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温泉会へご招待 ~『星に願いを』~

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温泉界へご招待 ~『星に願いを』~



夜の温泉界を見下ろす瞬く幾千の星々は、アリス=ティリアスのぼやけた視界にはもう、滲んだ光の雨としか映らなかった。
露天風呂に漂うアリスはそっと片手を夜空にかざしてみる。しかしその小さな掌は瞬きの欠片すら決して掴むことはなく、また静かに微温い湯の中へと沈む。

「……アリス?」

天野翔太の声だった。アリスがずいぶん長くこの星空を仰ぐ露天風呂から戻らないのを心配し、様子を見に現れたのだ。

「……ああ、また星を見てたのか……」

湯煙の向こうで呟いた翔太は、安心したように微笑んでアリスに近付く。浅い湯に横たわる彼女の裸身は仄かに青白く、暗い岩影でゆらゆらと揺れていた。

「……ネラースが、見えないの……」

翔太が初めて耳にする、アリス=ティリアスの低い涙声。彼女の故郷について翔太は殆ど何も知らない。
ただ彼の住んでいた世界を変えたあの隕石と同じく、遥かな星の世界から来たこの少女が自分よりも、もしかしたらこの温泉界の主である湯乃香よりも齢を重ねた存在であることだけが、翔太の知るアリスの過去らしきものだ。

「……ネラースって、アリスの生まれた星の名前か?」

「そう……でも消えたあの星は私がそう思ってただけで、本当は全然違う別の星だったのかも知れない……」

パシャンと飛沫を立てて突然立ち上がったアリスは、ぼんやりと夜空を見上げ佇む翔太の胸にギュッと縋り付いた。火照った小さな身体はすぐ翔太の腕の中で震えながら冷え始め、翔太は戸惑いながらも曖昧にその腕をアリスの滑らかな背に廻した。

「ア、アリス?」

気紛れで移ろいやすく、悲しみに満ちた幾多の世界。奇妙な流転を繰り返す者たちが集うここ温泉界さえ、この瞬間に幻のごとく消えてしまわない保証などあるだろうか。

「……寒くなってきた。早く部屋に戻ろう……」

そして孤独だったふたつの魂が無限の銀河の下、そっと寄り添う奇跡。だがそれぞれを育んだ世界を遠く離れた翔太とアリスの抱擁は、ごく短いものだった。

「……アリス!! 翔太っち!! 新しいお客さんだよ!!」

「ゆ、湯乃香!?」

渡り廊下をパタパタと駆け、だしぬけに現れた湯乃香は珍しく薄物を羽織っていた。糊の効いた浴衣をどっさり抱え立ち止まった彼女の表情が、いつもの陽気な笑顔のまま凍りつく。

「……なに……してるの……」

翔太と湯乃香が同じ部屋で眠るようになって、いったいどれくらい経っただろう。同じ温泉界の客人でありながら、アリスはずっとひとり小さな客間で寝起きしているのだ。
常にこの世界のしきたりに従って些かはしたない姿で、三人はなんの疑問も抱かず共に暮らしてきた。いま露天の湯でこうして、言葉もなく立ち尽くすこの瞬間まで。
しかしその気まずい沈黙を最初に破ったのは、普段と変わらぬアリス=ティリアスの明るい声だった。

「わ、私が143チサンだから翔太っちは170チサン位かな……ちょっとメンズモデルは厳しいわね……」

「せ……背比べ!? 忙しいのになに呑気なことやってるのよ!!」

「へへ、ごめんなさい。手伝うわ……」

スルリと翔太の身体から離れたアリスは軽やかに湯気をくぐって湯乃香に走り寄り、彼女の持つ浴衣の山を半分受け取った。その謎めいた横顔に、もう憂いの影は微塵も見えない。

「……翔太っちは早く『亀の間』へ座布団を運んどいて頂戴!! 新しい萌葱色のやつを全部ね!!」
「あ、ああ……」

いそいそと渡り廊下を去ってゆく二人の少女を見送ってから、深いため息をついた天野翔太はもう一度満天の星空を見上げる。ネラースという彼の知らない世界は、本当に宇宙から消え去ってしまったのだろうか。
答えはわからない。しかしアリス=ティリアスと彼女の大切な故郷の為に、風変わりな運命を辿ってきたこの男は祈りの言葉と共にしばらく目を閉じた。


おわり



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