言峰綺礼

Q.言峰、バゼット、葛木、“メルブラ”の都古や軋間紅摩の中で、魔術、武器を使わない純粋な肉弾戦で戦ったらトップ3は誰になりますか?
A.軋間は存在自体が神秘の類になってしまうので除外。
本人にその気がなくても薬物検査にひっかかる選手みたいなもんです。
このメンツなら純粋に強いのはバゼット。
一戦だけ&闇討ち上等、という限定なら葛木。
言峰が十年若ければバゼットさんよりトータルで強い。

あれはそれぞれ強力なバックアップがあったからこその戦いね
切嗣は、固有時制御の魔術とセイバーの宝具
固有時制御は体内時間を倍速にしていく魔術だけど代償として肉体に負担がかかる
それをセイバーの宝具で治療するばかりか即死級の損傷さえ死ぬ前に完治する
簡単に言うとハイスピードで動くスッゴクタフな人間
対して外道神父は鍛えに鍛えた中国拳法と璃正神父から譲り受けた令呪があった
令呪は消費型のスペシャルエンチャントだから一画使うだけで爆発的な筋力強化が出来る
要はセイバーの魔力放出と同じね
最後の決戦はお互いの持てる技量と蓄積、そして奥の手を使い切った人間を超えた戦いだったのよ
それじゃ、この時の二人ならサーヴァントにも勝てるのですか?
そうね、やり方次第で勝ち目はあるかも
気配遮断を見破られたアサシンや、接近戦に持ち込まれたキャスターなら勝算は大きいわ
でも、白兵戦がメインのサーヴァントが相手だと、もう一条件プラスしないと難しいんじゃないかしら
「もう一条件、相性とか奇襲とかですね。特に慢心はfate名物なのです!」

教会の代行者の資格を持ち、霊媒治療を得意とする。
代行者としては一流だが、それでも埋葬機関の第七位にはとうてい太万打ちできないとか。
が、霊体に対しての攻撃力は特出しており、(歪ではあるが)彼の信仰がどれほど揺るぎないものかを現している。
破壊を好むように思われるが、鯖礼は士郎と同じく“作る"側の魔術師である。
霊体、精神の瀬を直す手腕は司祭レベル。


言峰綺礼についての、戦術面における分析―――情報源は、二度に渡り彼と交戦した久宇舞弥。
長距離における黒鍵投擲。一投は予備動作含みコンマ三秒以下。連投はコンマ七秒未満に四投確認に四本を確認。
未視認標的に対しても支障なく攻撃。半霊体の刀身は鉄骨を貫く威力。命中率、幻術下になければ100%。
近接戦における八極拳。詳細は達人の域。ナイフで武装した舞弥を一撃で重傷に。寸勁の破壊力は二打で大木を叩き折る。極めて危険。
全身を覆う僧衣に防弾加工、プラス呪的防護処理。9mmパラベラムでは貫通、及び衝撃による制圧効果ともに無し。


「ぐっ……!」
 アーチャーの様子がおかしい。
 見ればあいつの足元にも、黒い影が絡まり始めていた。
「―――無様だなアーチャー。
 正純の英霊では、アレの呪界層には逆らえん。今の貴様は、この森に満ちる怨霊と大差がない」
 ……冷淡な声は、紛れもなくセイバーのものだ。
 彼女は事も無げに黒い影を踏み砕き、そのまま「ぐっ……!」
 容易く、アーチャーを背後の森まで弾き飛ばした。
「な――――」
 あの影に足首を掴まれていたとは言え、双剣で防ぎに入ったアーチャーを、防御の上から苦もなく斬り飛ばす、なんて。


 アーチャーは、終わっていた。
 まだ息はあるし、出血も少ない。
 体を貫かれようが、それが急所でないのならいくらでも再生は可能の筈だ。
 ……それでも、アーチャーはもう戦えないと判ってしまった。
 ……アレはサーヴァントを殺すもの。
 いかに強力な英霊であろうと、その身がサーヴァントとして召喚された以上、あの“黒い影”には敵わない。
 それを、理由もなく漠然と理解した。

「今の光か。おまえならば判ろう。アレは極大の呪いだ。
 言峰が聖杯から直接呼び出したのだろうな。聖杯の中にはこの世の全てを呪う、などというモノがあるのだそうだ。
 先ほどから見えているあの汚濁はな、聖杯から漏れている残りカスにすぎん。
 その本体を出されたのだ。おまえのマスターとて、もはやこの世にはおるまい」

   言峰はどれくらい強いのか


奈須:それは虚淵玄に聞いてくれ(笑)。

武内:でも本編の言峰は、聖杯の泥をかぶって肉体は『Zero』の時代より衰えたんじゃ?

