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かいぶつのなく頃に~讐たり散らし編~(前編)

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かいぶつのなく頃に~讐たり散らし編~(前編)◆GOn9rNo1ts




『復讐ほど高価で不毛なものはない』



◇ ◇ ◇



世界を赤が支配していた。
禍々しい紅の輝きは夜を明々と切り裂いて、轟音という名の残滓を振りまいていく。
衝撃に街頭が弱々しく揺れ、窓ガラス達が悲鳴と震えを伝え合う。
赤は黒を貫いて、白を穿ちて、灰色を己の存在で塗りつぶしていく。
それまでの緻密に彩られていた景色を馬鹿みたいに上書きして、淡色は単色に変わっていく。
それはまるで、幼い子供の描いた出来の悪い落書きのよう。

「なんだよ、これ」

ぽつんとそんな世界から取り残されたように、ぽつりと呟いた男は顔をしかめる。
二重牙の名を持つ彼は、先程までの戦場から少し離れた、一般的な民家の窓から外を眺めていた。
あわよくば手負いの獲物の一人や二人、と思っていたのだが、当てが外れたようだ。
あれは無理だ。生き残れるはずがない。

「ありゃなんだ、でっかいな……」

漆黒の身体に金色のライン。
遠目にも分かる巨体が病院の前に鎮座している。
明らかに人ではない。腕と足と頭が見えようと人はあそこまで大きくはなれない。
この考えさえも、魑魅魍魎溢れるこの島では愚考なのかもしれない、とは思うが。
そもそも、あんなのが近づいて来たら少し離れた場所にいる自分でも流石に気付く。
病院を見張っていた自分の目からは突然現れたとしか思えなかった。
正しく奇跡。例えるならば神の所行か。

「あるいは、悪魔の――――」

それは何やら鈍重に動いたかと思うと、肩から紅い光をぶっ放した。
一直線に光が世界を焼く。全てを焼き尽くす。消えていく建物の灯火。
それが放射を止めた時には、病院は只の瓦礫へと成り代わっていた。
オーバーキルにも程がある。殺し合いに乗っていないとは、とても思えない。

「さて、どうするかな」

あの場まで行ってみる?論外だ。
いくら自分の得物が個人の持ちうる最強兵器と言われていようと、あの反則ビーム(仮)にはとても敵わない。
自分は間違いなく狩られる側、そんな所にのこのこ現れるのは愚の骨頂。
もしも先程の同盟のような、仮初めの仲間を得られる可能性があるとしても、賭けるのが己の命では割に合わない。

「俺だけの命じゃねんだ。なあ、ラズロ」

ならば出来るだけあれとは関わらないように、言ってしまえば逃げの一手を打った方がよいだろう。
チンカスと、弱虫と呼ばれようが関係ない。生き残る。それこそが最優先事項だ。
しかし、どこへ?
その答えを待ち、待ち、そして、来る。

「消えた……か」

見失うはずのない巨体がまるで幻だったかのように視界から消失する。
やはりあれは支給品か、はたまた能力か。参加者でなかったことは僥倖だ。
使役者。恐らく参加者だろうそれが近くにいるはずだ。
接触とまでは行かない。接近さえも危険極まりない。
しかし、その動向を遠目から観察するくらい、訳ないことだ。
彼ないし彼女が油断していれば、もしくは弱そうならば良し。でっかいのを使われる前にその場で狩る。
もし自分の実力で斃しきる前に反則ビーム(仮)を撃ち込まれそうな相手ならば、それの向かう方向を見定め、逆方向へと向かえばいい。
先程の惨状のように、そいつは屍の山を築き上げてくれるはずだ。
自分の身は守れる、参加者は減る。正に一石二鳥。
そいつが連戦に次ぐ連戦で弱った時を狙い、ズガン、と殺ればいい。
問題は、盗み見の過程で気付かれれば終わりということだが。

「舐めるな、と言わせてもらおうか」

暗殺者集団、ミカエルの眼で育て上げられ、GUNG-HO-GUNSにまで入ったのは伊達ではない。
ラズロと比べればその力は微々たるものであろうが、それでも彼はあのミリオンズ・ナイブズに仕えることを許された魔人。
そもそも、暗殺者とは姿を隠し、闇に紛れ標的を仕留める職業である。
派手なドンパチなぞ下の下。一撃で相手を完全に抹殺することこそがその本懐。
リヴィオにも矜持というものがある。こと隠密という点においては、暗殺者として引けを取る気はない。

