自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

373 外伝80

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「ありがとうございました」
メモを取り終えた記者は虚勢されたヒトコブラクダのような笑顔を浮かべながら脂ぎった手を差し出してきた。
「よろしければ握手を」
ニポラ・ロシュミックは人畜無害を絵に描いたような中年の右手を握りながら、横目で部屋の隅に控える爬虫類めいた面つきの将校をチラリと伺う。
シワひとつない制服を一分のスキも無く着こなした青年将校はバフィン海峡を南下する移動性氷山から切り出した氷のごとき無表情を保っている。
どうやら今回の取材も無難にこなすことが出来たようだ。
1~2会戦しただけであっさり壊滅してしまう飛行隊を機体番号を書き直す暇も無いまま転々としている間に撃墜数を積み重ね、いつの間にやら公認撃墜21機の戦果を挙げていた今ではドシュダムのエース、それも見目麗しい若い女性パイロットということで機体番号に因んだ“赤の12番”という厨二病めいた異名とともに絶好の宣伝素材としていいように使われているニポラであった。
もちろん喋る内容は広報担当が推敲に推敲を重ねたガチガチのプロパガンダで、「敵は強いが心配いらない、最後に勝つのは我々だ」といった内容を思い切り雄々しく麗々しくヒロイズムに充ち満ちた口上に仕立てている。
たとい口にする本人が内心辟易としていても、同じ話を30回も繰り返せばその語り口は立て板に水であった。
「じゃあ私はこれで」
記者を見送ったニポラは直立不動の姿勢を保つ怪しい青年将校に断りを入れて部屋を退出する。
司令部として接収された石作りの農家を一歩出ると、そこには首都郊外ののどかな田園風景が広がっている。
安かろう悪かろうを地でいくドシュダムだがそれなりの利点というものも有している。
機体が軽量で離着陸距離が短いため、安全に離陸するには舗装された長い滑走路が必要なケルフェラクと違い、適当な大きさの平坦な草地をそのまま飛行場として利用できる。
第653飛行戦隊の22機のドシュダムは果樹園を切り開いた待機所に分散配置され、農家を司令部、納屋を魔道エンジンと魔道銃の整備工場として使い、操縦士は滑走路脇のテントで暮らしていた。
実際ド田舎であり酒場も賭場も娼館も歩いていける距離にはない。
彼女ら前線でたっぷりと苦戦して本国に引き上げてきた将兵は再編成中のものも含め、あからさまに一般人との接触がない僻地に留め置かれていた。
よくよく見れば飛行場を取り巻く木製の柵は簡単には乗り越えられない高さで、等間隔で武装した歩哨が立っている。
首都近郊のこの農村で敵歩兵の襲撃などあるはずも無く、どう考えても飛行隊の監視が目的だ。

「無知な市民に“戦場の現実”を広められても困りますしね」
いつの間にかニポラの隣に実は復活した督戦隊の将校なのではないかと噂されているラノベワ・ハレムデショイ少佐が現れていた。
泥と埃に事欠かない野戦飛行場暮らしだというのに、この男の長靴は常に顔が写るくらいピカピカである。
「何かご用ですか?」
露骨にイヤな顔をするニポラをチラ見したハレムデショイは滑走路の反対側をトボトボと歩く人影に向かってアゴをしゃくった。
「彼ですがね」
それはニポラの変態-もとい、編隊指揮官ニジンゲ・トリプロンコ中尉であった。
「アレは危ない、厄介者は匂いでわかる」
そう言い放つハレムデショイは陶器で出来た便座のように底が読めない面つきだが意図するところは伝わった。
「私に気を配れと?」
「彼の実家はあちこちにコネがありましてね、ウチの上司から内密に指示が来てるんですよ。『バカな真似はさせるな』って」
ヤンナルネと言いつつため息をつくハレムデショイ。
「そんなこと言われても困りますよ」
「貴女の上官でしょう、なんなら体で勇気付けてあげたどうです?」
大きな胸ポケットのついた海老茶色のシャツを盛り上げる形のよい膨らみに粘液質な視線が注がれるのを感じ、いけ好かない青年将校に素早く背を向ける。
「余計なお世話です!」

その夜、目が冴えてしまったニポラは駐機場をブラブラと歩いていた。
田舎の飛行場で事実上の軟禁状態にある第653飛行戦隊では士気の維持が最優先課題であり、息抜きのための性交渉は司令部に黙認されているというか、戦隊指揮官が率先して妙齢の女性士官(複数)と関係している。
耳を澄ませば今宵も滑走路に沿って並んだ天幕のそこかしこから男と女、そして少数の女と女、もっと少数の男と男(アッー!)の秘め事と呼ぶにはかなり奥ゆかしさに欠けたピンク色の囁きが聞こえてくる。
ニポラも数人の操縦士仲間に声をかけられていたが今のところその気はない。
第653飛行戦隊には階級にものを言わせて関係を迫るクズがいないのが幸いであった。
実戦で研ぎ澄まされた飛行士のカンでふと不穏な気配を感じたニポラが顔をあげると、滑走路の端の魔道銃の試射場に使われている区画で、積み上げられた土嚢の前に座り込んだ男が両手で握った短刀を喉に突き刺そうとしているところだった。

「……ッ!」
ニポラは咄嗟に足下の石を拾って投げる。
オーバースローで放たれた礫は2001年4月13日のアスレチックス戦で背番号51が投じたライトからの返球のように低く伸びのある弾道で男の後頭部を直撃した。
気絶した男を自分のテントに引っ張り込んで介抱してみれば、やはりというか自殺を図った男はトリプロンコ中尉であった。
意識を取り戻したトリプロンコはもう駄目だこれ以上耐えられない限界だと部下の前で涙を流すばかり。
実力より家柄で将校になった坊ちゃんとはいえ、トリプロンコは根っからの根性なしというわけではない。
撃墜こそないものの搭乗員の平均寿命二週間といわれるドシュダムの小隊指揮官として過去7回の空中戦を生き延びている。
パイロット自らが”消耗品“と自嘲する安物飛行艇で状況が好転する見込みもない過酷な空の戦いを続けていれば、まともな人間ほど精神を病む。
空で死ねれば本望、先のことなど知ったこっちゃないという境地に至っているニポラのほうが異常なのだろう。
ニポラの中でいかなる感情の化学変化が生じたものか、遠慮がちで人のいい、部下に対して必ず「ねえ君」と話しかけるお坊ちゃんを助けてやりたいという気持ちが急速に膨れあがってきた。
ニポラは両手で上官の頭を抱え、舌を伸ばせば届きそうな距離で盲導犬めいた大人しい茶色の瞳をじっと見つめた。
「私を見たい?」
両手を話して後ずさり、ゆっくりとシャツのボタンを外していく。
「見てもいいわ」
シャツを脱ぎ、ズボンを脱ぎ、下着を脱いで生まれたままの姿になったニポラは床に敷いたマットレスに白い裸身を横たえ目を閉じた。
「見てるの?」
男の震える手が、女の腰に触れた。

翌朝-
「小隊出撃!」
“お坊ちゃま”は別人のような精気に満ちていた。
「現在我が隊は大規模な通信妨害魔法の影響下にある!小隊はステインヒントル方面に進出し戦闘空中哨戒を行う!」
ニポラは苦笑しながら工場から届いたばかりの新品のドシュダム―全力運転時間を延長した改良型エンジンと窓枠の少ない風防を採用しますますI-16と見分けがつかなくなった―に乗り込み、トリプロンコの後について滑走を開始した。

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