間桐桜

【表記】黒桜、桜
【俗称】
【種族】魔術師
【備考】
【切札】

【設定】

Q:桜ルートで桜は”霊長に対する脅威”となっていたと思われますが、この時、霊長の抑止力は作動していたのでしょうか?

A:まだあの段階では発生しません。・・・・・・とは言いつつも、抑止力が働いたかどうかは水掛論になりかねないので・・・・・・。

黒い影【??】
正体不明の存在。
陸にあがったクラゲのような印象で、通常攻撃は一切通用せず、出会ってしまったが最後殺されるか、影がかつてに消えてくれるのを待つしかない。
セイバールート、凜ルートときて、いい加減もうネタがつきただろう、と思った頃に現れるピックリドツキリエネミー。


【戦闘描写】

 影が浮き立つ。
 以前とは比べ物にならない魔力の固まり、サーヴァントの宝具に匹敵する“吸収の魔力”。
 それは一つだけに留まらず、次々と鎌首をもたげていく。
 湧き上がる影は四身。
 それは少女を守護する巨人のように、眼下のちっぽけな人間へと手を伸ばす。
 影の巨人が迫る。
 防ぐ事も躱す事もできぬ絶大な力が、遠坂凛を飲み込んだ。
 黒い波が迫る。
 遠坂凛というちっぽけな獲物を逃がすまいと両手を広げ、高波となって襲いかかる。
「Es lt fr(解放、)ei.Werkz(斬撃)g―――!」
 だが、黄金の一閃が巨人の存在を許さない。
 既に六体。
 際限なく涌き上がってくる黒身の呪いを、凛は一刀の元に両断していた。
 黒身の巨人は、その一体一体がサーヴァントの持つ宝具に匹敵する。
 巨人は遠坂凛にとって、一体だけであろうと逃れられない死の化身なのだ。
 それを、既に六体。
 しかも悉く一撃で消滅させ、遠坂凛は苦もなく崖を駆け上がりながら、
 七体目の影を、短剣の一振りでかき消していた。
「そんな筈――――
 Es erzh(声は遠くに)lt―――Mein (私の足は)Schatten (緑を覆う)nimmt Sie……!」
「しつこい……! Gebhr,Zweih(次、)aun(接続)der…………!」
 宝石の剣が光を放つ。
 無色だった刀身は七色に輝き、その中心から桁外れの魔力を提供し、
「Es lt fr(解放、)ei.EileSal(一斉射撃)ve――――!」
 大空洞を、眩いばかりの黄金で照らし上げる……!
 侵入を拒んでいた影たちを一掃し、遠坂凛は崖を上りきった。
 ……少女の呟きと共に、無数の影が立ち上がる。
 その数は先ほどの比ではない。
 間桐桜の焦りか、それとも、彼女の背後に浮かぶモノが、主の危機を感じ取ったのか。
 遠坂凛という、取るに足らない人間一人に対して繰り出された魔力は、数値にして一億を越えていた。
「―――また大盤振舞ね。協会の人間がいたら卒倒するわよ。それだけの貯蔵量があれば、むこう百年は一部門を永続できるってね」
「―――それを斬り伏せる姉さんはなんですか。わたしが引き出せる魔力は、姉さんの何千倍です。姉さんには一人だって、影(わたし)を消す魔力なんてないのに、どうして」
「どうしても何も、純粋な力勝負をしてるだけよ。
 わたしは呪いの解呪なんてできない。単に、影を創り上げている貴女の魔力を、わたしの魔力で打ち消しているだけ。そんなの見て判らない?」
 ――――宝石剣が一閃される。
 短剣はその軌跡通りに光を放ち、間桐桜を守る影を消滅させる。
 そればかりか、小エクスカリバーとも言うべき光と熱は内壁を削り、大空洞を震動させる。
 それは、確かに単純な魔力のぶつけ合いだった。
 今の遠坂凛には、確かに、間桐桜に匹敵する魔力の貯(スト)蔵(ック)があるのである――――
「あ――――あ」
「近づくまでもないわね。こっちはこう見えても飛び道具だし、アンタは影に守られて引き篭もってるし。
 どっちかの力が尽きるまで、打ち合いをするのも悪くないわ。……ま、あんまり続けたらわたしたちより先に、この洞窟が崩れそうだけど」
「っ……!
 まだです、Es be(声は)fieh(遥かに)lt―――Mein Atem(私の檻は) schliet (世界を縮る)alles……!」
「Eine(接続、),Zwei(解放、),RandVer(大斬撃)schwinden――――!」
 目の前の光景を、間桐桜は理解できなかった。
 ただもう、怖れだけで影たちを使役する。
 それを容赦なく打ち払っていく光の剣。
 間桐桜は怯え、混乱していた。
 襲いくる影を光が打ち消していく。
 だが両者の力は互角などではない。
 遠坂凛と間桐桜。二人の戦力差は変わっていない。
 間桐桜の魔力貯蔵量は数億どころか兆に届く。
 時代の一生を以ってしても使い切れぬ量(ソレ)は、無尽蔵の貯蔵と言えるだろう。
「それが間違いだっていうのよ。いくらデタラメな貯蔵があったって、それを使うのは術者でしょう。
 わかる? どんなに水があったって、外に出す量は蛇口の大きさに左右される。
 間桐桜っていう魔術回路の瞬間最大放出量は一千弱。
 ならどんなに貯蔵があっても、一度に放出できる魔力はわたしとさして変わらない……!」