「善は急げ、かな」



◇ ◇ ◇



仮面の下から息を乱さず、左腕から少し垂れていく血を気にすることなく。
黒を纏った筋骨隆々が地を駈けていく。
まるで肌寒い夜から漏れ出た闇を、更に凝縮し、塗り固めたような黒一色。
それは存在そのものが魔性。あまりにも主張を欠かない影。全てを恐れさせる陰り。
万人が本能的な恐怖を抱く「真黒」を体現した男は突然その足を止め、ほんの少し横を向く。

一秒、二秒、三秒。

「……気のせいか。ふむ、急がねばな」

古城へ、と。
呟きを置いて男は走る。
行く先は西。目指すは劇場。
あっという間に見えなくなるその姿を見つつ、リヴィオはふうっと息を吐く。

「……ありゃ無理だな」

ラズロと共に生きてきたリヴィオには分かる。
あれは紛れもなく、間違いなく、強者だ。
不意打ち込みでも、今の状態で勝てる可能性は五分を割るだろう。
人間ではないような、ナイブズの放つ圧倒的な気配にも似た異質な感覚を敏感に感じ取る。
止めておけ、と。本能が囁く。あれは手に余る、と。

「いつかは、やらなきゃいけないんだけどな」

腕の傷を見たところ、再生能力はない。
ならば、これからの殺し合いで傷つき、戦闘能力を低下させることもあるだろう。
リヴィオの再生能力は強力な武器だ。長期戦になればなるほどその真価は発揮される。
死ななきゃ安い。生きていれば身体は元通り。戦闘続行に全く支障を及ぼさない。
願わくば、あの闇のような男が出来るだけ多く参加者を屠り、手傷を負ってくれますよう。

「はっ、こんな俺を笑うか、ラズロ?」

返事はない。有るはずがない。
ラズロはいない。戻ってくるかどうか分からない。
それでも自分は生きている。そして勝たなければいけない。勝ち続けなければいけない。
チンカスはチンカスなりに、みっともなく足掻いてやる。

「さて」

あの男は西に向かった。ならばどうするか。
普通に考えれば東。ここからならば神社、駅を使いモール、温泉ごみ処理場に行き、獲物を探すのが定石だ。
しかし、微かに聞こえた男の一言がその考えに歯止めをかける。

「古城、ね」

城。地図にて「古城」と書かれているその施設は、参加者にとっては重要な場所だと言える。
どの程度の規模だかは知らないが、それは元々、一国の象徴たる王の住まい。
堅牢にして難攻不落。多数を相手取るために造られた建築物は、一人で攻められるようなものではない。
どの程度の人数がそこにいるかは分からないが、攻めるに難く、守るに安し、と言ったところか。
しかし、それは相手が「常識の範囲内の攻撃力しか持ち得ぬ」場合である。
先程も見たあの反則ビーム(仮)があれば、いかに防衛に優れた拠点といえども楽勝だ。
病院を圧倒的な火力で破壊した光景を見れば、古城の辿る末路など凄惨なものとしか想像できない。

「ちょうど良いな。あっちはあいつに任せるとして……」

ならば選択肢は広がる。西に対する東に加え、上に対する下が。
そして、下にあるのは、

「遊園地……か」

近くに禁止エリアもなく、五つのエリアにかけて展開する超巨大な施設。
こちらは古城と違い防衛に向いてはいないが、それでも参加者達が集まる可能性として低いものではない。
こちらを当たってみる、というのも全然有りだ。
寧ろ、駅にて周到な待ち伏せを食らう可能性のある東よりは、安全性が高まる。
敵は多い。病院で死んだであろう奴らを除いても15人は下らない。
どんな能力を持った参加者がこの魔所に潜んでいるのか、分かり切ってはいないのだ。
ならば、密室空間となる電車に乗るのは少々だがリスクが高い。
逆に言えば、自分よりも格上の相手でもやりようによれば倒せるかもしれない、ということも出来るのだけれど。

「生き残らなきゃ意味がない」

無論、こんなことばかり考えていると雁字搦めになって行動できなくなるのは目に見えている。
そこはある程度の打算と自分の悪運を信じて、最善と思われる行動を取っていくしかない。
ならば。

