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白狐と青年 第21話「襲撃者3」

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「襲撃者3」

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 離れを覆うようにして防壁を展開しながら、クズハは漠然とこう思った。
 私と同じだ……。
 匠に切断された腕を何の痛痒もなさそうに平然と普通の人間の腕へと再生させている舟山と、
外殻で覆われた腕を持ち、彼が身につけている多くの装飾品の内の一つ、
おそらく平賀が作ったのだろうピアスから≪魔素≫を流して腕の外見を人のものに戻している彰彦、その両者に対してだ。
 これは一体……?
「どういうことだ?」
 匠が戸惑いに戸惑いを重ねた声を出す。
「今井中尉から何も聞いていないのか? 坂上匠」
 舟山が意外そうに口を開いた。
「そりゃなにも教えちゃいねえからな」
 彰彦は手先の部分は完全に人のそれに戻った腕を一度調子を確かめるように握りしめて、地面に放り出していた銃を拾い上げて土を払った。
「ほら、こんな無茶苦茶な腕、あんま人に見せたくねえもんだろ?」
 そう言って銃口を舟山に向ける。
 クズハとしてもその気持ちは分かる。一部でも異形と疑える部分があればその者を拒絶する。そういう事は珍しくもないものだ。
 隠そうとしていたんですよね。
 何を思ってかはクズハにはわからないが、彰彦は進んで自身の異形化した腕を見せようとは思ってはいなかったのだろう。
 しかし、舟山は彰彦とは違う意見のようだった。
「それは実験が成功した証だというのに、何故その結果を誇らない?」
「ふざけんじゃねえよ、俺はこんなもの望んじゃいなかった」
 二人が睨み合い、匠がその膠着を崩すようにこれみよがしに一歩を踏んだ時、予想外のことが起きた。
 道場全体を囲んでいる塀、それが唐突に吹き飛んだのだ。
 突然の破壊音にその場の皆が意識を破壊された塀へと向ける。そこには二つの人影があった。
 二つの影の内の一つをクズハは知っている。
 金毛の、獣の耳と尾を揺らす金瞳の若い女は、
「……キッコさん?」

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 クズハの呼びかけにキッコは軽く頷いて答えながら、先程までの戦闘相手を見た。
 平岩はここに至るまでの戦闘において特段重傷も負った様子がない。
 強い敵だ。そう認識し、同時に似たような存在がもう一人、匠と彰彦によって相手をされているのを見てとった。
跳躍一つで匠と彰彦の近くへと移動して、
「あれは何者かの?」
「舟山っていう、なんかいきなりクズハを破棄しにきたとかいう敵だ。キッコの連れてきたあれこそ何者だ?」
「向こうの目的も同じよ、クズハと、そして我も消す気でいるらしいわ」
 ご苦労な事にの、と付け足してキッコは目を彰彦の腕へと向けた。その肩口が未だ白い外殻を纏った異形のものであるのを見てとると、
「彰彦よ、その腕、バレてしもうたようだの」
 からかいの色を含んで言う。
 彰彦は感情的に「うるせえ」と応答し、
「キッコさんこそなにいきなり塀ぶっ壊してくれてんだよ」
 キッコは彰彦に「それはな?」と舟山へと近付いて手早く情報交換をしていた平岩を指さし、
「ホレ、あそこの、平岩とかいう人間が悪いのだ」
「人のせいにされても困るな、戦闘中こちらに進路を運んだのは信太主、お前ではないか」
「……人のせいにするなよ」
「匠よ、あのような敵の言うことを信じるのかの?」
「はいはい」とぞんざいな答えが返ってきた。
 つまらん、と思うがいつまでも遊んでいられる状況でもない。キッコは舟山という男を睨みつけた。
 クズハは彼女にとっても大事な子だ。真の血縁のように思っていると言ってもいい。
だからこそ目の前の男は憎らしい敵であり、そして、
「貴様が、自身が預かる部隊丸ごと一つを実験材料に供したうつけか」
「よく知っているようだな、信太主」
「彰彦から聞いておるからの」
 群れの主として容認しがたい存在だ。

