ゆっくりいじめ系2543 だって赤ちゃんだもん 前編

「ただいまー。お前ら、嬉しいニュースがあるぞ」
「おにいさん、ゆっくりおかえりなさい!!」
「うれしいにゅーすってなんなの?」
「「「「なんなの?」」」」

大学から帰ってきた男は、我が家の愛すべき同居人であるゆっくり一家の部屋に行くと、こいつらの喜びそうな話を真っ先にしてやった。

「実はな、この前お兄さんに恋人が出来たって話をしただろ」
「ゆっくりおぼえてるよ!! とってもびじんさんなおねえさんのしゃしんをみせてくれたよ!!」
「さすがはまりさだ、曇りなき審美眼を備えているようだな」
「ゆうぅ!! ゆっくりてれるよ!!」
「でな、その彼女だが、話を聞くと最近ゆっくりを買ったらしいんだ」
「ゆゆっ!! ほんとう!?」
「ああ、しかもまだ生まれて間もない赤ゆっくりだ。とっても可愛いらしいぞ」
「ゆうぅ……まりさとれいむのちびちゃんたちも、ゆっくりかわいいよ!!」
「拗ねるなよ。そんなこと同居してる俺が一番よく解ってるよ」
「ゆっくりあんしんしたよ!!」
「でだ、ここからが肝心なんだが、明日彼女がこの部屋にやってくるんだが、その時、赤ゆっくりも一緒に連れてくるっていうんだ」
「ゆゆっ!!」
「何でもゆっくりショップで買った赤ゆっくりらしくてな。一匹だけの購入だから、親も姉妹も友達もいないんだ。
彼女が部屋にいるときはとっても嬉しそうな様子を見せるそうなんだけど、大学に行ったり、外出したりすると、その子は一人ぼっちになっちまう」
「ゆうぅ……ゆっくりかわいそうだよ」
「だから、お前らにその子の友達になって欲しいんだ」
「ゆっくりまかせてよ!!」
「そういうと思ってたよ。それに生まれたばかりの赤ゆっくりだから、お前らで立派に教育してやってくれ」
「「「「「ゆっくりりかいしたよ!!」」」」」

一家の元気な返事に満足した男は、一家全員を自分の掌に乗せる。
そして、小指で丁寧に丁寧に一家全員の頭を撫でてあげた。

ここで気になる人が出てくることだろう。
一家全員が掌に乗る? そんなことが可能なのかと?

可能なのである。
一家の家族構成は、親まりさに親れいむ、生後半年の子ゆっくり三匹に、生後三か月の赤ゆっくり三匹の計八匹。
普通のゆっくりなら、それだけで10㎏を超す重量になるものである。
しかし、男の飼っているゆっくりは、普通のゆっくり種とは異なる、新種のゆっくりであった。
その名もマイクロゆっくり。
普通の成体ゆっくりが最大でバスケットボールほどの大きさまで成長するのに対し、このマイクロゆっくり種は、最大でピンポン玉ほどにしか大きくならないのが特徴である。

ゆっくりが現代社会に現れて早10年。
初めこそ人々はその不思議な生態に大いに沸いた。やれ宇宙人の襲来だとか、異世界からの侵略者だのと、毎日のように特番で流されたものだ。
おかげで当時見たかった番組が、かなり潰されてしまったものである。
しかし、人間の慣れというのは恐ろしいもので、半年も過ぎるとゆっくりに対する関心は徐々に薄れ始めた。
道端でゆっくりを見ても、犬や猫を見るような感覚で見向きもしない。
ゆっくりたちに、人間が恐怖するほどの力がなかったことも、関心を無くさせる要因だったのだろう。
そんなこともあって、現代社会はすんなりとゆっくりの存在を認めてしまったのである。

そうなると次に人間が起こす行動は、ゆっくりが人間にどれだけ利益をもたらすかということだ。
如何にもエゴで凝り固まった現代人の考えそうなことである。
まず真っ先に、その饅頭という特殊な姿から、当然の如く食用への流用が行われ始めた。
続いて、簡単な言葉を話し、理解できることから、人間の仕事の一部に使われることとなる。
そして、その憎らしくも愛らしい容姿から、ペット界でも当然扱われていった。