「だから! わたしが用意するのはアンタと同じ貯蔵量じゃなく、毎回一千程度の魔力でいい……!
 そんなバカみたいに肥大した魔力なんて、持っていても宝の持ち腐れよ――――!」
 千の魔力(かげ)に対する千の光ならば、確かに力は拮抗する。
 だが、遠坂凛の魔力は百にも届かない。
 その矛盾。
 本来ならば成立しない拮抗を生み出すものは、言うまでもなく彼女の持つ“剣”の力だ。
 一撃ごとに千の魔力を放出し、更なる魔力を補充する光の剣。
 それは遠坂凛の魔力を増幅しての事ではない。
 彼女はただ、この大空洞に満ちる魔力(マナ)を集め、宝石剣に載せて放っているだけである。
 魔術師個人が持つ魔力(オド)と、大気に満ちる自然の魔力(マナ)。
 どちらが強大であるかは言うまでもない。
 個人として間桐桜に劣る遠坂凛が頼るものは、もう大気の魔力(マナ)しか有り得ない。
 なるほど、確かにこの大空洞に満ちる魔力は千に届く。
 一度きりならば魔力(マナ)の助けを借りて影の巨人を退けられるだろう。
 ―――だがその後には続かない。
 大気の魔力(マナ)とて有限である。
 魔力(マナ)を使い切ってしまえば人間と同じ、その回復には莫大な時間を要する。
 この大空洞(せかい)で、遠坂凛が間桐桜に対抗できるのは一度だけだ。
 ―――だが。それならば、もし、仮に。
 ここに、もう一つの『大空洞』があるとしたら、対抗できる回数はもう一度だけ増える事になる。
 その“もしも”を現実化させるものがあるとしたらどうなるのか。
 並行世界。
 合わせ鏡のように列なる『ここと同じ場所』に穴を開け、そこから、未だ使い切っていない『大空洞の魔力(マナ)』を引き出せるとしたらどうなるのか。
「そう、他所から魔力を引っ張ってるのはアンタだけじゃない。けど勘違いしないでよね。わたしのはそんな無駄に増えたモノじゃない。わたしはあくまで並行して存在する大空(ここ)洞から魔力を拝借してるだけ。
 合わせ鏡に映った無限の並行世界から、毎界一千ずつ魔力を集めて、力まかせに切り払ってるのよ……!」
 大聖杯という、巨大な貯蔵庫を持つ少女が息を呑む。
 ――――宝石剣ゼルレッチ。
 それは無限に列なるとされる、並行世界に路を繋げる“奇跡”。
 この剣の能力はそれだけ。
 わずかな隙間、人間など通れぬ僅かな穴を開け、隣り合う『違う可能性を持つ』世界を覗く礼装。
 そこには魔力を増幅する機能もなく、一撃振るう度に千の魔力を生み出す力もない。
 だがそれで充分すぎる。
 この世界における大空洞の魔力を使い切ったあと、隣り合った世界の大空洞から、まだ使われていない魔力を引き出せばそれでいいのだ。
 使いきれば次に移ればいい。
 そのまた次へ。次へ。次へ。次へ。
 並行世界に果てはない。合わせ鏡の可能性は無限なのだ。
 故に無制限。
 遠坂凛に溜められる魔力量の最大(マックス)が千であろうと関係ない。
 無尽蔵の貯蔵と、無限に続けられる供給。
 魔術回路として性能が互角である以上、二つの事柄はまったくの同位である――――! ……何度目かの地響きが木霊する。
 凛の宝石剣は影を斬り払うだけではない。
 その余りある火力で、少しずつ大空洞を崩壊へと傾かせている。
 そうなっては大聖杯たるこの祭壇も無事ではすまない。
 このまま徒(いたずら)に戦いを続けては間桐桜の敗北となる。
 仮に、遠坂凛の体力が尽きるまで攻め続けたとしても、その後に待つものは洞窟の崩壊なのだ。
 ……影が止まる。
 事此処にいたって、ようやく敵の正体が判ったのか。
 大きく肩を揺らし、苦しげに吐息をもらして、間桐桜は悠然と佇む姉を睨む。
 影が沸き立つ。
 姉に圧され、戦いを拒否しかけていた少女は、絶望と共に呪いを具現化させていく。
 先延ばしにしていた決意を固める。
 限界まで衛宮士郎を待とうとしたが、これ以上は延ばせない。
 なにげない、朝の挨拶のように名前を呼ぶ。
 ―――瞬間。
 遠坂凛は、あっさりと勝負を決めていた。
 彼女にとって最大の武器。
 何物にも替えがたい魔法使いの遺産を、ぽーん、とキャッチボールのように投げて、
「――――Wel(事象)t、End(崩壊)e」
 大空洞は、一面の光に包まれた。
 爆散する。
 人の手では届かぬ奇跡を体現した宝石の剣は、崩壊の際において全ての影を打ち消していく。
 桜は光に怯んで動けない。
 いかに強大な力を得ようと、彼女は戦闘経験がまったくない素人だ。
 だから、その気になれば倒す事は簡単だった。
 遠坂凛はあっさりと間合いをつめる。
 走り抜ける中、背中に隠したもう一本の短剣を握り締める。
 桜は反応できない。
 殺される、と気がついたようだが、あまりにも遅すぎる。
 ……殺された。
 躱す余裕などなく、あの短剣で心臓を突き刺されると理解できた。
 体は反撃を試みるが、絶対に間に合わない。
 間桐桜は、潰れた視力を取り戻した。
 確実に速かった。
 確実に自分を殺せた筈なのに、最後の最後で、彼女は短剣を突き出さなかった。

