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満月の時

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満月の時


満月当日。先日よりちらほらと降っていた雪は夜中より強さを増し、正午を回る頃には視界を遮る吹雪になっていた。
この事態を見て、全ての監視塔に簡易式の暖房を配置。また警備にあたる人間には懐炉を支給という手はずになった。
それを配布して回るのが
「お疲れ様です。懐炉と飲み物持って来ました」
ソーニャの役目となった。
布の服を着て、鎧を装備しさらにその上から分厚い布を纏ったその姿はまさしく不審者そのもので
監視塔に付くたびに被った布を脱ぐはめになったのであった。
最後の塔にたどり着いたときには既に日の入りの時間に差し掛かるころになっていた。
「姉御も大変ですね」
荷物を受け取った兵士がソーニャを労わる。とはいえこれがソーニャに出来る仕事。
戦闘ならともかく吹雪の中の警備はやったことがない。状況が状況だから素人には任せられないという判断なのだろう。
だがソーニャに安心して任せられる日は来るのだろうか。
例え吹雪が止んだとしてもこの町を覆う不安は取り除かれることはない。
今月は来なかった。では来月は? 満月を待たずして来るのではないか?
本土侵攻という情報はそのような不安を煽るには十分すぎる素材なのだ。
その不安をわずかでも払拭するためにも今晩の襲撃には当然ながら防衛しなければならない。
本土の侵攻についてはソーニャたちの手の届く範囲の話ではない。
今は目の前の手の届く範囲にあるものを守らなければならない。そのための努力も惜しむ気は無い。
「私には警備は力不足で出来ない。だからあなたたちには頑張ってほしい」
「お任せください!」
敬礼と頼もしい言葉が返ってくる。ソーニャの顔が自然に緩む。
ここは大丈夫だ。兵士たちを信じよう。それもまたソーニャに出来る仕事なのだから。
再び布を被り、防寒装備になって塔を後にする。
いつもよりも時間をかけて本部に戻り、防寒具を脱いで暖炉の傍の椅子に座る。
また外に出るにしても一度冷えた体を温めといておいたほうがいい。
暖炉の火を眺めていると後ろから飲み物を差し出された。
湯気が立つ暖かそうなお茶を受け取り、振り向くとビゼンが立っていた。
「ありがとうございます。副隊長」
「相変わらず堅苦しいやつだな。というかお前が上司なんだからビゼンって呼び捨てにしろよ」
「さすがに出来ませんよ」
ビゼンも自分の飲み物を手に隣の席に座る。いつもの武器は携帯していない。
暖炉の薪がことんと割れる、
「こうやってサシで話すのはずいぶんと久しぶりだな」
「会話自体はしてるんですけどね。大抵は業務連絡ですし」
「今もあんまり話してられねぇしな」
「……吹雪に乗じて何かが来ると?」
「来る。先月とは比べ物にならないものが」
想像だにしない断言だったので思わず腰を浮かして聞き返す。
「何か兆候でもあったんですか?」
「いや、勘だ」
ずっこけそうになるのを抑えつつ椅子に腰掛ける。
「そもそもこの吹雪ですものね。空からの侵入は当然無理ですし……」
「ドラゴンだってこの吹雪じゃ冬眠でもしてるだろうな。あいつらも一応爬虫類だろうし」
「あれを爬虫類と分類していいのだろうか……」
「狼どもも冬眠してくれりゃいいのに毎月毎月元気なもんだ。
 どうせあいつらが来たって正門をぶち破るか壁を登ってくるぐらいしか侵入の手立てはないだろうしな」
「じゃあ安全じゃないですか。今日は」
ちっちっちと人差し指を振る。
「壁をよじ登るには難しいが木をよじ登って侵入しようとしたことはあるからな。
 もしかしたら地面を掘って侵入とかもあるかもしれないぜ?」
「まだ壁をよじ登るほうが現実的そうな話ですね」
木をよじ登ると聞いて先日訪れた監視塔を思い出す。
あそこは塔の間を繋ぐ通路にまで森の木々が迫ってきていた。
「塔に隣接している森の木を切り落とせばよじ登ってくることもないのでは?」
「あー、お前知らないのか。あの森にいるやつ」
「狼とかイノシシなんてのは聞きましたけど」
「それはまだいるやつだな。昔、あそこで化け物が見つかってな」
「化け物?」
ビゼンがにやりと笑って答える。
「巨人だ」