今や犬や猫を飼うが如く、普通の家庭でもゆっくりが飼われている。
しかし、ゆっくりの飼育には結構手間がかかる。
食べ物を食べても排出しないというのはペットとして最高の利点なのだが、ゆっくりはかなりの大食漢で、月々の出費もバカにならない。
何事にも興味を示し、躾がなっていないと部屋の中で暴れ放題、すぐに部屋が荒らされてしまう。
しかも、荒らされるだけならともかく、動き回りたがるくせに猫のように俊敏性や機敏性は持ち合わせていないので、ちょっとしたことですぐに怪我を負ってしまう。
オレンジジュースと小麦粉で治るのはいいが、大事なペットが怪我をしているのを見るのは飼い主として辛いものがある。

そこで開発されたのが、ゆっくりの遺伝子餡をいじって生み出された新種のゆっくり、その名もミニゆっくりである。
成長してもソフトボール大の大きさにしかならないミニゆっくりは、家計への優しさや、暴れても被害が少ないこともあって、爆発的なブームとなった。
ブームとなれば大金が動き、大金が動けば味を占める。
となると、次に人類が考え付くのは、ミニゆっくりより小さな種を作り出すということであろう。携帯電話が進化するたびに薄く小さくなるようなものだ。
ミニゆっくり出現から3年の年月をかけ、人類は遂にミニゆっくりよりも更に小さい新種、マイクロゆっくりを誕生させることに成功した。

しかし、このマイクロゆっくりはミニゆっくりと違い、一過性のブームに終わってしまった。
成長してもピンポン玉という大きさから、家計への負担、家への被害はミニゆっくり以上に減ったが、それ以上にその扱いがとても難しい種であったからだ。
成体ゆっくりですら途轍もなく皮がもろく、ちょっと力の加減を間違えるだけで、簡単に皮が破れ餡子が漏れ出してしまう。
食べ物も粉末状まで砕かないと摂取できないし、水を与える時もスポイトで一滴ずつ飲ませなければならない。
また赤ゆっくりなど小豆大の大きさしかなく、鼻息の荒い飼い主が飼おうものなら、一息で飛ばされること請け合いだ。
ゆっくりの利点であるオレンジジュースと小麦粉で回復できるという特徴も、普通のゆっくりのように頭からジャブジャブ掛けようものなら、オレンジジュースの池で溺死しかねない。
そういった飼い難さも相まって、マイクロゆっくりは一部のマニアだけが買い求める上級者向けの種となってしまったのである。

男はそんな上級者の一人であった。
子供のころは、普通のゆっくりを飼っており、それが亡くなりミニゆっくりが出るや、先代の代わりにとミニゆっくりを求めた。
小さくなった分、寿命は普通のゆっくりより少なく、男が高校生の時には、悲しいことにミニゆっくりは寿命を迎えてしまった。
翌年が受験だったこともあり、ゆっくりを飼うのを控えていた男だが、無事志望大学に合格できたことと、一人暮らしの寂しさもあって、一学年の夏にマイクロゆっくりを購入したのである。
元来のマメで繊細な性格も相まって、現在に至るまでの一年半、紆余曲折はあったものの、特に大きな失敗を犯すこともなく育てることに成功している。



まりさ一家は、男の話を聞いて、明日が楽しみだった。
男は優しく、とてもゆっくりした飼い主だったが、その体の構造上、普通のゆっくりと同じく、外を散歩することなどはさせてもらえない。
ウッカリ外に出ようものなら、誤って人間に踏みつぶされるか、突風に吹き飛ばされるかが落ちである。
そんなこともあって、一家は生まれてこのかた家族以外のゆっくりと出会ったことがなかった。
中でも生後三か月の赤ゆっくりは、男の話を聞いて、特に興奮した。
生まれたばかり。つまりそれは、自分たちより年下であることを意味する。
まだまだ甘えたい年頃ではあるが、同時にお姉ちゃん風を吹かせたかった赤ゆっくりは、早く明日が来ないかと待ち遠しくて仕方がなかった。









「おにいさん!! かのじょさんは、ゆっくりまだこないの?」
「う~ん、そろそろ来ると思うよ」

今朝から一家は、何度も男に訊ねてくる。それほどまで、赤ゆっくりの登場が待ち遠しかったのだ。
焦らしプレイのように悶々とした時間を過ごす一家であったが、午後1時を過ぎたころ、来客を知らせるベルが鳴り響いた。