「判るというよりは共鳴だ。……それはいいが。万が一、間桐桜と戦う事になれば私は撤退する。
 おまえはともかく、私では黒化(こくか)した間桐桜を傷つけられん。戦ったところで勝ち目はない」

「……言峰。影の実体化ってのは、桜が影そのものになるって事か」
「いや。多少の共感はあるだろうが、影の本体は聖杯の中にいる。
 間桐桜を変貌させているものは聖杯の中にいるモノだが、ソレとてあくまで彼女の影なのだ。
 彼女なくして影は存在できない。カタチのない本体は、間桐桜の影になる事で物質界に存在する」
「間桐桜という不完全な聖杯でなければ、中にいるモノはこの世に生まれる事はない。
 だが生んでしまえば、それは間桐桜とは別のモノになる。離れたのなら、彼女を汚染する“呪い”も止まるだろう」
「……言峰。生まれるって言うけど、桜の胎(なか)にそいつは居るのか」
「まさか。そうであれば話は簡単だろう。胎内にいるモノを摘出してしまえば事足りるのだから。
 影の本体は聖杯の中にいる。間桐桜は、あくまでソレに栄養と実像を与えるだけの依り代だ」

「あるとも。初めに説明しただろう。この地には聖杯があり、その聖杯を、人間が用意した聖杯に降霊させるのだ、と。
 大本の聖杯―――聖杯戦争という儀式の法則を司る大頭脳たる魔法陣。それがアインツベルンと遠坂、マキリが用意した『この土地にある聖杯』だよ」

「……まあ、今までと同じ食事でしょうね。ただ規模が段違いになっただけ。
 町中に残った泥(あと)からして一軒一軒訊ねていった……なんて事じゃなかった筈よ。アレは津波みたいにあの一帯に覆い被さって、そのまま地面に溶けていった。よっぽど空腹だったのか、一口で食事を済ませたかったんでしょう」
「けど無機物はお口にあわないみたいね。生きていないモノは通り抜けて、有機物だけを残らず消化していった。
……救いがあるとしたら一瞬で消えたことか。痛みも恐怖も、感じる時間なんてなかったでしょう」
 溶解の結界。
 学校でライダーが張っていたあの結界を、瞬間的かつ強力にした魔術みたいなものだ、と遠坂は説明する。
「問題はそれだけの魔術の発動にも関わらず、魔力を一切感知できなかったって言うことよ。
 ……あれがあの影の仕業だっていうんなら、あいつにとってアレは『魔術』じゃなく、ただの『挙動』にすぎない事になる。……要するに。あれだけ広範囲の溶解も、“黒い影”にとっては寝返りみたいなものだってコト」

 木々の影から生まれるように、アレが、浮かび上がっていた。
「え、なに?」
 後ろを振り向く。
 同時に、黒い影はその触手を伸ばし――――
「とお、さか――――」
 走っても間に合わない。
 俺は、遠坂の体が黒い触手に貫かれるのを目の当たりにしようとし、
「グ――――」
 遠坂を突き飛ばして串刺しにされた、アーチャーの姿を見た。
「え……?」
 突き飛ばされた遠坂は、呆然とアーチャーを見上げている。
「――――――――」
 アーチャーは、終わっていた。
 まだ息はあるし、出血も少ない。
 体を貫かれようが、それが急所でないのならいくらでも再生は可能の筈だ。
 ……それでも、アーチャーはもう戦えないと判ってしまった。
 ……アレはサーヴァントを殺すもの。
 いかに強力な英霊であろうと、その身がサーヴァントとして召喚された以上、あの“黒い影”には敵わない。

 ―――黒い影が躍動する。
 森が死ぬ。
 周囲にある全ての魔力があの影に吸われていく。
「――――」
 間抜けなことに、それが水風船のようだと思ってしまった。
 もういっぱいではちきれそうな風船に、まだ水を注いでいる。
 風船は限界以上に膨れ上がり、破裂して、その中身を外にぶちまけるような厭な予感(イメージ)が――――
「ま――――ずい」
 巻き込まれる。
 ここにいては完全に飲み込まれる。
 ……アーチャーは体に突き刺さった触手を引き抜き、遠坂へと走り出す。

