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七夕の狐

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mintsuku

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七夕の狐


今日は七月七日。
「彦星と織り姫は、実在するのだぞ?」
キッコがクズハに、そんな事を教えた。
時間の流れに打ち勝って、長年語り継がれた物語は、
その物語自体が、一種の付喪神になるのだという。
彦星も織り姫も、七月七日のこの日だけ、実在するのだという。

天の川には、一年に一度だけ、橋が架かる。
彦星と織り姫の、ほんの少しの逢瀬のためだけに、星々が道を譲る。
相思に恋慕を交わす男女が、互いに彼岸を目指して、歩む。
夏の陽炎を編み上げたような、不確かで、不明瞭な、願いの足場を。
魔素と言うものは人の“思い”によって力を成す。
だから、人が星空に、短冊に願いを託すこの日、莫大な量の魔素が、空にたゆたう。
魔素は空に浮かんで、宇宙(そら)まで達して、幾億の星々に語りかける。
「二人に、ちょっとだけ、時間をあげてくれませんか」と。

星々は語らない。
けれども、彼らはそんなに意固地じゃない。
魔素はゆっくりと星々を動かし、二人の男女の、逢瀬の橋を紡ぐ。
夏の陽炎を編み上げたような、不確かで、不明瞭な願いの足場を。
織り姫は、橋の下が透けた、不明瞭な願いの足場に、足を竦ませる。
遠く下の方に、青い地球も見えている。
織り姫が、まいってしまって顔を上げると、もう、
橋の半ばまで歩いて来て居た彦星が、優しくほほ笑んでいる。

大丈夫。
怖くないよ。

彦星の励ましに答えて、織り姫は歩みだす。
踏み締めると、橋の下の景色が、打たれ水面のように、ゆらゆらと揺らいだ。
不確かな橋が、やはり怖い。
織り姫は駆けた。
橋の中心で、彦星に抱き留められる。
願いは叶った。
一年にたった一度きりの、短い、とても短い、再会。

夜が開けるまで、二人は語らい、橋の下に広がる天の川を見下ろし、星の流れに戯れる。
やがて、地球が回り、七月七日の夜が、くるくると行ってしまう。
橋は、両岸から、砂の城が波にさらわれるように、さらさらと融けて行く。

またあおう。
またあいましょう。

二人は緩やかに抱き締めあって、橋が消えるのを見ている。
橋が消えると、抱き合ったまま、天の川に吸い込まれた。
じゃぶん。
瞬間、二人は青い燐光となって、散り散りになってしまう。

「……哀しい御話ですね」
「いや、物語は自らの変わらぬ姿に誇りを持っておる。
変わらぬさまが、変わりゆく人の世に残り続ける事を、誰より喜んでおる。
物語の付喪神だから、もちろん悲哀や悲恋を描くものもあるが、
人々に感じ入られる事を、何より喜んでおるのよ」
「へぇ、そうなのですか」
「七夕の魔素は、人間の願いや思いによって集まる。
その思いや願いが織り姫と彦星の物語を紡ぎ、
余った分は実際に願いや思いの実現に当てられるそうだ」
「七夕ってすごいんですね」
「特に縁結びに力を発揮するらしいの」
「へぇ」
「クズハ、ちゃんと祈っておくのだぞ」
「……何をですか?」
「んー?なんだろうな。ははは」

狐につままれた思いを抱くクズハであった。


終わり

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