「ゆっ!! おにいさん!!」
「分かってるよ、いま迎えに行ってくる」

ベッドから飛び降り、玄関にドアを開ける。
そこには、以前写真で見せてもらった長い黒髪の女性が佇んでいた。

「こんにちは、愛で男くん」
「やあ、ようこそ。汚い所だけど、まあ上がってくれよ」
「ええ。お邪魔します」

女性は軽くお辞儀すると、靴を脱いで、部屋に上がり込んだ。
その手には、小粋な可愛いペットゲージがぶら下がっている。

「愛で子、昼食はもう取った?」
「ええ、一時間くらい前に」
「そっか、良かったよ。家の冷蔵庫、何にも入ってないからさ」
「ふふ、後で一緒に買いに行きましょう。今夜は私が作ってあげるから」
「ひゃっほーいっ!! 手作り料理ゲットゥ!!」

男はテンション高く悲鳴を上げる。隣人や階下の人が、苦情に来ないか心配である。
彼女である愛で子は、男性の部屋が珍しいのか、興味深そうに周りを見渡している。
そして扉を跨ぎ隣室に入るや、一mという特大の水槽を見つけると、「これね!!」と、目を輝かせて近づいてきた。
言うまでもなく、マイクロ一家の入った水槽である。

普段、一家は水槽の中で生活している。
と言っても、一mという巨大な水槽であるため、マイクロ一家にとっては、巨大な庭付き大豪邸のようなものである。
一家は愛で子の目の前に一列に並び、歓迎の意を示す。

「「「「「「「「ゆっくりしていってね!!!」」」」」」」」

愛で子もそんな一家に目を細め、「ゆっくりしていってね」と笑顔で返した。

「おねえさんが、おにいさんのかのじょさんなの?」
「ええそうよ。よろしくね、まりさちゃん」
「ゆっくりよろしくね、おねえさん!!」

軽い挨拶を済ませ終えるや、一家は気になっていたことを愛で子に告げる。

「おねえさん!! あかちゃんはどこにいるの?」

その言葉に愛で子は微笑むと、手に下げていたゲージを開けて、中に手を入れる。
そして、それを優しく掴むと、両手で姿が見えないように隠しながら、ゆっくり水槽の中に手を入れていった。
一斉に愛で子の手に群がってくる一家。
興味津津とばかりに、愛で子の手の中を注視する。
ようやく待ちに待った瞬間がやってきた。愛で子がその手を上げる。
手の中から出てきたゆっくりは、一家に目を向けると、大きな声で挨拶をしてきた。

「ゆっきゅりちていっちぇね!!!」
「ゆゆっ!?!?!?」

その瞬間、一家全員が凍りついた。
目の前のれいむ種を、呆気に取られながら見つめ続ける。

「おい、お前らどうしたんだ、急に無口になって?」

傍でジッと見ていた男が、一家の妙な態度に首を捻る。
あれほど楽しみにしてたというのに、なぜ急に押し黙ってしまったというのか。
その疑問に、一家の大黒柱たるまりさが口を開いた。

「ゆうぅ……おにいさん!! ゆっくりうそをついたね!!」
「はあ、何のことだ?」
「おにいさんはあかちゃんがくるっていってたよ!! それなのに、このれいむはもうりっぱなおとなだよ!!」
「……なるほど、そういうことか」

愛で子が取り出したれいむ。それは、一家の大黒柱であるまりさの5倍は大きかったのだ。
それ故に、一家は男が嘘をついたのだと解釈したのである。
そんな一家に、男ではなく愛で子が説明を加えてくる。

「まりさちゃん。この子は、本当に赤ちゃんなのよ」
「うそだよ!! まりさよりおおきいのに、あかちゃんなんてへんだよ!!」
「この子はね、普通のゆっくりの赤ちゃんなの」
「ふつうのゆっくり?」
「まりさちゃんたちはね、マイクロゆっくり種って言って、ゆっくりの中でも一番小さい種族なの。そしてこの子は普通のゆっくり……一番大きな種族で、これでもまだ生まれたばっかりなのよ。
本当は普通のゆっくり種も生まれたばかりはこんなに大きくないんだけど、この子は胎生出産で生まれたから、特に大きい子なの」
「ゆうぅぅ……」