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 キッコがもう一人敵を引き連れて現れた。目的はやはりクズハの、それに加えてキッコに対する破棄――恐らくは殺害――が目的だという。
そして彰彦や舟山の人のものから逸脱した腕、実験という言葉、分からないことだらけだ。
 だから匠は当然のこととして問いかけを放った。
「どういう事だ?」
 誰か個人を指してではない、その場の情報を知る者全てを対象にした問いかけに、
「うむ、そうだの……」
 キッコが頷きかけ、遮るように平岩の声が割って入った。
「いいのか? そんなにのんびりと構えていて」
「お前達が手を出さなければゆっくりと話ができるさ」
「本当にそうかな?」
「……なに?」
 平岩の言葉には何か得体のしれない自信がうかがえた。何か他にも手があるのか、そう考えかけた時、一つ異常に気付いた。
 ……何故誰も様子を見に来ない?
 これだけの大騒ぎをしているのだ、爆発も銃声も響く。外に何の物音も漏れていないという事は無いだろう。
 和泉の住人、道場の持ち主である信昭や芳恵、好奇心旺盛な門下生、誰かが様子を見に来てもいいようなものだ。
 しかし障壁を張っているクズハの方にも、先程キッコが空けた塀の穴からも誰もやって来ていない。
 まさかまだ仲間が居てどこかを襲っている?
 思考が至り、焦りを感じた時、離れの廊下を走って来る足音が聞こえた。足音には信昭の大声が伴っていた。
「匠、手を貸してくれ! 和泉の外に異形が大挙して来てやがる!」


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 背後から慌ただしく聞こえた声にクズハは息を呑んだ。
 今この時機に、ですか?
 まさに図ったようなようなタイミングでの異形の襲撃だ。
今匠達が相手取っている者達を本当の異形なのかと疑ってしまう程に。
 近くなった足音の方向へと振り返って、まず異形侵攻の事実を確認する。
「師範さん、異形が大挙って……」
「ああ、和泉の入り口んとこ目指していろんな見た目した異形が攻めよせてきてやがる。
まるで掃討作戦やそれよりもっと昔みてえだ。何にせよ人手が足りねえ、手を――」
 そこまで言って信昭の言葉が止まった。忌々しげに舌打ちして、
「くそっ、さっきから離れでも爆発音がしてておかしいと思ったら、こっちでも客か!」
 離れの庭で繰り広げられている事態を咄嗟に了解したのだろう、
キッコの異形を示す耳と尻尾についても何も言わず、信昭はクズハの張った障壁の手前で足踏みした。
 その後ろからまた複数の慌ただしい足音がする。
 和泉の番兵たちだ。彼等も庭の様子に呆気にとられ、しかし職務を全うした。
「和泉外周、森に隣接する門に向けて異形が接近中、是非に手をお借りしたいと門谷隊長が言っております!」
「話は分かりました……しかし」
 舟山と平岩を見て、匠の言葉が止まる。
 異形が突然この和泉を襲っているというのに二人には驚いた様子が見られない。まるでそうなる事が分かっていたかのように。
 そして、
「ここから逃すわけにはいかないな、まあこの町が異形に滅ぼされるのも俺達に殺されるのもそう変わらないだろう、大人しく殺されるのならこちらも楽だ」
「大人しくやられてやるわけがないだろ」
 発言からは異形は彼等の手によるものだろうということが知れた。
 匠さん達は動けない。
 だが外周に大挙しているという異形の群れは一応ここの護り手としての仕事を降りた匠の手を借りたいという程のものだ。人手が少しでも欲しいだろう。
 役に立たなきゃ……。
 そう思い、背後の信昭に訊く。
「あの……門下生の方々は」
「ん? こんな事になっちまってるからな、芳恵に任せて町の中央に避難させてる」
 じゃあここを私が離れても大丈夫ですよね……。
 そう信昭の返事に頷き、クズハは言った。
「私が外のお手伝いに行きます」

