫言です。ベリアル一族の恨みを晴らすならば、このよう
な場所で力を開放すべきではないのです。何のために『生きた魂』をこれだけ運んできた
のか、もう一度よく考えてください」
「くっ……」

その会話は、こいつら二人と地獄界との間に並々ならぬ怨恨があることを感じさせた。

「……このクソ忌々しいキューティクルヘアー、振り切れマスか」
「再度『放魂』を使用すれば必ず。ただその場合、ツアーなどを行っていては燃料がもち
ません」
「任せマス。リリベルは少し休むデス」
「はい」

金属でもこすり合わせるような歯軋りを鳴らした後、リリベルはバスが丸ごと揺れるほど
の蹴りを壁に放ち、諦めてガイド席に座った。
おびただしい量の髪の毛は隙間から車内へと侵入し、バスが軋みを上げる中、スピーカー
から気だるそうな声が聞こえてきた。

「おいオマエら。ツアーはここで中止デス。このバスはもうどこにも止まりまセン」

車外で鉄の扉が開くような、聞き覚えのある音。
あの急加速に巻き込まれたら宮殿から離れたあげく、恐らく二度とここへ戻ってはこれない
だろう。

「我が一族、復讐の糧となるがいいデス……」

乱暴な破裂音がスピーカーを揺らす。
壁際で粉々になったマイクはぱらぱらと床に落ち、その短かかった使命を終えた。

「夜々重、行くぞ」
「え? 行くって……どこへ?」

さすがの俺にも焦りがあった。どれもこれも一つずつ理解している状況じゃない。
ただ一つ確実に分かるのは、これ以上こいつらに関わってはいけないということだ。

「いいから、急げ!」
「はうあっ!」

夜々重の手を掴み、中央路へと引きずり出す。
幸い半壊している後部は穴が大きく、うごめく髪の毛もいくつかの束になってはいたが、
人ひとりが通れるくらいの隙間はある。

「キサマら、何してるデスか……」

重く太い声が、背中越しに腹に響き、一瞬だけ俺の足を止めた。

「悪いが俺たちは殿下様に用があるもんでね、ここで途中下車させて貰う」
「逃げられるぐらいなら、今ここで喰ってやる!」

背後に大勢の悲鳴が聞こえた、しかしそれを確認している暇もない。

「お嬢様、間に合いません。加速します」

恐怖で硬直している夜々重を抱き上げ、今は存在しているかも怪しい足に懇親の力を込め、
バスの外へ飛び出した――。



卍 卍 卍



どれくらいかしてふと振り返ると、そこにバスの姿はなく、何か半透明の軌跡だけが遥か
彼方に向かって伸びていた。
その軌跡になびくように、霞む眼下から伸びる黒く巨大な塊が静かに形を崩している。
バスを襲った髪の毛だろう、それもやがて地面へ吸い込まれるように消えていった。

「……夜々重、もう大丈夫だぞ」

返事はなかったが、恐怖への震えと漏れ聞こえる嗚咽だけが、その無事を伝えていた。



空中に浮かんだまま深く息を吐き、改めて周りを見渡す。
地獄というのは小さい頃に本で見たものとそれほど違いはないようで、見渡す限りの暗い
雲の隙間から赤い空が覗き、地面は霞んでよく見えないが、ぼんやりとした茶色で
占められているところを見ると、一面岩場で覆われているらしい。

そんな光景にしばし目を奪われていると、ようやく小さな声が耳元で聞こえた。

「ごめんね……私、怖くて」

あのとき俺を突き動かしていたのも勇気などと呼べる立派なものではなく、ただ単に恐怖
からの逃避、簡単に言えば「怖いから逃げた」という子供じみたものでしかない。

このバカが怖かったように、俺も怖かったのだ。

「いやな、正直俺も怖かったんだ」

ここまできてようやく、俺と夜々重は一つの感情を共有することができたのかもしれない。
強張っていた身体から力を抜く夜々重が、今はほんの少しだけ愛おしく見えた。

「……もう少しだけこのままでいてもいい?」
「ああ、落ち着いたらハナちゃんの話でも聞かせてくれ」



卍 卍 卍



緊張からの開放は必要以上の油断をもたらし、束の間の安堵はいつからか自嘲へと変わる。

「――そりゃ、まあそうくるだろうな」
「え、何か言った?」

自分の足に巻きつく黒い髪の毛に気付いたのは、少ししてからのことだった。


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