ゆっくりいじめ系1235 少年

 もちもちのまんじゅう

 少年は息を切らせて走っていた。
 森へ森へ。飛ぶように速く。
 目的はゆっくりだ。
 ゆっくり、ゆっくり。あの顔、あの声、あの柔らかさ、あの泣き声。
 すべてが好きだ。大好きだ。
 それを味わうのが少年の楽しみだった。
 走る走る、畑を突っ切って木立の中に入る。
 はあっ、はあっ、はあっ、はあっ。
 少年は一目散に森に入り、ガサガサとしたばえを蹴散らしていく。
 その目が木立を舐める。
 森に慣れた子供の目だ。見つけるまで五分もかからない。
 いた。
 木立の向こうの、ちょっとした広場。
 日の当たる草っぱらに、やつらがいた。
 赤いのと黒いのと子供たち。一番多い組み合わせだ。
 それでいい、それがいい。一番生き生きした組み合わせでもある。
 はあっ!
 汗をきらめかせて少年は駆ける。

「ゆゆ~ ゆ~ゆゆ~」
「おはな、むーちゃむーちゃ!」
「ゆぅ……ゆぅ……」
「ゆっくち! ゆっくち!」
「おかーちゃん、みてみて! ゆっくちちてるよ!」
「ゆゆゆーん、ころころだよ!」
 ぴょんぴょんと跳ねまわり、ゆらゆら揺れてお昼寝する赤ちゃんれいむ。
 草の葉っぱの滑り台でころころっと転がって、ぽよん、とぶつかる子まりさ。
 顔いっぱいの笑顔で、にこにこと見守る母れいむと母まりさ。 
 暖かく明るい森の一角でくりひろげられる、なかよし家族の小さな一幕。
 みんなみんな、しあわせそのもの。絵に描いたようなゆっくりしたひと時。
 母れいむとまりさが、愛情に満ちた視線を交わす。
 あかちゃんたち、ゆっくりしてるね……。
 れいむも、まりさも、ゆっくりしてるね……。
 こんなゆっくりが、ずうっと続けばいいのにね……。
 そう願い、そう信じている。
 今までずうっとそうだったから。
 明日もきっとそのはずだから。
 それに、小さな楽しみもあった。
 それは、れいむのおなかの奥。
 母まりさに種つけられた、小さな命。
 今はまだまりさも気づいていないけれど、新しい赤ちゃんが育ち始めた。
 近いうちに、この子も生むことになるに違いない……。
 そんな希望を抱く、母れいむ。
 見上げた空は、ほんのり暗くなり始めて。
 カァ、カァ、カァ……とカラスの鳴き声。
 夕方が近くなっていた。
 頃合を見て声をかける母れいむ。
「そろそろかえるよ! ゆっくりとあつまってね!」
「「「「ゆゆーん!」」」」
 みんなが集まってくる。遊び疲れてきらきらした顔。
 素敵なばんごはんを期待する顔。
「おかーしゃん、れいむ、おなかちゅいたよ!」
「ゆっくちごはんがたべたい!」
「まりちゃも、まりちゃもー!」
 ぴょんぴょんはねる子供たちに、交替ですりすりと愛情いっぱいの頬ずり。
「ごはんはおうちにあるからね!」
「ゆっくりかえって、ゆっくりたべようね!」
 そう言うと、子供たちが嬉しそうにゆっゆっと跳ねた。
 ごはんは先週、たっぷり巣穴に溜めた。
 だから今週は、好きなだけ遊んで、帰るだけでいいのだ。
 おなかいっぱい食べたら、みんなで寄り集まって寝ればいい。
 本物の至福。これ以上はないぐらいのゆっくり……。

 ガサガサガサッ、と草を踏み分けて、少年が現れた。

「ゆっくりしていってね!」
 声をかけながら、少年はやってきて、返事も待たずにポケットから何かを差し出した。
 それは飴。緑色に透き通った、キラキラしたお菓子。
 甘いにおいに、すぐさま赤ちゃんたちが反応する。
「ゆーっ、いいにおいだよ!」
「きらきらちて、きれいだよ!」
「ゆっくちできそうだね……!」
 ゆむゆむと集まって、取り囲む。ぽかんと見ていた親たちが、はっと我に返って声をかける。
「ゆゆっ? だめだよ、赤ちゃんたち! ゆっくりこっちへ来てね!」
「だいじょうぶだいじょうぶ!」
 すかさず言って、パクリと飴を食べる少年。そのまま口の中でコロコロして、ごくんと飲み込む。
「あまーいアメだぜ? ほしくない?」
「ゆ……ほちいよ、ほちいよ!」
「ゆっくりちょうだいね!」
 ぽむぽむと飛び上がる赤ちゃんたち。その様子は、飾りをつけた鶏卵のダンスのよう。
 それを見たれいむたちの頭に、すみやかにあまい安心と期待が広がっていく。
 この人間さんはいい人みたい。
 ゆっくりさせてくれそうだよ!