奈須:あそこで死んだ人間が10年後も生きていただけですごいけどね。彼の腕には令呪が何個も
 あるんですが、実は『stay night』本編で臓硯を倒す時に消費される令呪をガンガン効果的に
 表示しようというアイデアもあったんです。たとえ生身の人間だったとしても、令呪を10個近く
 使えば英霊にダメージが与えられますから。でも結局はやる機会がなかった。ええ、思った以上に
 真アサシンが頼りなかったので(汗)。

武内:ゲームをプレーした人にはそういう快感もあっただろうけど、言峰が強かったのか
 真アサシンが弱かったのかは微妙かな。

奈須:真アサシンってどんな時でも油断しない慎重なサーヴァントなんですよ。遠くから獲物を
 投げて敵を仕留めるような。で、最後のチェックメイトで妄想心音を使うんだけど
「こいつ心臓ないッス」ってヘタれた(笑)。

武内:「あれ、心臓出てこないよ?」ワキワキワキ。

奈須:その隙を突かれて、臓硯を狙われたというお馬鹿さんですから……。あれは詰めを誤った
 真アサシンが悪い。

武内:さすがに想定外だとは思うけどね。生きている人間に心臓がないなんて。

奈須:ちなみに桜ルートにおける言峰は、セイバーが敵に回ったら怖いというのとは逆に
「今まで嫌だった奴が味方に回ったら頼もしいぞ」というコンセプト。イリヤを抱いて走るシーンに
 その全てが集約されています。『stay night』で士郎が迷える少年であるのに対し、言峰は
『Zero』においてすでに迷える時期を抜けて一個人として完成している人間なので、ハンパない
 強さなんです。アインツベルン城に潜入する時も「ロッククライミングぐらい嗜んでいないのか?」
 って言ってましたけど、普通嗜んでないから。お前はどんだけ厳しい少年時代をすごしたんだよ、
 と(笑)。

武内:強さといえば、シエルと言峰はどっちが強いの?

奈須:シエルのほうが圧倒的に強いです。不死身だしあの血筋ですから。『Zero』の頃の言峰が
 強かったのは、彼が有していた異常なほどの令呪数と切嗣に対する妄執が原因であり、人生で
 一番輝いていた瞬間だったんですよ。あの頃の言峰ならシエルにも勝てる。


 冗談じみた上昇は、砲台の弾丸そのものだった。
 力を溜めに溜め、限界まで引き絞った筋肉を解放し、十メートルの距離をゼロにする超人芸。


 境内の奥。
 柳洞寺の本堂の裏には、大きな池があった。
 人の手は入れられず、神聖な趣きをした、龍神でも棲んでいそうな池だ。
 澄んだ青色の水質は清らかで、濁りのない綺麗な池だった。
 だが、それは昨日までの話。
 池は、もはや見る影もない。
 目前に広がるのは赤い燐光。
 黒く濁ったタールの海。
 ――――そして――――
  中空に穿たれた『孔』と、捧げられた少女の姿。
「――――言、峰…………!」
 冷静を演じてきた思考が、一瞬にして通常値(レート)を振り切る。
 駆けてきた足を止め敵を凝視する。
「よく来たな衛宮士郎。最後まで残った、ただ一人のマスターよ」
 皮肉げに口元を歪め、ヤツは両手を広げて俺を出迎える。
 ……ここが、決着の場所。
 今回の聖杯戦争における、召喚の祭壇だった。
「―――イリヤを降ろせ。おまえをぶちのめすのはその後だ」
 目前の言峰を睨む。
 ……ヤツまでの距離は十メートルほど。

「この泥は私の手による物ではない。
 これは聖杯より溢れる力、本来は万能である筈の“無色の力”だ。
 それを黒く染めるなど人の力では出来ぬ。
 この聖杯はな、初めからこうなのだ。開けてしまえば最後、際限なく溢れ出し災厄を巻き起こす」

