魔法

 一方で,人類悪であるゲーティアは,なんだかんだ言っても人間が大好きなんで,彼なりに人間のための最適解を考え,人間が持つ苦しみをなんとか乗り越えようとした。その結果が,「もう一度,死の概念を持たない知的生命体を,ゼロから造り出して解決する」という選択だった。

4Gamer:
 その行為が,「逆行運河/創世光年」(※)なのですか?

※1.5部のティザームービーより。ナレーションにて,魔術王を名乗ったモノの計画が「逆行運河/創世光年」であると語られた。この名称は,「MELTY BLOOD」シリーズに登場する青崎青子のラストアークと同名である。

奈須氏:
 ええ。「ゼロに戻ってから良い前提を作り直す」というゲーティアの選択は,ある意味,魔法に近しい行為だった。あのPVはむしろ,ゲーティアを知ることで青子の痕跡や第五魔法の一端が知れるという,逆の伏線というか……。奈須きのこの,ささやかなサービス精神です(笑)。



彼女には、その魔法とやらの有効な利用法が、どうにも思い当たらない!

あれなるは開拓の最先端。
これより数多の神秘、あらゆる伝統を台無しにする、恐れ知らずの人類代表。
消費/消滅の理を担う、最新の魔法使い!

少女の足下の雪が消え、緑の地面が覗いていく。
それは雪解けによるものではなく、まったく別の風景に書き換わったものであり、それを批難するように、あらゆる要素が、彼女の行為を消しにかかる。
その奇跡は世界を壊すと。
自らの保身の為、世界自身が彼女の抹殺に動き出す。
声なき声をあげて、宇宙の在り方と拮抗する。
迷いも憂いも捨てさった瞳で、魔法使いは世界を相手にペテンを始める。
逆行する時間。
書き換えられる原風景。
雪よりも真白い野花の群は、さざ波のように世界を侵食していき、そして
「秩序は、ここに崩れ落ちた」
宣言通り。
五番目の魔法が、この時間、この領域にだけ、その姿を現した。
青子の足下、二つになっていた死体が復元している。
死者の蘇生?傷の治療?
そんな大がかりな術式を施した様子はないし、何より、体を復元したところで“死”は覆らない。
古来、死者の完全な蘇生は魔法ですら叶えていない。
“死者の蘇生が蒼崎の魔法……?いや違う。あれは蘇生というより……”
「あれは、経験か?」
それが蒼崎の魔法の正体だとしたら、たしかにすべてが符合する。
青子の魔術回路が増幅されたのではない。
そもそもそんな事は出来ないし、橙子のように外付けにしたところで、増えるのは魔力の総量と使用可能な術式だけ。
魔術師自体の資質、魔術回路の純度は変わらない。
だが、今の青子は明らかに魔術師として蒼崎橙子を凌駕している。
ならば答えは一つ。
あの見習い魔術師は一瞬で一人前の魔術師に成長いや、自身の時間を早送りしたのだ。

死んでいた事すら分かっていないが、彼女の時間と交差した断片は残っているようだ。
「巻き戻されたのよ、静希君は。
この風景も本来は貴方の記憶だけど、わからない……?」
などと、おかしな言葉を口にした。
「俺の、記憶って……そのわりには、知らないところなんだけど」
「いま静希君の時間は青子に使われているから。それが戻されるまで思い出す事はないわ」
物騒な返答をして、有珠は花園を見渡した。
「……でも、これが消えてしまうのは残念ね。
元に戻れば、思い返せるのはわたしだけなのに」
「……結論だけ言うと、貴方は一度死んで、生き返ったの。
静希君が橙子さんに殺されてから、青子が目を覚ますまでの五分間分の時間を巻き戻して。
その時、貴方は十年近い年月を青子に使われた。
二人とも肉体年齢は変わってないから、精神の時間だけ持っていったんでしょうね。
だから今、この景色を懐かしく思えるのは青子だけ。
そして…………」
そして、時間の交換が終われば、この数分たらずの出来事は、青子と草十郎の記憶から失われる。
青子ひとりだけの変化ではなく、他人を媒介にした魔法の結果だ。
青子ひとりでの逆行であれば、時間軸の矛盾もふくめて彼女の経験になるが、今回はまっとうな時間旅行である。
矛盾はきちんと修正される。
いずれ魔法が解ければ、
此処を懐かしく思った青子も、
此処を初めてと感じた草十郎も、
なかった事として修正される。
この奇跡。
白い花の海を覚えていられるのは、第三者である有珠と橙子だけになる。
「……時間を、持っていく……?」
ますます首を傾げる草十郎に、有珠はとりあえず形だけ説明する事にした。
理解してもらえなくても、概要を説明してあげれば草十郎は聞き返してこない、と青子が言っていたのを思いだして。
「静希君を生き返らせる方法はなかったから、生命の復元より、死そのものの回避を青子は試みたのよ。
まだ青子には無理なのか、それとも、今回も日和ったのか。
大きな操作は避けて、小さな操作自分と貴方だけの交換に留めたようね」
「貴方はいま、五分間だけ時間を跳んだ事になるわ。
仮に、遠い未来、この時間を検索できる人がいたとしても、貴方だけは誰にも見つけられない。だって、時間軸の上にいなかったんですもの」
「そして同時に、青子は自分の時間を上乗せするために、貴方から時間を借り受けた。
たぶん幼年期の時間でしょうね。個人の時間操作は、忘却している部分の方が楽だと聞くし
という有珠の視線に、頷く事しかできない草十郎だった。
「……つまり、二つの奇跡を青子は行使したの。
貴方の体の巻き戻しと、自分の体の早送りね。
静希君の時間に介入する際、ついでに十年分の時間を借り受けて、未来の自分を持ってきた」
「だから、いま橙子さんを殺そうとしているのは二十七歳分の経験をもった蒼崎青子という事になるわ」
個人限定の時間旅行
それが蒼崎の魔法の正体などとは、橙子は思っていない。
青子の変化はあくまで魔法の副産物だ。
魔法の正体、その深淵に青子が届いたかまでは測れないが、決して、そんな単純な奇跡ではない。
なぜなら時間旅行の概念は、既に第二魔法に含まれている。
記録の改竄、事象の書き換え等は、すなわち並行世界の運営にあたる。
いまさらそんなものが第五魔法と呼ばれる筈もない。