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 クズハの突然の宣言に匠は思わず目の前の敵から目を逸らしてしまいそうになった。
「言うのう」
 隣ではキッコが感心したように呟いている。
 感心してる場合じゃねえっ!
 今のところ敵は人数が暫定的に増えたこちらを警戒してか、手を出してこない。
 のんびりしてるのを嗤ってやがったのはこれが分かってたからか……。
 どういうわけか異形の手綱は向こうが握っているらしい。
 このまま手を出さなくても和泉を落とせるから、そのついでに目標も消せるとか思ってやがるのか……?
 急いで外の手伝いに行きたいが、
「行かせてはくれねえよな」
 引き攣った笑いの彰彦、そこにキッコが小さく言う。
「我が行く。クズハも連れて行くぞ。ここにクズハを置いておくのも外の異形の相手をさせるのもそう危険度に違いはあるまい。そこの二人をしっかり留めおけ」
 え? と訊き返す前にキッコの周囲で≪魔素≫が火となり、灼熱の舌で庭を舐め上げた。
 いきなり何を!?
 自分と彰彦を避けるように火が突き進んで舟山と平岩の両名を襲う。その結果を見る事無くキッコはクズハ達がいる所へと跳んだ。
「クズハ、行くかの?」
「はい」
 キッコは無造作にクズハを片手で抱え上げ、番兵の一人をもう片方の手で持ちあげた。
「場所を案内せい、我はよう知らん」
「は、はいっ」
 クズハだけならともかく、装備に身を固めた屈強な番兵を難なく持ちあげるキッコに驚愕する番兵が本調子を取り戻す前にキッコは駆けだした。
「そこの兵も付いて来い、ここは匠と彰彦に任せるぞ!」
 停滞無く指示を出して去り際、彼女はこう言い残して行った。
「この件が片付いたら色々と、話そうではないか」


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 信昭は金毛の狐の異形の言い分に従うべきかどうか悩んでいる様子の残りの番兵の尻を叩いて付いていかせ、離れの廊下を駆けながらキッコに問う。
「お前、狐の大将か?」
「だとしたら?」
 髪や尻尾の毛と同じ、金色の瞳が向けられた。
「意外に美人じゃねえか」
 とりあえず反射的に感想を述べ、次いで訊こうとしていたことを訊く。
「この前クズハちゃんが森の方に家出したっていうのはお前さんのしわざか?」
「ふむ、そう伝えられておるのか……まあ森にクズハを呼んだのは我だの」
「そうか……クズハちゃんはお前の一体なんなんだ?」
「なんだと思う?」
 キッコは口を円弧に曲げ、質問を躱した。
 答えは少なくともこの場では得られないものと受け容れ、信昭は語調を強めて言いつける。
「クズハちゃんをあまり悪いようにはするなよ?」
「分かっておるさ――が、クズハは無力な子ではない。だから力を振るってもらう、それだけだの」
 キッコの言い分に信昭は複雑な表情を浮かべて何か反論をしようとして、クズハの言葉がそれを止めた。
「大丈夫ですよ、しっかり役に立って来ますから」
 信昭は更に複雑そうに眉間に皺を刻んで唸る。キッコはそんな信昭に、
「信昭よ、お前は息子の所に戻っておくと良い。何故あれが和泉に戻ろうとしなかったのか、その理由も見えよう」
「理由?」
「左様」
 信昭は発言の真意を探るような目をキッコに向け、やがて走るスピードを落とした。
「……ここにドラ息子を連れてきたのは確かキッコさん、あんただったな」
「うむ」
 先に行くキッコに信昭は告げた。
「そこだけはまず、感謝しといてやらぁ」
 横を遅れて番兵が荒い息で走り抜けていく。信昭は来た道を振り返り、
「さて、どんな理由を見せてくれんのかねえ?」
 元来た方へと駆けだした。