 全力で地面を蹴った。
 ヤツまでは十メートル弱、このまま一直線に間合いをつめて、そのまま――――
「――――――――」
 真横に跳んだ。
 それはアイツを殺してやる、という理性より、
 死にたくないという本能が勝った結果だった。「っ――――!」
 横っ滑りで地面に転がる。
 それもすぐに止めて、すぐさま顔を上げた。
「っ、今、の――――!」
 さっきまで自分が走っていたルートを見据える。
 地面を焼く音。
 じゅうじゅうと湯気を立てているのは、池から伸びてきた黒い泥だった。
 ……まるで黒い絨毯だ。
 泥は鞭のようにしなり、言峰に迫った俺を迎撃し、そのままだらしなく大地に跡を残している。
「言い忘れていたが、既におまえは私の射程に入っている。加えてコレは生き物に敏感でな。
 ―――動き回るのは勝手だが、不用意に動くと死ぬぞ」
「――――っ!」
 容赦なく伸びてくる黒い泥を跳んで躱す。
 不用意に動くもクソもない、あの野郎、殺る気満々なんじゃないか……!
「く―――このエセ神父……!」
 池に気を配りつつ態勢を立て直す。
 ……言峰までの距離は依然変わらない。
 この十メートルが、あいつにとって近寄らせたくないラインって事だ。
 ……だが、あの泥の触手は際限なく伸びる。
 その気になれば何処まで引いても追ってくるだろうし、その数だって、一本だけという事もあるまい――――
「ほう、やる気か。それは喜ばしい。
 このまま立ち去るのなら殺しようがなかったが、おまえ本人が争うのであらば問題はない。
 なにしろこれでも神に仕える身だ。助けを求める者を殺める訳にもいかなくてな」
「―――よく言う。人を背中から襲ったヤツがな、そんな言葉を吐くんじゃない」
 言われて、ランサーの一件を思い出したのか。
 言峰は感心したように笑いやがった。
「そうだったな。おまえには、アレで愛想がつきていた。
これ以上先延ばしにする必要はない」
「……正直に言うとな、衛宮士郎。私はおまえに期待していたのだ。凛がおまえを教会に導いた夜、運命すら感じた。おまえがあの切嗣(おとこ)の息子と判り、内面まで似通っていると知った時の喜びなど判るまい。
 十年前に叶わなかった望み。衛宮切嗣という男に、こうしてもう一度引導を渡せるとは思わなかった」
 ……触手がうねる。
 池から鎌首をあげて揺らめくそれは、黒い蛇そのものだ。
「――――――――」
 ……唇を噛む。
 思った通り、最悪の状態になった。
 蛇の数は際限なく増えていく。
 これでは言峰に近づくどころか、どのくらい生き延びられるかさえ定かじゃない――――
「勝機がないのは当然だ。
 おまえの生きた年数と、私の生きた年数では大きく開きがある。何かで掛け算でもしないかぎり、埋められる数(さ)値ではあるまい」
 神父の両手が上がる。
 ヤツは、それこそ楽団を率いる指揮者のように天を睨み。
「―――命をかけろ。
    或いは、この身に届くかもしれん―――!」
 一斉に、黒い蛇たちを解放した。