「人間さん、赤ちゃんにゆっくりおかしをあげてね!」
「よーし、任せとけ!」
 少年はそう言って地面にバラバラとアメをばら撒く。赤、黄、青、緑。その四つ。
「ゆっ、れいむがもらっちゃよ!」
「まりちゃもまりちゃも!」
 たちまち飛びつく赤ちゃんたち。けれど食べられたのは四人だけ。
「ぺーろぺーろ……」
「「「「ちあわちぇ~!」」」」
 ぱあっ、と顔を輝かせ、涙を流して喜ぶその四人。
「ゆっくちできるあじだよ~!」
「こんなあまあま、はじめちぇ~!」
「おいちい、おいちいよ~!」
 いいないいなと取り囲む姉妹たち。母親二人もちょっとうらやましそうな笑顔だ。
 それでも、幸せには違いない。娘たちがとってもおいしそうに跳ねているのだから。
 少年に向かって、礼儀正しく挨拶した。
「ありがとう、にんげんさん! ゆっくりしていってね!」
「「「「ゆっくりしちぇっちぇね!」」」」
 満面の笑顔で、少年は言う。



「かんしゃく玉と、ワサビと、瞬着と、スプリングな!」



「かんちゃく……?」
 なんだろう、それはどんなおいしいものなんだろう!
 期待を込めて、赤ちゃんたちがつぶやいた時。
 赤い飴を舐めていた赤れいむが、歯にちょっとだけ、ガリッと力を込めた。

 パン ッ!!

 閃光とともに乾いた音。
 一瞬で口が破裂する赤れいむ。衝撃で垂直に吹っ飛んでくるくる後転する。
 べちゃっ! 仰向けに落ちたときには、まだ息があった。
 顔の下半分が花びらのようにバラリと広がって、喉の中で白い煙が揺らめいていた。
「  ゅ  … ?」
 ぱちくりとまばたき。自分の身に起こったことが理解できない。
 ほんの短い間、れいむは考えた。
 おくち、なくなっちゃったよ? おそら、みえてるよ?