「……どっちに行こうか」



◇ ◇ ◇



黒い靴が先を行き、運動靴が後に続き、蹄が最後について行く。
外の夜にも負けぬ静寂と黒を掻き分けて。
ランタンの光を唯一の光源として進むこと幾ばく。
どこまでも続きそうだった暗い道の向こう側。



「……これは」



トンネルの向こうは、天国でした。



なんて訳もなく。



「Eー2駅、Gー7駅、これって……」
「この胡散臭い看板を信じるっちゅうんなら、そのまんまやろうな」

牧師も女の子もトナカイも、看板を見て思案を凝らす。
白い帽子がこくりと頷き、サングラスへと向き直る。

「確かに、あの鳩さんもこの廃坑から来たんだし、間違いなさそうだね、だね」
「つーことは、おっさん達はGー7駅におったっちゅうことの証明にもなる訳や」

その推定がもたらす希望は一つ。
いよいよ、仲間達との合流が近い。
そのことに沸き立ちそうになる気持ちを抑えながら、竜宮レナは問いかける。

「それじゃあ、ここの探索はそろそろやめにしないかな?
どっちの道に行っても駅に行くって分かってるんだったら、別に今向かう必要はないと思う」
「こういう抜け道を見つけた、ちゅう収穫で十分ってことやな」
「秘密の道……なんか俺、どきどきしてきたぞ!」

まあまあ、とキラキラ目を輝かせるチョッパーを押さえ、彼らは来た道を戻っていく。
古城、そして仲間との合流地点へと急がねばなるまい。
まだ見ぬ参加者達との接触の可能性は高い。ならば出来るだけ時間は詰めていく必要がある。
新たな仲間を得て、その代償に盟友達を失うわけにはいかないのだから。
何が起こるか分からない。誰が殺し合いに乗っているか判断つかぬ状況。
イスカンダル、グラハムがそう簡単にやられるとは思えないが、万が一ということもある。
一万分の一であろうと、起こってしまった惨劇は取り返しが付かないのだから。
一万分の一を一億分の一へ。それでも駄目なら一兆分の一へ。
出来る限りの最善手を打ち続ける。それこそが運命へと抗うこととなる。
加え、レナは沙都子との合流を切実に願っている。
一緒に遊び、困難を乗り越えてきた同じ世界の『部活』メンバーは、残すこと二人だけ。
頼れる部長も、彼女の妹も、好意を抱いていた少年も、かあいい村のアイドルも。

もう、いないのだから。

沙都子が心配だった。あの勝ち気で、それでいて誰よりも泣き虫なあの子が。
自分でさえ辛いのだ。梨花ちゃんと泣いて、泣いて、それでも足らないほど。
この残酷な世界で小さい彼女がどれほど苦しんでいるのか、想像すると胸が締め付けられる。
廃坑の出口が間近に迫る。外も負けず劣らず真っ暗で、ランタンの出番はまだまだ続きそうだ。
新たな仲間を求め、次に向かうは古城。
そして、その後には念願の再会が待っている。

「もうちょっとだけ待っててね、沙都子ちゃん」

すぐに、会いに行くから。



◇ ◇ ◇



そして、彼らは出会う。

どうしようもなく偶然で、それでいて必然にも似た再会は。

怪物を、呼び覚ます。



◇ ◇ ◇



綺麗な星空だなあ、と。
場違いなことを考えて、漸く外を拝めたことに感謝して。
それは全力疾走していた。
加速。加速。加速。加速。エネルギーが尽きるまで。
己が使命を果たすために、愚直に前を突き進む。
進路は主が定めてくれる。森の木々も夜の闇も、恐れるものなど何もない。
声が聞こえる。もしかしたら叫びだったかもしれない。
関係ない。最早止まる術はない。

さあ、狙い通りに『着弾しよう』



……おや?