「ぐっ――――!」
 足首に粘り着いた粘液を払う。
 じゅう、と音をたてて焼ける服と、むき出しになった肌。
「っ――――ぐ、う――――!」
 振り下ろされる触手から飛び退く。
 粘液が張り付いた右の足首は感覚がなく、カカトから先がくっついているかさえ判らなかったが、ともかく目前の空き地へ飛び込んだ。
「た――――は、はぁ、は、あ――――!」
 転がりながら自分の体を確認する。
 足首。よし、足首はついてる。単に感覚がなくなっただけだ。くっついているのなら、なんとか走る事もできるだろう。
「あ――――はあ、はあ、あ――――!」
 幾重にも重なって落ちてくる泥を、転がっていた別方向へ飛び退いて躱す。
 すぐ真横でべちゃり、という音。
 地面を焼く匂いで目眩を起こす頭をしぼって、立ち上がって、それから――――
「っ――――!!!!!!」
 背中に灼熱が走る。
「は、こ、こ、の――――!」
 振り払って、何もない場所へ飛び退いた。
 それで追撃は止んだのか。
 あれだけ周囲で蠢いていた黒い泥は、とりあえず視界にはなく――――
「は――――あ…………あ」
 ……唇を噛む。
 あれだけ走り回って、結局、
 ここに追い返されちまったのか。
「は――――はあ、はあ、は――――」
 呼吸を整えて、せめて気勢だけは負けないようにヤツを見据える。
 ……言峰はあの場所から一歩も動かず、逃げ回る俺の姿を観察していた。
「はあ……はあ、はあ、はあ、はあ――――」
 ……どれだけ深呼吸をしても、心臓は落ち着いてくれなかった。
 もう限界だ、休ませろ、おまえが休ませないなら俺が出ていくとばかりに、喉から這い上がってきそうな勢い。
「く――――は、はあ、は、あ――――」
 どうしようも、ない。
 言峰に近づく事も出来なければ、あの黒い泥を黙らせる事も出来ない。
 ……頼みの綱の“投影”も、出し惜しみなんてしていない。
 ここから先に進めないんなら、セイバーの剣をもう一度複製すればいい。
 アレならあんな黒い泥なんて切り裂いて、まっすぐに言峰まで突き進んでいけるだろう。
「ん? なんだ、それで終わりか。諦めたのならそうと言え」
 そう、ヤツの声がした瞬間「は――――あ、は、っ――――!?」
 止まる事など許さない、と無数の泥が振り下ろされた。
「くっ――――!」
 アゴをあげて、ギリギリで泥を躱す。
 ……泥自体は、そう、大したものじゃない。
 セイバーの竹刀に比べたら遅いし、バカ正直に狙った場所にしかやってこないんで、躱すのは簡単だ。
 だがそれも一本だけの話。
 何十という泥、躱した瞬間に背中に落ちてくるものまでは対処しきれない。
 結果として動き回るしかなく、その間にも少しずつ体は泥で汚れていく。
「は、っ、こぉのぉ――――!」
 休む暇がない。
 こんな状態じゃ投影なんて出来ない。
 一から武器をイメージする“投影”は、最短でも一分近い精神集中が必要だ。
 そんな隙を見せれば、俺はとっくに骨になっている。
「はっ――――はっ、はっ、はっ、あ――――!」
 体の節々、避けられずに泥を浴びた箇所は、感覚が失われていた。
 痛みもないのが唯一の救いだが、これが全身に渡った時、俺は自分が生きているか死んでいるかさえ判らなくなるだろう。
 そうなったら終わりだし、なにより――――その頃にはアレに溶かされ、骨さえ残っていない筈だ。
「はっ――――はっ、はっ、はっ、あ――――!」
 今は走るしかない。
 ヤツに近づくチャンスが来るとしたら、それはこの泥に対して、何らかの対策を――――
「て――――つ、あ――――!?」
「――――――――!」
 し、信じられない……! ここ、この状況で転ぶかフツー!?
「――――――――」
 無様に倒れ込んだ俺を、言峰はゴミのように見下げる。
 その指が倒れた俺へと差し向けられ、無数の蛇が鎌首をもたげた。
「っ………………!」
 起きあがる。
 起きあがろうとして、また転んだ。
「――――え?」
 転ぶ。
 転ぶ。
 蛇たちが迫ってくる。
 でも転ぶ。
 なんで?
 なんで?
 なんで?
 首筋に黒い泥が。
 なんで?
 なんだ、よく見れば。
 右足が、信じられないぐらい真っ黒だった――――