 強烈な衝撃に、感覚が麻痺。痛みも何も感じられない。
 ただ、起き上がりたいという気持ちだけがあった。
 目だけで母の方を見て、むいっ、むいっ、と二度体を起こそうとして。
 そのままの顔で、死んだ。
 見開かれた瞳から、光が消える。ぼんやりした透明な玉になる。
 顔の下半分が吹っ飛んだ赤ゆっくり。
 凄惨な光景が、じんわりと、とても緩慢に、ゆっくりたちの脳に染み渡る。
「あ゛、あ゛、あ゛……」
 ようやくガクガクと震え出し、母れいむが強烈な叫び声をあげた。
「れ゛い゛む゛の゛あ゛がぢゃんがああああああ!!!!」
 その声をさえぎって、異様な悲鳴が響いた。
「びっ!!?」
 濁った声を上げたのは、別の赤れいむ。母れいむたちがぎょっとして振り返る。
 その子は口をあけている。あんぐりと開けている。開けた口の中に緑の飴が見える。
 飴は溶けて型崩れし、薄緑のねろねしたものを漏らしていた。
 大口開けた赤れいむが、ガタガタ、ブルブルと震えている。母まりさがおそるおそる声をかける。
「れいむ、どうしたの? ゆっくりできないの――」
「いぢゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」
 母の声すらかき消すほどの、金切り声を赤ちゃんが上げる。
「いぢゃいいぢゃいっ、いぢゃいよぉぉぉぉ!」
 赤ちゃんはのけぞり、悲鳴を上げ続ける。
 火山噴火のように、猛烈な悲鳴を空へ噴き上げる。
「おくぢっ、おくぢいぢゃああああい! たぢゅけでぇぇぇぇぇぇ!」
「ゆっ、おくちのなかだね!? まりさがゆっくりたすけるぜ!」
 ぴょんと飛び寄って、舌を突っ込む母まりさ。
 そういったことは慣れたもの。赤ちゃんの誤飲・誤食は日常茶飯事。
 ひょいっと取ってやる自信があった。
 だが舌が触れた途端。
「ゆぎいぃっ!?」
 舌先に釘を打たれたような激烈な辛味。いや、それはすでに味を通り越して毒。
 ワサビだった。殺菌効果があり、スプーン一杯でネズミを殺すこともできるという、それでいて少年にも簡単に手に入る毒。
 そんなものが、赤ゆっくりの小さな口の中一杯に溶け出している。
「おぐぢが、やげりゅぅぅぅぅぅ!!! はやきゅはやきゅ、はやぎゅだずげでよぉぉぉぉ!」
 絶叫しながらびたんびたん、と左右に跳ね回る赤ゆっくり。
 だが誰も助けられない。
 母まりさは先ほどの辛味に懲りて近寄れず、それを見た母れいむも他の赤ちゃんもブルブル震えるばかり。
「だみぇぇ! もうだみぇぇぇ! れいぶっ、れいぶっ、ぢんぢゃう、ぢんぢゃぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
 限度を越える苦しみに、耳をつんざくような悲鳴を上げたかと思うと。
 真上をむいた赤れいむが、めりめりめりっと二つに裂けた!
 辛さを逃がそうと口を開け、それでも足りずになおも開け……とうとう自らの口を自らの力で裂いてしまったのだ。
「いぢゃい……あぢゅ……い……」
 パックンフラワーのような形になって、涙をじくじくと垂らしながら、二匹目の赤ゆっくりも息絶えた。
 遅まきながら、まりさが気づく。
 この飴はゆっくりできない飴だと。
「あかちゃんたち、ゆっくりしないでぺっしてね! はやくぺっしてね!」
 飛び上がって叫んだが、もう遅かった。
 青い飴をなめていた赤まりさが、目を見張ってビクンと痙攣する。
「ゆ゛んっ!?」
 その途端、グウッと赤まりさは伸びた。
 縦に。
 下膨れでまるまるとしていた顔が、一瞬で本物の鶏卵みたいに縦長になった。しかもなお、じわじわと上下に伸びていく。
 声は出ない、だがその目が訴えている。懸命に、必死に。
  おかーしゃん たちゅけて たちゅけて!
 れいむとまりさがその子を取り囲む。
「どうしたの、まりさ!」
「ゆっくり、ゆっくりしてね! ゆっくりするんだよ!」
 懸命に声をかけ、ほっぺたをすりすりする。
 だが、できることはそれだけ。何が起こっているかわからない。
 赤まりさの口がブルブル震えている。その口はさっきの赤れいむと違って、きつくきつく閉じられている。だが、こらえきれずにうっすらと開く。
「ゅ、ゅ、ゅ……」
 その奥に見えるのは、鉄のバネ。
 ミニ四駆のサスに使う、強力でしなやかなバネ。
 それが赤まりさの口内を、ギチギチと上下に突っ張っている。
 それにまりさは耐えている。口を閉じあわせることで、バネを押さえ込んで。
 脂汗が漏れる。目がうろうろと泳ぐ。言いたい、お願いしたい。
  おちゃえて! うえからおちゃえてええええ!