これはこれは。こんばんわ、同胞よ。


なんて挨拶を交わしていると。



頭と頭がごっちんこ☆



緑を焼く爆炎と耳を劈く轟音を掻き混ぜながら。
それらは、正面衝突した。



◇ ◇ ◇



「流石ですね、ウルフウッドさん」

目的は達成せず。
あくまでも冷静を装いながら、リヴィオ・ザ・ダブルファングは十字架を構えてそう思った。
目線の先には同じ得物、パニッシャーを持つ男がサングラス越しにこちらを睨んでいる。
先の一撃はあくまでも牽制のつもりだった。
気付かれても問題ない、あくまでも避けられることを前提としたロケットランチャーによる不意打ち。
この程度を捌くことが出来なければ、GUNG-HO-GUNSの一員に入れようはずもない。
本当の目的は、

「仲間を殺して動揺を誘え、か。
いよいよ『こっち』に染まったって感じやな……リヴィオ」

刺さるような視線に真っ向から応えながら、小さく息を吐く。
称賛する、と言えば彼はどんな顔をするだろう。
少なくとも喜ばないだろうな、というのは分かるけれど。
人殺しの技を褒められても嬉しいはずあらへんやろ、と。言うかもしれない。

ウルフウッドの取った行動とは単純。
彼は、放たれたロケットランチャーを自らのロケットランチャーで相殺した。
言ってしまえばそれだけのものだが、リヴィオには分かる。
リヴィオレベルの人間の不意打ちに対処し、回避は後続の仲間の死を意味することを理解し。
更なる刹那の判断でミリ単位の調節を必要とする超絶技巧を実践するなど。
自殺志願、そんな言葉が頭をよぎる。
自分ではまずしない。する気さえ起きない。
出来る自信がないと言えば嘘になるが、それでも『そんなこと』をするくらいならば素直に自分が助かる道を選ぶだろう。
一歩間違えば、吹っ飛ぶのは己の身体だ。流石の彼も生きてはいられまい。
そうして戦いの最初の最初から命を賭けて、得るのは仲間の安全だけ。
おまけに、助けた二人は何もせずに這々の体で逃げていったではないか。
一体全体、彼に何のメリットがある?自分が理解も及ばぬ何かがあるのだろうか?

そうは全く思えなかった。
直感してしまう。彼は。
何の策もなく、見返りもなく。
ただ、仲間達の身を案じただけなのだと。

「……また、マスターがお嘆きになりますよ」
「なんのこっちゃ」

見たところ、逃げていった二人は自分の知るウルフウッドの知り合いには当てはまらない、
孤児院の子供に珍妙な二足歩行する獣などいなかったし、少女の顔も全く見覚えがない。
ならば、ここに来て出会った知り合い、ということだ。
一日も一緒にいない、仮初めの仲間だと言うことだ。

あまりにも、愚かすぎる。

「一体どうしたんですか、ウルフウッドさん。
貴方にはしなければならないことがあるはずだ。彼女たちにかまけている余裕など、ないはずです」

「はっ、ほっとけリヴィオ。ワイのやりたいことやってなにがあかへんのや。
んなことより自分の心配したらどうや、今なら尻叩き100発で許してやっても」

かまわへんで、と唾を地面に吐く。血が混ざっている。
当たり前だ。いくら相殺したとはいえ、全てを消し去ることなど、出来はしない。
吹き荒れる爆風と散らばる破片、純粋なエネルギーの固まりは消しきれるものではない。
着弾を手前にずらしはしたものの、それでも最強兵器における最強兵装の威力は計り知れぬものがあった。
それを全て身一つで受けて、後ろの仲間を逃がして。
おまけに、元々あちこち怪我だらけで。隠しきれない挙動で肋骨あたりが折れているのが見え見えだ。
少しでも勝率を上げたいとは思わないのだろうか。死にたくないと感じないのだろうか。
先刻のように、自分など簡単に伸してしまえる、などと思っているのだろうか。
あのGUNG-HO-GUNS、ウルフウッド・ザ・パニッシャーが?
師匠さえも出し抜いた男が、彼我の戦力差を計ることも出来ないと?

あり得ない。

自分は再生能力でほぼ万端。対するウルフウッドは戦った時に比べ、明らかに消耗している。
得物はどちらもパニッシャー。最強にして最高の個人兵装。
取り回しにはあちらに一日の長があるが、自分とてラズロと共に生きてきたのだ。使いこなせぬ道理はない。
この状況、明らかにこちらが有利。ウルフウッドは絶体絶命と言っても過言ではない。

それなのに、どうして。

「どうして、そんなにボロボロになってまで、救おうとするんですか?
あの男……ヴァッシュ・ザ・スタンピードの真似事ですか?人間である貴方が?」

化け物の真似事をしても、待っているのは破滅だけだというのに。
そんなことくらい、嫌と言うほど分かっているはずなのに。
捨て身になって、傷ついて、まるで、贖罪を背負い自分を痛めつけるみたいに。
劇場であった時よりも、その色は濃くなっているように感じる。
何が彼をここまで追い詰めるのか。
何処で彼はここまで追い詰められたのか。