説明を受けても、いまいち納得できない一家。
確かに胎生で出産された子供が、蔓で出産された子供より大きくなることは知っている。しかし、それでも納得できないものは、納得できない。
それも仕方がない。一家は自分たち以外の種にあったことがなく、自分たちこそがスタンダードなのだから。

「さっきの挨拶を聞いただろ。『ゆっきゅりちていっちぇね』って赤ちゃん言葉だったじゃないか」

男も注釈を入れてくる。
言われてみればその通りで、あれは自分たちのチビちゃんも少し前まで使っていた赤ゆっくり言葉である。
もしかしたら目の前のゆっくりは態と赤ゆっくりの喋りをマネしているのかとも考えたが、一家はすぐにそれを否定した。
赤ゆっくりの喋り方は、まだ舌足らずなだけであって、意識して喋るのはとても難しいのである。
仮に意識して話せたとしても、普通の成体ゆっくりなら、演技でも赤ゆっくり言葉を使うことに抵抗があるだろう。
人間に例えるなら、常時「バブー」「ハーイ」「チャーン」と言っているようなものである。正に羞恥プレイだ。

「お前らは、昨日俺と約束したよな。この子と友達になってくれるって。俺はお前たちを約束を守らないような子に育てた覚えはないぞ」

男が少し厳しい口調で言ってくる。愛で子も若干悲しそうな表情だ。
一家は目の前の巨大赤れいむに目を向ける。この状況を全く理解していないような、能天気な振る舞いだ。
最初は若干渋る態度を取っていた一家だったが、男たちや巨大赤れいむの様子を見て決心した。昨日言ったとおり、この子と友達になってやろうと。
大好きな男やその彼女を悲しませるのは一家としても本意ではないし、よく巨大赤れいむを観察すると、態度のそこかしこに赤ゆっくり独特の仕草が見て取れる。
体は大きくても、この子は確かに生まれたばかりの赤ちゃんなのだ。
それなら、両親は自分の娘たちのように、子ゆっくりは自分の妹のように、赤ゆっくりは妹が出来たように接してあげればいい。
これが一家の出した結論だった。

「おにいさん!! ゆっくりうたがってごめんね!! まりさたち、この……おちびちゃん? と、いっぱいあそんであげるよ!!」
「おお、偉いぞ、まりさ」
「まりさちゃん、ありがとう」
「ゆっくりまかせてね!!」

こうして、一家の世話が始まった。







一家の中で最初に巨大赤れいむと接触したのは、赤ゆっくりたちだった。

「「「ゆっくりしていってね!!」」」
「ゆっきゅりちていっちぇね!!」
「なにかあったら、なんでもおねえちゃんたちにいってね!!」

一度やってみたかったお姉ちゃん風を吹かせる赤ゆっくりたち。
しかし、そこは生まれたばかりの巨大赤れいむである。元々ゆっくりは空気が読めないが、それに輪をかけて遠慮がないというか、空気が読めない。

「ゆっ? れいみゅよりちっちゃいにょに、おにぇえちゃんにゃんて、おかちいよ!!」
「ゆっ!?」

痛いところを突かれた赤ゆっくりは、短く呻く。
親まりさですら、最初巨大赤れいむを見たとき、大人だと思ったくらいである。巨大赤れいむがおかしいと思っても不思議ではない。
しかし、そこは水槽の側に控えていた愛で子が、巨大赤れいむを叱りつめる。

「こら、れいむ。お姉ちゃんに、そんな口をきいちゃ駄目でしょ」
「ゆうぅぅ……で、でみょ……」
「でもじゃありません、お姉ちゃんに謝りなさい」
「……おねえちゃん、ゆっきゅりごめんにゃちゃい」
「お前ら、相手は生まれたばかりなんだ。許してやってくれ」
「ゆ、ゆっくりゆるすよ……」