 だが口を開けられない。
 いくらもたたないうちに、ひ弱な赤ゆっくりの力の限界が来た。
「ゅっ、ゅっ、ゅっ……びゅんっ!」
 まりさの力が屈服した瞬間、バネが口蓋を突き破って一気に伸びた。
 餡子の脳が一息に貫かれる。鉄のバネでまっすぐに貫通される。
 まりさの命が他愛もなく壊される。
 それは外からはわからない。ただ、小さな音と、餡子がえぐれる湿った響がしただけ。
 けれどまりさは死んでいる。縦長の奇妙な姿のまま、目をぐるんと白めにしてコロリと倒れる。
 力なくあいた口の奥に、処刑用の槍のようなバネが見えた。
「れ゛い゛む゛の゛あ゛がぢゃんがあぁぁぁぁぁ!」
 口を開きわなわな震えて再び喚いた母れいむが、せめてこの子はとばかりに、飴を食べた四匹目に寄り添う。涙まみれのぐじゃぐじゃの顔でぺろぺろと舐める。
「ゆっくりしてね! ゆっくりしていってね? あかちゃん、ゆっくりするんだよ!」
「……! ……!」
 その子は一見、命に別条ない。母を見つめて、懸命にぴょんぴょんと跳ねる。母もそれを見て安堵する。
  このこは だいじょうぶだったよ……!
「……! ………………!!!」
 だがじきにその母も気づく。
 赤れいむが答えない。
 決して口を開けようとしない。
 べったりと癒着してしまった口からなんの声も出せず、血走った目だけで訴えてくる、ということに。
「れいむ、あーんは? あーんはできないの? だめなの!? おしゃべりできないの!!?」
「………………」
 れいむは答えない、笑えない、鳴けない。
 ただ涙のみ、ぽろりとこぼす。
 母れいむとまりさにも、その結末はわかる。ごはんを食べられない赤ゆっくりは、長くない。
 持って二日。この子は餓死する。
 れいむとまりさは振り返る。しゃがんで見ている人間を。
 少年は興奮して見つめている。胸をときめかせて見守っている。頬を上気させ、うっとりと目を潤ませて。
 この瞬間が、大好きだ。
 怒りに燃える饅頭たちが、哀れな暴走を始めるのが。
「よ゛ぐも゛、れ゛ま゛い゛り゛む゛ざの゛あ゛がぢゃんをぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 バスケットボール大のゆっくり二匹、半狂乱で飛び掛ってきた。
 どよん、と当たる。ぼよん、と跳ねる。
 ぬいぐるみとたいして代わらない生き物たちの攻撃。
「ごの゛っ、ごの゛っ、ごのぉ!」
「ゆっぐりじね! ゆっぐりじねえぇぇぇ!」
「これで、しんでねっ! ゆっくりたおれてねぇっ!」
 仲間同士なら、餡子が出てダメージになるのかもしれない。
 だが人間に対してはまったく無力。かすり傷ひとつつけられない。
 そんなことも、ゆっくりたちにはわからない。少年が動かないのをいいことに、声を掛け合って励ましあう。
「まりさ、たいあたりだよ、まりさ!」
「そうだね! ゆっくりとやっつけようね!」
「こんなやつ、こんなやづぅっ! しねっ、じねっ!」
「ゆんっ、ゆんっ!」
「ゆゆーっ!」
「きいてるよ、れいむ! こいつはびっくりしているよ!」
 効いていると聞いて元気が出たのか、赤ゆっくりたちまで向かってくる。
「ゆっくちたおちゅよ!」
「ゆむぅっ! ゆむっぅっ!」
「くらえっ、えいえいっ!」
 ぺちんぺちん、ぱちんぱちんと少年の腿や尻にゆっくりが当たる。
 無力だ。無力すぎる。震えるほどの弱小。あきれるほどの子供だまし。
 少年は、笑い出すのを必死にこらえて、演技した。
「うあー、やられたああぁ!」
 叫んで、バタンと倒れる。仰向けになってひくひくと震える。
「ゆゆーっ、やったよ! たおれたよ!」
「さすがはまりさたちなんだぜ!」
「やっちゃ やっちゃ!」
 勝ち誇るゆっくりたち。どの顔も歓喜に染まっている。
「ゆっくりとどめをさすよ! 赤ちゃんたちものってね!」
「ゆっくち とどめをさちゅね!」
 勢いのままに、少年の上に飛び乗るゆっくりたち。
 心の中は誇らしいきもちでいっぱいだ。
  こんなおおきな にんげんさんを たおせたよ!