bad

「――――あ」
 降りしきる黒い泥。
 それは豪雨のように、片足を失った肉体を濡らし、溶かし、絶望に渇いたオレを潤した―――

good

「それも時間の問題だ。おまえは聖杯を知らぬ。アレの相手は我(オレ)でも手こずるのだぞ? おまえならいざ知らず、あのような小僧が一分と持つものか」

「―――そこまでか。
 少しは愉しめると期待したが、所詮は切嗣の息子。つくづく益にならぬ連中だ」
「な――――」
 ……顔を上げる。
 ……意識はまだ有る。
 手首や首筋に鎖めいた泥がまとわりついているが、体はまだ感覚が残っている。
「っ……なんで、とどめを刺さない」
「無論、すぐに終わらせるとも。だがそれでは芸がなかろう。おまえは切嗣の贋作だからな。ヤツに受けた十年前の負債は、おまえの死で返してもらう」
「――――――――」
 ……泥のついた肌が熱い。
 じくり、と毛穴から少しずつ硫酸を流されているようだ。
 それに歯を食いしばって耐えて、右足の状態を確認した。
 ……結果は黒。
 感覚もなければ動きもしない。体を黒く染めた泥を体外に出すか、魔力を流し込んで、凝固した血液をぶちまけるしかない。
 ……どちらにせよ、動かした途端右足の筋肉は全て断線するだろう。
「そうかよ。そりゃ構わないが―――おまえ、なんだってそこまで切嗣を目の仇にするんだ。切嗣に聖杯を壊された事がよっぽど悔しかったのか」
「なに、近親憎悪というヤツだ。私と切嗣は似ていたからな。ヤツの行為は全てが癇に触ったよ。ちょうど、おまえが私に嫌悪を抱くのと変わらない」
「な―――ふざけるな……! 切嗣とおまえが似ているなんて、間違っても口にするな……!」
 体を腕だけで起こして言峰を睨む。
 ヤツは何が愉しいのか、あの厭な笑みを浮かべていた。
「なるほど、おまえにとってはそうだろう。
 なにしろヤツは私を見逃すほどの善人だったからな。
あの大火災を引き起こした私を倒しただけで、命までは獲らなかった。
 それが間違いだった事を、おまえは知っている筈だ。
切嗣さえ私を殺しておけば、あの孤児たちは穏やかな日常を送れたのだろうからな」
「――――テ、」
「反論できまい。だが私にとっても、それは不快な事実だった。私がではない。
 あれほど冷酷な魔術師だった男が、敵を助けたという事実こそが不快だった」
 ……またその話。
 セイバーも言っていた。切嗣は魔術師として一流で、目的の為にはどんな手段もとる男だったと。
 けど、それは――――
「だが、ヤツの過ちはそんな事ではない。
 ヤツが犯した過ちはな、聖杯を壊しただけでこの戦いが終わったと思いこんだ事だ。
 故に、ヤツはおまえには何も伝えず、聖杯戦争は終わったのだと楽観し、この呪いに侵されたまま人生を終えた」
「道化と言えば道化だな。ヤツは自身を呪った私を見逃し、その果てに数年足らずで命を落とした。
 自分は事を成したと。聖杯戦争を終わらせたのだと、勘違いの達成感を得たままでな」
「――――――――テ」
 待て。
 じゃあ何か。
 切嗣が死んだのはコイツのせいで。
 最期の夜、安心したと浮かべたあの穏やかな顔は。
「そうだ、最後に訊いておこう。
 切嗣の最期はどうだったのだ衛宮士郎? 息子であるおまえに後を託し、なにやら満足して逝った訳か?
 ふ、なんという道化ぶりだ。
 何一つとして成せず、息子であるおまえに責任を押しつけ、さぞ滑稽に消えたのだろうな……!」
「――――テメエ――――!」
 地を蹴った。
 動かない片足に魔力をブチこんで、強引に活動させた。
「ギ――――!」
 ブチブチと断線していく筋肉を無視して、四つ足で、犬のように地を駆ける――――!
「―――そうだ。
 その程度の気概がなくては話にならん」
 言峰は、背後の滝に手をかざした。
「――――――――」
 何を考えているのか。
 アレは、目に見えるほど濃密な『呪い』だ。
 人間を壊す事だけに特化した魔力の束と言っていい。
 そこには手を加える余地はなく、形を変える事もできない。
 あの泥に触れた人間は全身を『呪い』という魔力に汚染され、消化されるように溶けていく。
 その過程。
 死に至る中での苦痛と恐怖は魔力として残留し、次の『呪い』となって生きている人間を求め続ける。
 つまり、触れれば死ぬ。
 体内に浸食したあの泥を掻き出さない限り、触れた者は死に至る。
 ……そんな毒の源たるあの滝に手を触れて、なお神父は笑みを絶やさない。
「褒美だ。切嗣と同じ末路を辿れ」
 手にした黒い闇。
 それが今までの物とは種別が違う、と直感し―――
 世界に、激しい閃光が襲いかかった。
 それが境内から届いたセイバーの宝具の光だと理解した時――――
   「―――“こ(ア)の世、全ての悪(ンリマユ)”―――」
 神父の言葉が、世界を一瞬にして黒に染め変えた。