アンリマユ。
 この世全ての悪、なんて、ふざけた呪いがのたうっている。
 ……くそ。
 桜という依り代を無くしても、黒い影は消え去らない。
 育ちすぎた。
 あの影は、もう桜がいなくても外に出れる。
 この大聖杯がある限り、いずれ、自分から外に這い出て来るだろう。
 ――――壊す。
 あの影ごと、この巨大な魔法陣を切り崩す。
 アンリマユの胎動は、大空洞を少しずつ崩壊させている。
 ……だが、この洞穴が崩れたところでアレが消え去るとは思えない。
 アレはこの場で、跡形もなく消し去らなければならないものだ。
 それは可能か。
 ……ああ、出来ない事はない。
 あいつの足元に、ギリギリまで近づいて、大火力をぶっ放す。
 あの黒い炎の中にいるかぎり、アンリマユは動けない。
 いまのうちに、外に出る前に一刀両断して、元の『無いもの』に叩き返す。
 それを可能とするとしたら、それは――――
 俺が知る得る限り最強の宝具で、あの怪物を一掃する。

 大聖杯に満ちた魔力は、もう人間がどうこうできる次元の話ではなかった。
 アレは、もう『無尽』とさえ呼べる魔力の渦だ。
 世界中の魔術師がここに集まって、好き勝手魔力をくみ上げようと尽きない貯蔵量。
 人間が一生を以ってしても使い切れない魔力は、たとえ限度があろうとも、無尽と称しても間違いではない。

 敵意を持つ者、殺意を持つ者にアレは反応する。
「……魔術師殿。真実、あの娘を御し得る方法があるのだろうな? アレの外敵に対する防御本能は過剰にすぎる。理性を無くし、敵味方の判別がつかなくなれば、魔術師殿の声も届くまい。
 そうなっては殺気を消す程度では近寄れぬ。
 アレは『自分を殺す』という結果を先読みし、外敵を排除する類のモノだ」

 実際問題として、わたしは死なない。
 誰もわたしを殺す事なんて出来ない。

「いまのうちに死んでおけよ娘。馴染んでしまえば死ぬ事もできなくなるぞ?」
「聖杯の出来そこないを期待していたが、まさかアレに届くほど完成するとはな。惜しいと言えば惜しいのだが、」
「選別は我(オレ)の手で行う。死にゆく前に、適合しすぎた己が身を呪うがいい」
“何か”は、一瞬のうちに、たくさんの刃物で滅多刺しにされてしまった。
 刺されているのはあの子なのに、どうして後ろから見ているわたしが痛いんだろう。
 死んでいるのはあの子なのに、どうしてわたしが倒れているんだろう。
 夢見ているのはわたしなのに、どうして――――
    わたしの体は、ズタズタにされてるんだろう?
 おなかからピンク色のグチャグチャがはみ出ていて、これじゃみっともないですよね。
 はみ出した腸を仕舞おうと手を動かしたけど、両手はブラブラで皮一枚でしか繋がってない。
 足―――足はあるけど、そもそも腰から下が、鶏肉の足みたいに、あっさりもげてる。
 声を出すと、背中にカミナリが落ちたみたいに痛かった。
 でも手足がないから跳ね起きられない。
 金色の人はパチンと指を鳴らして、わたしの体よりおっきな刃物で、わたしの首を断ちにきた。
 宝具で全身を貫かれた女は、貼り附けにされた虫のように路面に這いつくばる。
 女にはまだ意識があった。
 もはやどうあっても助からない命だというのに、未練がましく、動く筈のない手足を動かそうと努力している。
 金色の男―――ギルガメッシュと呼ばれる英霊は、無慈悲に最後の一撃を振り上げる。
 ようやく手に入れた些細な倖せに縋るよう、肘から先のない手を伸ばして、
 断頭の剣が落ちる。
 女の意識は血にまみれたまま、覚める事なく、薄汚れた路地裏で消え去った。
「――――ぬ?」
 振り向いた時には遅かった。
「――――貴様、よもやそこま、ガ――――!!!???」
 足元から飲み込まれていく。
 逃げ場などない。

 影が躍る。
 間桐桜の足元から、夥しいまでの黒色が中庭を蹂躙していく。

 放たれた影は、あの“黒い影”と同位のものだ。
 触れればそれで終わる。
 一度でも掠(かす)れば肌に張り付き、瞬く間に遠坂凛を覆い尽くす。
 ――――その果て。
 サーヴァントでさえ脱出できない影に飲まれれば、遠坂凛という魔術回路は抵抗さえ出来ずに吸収される。

 矢継ぎ早に繰り出される影の触手。
 それが“黒い影”による物ではなく、間桐桜が保有する“魔術”なのだと凛は悟る。
 間桐の魔術は他者を律する束縛だ。
 だが、もともと桜は遠坂の人間―――架空元素、虚数を起源とする影使い。
 その二つの属性を持つ間桐桜だからこそ、あの“黒い影”をあそこまで具現化できる――――!