のっけからケチがついた一家と巨大赤れいむとの接触。
若干、嫌な空気が流れ始めるが、そこは年長者の理解ある親まりさが取り成した。

「ゆっ……みんなでなかよくゆっくりしようね!! きょうは、まりさたちがゆっくりあそんであげるからね!! おねえさんのちびちゃんは、なにであそびたい?」
「ゆっ!!」

大好きな飼い主に叱られて気落ちしていた巨大赤れいむだが、親まりさの言葉に目を輝かせ始める。
目の前に好物をぶら下げられると、数秒前のことすら忘れるのが、赤ゆっくりの特性である。

「りぇいむ、ゆっきゅりおにごっごがちたいよ!!」

一匹で生活していた巨大赤れいむは、集団での遊戯に憧れていた。
嘗て、テレビでたくさんのゆっくりが集まってしていた鬼ごっこを、一度遊んでみたかったのである。
しかし、これには愛で子か難色を示した。

「愛で男くん。鬼ごっこしたいって言ってるけど、大丈夫かしら?」
「どういうこと?」
「まりさちゃんたちが、れいむに潰されちゃったら……」
「ああ、それは俺らが注意していれば大丈夫だろう。危なくなったら、すぐに手を入れればいいよ」
「……そうね、分かったわ」

愛で子も納得したことを受け、親まりさが全員の顔を見渡し告げてくる。

「ゆっくりりかいしたよ!! それじゃあ、みんなでおにごっこをやろうね!! まずさいしょは、まりさがおにさんになるよ!! みんなゆっくりしないでにげてね!!」

その言葉に、蜘蛛の子を散らすように、水槽内を駆け回っていく一家と巨大赤れいむ。
まりさは男の躾もあってゆっくりにしては頭がよく、ゆっくり十まで数え終えると、水槽内を駆け始めた。
まずは、巨大赤れいむを追いかける。
別に自分の子供が酷いことを言われたからとか、そんなチッポケな感情からではなく、鬼ごっこをするのに相手にされないのは詰らないだろうという、まりさなりの優しさであった。

「おねえさんのおちびちゃん!! ゆっくりまってね!!」
「ゆうぅ!! こっちにきちゃよ!! ゆっきゅりにげりゅよ!!」

自分が追われていることに気が付いた巨大赤れいむは、親まりさから逃げようと、全力で水槽内を駆け回る。
しかし、これがそもそも間違いの元であった。
前述のとおり、巨大赤れいむは、親まりさの実に5倍の体積がある。
その体格差はしっかりとこの状況にも反映され、親まりさが全力で追いかけても、巨大赤れいむには追い付くことが出来なかった。

「ゆひーゆひーゆひー……おねえさんの……おちびちゃん……ゆっく……り……してね……」

数分後、親まりさは息も絶え絶えといった様子で、トロトロ巨大赤れいむを追い続ける。
しかし、どんなに頑張ろうと体格のハンデは大きかった。
これでは仕方がないと、親まりさは手近にいた自分の子供にタッチをする。

「ゆ、ゆっくり……つかまえ…たよ」
「ゆうぅ、つかまっちゃったよ!! つぎは、れいむがおにさんだよ!! ゆっくりにげてね!!」

鬼になった子れいむが、姉妹や巨大赤れいむを追いかける。
しかし、初めは親まりさ同様、巨大赤れいむを追いかけていた子れいむだったが、自分には追い付けないことをすぐさま理解するや、すぐにターゲットを切り替えた。
子れいむに、親まりさほどの忍耐を要求するのは酷というものである。

子れいむは、妹である赤まりさにタッチをし、次は赤まりさが鬼となった。
しかし、赤まりさは最初から巨大赤れいむを狙う気はなかった。
巨大赤れいむにお姉ちゃんじゃないと言われたことを多少根に持っていることもあったが、それ以上に親まりさと子れいむの様子を見て、自分では巨大赤れいむには追い付けないと理解していたのである。
赤まりさは、態とゆっくり逃げていた親れいむを追いかけタッチした。
その後、鬼は目まぐるしく変化していったが、巨大赤れいむが鬼になることは一度もなかった。

巨大赤れいむはツマらなかった。
一家が構ってくれたのは最初だけで、後は自分そっちのけで、一家だけで鬼ごっこをしているように見えたのだ。
そこには自分と相手の体格差などは全く考慮に入っていない。
当たり前である。巨大赤れいむは、生まれたばかりなのだ。自分が遠慮しなくちゃならないなんて考えは、一切巨大赤れいむの餡子脳にはない。
自身がすべきことは、何事においても全力でゆっくりすることと考えている。