蒼崎の魔法が、時間旅行に端を発するもの

第一(はじまり)より別たれた、この世で最も大きな虚構

地上には「並行世界」とい仮説がある。

世界は一つではなく合わせ鏡のように無数に展開しており、だからこそ未来は一つきりではない、という考え。
つまりは――こういう事だと捉えればいい。
いまのあなたはこの時間流のどこかにいるあなたという事だ。

実感は湧かないかもしれない。
なにしろ人間には「世界の壁」を知覚する事も、超える事もできないのだから。

だがこう言い換えればどうだろう。
並行世界とは、即ち可能性の事なのだと。

ありえたかもしれない結末。
切り捨ててしまった関係。
気付くことさえなかった選択。

そういった「もしも」を許容する事で変わる未来。
正確には「変動する未来のある世界」が、並行世界と呼ばれるものだ。

いま生きているあなた――現在にいるあなたの行いによって、世界はいかようにも変動する。

それは可能性が生きていることの証左であり、あなたの世界が「正しい軸」にある事を示している。

逆に言えば。
もう何を選んでも未来が変わらなくなった世界に、並行世界は存在しない。

それはただの行き止まり。
過去に戻る事さえできなくなった、孤独な単一の世界だ。

それは必ず生まれてしまう構造的必要悪だ

人々に選ばれなかった選択が続いた世界は、あなたのいる「世界」と同じ姿を保てるはずがないのだから。

致命的な選択を続けた事で滅びた世界もあるだろう。
革新的な世界を続けて文明レベルがあがりすぎた世界もあるだろう。

そうなってしまってはもう「他と同じ世界」とは数えない。
世界の基盤がズレてしまったのなら、それは別世界というべきものだ。

なぜそれが孤独な世界なのか?
どんな未来になっても並行する可能性はあるはずだ、だって?

残念だがそれはない。
間違ってしまった世界の顛末を増やすために使うエネルギーは、この次元には存在しない。

このように、増え続ける並行世界はいずれ次元の容量を超えてしまう。

並行世界というものはなくてはならないものだが、ありすぎてもいけないものだ。

おおざっぱな目算だが、地球の文明レベルであれば百年も続けばこの太陽系は破裂するだろう。

だが事実として我々は生存し、繁殖している。
太陽系は情報量によって緩和することなく、むこう一億年は今の方式で存続できる。

理屈は簡単だ。
世界という者はある程度進むと可能性の統計をとり、「次の時代の運営」に無理のない結末だけを存続させる
不要と判断した世界の並行世界――その未来を閉ざすんだよ。

具体的に言うと百年単位で「ここまで」と集計をとって、「少なくとも、あと百年は続けられると」と保証された世界だけに可能性を許す。

質量保存の法則にならっていえば、これは事象保存の法則と言えるだろう。

だからあまたに存在する並行世界に文明のズレはない。
大樹をイメージすればいい
成長を続けられるのは幹である中心の部分だけ。
すくすくと育った枝葉はいずれ限界を迎え、未来なく崩壊する。

わかっただろう?

いきすぎた崩壊、いきすぎた進化をとげた世界に平行世界(かのうせい)は存在しない。
そういった異世界は、もう結末が決まってしまった袋小路(デッドルート)にすぎない。

この伐採のタイミング。
余計な可能性を掴み取り、観測によって変動しがちな歴史を不動のものにするポイント。

これを旧世界の魔術師たちは事象固定帯――人理定礎と呼んでいた。
最終更新:2017年03月24日 19:09