 もとより魔力の絶対量が違いすぎる。
 今の桜の魔力は無尽蔵だ。
 その貯蔵量は億に届く。
 貯蔵量が三百ほどの凛から見れば、今の桜は底なしの“怪物”だった。
 サーヴァント中最大の魔力量を誇るセイバーを操り、“黒い影”を自在に操る。
 ……そんな規格外の魔術師、サーヴァントを以ってしても打倒しうるかどうか。
「…………まず。魔術自体は単純だけど、とにかく量が違いすぎる――――」
 肩で息をしながら変貌した桜を見据える。
 ……勝ち目などないし、逃げ道すらない。
 仮に、今の桜―――つまり聖杯と同位の魔力の供給源があれば話は違うのだが、そんなものは出来ていない。

 彼女の“影”からは逃げられない。
 その気になれば一息のうちに中庭はおろか屋敷の全てを覆い尽くせるのだ。
 少しずつ“影”の範囲を広げていく桜に、凛は成す術もなく敗北した。

「………そう。わたしに逆らうのねライダー。
 なら、貴女も取り込みます。予定外のモノを摂ったから、これ以上サーヴァントは要らないのだけど―――― 貴女は、特別にセイバーと同じにしてあげる」
 ……影が立ち上がる。
 ……ライダーの裏切りで本気になったのか、桜から広がる影は中庭を覆い尽くす。
 ……周囲はとうに黒く染まっていた。
 ライダーは逃げる素振りも見せず、処刑を待つ罪人のように、這い寄る影を正視する。

 アーチャーは、終わっていた。
 まだ息はあるし、出血も少ない。
 体を貫かれようが、それが急所でないのならいくらでも再生は可能の筈だ。
 ……それでも、アーチャーはもう戦えないと判ってしまった。
 ……アレはサーヴァントを殺すもの。
 いかに強力な英霊であろうと、その身がサーヴァントとして召喚された以上、あの“黒い影”には敵わない。

 ―――黒い影が躍動する。
 森が死ぬ。
 周囲にある全ての魔力があの影に吸われていく。
「――――」
 間抜けなことに、それが水風船のようだと思ってしまった。
 もういっぱいではちきれそうな風船に、まだ水を注いでいる。
 風船は限界以上に膨れ上がり、破裂して、その中身を外にぶちまけるような厭な予感(イメージ)が――――
「ま――――ずい」
 巻き込まれる。
 ここにいては完全に飲み込まれる。
 ……アーチャーは体に突き刺さった触手を引き抜き、遠坂へと走り出す。
 なら、俺は――――
 イリヤを守る。
 この場で二人に手を伸ばす事はできない。
 遠坂にはアーチャーがいて、イリヤには誰もいない。
 なら俺が、
 バーサーカーの代わりを果たさなければ――――!
「イリヤ、伏せろ……!」
 力ずくでイリヤを倒す。
 そのまま、イリヤを隠すように覆い被さった瞬間。
 視界と知覚が、黒一色に染め上げられた。
「ぁ――――」
           熱い。
 体が吹き飛ばされそうだ。
 凝縮し、解放された魔力の波は暴風となって森を侵す。
           ない。
 視界はまっくろ。
 こんなにハッキリ見えているのに暗いってコトは、黒い太陽でも落ちてきたのか。
          体(じぶん)が、ない。
 だから、きっと太陽の熱で溶かされたのだ。
 体がない。
 痛みより、触覚がない喪失感が気色悪い。
「は――――あ――――ぁ――――」
 でもそれは困る。
 体がないとイリヤを守れない。
 黒い影はイリヤを連れて行こうとする。
 それに、右腕で懸命に抗った。
 イリヤの体を右手で抱いて、とにかく地面に張り付いたのだ。
「は――――あ」
 それで、ようやく判った。
 体はある。だって体がないとイリヤは守れない。
 ……まったく、大げさに取り乱したもんだ。
 なくなったのは左腕だけ。
 じゅっ、と音をたててキレイさっぱり消え去ったのは左腕だけで、体はちゃんと残っている。
 ……ただ、それでも喪失感は変わらない。
 二本あったうちの一本がなくなっただけだというのに。
 まるで体がなくなってしまったと思うほど、大きく何かが欠けてしまった。
「――――――――」
 ……消えていく。
 今ので力を使い果たしたのか、“黒い影”は跡形もなく溶けていった。

「ヌ――――貴様、何故動ける……!?」
 渾身の一撃を斬り落とされ、後退しながらアサシンは声を上げる。
 それを。
「知れた事。私は他の連中のようにまっとうな英雄ではない。正純ではない英霊ならばあの泥と同位。
 つまり――――」
 勝機と見たのか、アーチャーは逆走する形で踏み込み、
「おまえほどではないが、この身も歪(いびつ)な英霊という事だ…………!」