 ―――光で眩んでいた視界が闇に埋れた。
 もし彼女の意識があったのなら、それが黒い極光だと見て取れただろう。
「――――――――」
 闇は一瞬だった。
 だがそれは闇などではなく、小さな、砂の粒ほどの呪文の群れだ。
 闇は彼女の体をくまなく浚(さら)っていき、その不快感で、彼女の意識は覚醒した。

 今の極光。
 境内の奥から一瞬だけ世界を覆った、あの黒い闇。
 ……考えたくはないが。あの闇は、士郎を襲った物だったのかと。
「今の光か。おまえならば判ろう。アレは極大の呪いだ。
 言峰が聖杯から直接呼び出したのだろうな。聖杯の中にはこの世の全てを呪う、などというモノがあるのだそうだ。
 先ほどから見えているあの汚濁はな、聖杯から漏れている残りカスにすぎん。
 その本体を出されたのだ。おまえのマスターとて、もはやこの世にはおるまい」

「もはや手遅れだ。大人しくしていろよセイバー。
 おまえが何をしようが、じき聖杯は溢れ出す。十年前の再来だ。ただし、此度(こたび)の儀は我(オレ)ではなくおまえに与えられたものだがな」

 アレが極大の呪いである事はセイバーにも判る。
 確かに魔力の束としては破格であり、あれだけの貯蔵があればどのような魔術でも使える。……おそらくキャスターであれば、それこそ不可能はなくなるだろう。
 だが、それは諸刃の剣だ。
 アレは人を呪うだけのもの。
 あんなものを浴びれば、いかに英霊とて自分が自分でなくなってしまう。

「侮るな。あの程度の呪い、飲み干せなくて何が英雄か。
 この世全ての悪? は、我(オレ)を染めたければその三倍は持ってこいというのだ。
 よいかセイバー。英雄とはな、己が視界に入る全ての人間を背負うもの。
 ―――この世の全てなぞ、とうの昔に背負っている」
「――――――――」
 その答えに、セイバーは微かに息を飲んだ。
 ……彼女は、この英霊とは絶対に相容れない。
 傍若無人な考え、天地には我のみという強大な自我、他者を省みぬ無慈悲な選定。
 それは彼女の信じた王の道とは別の物、交わる事さえない信念だ。
 それでも、この男は王だった。
 セイバーとて断言できる。
 いかなサーヴァントと言えど、あの極大の呪いを浴びて自我を保てる者は、この男以外にはおるまいと。