  あかちゃんたちの かたきをとったよ!
 顔の上や腹の上で、ぼよんぼんと跳ねまくる。
「ゆうー、ゆうー、やっつけたよ!」
「「「「やっちゅけたよ!」」」」
 腹の上で、とうとう勝利宣言した。
「どうだ、みたかなんだぜ!」
「さすがはおとーちゃんだよ!」
「ゆっくちやっちゅけたね!」
「まりさはすごいよ! それじゃあ、あかちゃんたちのぶんまでゆっくりしようね……!」
「ゆっ、そうだぜ! みんなでゆっくり、ゆっくりしていってね!」
「ゆっくり!」
「ゆっくち!」
 ぽよん! ぴょん! と跳ねる家族。空中でペタッと頬を合わせた後は、
「「「すーりすーり……しあわせー!!!」」」
 全員ですりすりをして、しあわせをキメた。
「さあ、ゆっくりかえろうね!」
「「「ゆっ!」」」
  いろいろあったけど きょうもゆっくりおうちへかえるよ……!
 そう思ったときだった。
「くっくっくっくっく……ククククク」
「ゆっ? だあれ?」
「ゆっくりでてきてね!」
 キョロキョロと辺りを見回すゆっくり家族。
 それも当然、この場にはもう敵はいないはずなのだから。
 だがそれこそはファンタジー。現実の見えないゆっくり特有の妄想、いや願望にすぎなかった。
「あっはっはっはっは!!!」
「「「ゆぅーーーーーーーーっ!!!?」」」
 爆笑しながら立ち上がったのは、死んだと思った少年。
 死んだどころか、今まで必死に笑いをこらえていただけだった。
 立ち上がりざまにパンチを放つ。
「ゆっくりしていってねっ! オラッ!」
「ゆびゅぅっ!?」
 ドムッ、とれいむの顔面を直撃。左目の下に大穴が開く。
 突っ込んだ手先で、グジュッと握る。中枢餡子を壊されてれいむがわめく。
「あぎゅああああああああっ!? ゆっぶぴっねっねっねっねねねねねね」
 途中からは、意味のない痙攣だ。リボンを揺らしてブルブル震え、声の名残をこぼすだけ。
「うりゃっ♪」
 グーにした手を、引き抜く少年。ガボォッ! と餡子があふれ出し、穴あきれいむは地面に落ちた。
「ね゛ね゛ね゛ね゛ねね゛っ ね゛ ね゛ ね゛   ね゛」
 バスバスバス、と土煙をあげて狂ったように暴れていたれいむが、やがてゆっくり静かになった。
「ね……」
 それを見て少年は大歓声。
「あーははははは、あっはっは! ねねねねだって! 何コイツぅー!」
「ゆ・ゆ・ゆ゛・……」
 目を見開いて、ブルブル震える母まりさと残った家族たち。 
  なんだろう、こいつ?
  しんだんじゃ なかったの?
  なんでもいい ゆるせない!
「ゆっくりじっでねええええええええ!!!」
 涙交じりの半狂乱で、ふたたびいっせいに襲い掛かった。
 びよんぼよんどよん! ぴょんぽにょんぴにょん!
「こいつ、こいづぅっ! しねっ、じねっ!」
「ゆむぅっ! ゆむっぅっ!」
「くらえっ、えいえいっ! ゆっくちちんでね!」
 必殺の攻撃、のはずだった。これなら倒せる、すぐにも勝てる、そう思った。
 思いながら頭上を見たまりさは、呆然とした。
 少年が、股間に手をやり、
 見たことのないものを取り出していた。
  あれは……なに?