 少女から離れること三間。
 蜘蛛のように壁に張り付いたまま、アサシンは虚空に呼びかける。

 瞬間。
 壁に這っていた白い髑髏が、巨大な闇に飲み込まれた。
「ギ――――!?」
「な――――!?」
 驚愕など遅い。
 暗殺者は一撃のもとに体を圧縮され、原型を留めるは仮面のみ。

 断末魔さえ影に飲まれる。
 白い髑髏の暗殺者は、跡形もなく少女の影に飲み込まれた。

 自らの心臓を抉り、体中の神経をズタズタにしながら、少女は涼しげに笑っていた。

「やめてください。そんな目でわたしを見ないで。
 ……だいたい先輩がいけないんですよ? セイバーを助けたりするから、最後の最後で姉さんはわたしを殺しそこなったんです。
 セイバーの助けがなかったら、殺されていたのはわたしの方だったのに」

 影が落ちる。
 何か巨大な壁が出来たように、柱からの光が閉ざされる。
 ……湧き上がる黒い影。
 何処から現れたのか、巨人たちは牢獄のように迫ってくる。
「――――――――」
 逃げ場はない。
 巨人たちは溶け合い、津波となって俺を飲み込んだ。
 一瞬にして全身の感覚が消失する。




【能力概要】


【以上を踏まえた戦闘能力】


【総当り】


「いまのうちに死んでおけよ娘。馴染んでしまえば死ぬ事もできなくなるぞ?」

「聖杯の出来そこないを期待していたのだが、まさかアレに届くほど完成するとはな。
惜しいと言えば惜しいのだが、」
「選別は我(オレ)の手で行う。死にゆく前に、適合しすぎた己が身を呪うがいい」

彼女―――間桐桜の変貌は最終段階を迎えていた。
影と一体化する彼女にとって、この世界に肉を持って存在する事自体が拷問である。

「いや。多少の共感はあるだろうが、影の本体は聖杯の中にいる。
間桐桜を変貌させているものは聖杯の中にいるモノだが、ソレとてあくまで彼女の影なのだ。
彼女なくして影は存在できない。カタチのない本体は、間桐桜の影になる事で物質界に存在する」

耐えられる耐えられる、おぬしの肉ならば見事に“復讐者(アヴェンジャー)”を纏うであろう!」

少女は完全に変わっている。身を包む装束は、彼女の影そのものだ。
アレは剥き出しの体に、自らの暗い魔力を纏っている。
―――その魔力量、存在感、ともに人間(ヒト)のモノではない。
今の少女は純粋なる英霊、抑止の守護者(カウンターガーディアン)と同格の位に達している。

その重圧、変貌に圧倒され、凛は僅かに後退する。……少女の変貌は
凛の予想を上回っていた。アンリマユとは実体を持たないサーヴァント。
人間の空想がカタチどり、人の願いをもって受肉する“影”にすぎない。
故に、その力は影を生み出す寄り代(マスター)に委ねられる。
間桐桜は、いまやアンリマユそのものだった。“この世全ての悪”という呪い、
それを外界に流出させ、指向性を持たせる「機能」が、間桐桜という少女なのである。

………そう。
わたしに逆らうのねライダー。
なら、貴女も取り込みます。
予定外のモノを摂ったから、これ以上サーヴァントは要らないのだけど
――――貴女は、特別にセイバーと同じにしてあげる






 闇が落ちた。
 光が途絶えた事による闇ではない。
 強烈な閃光、太陽を直視したように、網膜が黒い光に麻痺している。
 ―――右も左も、上も下も分からない完全な闇。
 唐突に、何も“無い”世界に飲み込まれたような、厭な錯覚。
 潰れた視界、一点の光もない森を手探りで歩く。
 だだ、不安なのは周りの音だ。
 暴風はいつのまにか止んでいる。
 がん、ごん、という音もさっきからしなくなった。
 あれだけ密集していた木にぶつからなくなった事に、なにか意味があるのだろうか……?
 感触のない無を歩いていく。
 ……いくらここが森の中だと知っていても、ここまで暗いとよくない想像をしてしまう。
 例えば、そう。
 いつのまにか自分が、
 出口のない影の世界に囚われたような、質の悪い冗談とかを。
(桜ルート十日目『呪層界胎蔵曼荼羅』)