ああ、もしかしたら。



「誰か、死にましたか」



なんて、下らない。



◇ ◇ ◇



逃げていた。
迫り来る脅威に背を向けて。仲間を一人、盾にして。
後ろを振り返らず、息を切らして、必死になって逃げていた。
肺が空気を求める。足が休息を求める。心が安静を求める。
傷ついた右肩を振る。振る。痛いなんて泣き言を言ってられる余裕さえ、存在しない。
どこまで逃げたか分からない。距離感なんてとっくの昔に狂っている。
死にものぐるいだった。説得の言葉も相対する勇気も、大きな爆発と一緒に何処かにとんでいってしまったみたい。
惨めな思いをしながら、思い出すのは男の背中。
それが、あの時レストランを出て行く梨花ちゃんの後ろ姿に被って……泣きたくなる。

「逃げろ!……頼む」

それだけの言葉に、どれだけの感情がこもっていたことだろう。
気付けばレナは人型になったチョッパーに先導され、その場を離脱していた。
逃げたくなんてなかった。これ以上、誰かを犠牲にして生き残るなんてことはしたくなかった。

「レナ、ウルフウッドに任せるしかないよ。俺たちじゃ足手まといにしか……」
「分かってるよ……分かってる」

それでも、悔しかった。
力こそ全て。そう言われた気がして、どうしようもない虚脱感が心を覆う。
この地で、私は私なりに出来ることをしてきたつもりだった。
ライダーさんと約束をして、この一日、色んな人と出会って。

そして?

私は自分の力で誰かを仲間にできただろうか。
私はこのゲームに乗った誰かを説得して、拘束して、悲劇を減らすことが出来ただろうか。私はここで、何を成し遂げただろうか。

グラハムさんを助けたじゃないか。
ライダーさんを仲間にする算段をつけたじゃないか。
梨花ちゃんと合流して、ウルフウッドさんという頼もしい仲間を得ることが出来たじゃないか。

それで?

グラハムさんに頼って、殺人者から逃げのびて。
何も出来ずに、チョッパー君に守られて。
同じ劇場にいた圭一君を救うことも出来なくて。
梨花ちゃんを見殺しにして。ウルフウッドさんに全てを任せて。

【あら、何を悩んでいるのかしら、礼奈】

止めどない思考に割り込んでくるように、声がした。
周囲の闇から聞こえてくるような。
私の内側から湧きでるような。
先程消し去ったはずの声が、私にしか聞こえない囁きを漏らす。
それはとっさに塞いだ耳という気管を伝わず、心に直接染みこんでくる。
足が止まる。息を吸い込み、吐き、はあはあと呼吸の真似事。
足が震える。おかしいな、このくらいの運動、どうってことないはずなのに。
止まってはいけないという理性が、よく分からない本能に押しやられていく。
この声を無防備に聞いているとおかしくなってしまいそうな、そんな予感がこころに巣くう。

「レナ?」

【いいじゃない、あんな男。ここで襲ってきた奴と相打ちでもすればいいのよ】


黙れ!
叫んだ、頭の中に向かって。


【そうすれば敵も減る。仲間も守れない甲斐性なしも消える、ほら、一石二鳥じゃない】


黙れ黙れ黙れ。
続ける。塗りつぶすように。嫌なものを上書きするみたいに。


【貴方はそう思っているはずよ、礼奈】
【当たり前じゃない、だって貴方は】
【そういう人間なのだから】



黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ。





そんなこと、思ってない。





「――――っ!?レナッ!」


「えっ?」

外の世界に気を向けていなかったせいか、反応がやたら間抜けなものになった。
息を吐くように呟いた疑問が鋭い音にかき消される。
冷たい汗。今し方聞いたそれは、確かに「銃声」とカテゴライズされるもので。
温かな感触。私を包むそれがチョッパー君の身体だと気付く。
そして、気付く。


温かな何かが、液体が、チョッパー君の身体から漏れ出ているということに。

「チョッパー……君?」
「大丈夫……掠っただけだ」


「獣の勘か?厄介だな」


耳朶を震わす聞いたことのない声が、私を芯から冷やしていく。
何処から現れたのか、銀色の首輪=参加者が目の前に、いた。
ぞわっとした。佇むヒトが、赤と肌色で出来た不格好なかいぶつに見えた。
頭も手も足もある。目も鼻も口もある。どう見てもヒトだ。そうじゃなきゃサルだ。

じゃあ、どうしてあのヒトは半分が裸で半分が血なの?
じゃあ、どうしてあのヒトは地獄を煮詰めたような、ドロドロした瞳をしているの?
じゃあ、どうしてあのヒトは「まあいいか」なんて普通の人みたいに笑って、『ウルフウッドさんに預けた銃』をこちらに向けるの?