「あっはっはっは、あーっはっはっはっはっは!!!」
 けたたましく笑いながら、少年は突然、放尿した。
 包茎の幼い性器から、奔流を勢いよく。
  シャアアアアアアアアアアア
「ゆぐううううううううっ、これなんなのおおおお!?」
「くっ、くちゃいよおおおお!!?」
 絶叫するゆっくりたちに、狙い定めて注ぎかける。
 昼間にたっぷり麦茶を飲んだ。膀胱は満タン、120パーセントだ。
 湯気の立つ金色の液体が母まりさに当たる。男の子だから、狙いを定めるのは得意中の得意だ。
  ビチチチチチチチッ!
 叩くような音とともに、白い饅頭皮にみるみる穴がうがたれ、頬の中の餡子までえぐっていく。
「ゆげえええええええ!!!? みずっ、みずであながあいちゃうよおおおお!?」
 ゆっくりは人間の性器など知らない。野生のゆっくりはお湯を見たこともない。
 ただ、温かい水にえぐられるという、前代未聞の体験に、パニックするばかりだ。
「やめでね! やめでね! やめでね!」
「ははは、あーっはっはっは!」
「まりざが しんじゃうでしょおおおおお!!?」
 ずりずりと這いずって逃げようとするが、すでに遅い。
 頬の中まで、だぷだぷに尿を注がれた。
 小便まみれで涙と鼻水まみれ、アンモニアくさい溶けかけの饅頭崩れになって、泥の上でぐりょぐりょうごめくだけ。
 もうだめだ、と絶望した。こんなことになったら、逃げられない。
  さよならあかちゃんたち もっとゆっくり したかったよ――
 パニックの中の、そんな一抹の思いすら、少年の爆笑がかき消した。
「しょんべんまんじゅう! しょんべんまんじゅう! うわあー、きったねー、くっせー!」
 大声ではやしたてながらまりさの周りをぴょんぴょんと踊りまわると、五歩ほど離れて石をつかんだ。
「もう一回言えよ! やめてねーって! ほら!」
「ま゛っ、まりざにひどいこと……」
「うるせー」
 びゅっ、と風を切って投げられた石が、ドボッ、とまりさの額に埋まった。
  あ゛っ
 まりさは、生前の表情をほぼ残したままで、悲鳴も上げずにだらりと死んだ。
「ゆびっ びっ びっ びっ」
 残されたのは、三匹の赤ゆっくりたちだけ。
 恐怖のあまりガッと口を開けて痙攣している。
 その目の前に、少年がポイッと石を放った。
「ほら、さっさと逃げろよ。チビども」
「ぴっ!?」
 ドスッと石が落ちると同時に、我に返った赤ゆっくり。
「ぴぎゃあああああああああ!!!」
 絶叫しながら後ろを向いて、ぴょんぴょんぽよんと逃げ出した。
「ははははは!」
 笑いながら天を仰いだ少年は、手近の石に腰を下ろした。
 そのまま静かに、ちいさな跳躍音が消えていくのを見守った。

 と思ったらいきなり立って、駆け出した。
「ははははははは待て待て待て待て待て、まぁてぇ~~~!」
 ザザザザッと茂みを駆け抜けると、あっという間に追いついた。必死に逃げる二匹のれいむと、一匹のまりさ。
 ぴょんぴょんぽよんと伸び縮み、まるでトマトが跳ねてるよう。
「ゆっ! ゆうっ! ゆっくちっ! にげるよっ!」
 息も絶え絶え、汗まみれ。周りのことなど見えていない。
 だからいきなり人間が現れると、心底、肝をつぶした。
「赤ちゃーん、なにしてるの?」
「ゆゆゆゆう!?」
「追いかけっこ? じゃあー……タッチ!」
 ぴょん! と跳ねたところを狙って、バシッ! と上からたたきつけた。
「ゆびゃっ!」
 地面に落ちて、破裂する赤れいむ。平たく潰れた皮の上で、リボンだけが美しい蝶のように開閉した。
  ゆぅ……ゆぅ……
「あと二匹ー♪」
「ゆびぇえええええ!」
「ゆっくぢぃぃぃぃ!」
 死に物狂いで走るれいむとまりさ。草を飛び越え、丸太をくぐり、石を乗り越え、記録的な速さで走っていく。
 ぴょーん ぴょーん もぞもぞもぞもぞ ぴょんぴょーん!