 黒い波が迫る。
 遠坂凛というちっぽけな獲物を逃がすまいと両手を広げ、高波となって襲いかかる。
「Es lt fr(解放、)ei.Werkz(斬撃)g―――!」
 だが、黄金の一閃が巨人の存在を許さない。
 既に六体。
 際限なく涌き上がってくる黒身の呪いを、凛は一刀の元に両断していた。
「な――――」
 驚きは影の主たる、間桐桜のものだ。
 少女が目を見張るのも当然である。
 黒身の巨人は、その一体一体がサーヴァントの持つ宝具に匹敵する。
 巨人は遠坂凛にとって、一体だけであろうと逃れられない死の化身なのだ。
 それを、既に六体。
 しかも悉く一撃で消滅させ、遠坂凛は苦もなく崖を駆け上がりながら、
 七体目の影を、短剣の一振りでかき消していた。
「そんな筈――――
 Es erzh(声は遠くに)lt―――Mein (私の足は)Schatten (緑を覆う)nimmt Sie……!」
「しつこい……! Gebhr,Zweih(次、)aun(接続)der…………!」
 宝石の剣が光を放つ。
 無色だった刀身は七色に輝き、その中心から桁外れの魔力を提供し、
「Es lt fr(解放、)ei.EileSal(一斉射撃)ve――――!」
 大空洞を、眩いばかりの黄金で照らし上げる……!
「ふっ――――!」
 侵入を拒んでいた影たちを一掃し、遠坂凛は崖を上りきった。
 目前には間桐桜。
 黒い少女は愕然と、ここまで駆け上がってきた姉を凝視する。
「うそ――――そんな、はず」
 ……少女の呟きと共に、無数の影が立ち上がる。
 その数は先ほどの比ではない。
 間桐桜の焦りか、それとも、彼女の背後に浮かぶモノが、主の危機を感じ取ったのか。
 遠坂凛という、取るに足らない人間一人に対して繰り出された魔力は、数値にして一億を越えていた。
「―――また大盤振舞ね。協会の人間がいたら卒倒するわよ。それだけの貯蔵量があれば、むこう百年は一部門を永続できるってね」
「―――それを斬り伏せる姉さんはなんですか。わたしが引き出せる魔力は、姉さんの何千倍です。姉さんには一人だって、影(わたし)を消す魔力なんてないのに、どうして」
「どうしても何も、純粋な力勝負をしてるだけよ。
 わたしは呪いの解呪なんてできない。単に、影を創り上げている貴女の魔力を、わたしの魔力で打ち消しているだけ。そんなの見て判らない?」
「それが嘘だって言ってるんです……!
 姉さんにはそれだけの魔力はない。いいえ、さっきから何度も放ってる光は、まるで」
 最強のサーヴァント。
 セイバーの宝具、エクスカリバーの光そのものではないか、と少女は歯を軋ませる。
「……その剣ですか。考えられないけど、それはセイバーの宝具の力を真似ている。姉さんに残った微弱な魔力でも起動する、影を殺すだけの限定武装――――」
「は? ちょっと、そんなコトも判らないの? 貴女今まで何を習ってきたのよ、桜」
「な――――バ、バカにしないで……! だって、そうでなくっちゃ説明が」
「説明も何もない。これはセイバーの宝具のコピーでもないし、影殺しの魔剣でもない。これはね、桜。遠坂に伝わる宝石剣で、ゼルレッチって言うの」
「え……? ぜるれっち……?」
「呆れた。ゼルレッチの名前も知らないのね。
 ……なんか説明するのも馬鹿らしくなってきたけど、まあ、要するに貴女の天敵よ。
 今の貴女は魂を永久機関にして魔力を生み出す、第三魔法の出来そこない。
 そしてわたしは―――無限に列なる並行世界を旅する爺さんの模造品、第二魔法の泥棒猫っ(コピーキャット)てコト……!」
 ――――宝石剣が一閃される。
 短剣はその軌跡通りに光を放ち、間桐桜を守る影を消滅させる。
 そればかりか、小エクスカリバーとも言うべき光と熱は内壁を削り、大空洞を震動させる。
 それは、確かに単純な魔力のぶつけ合いだった。
 どのような魔術――――いや、魔法を使ったのか。
 今の遠坂凛には、確かに、間桐桜に匹敵する魔力の貯(スト)蔵(ック)があるのである――――
「あ――――あ」
「近づくまでもないわね。こっちはこう見えても飛び道具だし、アンタは影に守られて引き篭もってるし。
 どっちかの力が尽きるまで、打ち合いをするのも悪くないわ。……ま、あんまり続けたらわたしたちより先に、この洞窟が崩れそうだけど」
「そんな……打ち合いなんて、それも嘘です。
 姉さんには、もうこれっぽっちも魔力なんて残っていない。その剣がなんであれ、もう次の攻撃なんて出来ないはず――――」
「そ? ならやってみましょう。いいからかかってきなさい桜。貴女が何をしてきてもわたしには届かない。
 荒療治だけど、ま、授業料って思って諦めるのね。ちょっと強くなったからって我が侭放題したコト、後悔させてあげるから」
「――――!」
「っ……!
 まだです、Es be(声は)fieh(遥かに)lt―――Mein Atem(私の檻は) schliet (世界を縮る)alles……!」