「まあ、完治祝いの軽いトレーニングみたいなもんだ。
お前らもそうカリカリせずに、気を楽にして、死んでくれ」



全てが、悪夢のようだった。



◇ ◇ ◇



思いの外、冷静だった。

「ああ、死んだ。ワイのせいで、あっけなく死んでもーたわ」

激情に駆られるわけでもなく。
深い後悔に瞳を濡らすことなく。
淡々と、事実だけを述べて、彼は笑った。
見方を変えれば薄情者といえるだろう。
正しく暗殺者の鑑。情に流されず、仲間の命をただ一の数字と捉える。
しかし、それでは噛み合わない。噛み合うはずがない。
仲間を命がけで逃がした彼と、今の彼の反応が噛み合わない。

「あほみたいやろ、わいでも敵わんだ化け物にひょろっこい杖一本で向かっていきおったんやで?
死にたいんか、っちゅーねん、突っ込み待ちか、っちゅーの。
……ほんま、死なすには惜しい奴やった」

思い違いに、気付く。
この人は隠しているだけなのだ。
怒りも悲しみも何もかもをその暗い瞳に押し込んで、笑うのだ。
それはとても危うく、ちょっと押しただけで崩れそうな壁だけど。
俺は知っていた。その瞳を知っていた。
正確には、似たものを知っている、と言った方がよいだろう。あの空っぽな化け物を。
『ヴァッシュ・ザ・スタンピード』の眼を、忘れるわけがないじゃないか。


「貴方は、毒されすぎた」
「そうかもしれんな」
「全員を救えると思っているんですか」
「んなこと考えもせんだわ。実際、さっきも一人殺した」
「貴方はヴァッシュ・ザ・スタンピードとは違う」
「ああ、当たり前やろが。あんな甘ちゃんと一緒にすんなや」
「それでは、何故貴方は」

冷たい風が、吹いた。

「無駄話が過ぎたな……始めるか、リヴィオ」
「……ええ」

話はもう、終わりだ。
これ以上喋る必要は、皆無。
これから先は、奪い合い。
魂を喰らい合い、血肉を貪り合う、死への道標。
たった一つの椅子をめぐって、終わりへと向かっていく旅路の果て。
地獄の扉は口を開いて、生け贄を待っている。



そう思っていた。この時は。



◇ ◇ ◇



「お前誰だ!?ゲームに乗ってるのか!」
「俺か?本名もあるっちゃあるが、今は『レイルトレイサー(線路の影をなぞる者)』と名乗らせて貰おうか。
今の俺は頗る機嫌が良くてな。怪物の真名を当てたら、食べちゃうのを止めるかもしれないぞ?
チャンスは大サービスで一回だけだが」
「馬鹿にしてんのか!」
「いいや、馬鹿になどしていない。俺はいつだって本気だ。
お前達を殺すのだって、伊達や酔狂でやってると思われるのは困る」


「ランブル!」


チョッパー君は動き出した。
私は、何も出来なかった。

「ジャンピングポイント!」
「へえ、面白いなお前」

いや、何かをすることさえ許されなかったと言っても良い。
ここは死が逆巻く、戦場。一歩道を踏み外すと、終わる。
ただ出会っただけで、真っ赤な真っ赤な絶望が、こころに刻み込まれた。
何かしよう、何かしよう、と必死になって考えると。

叫ぶと、頭がはじけ飛ぶ。
逃げると、足が千切れ切られる。
腕を上げた瞬間、肩から先は無くなっている。

そんなヴィジョンが思い浮かんで、思考が止まる。
動け動けと押しても引いても、思い浮かぶのは私の死体と、かいぶつの目。
この世全ての闇が詰まっているような。濁り濁った純真な血色。
一片も光を見いだせぬその眼差しは、今までどれだけの人間を呑み込んできたことだろう。