 ――だがその速度も、少年の脚力の三分の二にも満たなかった。
 ダダダダーッ! と少年は大回り。ゆっくりたちの前方にさっさとたどりついて、両手を広げて待ち構える。
 そうとも知らず走ってきた、直径五センチもない赤ゆっくりたちは……。
「はい、ゴール」
 ぽてん、ぽてん! と少年の両手にぶつかって落ちた。
「ゆきゃっ!」
「ゆぶっ!」
 気が付けば、手のひらに乗せられていた。
 無垢で凶暴な、キラキラ光る目が二匹をにらむ。
 二匹はもはや抵抗の気力もない。すべて終わった。何もかもダメだ。
 これから姉妹や両親のように、残虐極まりない方法で殺されてしまうんだ。
「ゆ……」
 涙が、滝のようにあふれだした。
「ゆぁーんゆぁーん、ゆぁーん!」
「れいぶ、ちぬのいやだよおおおお!!」
「まりざ、もっとゆっくちちたかっだよおおお!!」
 珍しそうに見ていた少年の顔が、ふと曇った。
「おまえら……そんなに死ぬのいやなの?」
「いやだよおおおおおお!!」
「ゆっくちいきたいよおおお!!」
「いたくちないでねえええ! おねがいねええええ!?」
「……っち、しょうがねーなー」
「ゆ?」
 ふと見れば、少年は苦笑していた。先ほどまでの高笑いとは別人のような顔。
 ――いや、実は同じ表情なのだ。少年というものは気まぐれで、たいした理由もなくころころ表情を変える。
 だから、この苦笑にも、慈悲の意味などないのだ。
 しかし赤ゆっくりに、そんなことはわらなかった。
「おにーさん、たちゅけてくれるの!?」
「おまえら、がんばったからな! うちにつれてってやるよ!」
「ゆーっ、ほんとう?」
「おうちはいいよ! ゆっくちおろちてね!」
 だがそんなこと、気にする少年ではない。
 ギュッと握ったゆっくり二匹を、尻ポケットにずぼっと入れて、またも前触れなく走り出した。
「っけね早く帰んないと、もう真っ暗だ!」
 狭く苦しい布の間で、二匹のゆっくりは必死に叫びかける。
「だちてね! ゆっくち出ちてねえええ!」
「ここはちぇまいよおおおお!」
「つぶれちゃうよおおおお!」
 そんな声はしかし、少年に届くはずがない。
  ザザ ザザザ ザザザザ ザザザ 
 草をけり、丸太を駆け渡り、岩を飛び越えて駆ける少年。
 その敏捷さは、まるで羽根が生えているよう。
 いや、生えているのだ、少年には。
 体になくても、心の翼が。
 その翼の命じるまま、少年は飛ぶ。
「そりゃーっ!」
 崖から下へ。ちょっと目測を誤った。
  ズザザザザザザザ!   
 尻から落ちて、下へとすべる。幸い土の崖で、あまり痛くはなかった。
「おぃーつつつ……」
 ちょっと顔をしかめただけで、少年はまた駆け出す。
 頭にあるのは、母親がくれるであろうお説教と、その後に出てくるおいしい晩御飯のことだけ。
 少し前のことなど忘れている。

 ズボンの右後ろのポケットに残った、べったりした餡子。
 帰った後でそれを見てすら、少年はなかなか思い出せない。
 なんでこんなものがポケットに入ってるんだっけ?
 だってあんなこと、珍しいことでもなんでもない!

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年11月29日 02:45
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。