マイクロ一家はそんな巨大赤れいむの気持ちに気がつかない。
当然と言えば当然である。いくら賢いとはいえ、彼女らもまたゆっくりなのだから。
しかし、それを眺めていたギャラリーは理解していた。
次第に巨大赤れいむのテンションが下がるのを見て、これは不味いと思い始めた男は、水槽内で駆け回るマイクロ一家に声をかける。

「おい、お前ら、もう疲れただろ。そろそろゆっくり休んだらどうだ?」
「ゆっ? れいむたち、まだつかれてないよ!!」
「そうだよ!! まだまだいっぱいあそべるよ!!」

ゆっくりらしい、実に空気の読めない発言。
仕方がないと、男は餌で一家の関心を引き付けることにした。

「お菓子をあげるぞ~、美味しいぞ~」
「ゆゆっ!! ゆっくりおかしたいむにするよ!! みんな、ゆっくりあつまってね!!」

親まりさの号令を受けて、巨大赤れいむを含む全員が、親まりさの元に集合してくる。
男は水槽横に置いておいたお菓子の缶の蓋を開ける。
しかしそれを見て、しまったという表情を見せる。

「愛で男くん、どうしたの?」
「あ、いや、まだたくさん残ってると思ってたんだが、思いのほか菓子の量が少なくて……」
「まあ!!」

菓子を詰めた缶の中には、クッキーが二枚入っているだけであった。
男は自分の失態に、唇を噛みしめる。今日、愛で子が来ることは分かっていたのだ。前もって確認し、予め買いだめしておくべきだった。
仕方がないと、男は二枚のクッキーを取り出し、巨大赤れいむに与えてくれと、愛で子に渡してくる。
しかし、愛で子は受け取りを拒否し、逆にマイクロ一家にあげてと遠慮する。
愛で子の気遣いは嬉しいが、ホスト役の男からすれば、自分のマイクロ一家こそ我慢させるべきなのは間違いない。
半ば押しつけるように愛で子の手を取るが、愛で子も愛で子で態度を崩さない。
普段はお淑やかな性格だが、こういうところは頑固で曲げない娘なのだ。元々、育ちのいいお嬢さんなのである。

少しの間、互いに押し付け合っていた二人だが、どちらも引かないと分かるや、仕方がないと折半することで落ち着いた。
男はクッキーを粉々にしてマイクロ一家の前に、愛で子は四等分に分けて、巨大赤ゆっくりの口に持っていった。

「「「「む~しゃむ~しゃ(む~ちぁむ~ちゃ)、しあわせ(ちあわちぇ)~~~♪♪」」」」

ゆっくり独特の食事風景。
全員が美味しそうにクッキーを頬張っている。
しかし巨大赤れいむは、その体の大きさ上、食べる量も当然多く、クッキー一枚では腹の足しにもならなかった。
対して、全員を併せても巨大赤れいむに遥か及ばないマイクロ一家は、未だ粉々のクッキーに舌鼓を打っていた。
それを羨ましそうな視線で眺める巨大赤れいむ。
初めこそ我慢していたのだが、そこは赤ゆっくりの忍耐力である。すぐに欲に負けて、一家の前のクッキーに突進しようとした。
しかし寸でのところで、愛で子の手が巨大赤れいむの進路を塞ぐ。

「ゆっ!?」
「れいむ、あなたは今何をしようとしていたの?」
「ゆ……ゆうぅ……」
「あなたにはちゃんとクッキーを一枚与えたでしょ。それなのにまりさちゃんたちの分を横取りしようなんて、そんな悪い子はお仕置きしますよ」
「ゆうううぅぅぅぅ――――――!!!! ごめんなちゃああああ――――――――いっ!!!!」

愛で子は軽く巨大赤れいむの頭を小突く。
それは衝撃に弱い赤ゆっくりでも全く痛くない形だけのものであったが、痛い痛くない以前に、最愛の飼い主が自分を怒ったことが、巨大赤れいむには耐えられなかった。

「ゆわあああああぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――――――ん!!!!」

癇癪持ちの子供のように、巨大赤れいむの鳴き声が部屋中に響き渡る。
男は慌てて慰めようと一家にお菓子を与えてやれと忠告するが、それを愛で子が制止する。

「ちゃんと半分ずつ分けたのだから、そんなことをしてはだめよ」
「しかし……」
「甘やかすだけじゃ、この子の為にもならないわ。私、この子には、しっかりした子に育ってほしいの」
「んん……まあ、その気持ちは理解できるが……」

愛で子の気持ちは、男も大いに理解できる。
男もマイクロ一家を育て上げるのに、決して甘やかすだけではなかった。
時には厳しく叱りつけ、時には目一杯褒めてやる。勉強も教え込んだし、マナーも身につけさせた。飴と鞭を上手に使った結果が、この賢いマイクロ一家であるという自負がある。
しかし、今日はあくまでホストの立場である。その為、粗相がないようにと、ついつい手を出してしまうのだ。

なかなか泣きやまない巨大赤れいむに溜息をつき、愛で子は仕方がないと、今度はやさしく頭を撫で始める。
それを受けて、愛で子が自分を許してくれたのかと考えた巨大赤れいむは、ようやく涙を仕舞い込んだ。
しかし、愛で子はそれだけでは終わらせなかった。自分のしたことについては、しっかりと反省をさせなければならない。

「れいむ。お姉ちゃんたちに、何か言うことがあるでしょ?」
「ゆっ?」

初め、何を言われているのか分からなそうな巨大赤れいむ。
自分がしようとしたことの罪の意識はないのだろう。

「お姉ちゃんたちのお菓子を、横取りしようとしたでしょ。あなたもそんなことされたら嫌でしょ。ちゃんと謝りなさい」
「ゆうぅ……でも、れいみゅ、たべちぇないよ……」
「食べる食べないではなく、しようとしたことが問題なの。素直に謝れないのは、人としてもゆっくりとしても最低よ」

愛で子の言葉に納得のいかない様子の巨大赤れいむ。
そもそも巨大赤れいむには、初めから納得できなかった。
自分は既に食べ終わっているのに、向こうは未だに美味しそうに頬張っている。
向こうのほうが食べる数が多いのに、自分より食べるのが遅い。それは、向こうのほうが、大量の菓子を与えられたことを意味するのではないのか。
子どもというのは、論理より視覚を優先させる生き物である。
長く細いコップと短く太いコップに同じ量の水を入れ、どっちのほうが多いかと問うと、ほとんどの子供が長く細いコップを選ぶという。
そのコップに入った水のほうが、高さが高いからだ。
これと同じで、マイクロ一家の菓子は粉々に砕かれているため、空気を含んで一見大量にあるように見える。
そこに、体格の差や菓子を折半したという事実は含まれていなかった。
その為、巨大赤れいむからすれば、どうしても自分の不手際とは思えなかったのである。

しかし、そうはいっても、最愛の飼い主である愛で子は、厳しい表情で巨大赤れいむを見つめている。
謝るまでは、決して許さないというのが見え見えだ。
この家に来て早々謝罪をさせられ、またもや謝罪するのは、巨大赤れいむのプライドを大いに傷つけたが、愛で子に許してもらえないよりはマシと、渋々一家の目の前に赴き頭を下げる。

「ゆっきゅりごめんなちゃい……」
「まりさたちは、ゆっくりおこってないよ!! ゆっくりげんきをだしてね!!」

親まりさが代表で返事を返したことで、愛で子の吊りあがっていた眉も、とりあえず元に戻った。
そもそも、マイクロ一家からすれば被害にあたたわけではないので、怒る理由がないのだ。
親まりさの空気の読める対応に、ホスト役の男もホッと息をもらす。
愛で子にいいところを見せる意味でも、不穏な空気にならなかった意味でも、親まりさの対応は上出来の部類だった。
後は巨大赤れいむのケアをすればいいと、買い物に行ったとき大量にお菓子を買ってくることを約束し、その場は何とか幕を閉じるのであった。
しかし、巨大赤れいむの餡子脳には、着実に不満が渦巻き始めたのである。




中編

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最終更新:2009年04月25日 01:04
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