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 ひび割れたアスファルトの舗装路を近隣住民が逃げていくのに逆行しながら数分、高さ五メートル程度の壁が延々と続いている先、
そこに信太の森に行く時に通過した門が今度はぴっちりと閉じられた状態でそこにあった。
いくつか立てかけられている梯子で壁の外と中の物資移動をしているようだ。
「この先で防衛戦をしておるのだな?」
 抱え上げた片方の腕にしがみついている番兵の男に問うと男は何度も首を上下に振り、
「はい、はい! そうです! この先、門の向こうで門谷隊長が指揮する本隊が異形の群れ相手に防戦しています!」
 壁の向こうからは銃撃の音が聞こえてくる。戦闘の真っ最中ということだろう。
「ならば、門を開けてもらうのは手間をかけるの」
「……は?」
 番兵の疑問を無視してキッコは跳んだ。一息に壁を飛び越える。
「これは……」
 クズハが壁の先に見えた光景に息を呑んだ。壁の向こうには複数種の異形が100や200ではきかない数押し寄せていた。
 それに対して人は規律だった動きで防御陣地を築いて異形の波を食いとめている。
「……ほう」
 キッコは地面に着地すると番兵を放り出し、抗議の悲鳴を無視して指揮を執っているという門谷の姿を探した。
 彼の姿は門の正面、急遽作られたと思しき粗末な指揮所の中にあった。
 伝令や短距離無線の情報を捌きながら指示を出している彼の所へとキッコはつけつけと歩み寄る。

「門谷よ」
「なんだ、今忙し――」
 顔を上げた門谷の表情が固まった。副官に指示を一時任せて彼は歩み寄り、
「キッコ、お前、その耳と尻尾はなんだ?」
 ともすれば銃口をこちらに突きつけんばかりの形相で迫ってきた。
「なんなら全身を見せてやってもよいのだぞ?」
「異形だとは聞いていたがまさか狐だとはな……面倒事をこれ以上増やすなよ」
 そう愚痴を言いながらこちらが抱えているクズハを見て、
「……森に連れ戻しにきたのか?」
「んー、それをしてもいいんだがの」
 そう言いながらクズハを地面に下ろす。クズハは門谷を正面から見上げ、
「忙しい匠さんに代わって、お手伝いをしに来ました」
 門谷が鼻白む。その様子にキッコは笑み、
「まあそういうことだの、せっかく得た力なのだ、持ち腐れさせても勿体なかろう?」
「しかしなぁ」
「大丈夫です」
 クズハが凛とした声を上げた。
「お役に立ちますから」
 門谷は俯いて数秒なにやら思案し、顔を上げるとクズハを見、戦場を見、やがて両手を上げて分かった、と呟いた。
「了解だ。確かにクズハちゃんの力は今この時に必要な類のもんだ」
 だが、と門谷はキッコを見る。
「お前はどうするんだ? まさかあの異形共、お前の手の奴らじゃないだろうな。
戦い方を見るに、大して智恵も持ってないだろうに妙に規律だった行動して来やがるせいで相手をしづらくてかなわねえ」
「何を言うやら」
 は、と息を吐いて、
「あれ等は我にとっても敵よ」
 吐き捨てながら背を向ける。
「おい、どこに行く?」
 銃口を向けられる気配が背にある。クズハが止めに入っているが銃口は下げられない。
 我の正体に勘付いておるのう……。
 視線が刺さる感覚を感じながら、
「異形共を指揮してる阿呆を狩って来る」
「なに?」
「こいつ等は精神を異形に呑まれた獣よ、指示を出している者がいなければこうは動かんて」
「……何を知ってやがる」
 疑うような門谷の言葉にキッコは淡々と答えた。
「たとえば」
 そう、たとえば……。
「あの異形共の正体、かの?」


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