体長は人よりも数倍大きく、毛は生えておらず全体的にでっぱりが少ない。
森に生息する最大の脅威。それが巨人。
「この町にある防衛設備。つまり壁だとか空を覆う魔法障壁も全部本来は巨人対策で作られたんだ」
「壁ならまだしも空の壁も? まさか羽でも生えていたのか?」
全体的にのっぺらぼうの巨人が鳥の羽を生やして飛んでいる図を想像する。
これは気持ち悪い。
「あいつらはその辺の岩だとか木を引っこ抜いて投げるんだよ。それを防ぐための障壁だ。
 んな気持ちの悪いもん想像させるな」
なるほど。巨大な体を持っているならばそのくらい造作もないことだろう。
そして町にしてみればそれは恐怖の一言だ。
「が、最も壁だとか障壁だとかが完成する前に殲滅したって話だけどな。
 元から数も多くなかったんだろう。今よりも魔術が発展していない時代にそんな化け物を殺してきたんだ」
ビゼンがどっこいしょと立ち上がる。話はこれで終わりのようだ。
「じゃあ、木を切らない理由というのは……」
「投げてきたものを防ぐために伸ばしっぱなしにしたわけだ。それがどのくらい効果があったかは知らんがな」
「ふくたいちょ……ビゼンはまだ生まれなかったんですか?」
「おう。なんせ巨人殲滅は百年ぐれぇ前の話だからな」
想像を超える途方もない数字を出された。昔というレベルじゃない。
魔術の発展は日進月歩だ、とかなんとか亀が言っていたし今は簡単に出来ることも昔は苦労したのだろう。
ビゼンは欠伸をかみ殺しながら適当に挨拶をして出て行った。
今よりもはるか昔から狼などとは雲泥の差がある化け物を殺してきた。
あの言葉の続きは「だから狼程度でびびる必要なんてねぇんだよ」という励ましの言葉なのかもしれない。
いや、違うような気がする。ビゼンがソーニャに励ましの言葉を投げることなんてない。
どちらかというと「狼も撃退出来なかったらお前当分飯抜きだな」のほうが言いそうだ。
本当にソーニャがいる防衛していた場所から狼が侵入したら色々言われるだろう。
それどころか期待はずれの烙印を押されて首になり強制送還されるかもしれない。
父の墓前でなんと言えばいいのだろうか。友人たちにどんな顔をして会えばいいのか。
考えるだけで胃が痛くなってきた。
「あー、ソーニャさんやっと見つけた。どこ入ってたんですか……なんだか顔が青いですけど」
ビゼンと入れ替わりで入ってきたのはコユキだった。外から帰ってきたばかりらしく衣服に雪が付いている。
「いや、気にしないでくれ。少し気に病んだだけだ。それよりか何か伝えに来たのだろう」
「そうでしたそうでした。ソーニャさんは襲撃時の応援要因として本部に待機の予定だったんですけど
 先生がこっちで待機してほしいそうです」
「あそこなら移送用の魔法陣もあるし待機するにしてもあそこのほうが応援にすぐ行けるな」
「何か渡したい物があるそうです。あと、ここにも魔法陣ありますけどね」
「ということはここから亀の家にも移動出来るのか」
「いえ、先生の家のは一方通行専用なので無理です」
あの糞魔女が。ソーニャは心の中で悪態をつき、吹雪に揉まれながら亀の家へと向かった。

「で、なんだ。吹雪は強くなるばかりだしここから本部に歩いて帰れとか言ったら殴るぞ」
「おー、怖い怖い。せっかく貴重な狼どもの特効薬を作ったのに」
「特効薬? なぜもっと早く言わないんだ。早くみんなに分配しないと」
「出来たのついさっきだし試作品だし数がないし……」
そう言いながら亀は布袋が小さな塊を取り出した。
銀色の光沢をしている銃弾だ。見たところ普通の銃弾に見える。
だがソーニャの知っている銃弾は黄色に近い色をしている。
「これは……特別なもので作った銃弾か」
「古来より狼に効くっていう銀で出来た銃弾だよ」
「なぜもっと早く作らなかったんだ」
「この辺りでは銀は採掘されないからね。
 本土との交流も少なくなってきた今では貴重品なんだよ」
そしてどうにか手に入れて出来たのがこの一発の銀の銃弾か。
「これは君が持っていけ。あと、銃も」
「銃は使ったこと無いのだが……」
「だから絶対に無駄打ちしないでね。高いから」
「……どのくらい?」
「君の先月の給料の一年分以上」
ソーニャは銃を赤子を扱うかのように慎重に懐へと仕舞った。



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