前を見て、最初に目があった。
私は、一度死んだ。

殺意なんてものはとっくに通り越していた。
殺すという意識しかないのだ。それ以外の何もかもが欠損していた。
目の前に食事があるから「いただきます」と言うのと同じだ。
お布団に入ったから「おやすみなさい」と呟くのと一緒だ。
アレは、参加者が居るから「殺そう」と躊躇無く思える。
理論も何もない只の直感は、私の身体を木偶の坊にする。

怖い。

足が焼き切れた前原圭一のしたいが。
胸に真っ赤な花を咲かせた古手梨花のしたいが。

忘れられない二つの死が、私のこころに恐怖という名の泥水を流し込んでいく。

「レナ、ここで待ってて……すぐに戻る」

気付くと、私はいつの間にか深い茂みに腰を下ろしていた。
チョッパー君は覚悟を決めたように前に進み、、私に『また』背中を向けていく。
背の高い緑の向こうに彼は飛び込んで、そのまま見えなくなる。
彼が消えた途端、私はまた大事なものをなくしてしまった焦燥感に、そして虚脱感に襲われた。
どうしてだろう。どうして皆、私を置いていってしまうんだろう。

【あら礼奈、そんなの決まっているじゃない】

【貴方が、弱いからよ】

『声』に反論する気力も、もう残されてはいなかった。
力が抜けていく。堰を切るように、大量の涙が私を襲った。
何も出来ない。力になれない。役立たず。無力。
そんな単語が飛び回り、ちっぽけな私に大小様々な傷をつけていく。
真っ黒な空を見上げると、嘲りがそこら中の闇から聞こえてくるようだった。

「みんな……遅いのかな、かな」

私は期待しながら、そんな言葉を世界の向こうに投げかける。
私は只ひたすら、待ち望んでいた。
黒服の牧師さんが。二本の足でちょこちょこ歩くトナカイさんが。
こちらに笑いかけながら、閉じられた世界から私を連れ出してくれるのを待っていた。
自分に自信が持てない今の私は、私以外に縋ることしか出来なかった。
「もう、大丈夫だ」
この一言だけを、聞きたかった。他には何も要らない。
久しぶりの独りぼっちは、予想以上に堪えた。
冷え込んだこころを解かす温かさが、欲しい。


だけど、いつまで経っても声は聞こえてこない。


だけど、いつまで経っても彼らは帰ってこない。


【そんなことだから貴方は駄目なのよ、礼奈】


じゃあ、どうすればいいというのだろう。

【出来ない出来ないと逃げてばかりいては駄目よ】

そんなことを、言われても。

【殺しなさい、あの男を】

【古手梨花を殺したあの男を、死んでも殺しなさい】

「梨花ちゃんを……殺した?」

あの人物はゲームに乗っている。
この付近にいた。
『ニコラス・D・ウルフウッドの落とした銃』を所持していた。

確かに、あり得ない話ではない。
寧ろ、その可能性は高いかもしれない。

【彼女の仇を取りなさい。本気を出して殺しにかかりなさい】

【それでこそ、天国にいる貴方の仲間も皆、喜ぶに違いないわ】

【貴方は役立たずなんかじゃない。それを皆に見せつけるのよ】

【さあ、ナイフを持って。さあ、拳銃を持って】

【行きましょう、礼奈】



私には、何が出来るのだろうか。



私は、何をすればいいのだろうか。




どのくらい、その場に座り込んでいただろう。




どのくらい、私は考え込んでいただろう。




「……行かなきゃ」




私は歩き出す。
ふらふらと、出来の悪い操り人形のように。
何度も草に足をとられ、息を乱しながら。
何度も木の根に躓き、靴を汚しながら。
音のする方へ。声が聞こえる方へ。
森の中を彷徨い、見つけたその先に。


チョッパー君が血に塗れて倒れていた。
体中に穴がいくつも開いていて、痛そうだな、と思った。


かいぶつがこちらを見て、嗤った。


「よお、何しに来た?」


私は言った。




手に持った拳銃も、ナイフも、全部捨てて。






「『クレア・スタンフィールド』さん」










「貴方とお話をしに来ました」





私も、笑う。



◇ ◇ ◇



見るも無惨な有様だった。
鼻をつく硝煙の匂いがそこら中でたむろしている。
砂の星では見ることさえ敵わぬ巨木がなぎ倒され、傍では草花が儚い命を散らしている。
瑞々しい森は見る影もなく消え果てて、荒れ果てた更地のようにかさつく空気が肌を撫でる。
小規模な戦争が起こったような状態であり、正にその通りだった。
単機で一個師団を相手取れるミカエルの眼最高の暗殺者同士の争いだ。
当然、暴風雨の中心にあった二人が無事であるわけもなく。