「Eine(接続、),Zwei(解放、),RandVer(大斬撃)schwinden――――!」
「――――――――」
 目の前の光景を、間桐桜は理解できなかった。
 ただもう、怖れだけで影たちを使役する。
 それを容赦なく打ち払っていく光の剣。
 間桐桜は怯え、混乱していた。
 それ故に気付かない。
 遠坂凛の額の汗。
 一撃振るう度に腕の筋肉を切断していく、宝石剣からの代償(ペナルティー)に。
「っ――――貯蔵(ストック)に関しちゃあ負けないんだけど、わたしの体が何処までもつか、か――――」
 襲いくる影を光が打ち消していく。
 だが両者の力は互角などではない。
 遠坂凛と間桐桜。二人の戦力差は変わっていない。
 間桐桜の魔力貯蔵量は数億どころか兆に届く。
 時代の一生を以ってしても使い切れぬ量(ソレ)は、無尽蔵の貯蔵と言えるだろう。
「どうして――――!? わたしは誰よりも強くなった。
もう誰にも叱られなくなった。
 なのに、どうしていきなり、そんな都合よくわたしに追いつくんですか……! 姉さんの魔力じゃわたしに飲まれるしかないのに……!」
「それが間違いだっていうのよ。いくらデタラメな貯蔵があったって、それを使うのは術者でしょう。
 わかる? どんなに水があったって、外に出す量は蛇口の大きさに左右される。
 間桐桜っていう魔術回路の瞬間最大放出量は一千弱。
 ならどんなに貯蔵があっても、一度に放出できる魔力はわたしとさして変わらない……!」
「きゃっ……!?」
「だから! わたしが用意するのはアンタと同じ貯蔵量じゃなく、毎回一千程度の魔力でいい……!
 そんなバカみたいに肥大した魔力なんて、持っていても宝の持ち腐れよ――――!」
 振るわれる光の線。
 千の魔力(かげ)に対する千の光ならば、確かに力は拮抗する。
 だが、遠坂凛の魔力は百にも届かない。
 その矛盾。
 本来ならば成立しない拮抗を生み出すものは、言うまでもなく彼女の持つ“剣”の力だ。
 一撃ごとに千の魔力を放出し、更なる魔力を補充する光の剣。
 それは遠坂凛の魔力を増幅しての事ではない。
 彼女はただ、この大空洞に満ちる魔力(マナ)を集め、宝石剣に載せて放っているだけである。
 魔術師個人が持つ魔力(オド)と、大気に満ちる自然の魔力(マナ)。
 どちらが強大であるかは言うまでもない。
 個人として間桐桜に劣る遠坂凛が頼るものは、もう大気の魔力(マナ)しか有り得ない。
 なるほど、確かにこの大空洞に満ちる魔力は千に届く。
 一度きりならば魔力(マナ)の助けを借りて影の巨人を退けられるだろう。
 ―――だがその後には続かない。
 大気の魔力(マナ)とて有限である。
 魔力(マナ)を使い切ってしまえば人間と同じ、その回復には莫大な時間を要する。
 この大空洞(せかい)で、遠坂凛が間桐桜に対抗できるのは一度だけだ。
 ―――だが。それならば、もし、仮に。
 ここに、もう一つの『大空洞』があるとしたら、対抗できる回数はもう一度だけ増える事になる。
 その“もしも”を現実化させるものがあるとしたらどうなるのか。
 並行世界。
 合わせ鏡のように列なる『ここと同じ場所』に穴を開け、そこから、未だ使い切っていない『大空洞の魔力(マナ)』を引き出せるとしたらどうなるのか。
「っ……! その歪み、聖杯と同じ――――まさか、姉さん!?」
「そう、他所から魔力を引っ張ってるのはアンタだけじゃない。けど勘違いしないでよね。わたしのはそんな無駄に増えたモノじゃない。わたしはあくまで並行して存在する大空(ここ)洞から魔力を拝借してるだけ。
 合わせ鏡に映った無限の並行世界から、毎界一千ずつ魔力を集めて、力まかせに切り払ってるのよ……!」
「……!」
 大聖杯という、巨大な貯蔵庫を持つ少女が息を呑む。
「そんな。そんな、デタラメ……!」
「わかった桜? そっちが無尽蔵なら、こっちは無制限ってコト――――!」
 ――――宝石剣ゼルレッチ。
 それは無限に列なるとされる、並行世界に路を繋げる“奇跡”。
 この剣の能力はそれだけ。
 わずかな隙間、人間など通れぬ僅かな穴を開け、隣り合う『違う可能性を持つ』世界を覗く礼装。
 そこには魔力を増幅する機能もなく、一撃振るう度に千の魔力を生み出す力もない。
 だがそれで充分すぎる。
 この世界における大空洞の魔力を使い切ったあと、隣り合った世界の大空洞から、まだ使われていない魔力を引き出せばそれでいいのだ。
 使いきれば次に移ればいい。
 そのまた次へ。次へ。次へ。次へ。
 並行世界に果てはない。合わせ鏡の可能性は無限なのだ。
 故に無制限。
 遠坂凛に溜められる魔力量の最大(マックス)が千であろうと関係ない。
 無尽蔵の貯蔵と、無限に続けられる供給。
 魔術回路として性能が互角である以上、二つの事柄はまったくの同位である――――! ……何度目かの地響きが木霊する。
 凛の宝石剣は影を斬り払うだけではない。
 その余りある火力で、少しずつ大空洞を崩壊へと傾かせている。

最終更新:2011年12月02日 23:15