 闇に飲まれた瞬間。
 脳裏に、地獄が印刷された。
始まりの刑罰は五種、生命刑、身体刑、自由刑、名誉刑、財産刑、様々な罪と泥と闇と悪意が回り周り続ける刑罰を与えよ『断首、追放、去勢による人権排除』『肉体を呵責し嗜虐する事の溜飲降下』『名誉栄誉を没収する群
体総意による抹殺』『資産財産を凍結する我欲と裁決による嘲笑』死刑懲役禁固拘留罰金科料、私怨による罪、私欲による罪、無意識を被る罪、自意識を謳う罪、内乱、勧誘、詐称、窃盗、強盗、誘拐、自傷、強姦、放火、爆破、侵害、過失致死、集団暴力、業務致死、過信による
事故、誤診による事故、隠蔽。益を得る為に犯す。己を得る為に犯す。愛を得る為に犯す。徳を得る為に犯す 自分の為にす。窃盗罪横領罪詐欺罪隠蔽罪殺人罪器物犯罪犯罪犯罪私怨による攻撃攻撃攻撃攻撃汚い汚い汚い汚いおまえは汚い償え償え償え償え償えあらゆる暴力あらゆる罪状あらゆる被害者から償え償え『この世は、人でない人に支配されている』 罪を正す為の良心を知れ
罪を正す為の刑罰を知れ。人の良性は此処にあり、余りにも多く有り触れるが故にその総量に気付かない。罪を隠す為の暴力を知れ。罪を隠す為の権力を知れ。人の悪性は此処にあり、余りにも少なく有り辛いが故に、その存在が浮き彫りになる。百の良性と一の悪性。バランスをとる為に悪性は強く輝き有象無象の良性と拮抗する為強大で凶悪な『悪』として君臨する。始まりの刑罰は五
にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす自分の為にす勧誘、詐称、窃盗、強盗、誘拐、自傷、強姦、放火、侵害、汚い汚い汚い汚いおまえは汚い償え償え償え償え償えあらゆる暴力あらゆる罪状あらゆる被害者から償え償え『死んで』償え!!!!!! 「――――、ア」
 脳が、破裂する。
 全身に食らいついた泥は剥がれず、容赦なく体温を奪っていく。
 五感すべてから注ぎ込まれるモノで潰されていく。
 正視できない闇。
 認められない醜さ。
 逃げ出してしまいたい罪。
 この世全てにある、人の罪業と呼べるもの。
 だから死ぬ。
 この闇に捕らわれた者は、苦痛と嫌悪によって自分自身を食い潰す。
 ――――だが。
 言峰は言ったのだ。
 この呪いは、切嗣を殺したものだと。
 その事実が、あらゆる闇を吹き飛ばした。
 ―――全身に熱が戻る。
 満身創痍だった体に、立ち上がる為の血が巡る。
 だってそうだろう。
 こんなものを。
 衛宮切嗣はこんなものを、何年間も背負わされてたっていうのか。
 あんな償いの声に圧され続けて、自分の思いを果たせずに死んだというのか。
 正義の味方になりたかったと。
 誰かの為になりたかったとバカみたいに走り回って、結局そんな許しなど誰からも得られず、それでも自分に出来る事を、諦めていた理想を追い求めた。
 その果てに、つまらない子供(ガキ)が答えたなんでもない言葉に安心して、最期に、良かったなんて頷いたんだ。
「あ――――あ、あ――――」
 なら立たないと。
 俺がなるって言って、切嗣を安心させた。
 衛宮士郎が、本当に衛宮切嗣(せいぎのみかた)の息子なら、なにがあっても、悪い奴には負けられない。
 ―――遠坂は言っていた。
 死んでも勝てと。
 ――――セイバーは言った。
 コイツは俺が倒すべき敵だと。
 ―――言峰さえ言いやがった。
 戦うのなら命をかけろと。
 その通りだ。命を賭けないで何を賭ける。
 もとより俺には、それ以外に上乗せする物がないんだから――――!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
 黒い塊、濃密な泥の中から、ただ必死に飛び退いた。
「っ――――!?」
 ヤツの戸惑いが聞こえる。
 喉が焼けている。
 呼吸をする度に気管が裂け、ガラスの破片でも飲んでいるかのよう。
「ひぎ――――ぎ、あぶ、あ――――」
 そんなもの、知らない。
 悔しくて涙が滲む。
 呪いに発狂する前に、この怒りで狂いそうだ。
「――――馬鹿な。アレを振り払ったというのか、おまえが――――!?」
「言峰綺礼――――!」
 全身に喝を入れて、ただ走った。
 片手は背中に。
 最後まで隠し持った短剣を握りしめる。
「―――呆れたな、アレから逃れたかと思えばその短絡思考、もはや万策尽きたというところか――――」
「うるさい、初めから万策なんて持ってねえ……!」
 走る。
 言峰は背後の黒い滝に手を伸ばし、ずる、と音をたてて黒い塊を摘出する。
「ではサーヴァントの後を追うがいい。先の光はセイバーが敗れた物だ。おまえには、もはや誰の助けもない」
「――――――――」
 一切の迷いが消えた。
 もしこの後、俺が言峰に届いたとしたら、ヤツの最大の間違いは今の台詞に違いない。
 だって、左手には令呪がある。
 ほとんど死に体で、自分が生きているかさえ判らない俺が感じられる、ただ一つの証がそれだ。
 令呪がある限り、セイバーはちゃんといる。
 あいつがいるなら―――今頃はギルガメッシュなんてやっつけて、こっちに向かっている筈だ。
 その時に手をあげて迎えてやらないと、セイバーが怒ると思う。
 ―――だから、ここでおまえを倒す。
 あいつと取り決めた、最後の約束を守るために。
 闇が迫る。
 言峰の腕から、極大の呪いが放たれる。
 ……体が、指先から、溶けていく。
「――――――――!」
 目を逸らさない。
 これが俺の役割なら――――まだ、出来る事が残っている――――!