「……ああ」

俺は、大の字になって寝ころんでいた。
体中が焼けるように痛い。
当たり前だ。銃弾に貫かれて痛くない人間なんているわけがない。
手も足も全く動かない。
当然だ。筋繊維は襤褸屑のようにそこら中に飛び散り、その奥の骨はそこら中が粉々に砕けている。
間違いなく、普通ならば死んでいる。
今は死んでいなくとも、あと一分か、五分か、十分も持たないだろう。
この身体ならば、改造に改造を加え、比類無き再生能力を得たこの身体ならば、この傷も時間を経れば完治できる。
しかし、その時間が圧倒的な、隙だった。
致命的な、どうしようもない、敗北だった。

「また、負けたのか」

「そうなるな」

気付けば、ウルフウッドさんが僕の隣に居た。
銃口をこちらの頭蓋に突きつけ、ニヤッとニヒルに笑う。

「どうや、満足か?」

ええ、もう満足ですよ、ウルフウッドさん。
そう言おうとして、口が上手く動かないことに気付く。
ごぶっ、と真っ赤なモノを吐き出しながら、視線で応える。

俺では、如何ともし難い実力差がそこにはあった。
身体能力。コンディション。状況。全てこちらが有利だった。
にも関わらず、俺は負けた。完膚無きまでに叩きつぶされた。
ニコラス・ザ・ウルフウッドはそれほどの男だった。
彼にだって少なからず傷は負わせた。勝ちの目を見たときも複数有った。

それでも、不思議と勝てる気がしなかった。

事実、どんな状況においても彼は俺の上を行き、そして、この有様だ。


すまないな、ラズロ。お前が居なくちゃやっぱり駄目みたいだ。
許してもらおうとは思わない。好きなだけ怒って良い。詰って良い。嬲って良い。
お前はもう、そっちにいるのか?どうなんだろうな。
地獄ってのは魂が行く所なんだから、もしかしたらとっくに、そっちで愚痴愚痴言いながら俺の馬鹿っぷりを見ていたのかもしれないな。
だとしたら、お笑いぐさだ。俺はずっと、永遠に帰ってこないお前を待ちぼうけていたのだから。
死んだら生き返らない。当たり前のことだ。
ラズロの魂は死んだ。だから俺の中にもう居ない。ほら、簡単に証明終了だ。
こんな簡単なことに気付かないなんて、俺は思っていたよりもずっと馬鹿だったみたいだな。
どうしてこんなことを考えるんだろうかな。やっぱり死ぬってのは恐いからかな。
……ああ、恐いな。死にたくないな。
今まで殺してきた奴らもこんな感じで現実から目を背け、逝ったんだろうか。
それとも、そんなこと考える暇もなく殺し尽くされたのかもしれないな、俺に、ラズロに。

まあ、もうどうでもいいや。

ラズロ、今からそっちにいくよ。

出来れば、そっちでも仲良くしてくれれば嬉しい。


………………。


……………。

…………。

……?

「なに覚悟したような顔して目ェ閉じとんねん」
「は?」

なんだ。どうしてだ。
どうして貴方はそんな目で、僕を見る。

「お前に何があったのかは知らん。わいに説教する資格なんぞ無いのも分かっとる」

それでもな、と。

「お前がどう思っとろうが、ワイにとってお前は身内や」

「嫌でもワイと一緒に帰ってもらう」

「それが、ワイに負けたお前の『死刑』や」

「おっかないお前は死ね。んで戻ってこい、泣き虫リヴィオ」

そう言った彼の顔は、昔見た頼れる兄貴面をしていた。
あの孤児院にいた時を思い出してしまう。嫌が負うにでも。
ふて腐れていた俺を、偉く遠回しに元気づけてくれた彼が。
子犬と少女を助けた俺を、笑って褒めてくれた彼が。
手を赤に染めた俺を、おばちゃんと一緒に庇ってくれた彼が。

だから、俺は。



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