 闇は吹き抜ける風となって衛宮士郎を包み込んだ。
 避ける事は出来ず、空間そのものを塗り潰していく呪いには『防ぐ』という概念は通用しない。
 飲み込まれた者は、塗り潰された空間同様、この闇に食われ同化していくのみ。
「っ、あ――――!」
 体が、指先から、溶けていく。
 前へと進む足は宙を泳ぎ、伸ばした腕は黒い泥に飲まれ、とうに視えなくなっていた。
 外側からまるごと消されていくのか。
 体が縮んでいくような感覚に襲われながら、それでも、衛宮士郎は死を受け入れようとはしなかった。
「は――――――あ、ぐ――――!」
 目を逸らさず、全力で拒み続ける。
 体を覆う闇にも、体を溶かそうとする痛みにも、心を融かそうとする呪いにも。
「つ――――っ、――――――――」
 それも叶わぬ試みだった。
 人の身でこの汚濁に抗う術はない。
 体はまだ動いている。
 何かを掴もうと突き出された腕も上がったまま。
 だが、既に心が壊れていた。
 思考は闇に塗り潰され、じき、その肉体も闇に消えるだろう。
 その、刹那。
      “――――貴方が、私の” その声が、なぜ思い出されたのか。
「――――――――」
 暗闇に光りが灯る。
 それが“あの光”なのだと眼球が捉えた時、全てが逆転した。
「――――――――」
 撃鉄が落ちる。
 思考は円還状に速度を増し、火花を散らし軋みをあげて、そのカタチを、悪魔めいた速度で作り上げていく。
「――――投影(トレース)、開始(オン)」
 投影開始の呪文を口にする。
 瞬間。
 それは、あらゆる工程を省いて完成していた。
 ……そう、一から作る必要などなかったのだ。
 何故ならこのカタチだけは胸に刻み込んだもの、完全に記憶し、一身となった、衛宮士郎の半身故。  “――――貴方が、私の鞘だったのですね―――” 懸命に伸ばした指先が、まだ動く。
 精神集中も呪文詠唱もすっ飛ばして作り上げたそのカタチを握りしめる。
 世界は一転し、闇は黄金の光に駆逐され、そして―――衛宮士郎の手には、完全に複製された、彼女の鞘が握られていた。

 その鞘を手にした瞬間、闇は全て払われた。
 衛宮士郎を取り囲んでいた闇も、彼の体内を汚染していた闇も、その全てが霧散した。
「な――――に?」
 だが驚くに値しない。
 聖剣の鞘は持ち主を守る物。
 彼女が追い求めた理想郷の具現が、こんな薄汚い泥に遅れを取る筈がない――――!
 駆ける。
 闇から解放された分、そのスピードは流星すら思わせた。
「投影魔術――――貴様、何者――――!」
 己の力を過信していた者と、過信する余裕などなかった者。
 その差はわずか一瞬、だが命運を分ける一刹那。「言峰綺礼――――!」
 地面に倒れかけながら、両腕で地を弾いて、衛宮士郎は疾走した。
 片手には短剣。
 地を這う姿勢のまま黒い神父へと走り、「っ――――!」
 立ち止まる事なく、報いの剣を胸に突き立てた。
「っ――――」
 ゆらり、と神父が振り向く。
 その前に。
 片足で地面に杭を打ち、走り抜いた勢いのまま衛宮士郎は身を翻す。
 旋風が薙いだ。
 己が胸を刺した敵へと振り向いた神父。
 それとまったく同時に、衝撃が二度、言峰綺礼を貫いた。
 独楽のように反転させた体と、右手に籠めたありったけの魔力。
 それを、神父の胸の短剣めがけて殴りつけ――――
「“lt”――――!」
 解放の意味を持つ言葉と共に、アゾット剣へと流し込んだ。
最終更新:2017年06月23日 16:20