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白狐と青年 第17話「森の違和感」

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mintsuku

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森の違和感



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 結界外に出たキッコは先立って感知した異形達の姿を見る。
 獣や、造形を著しく崩した人間のような容姿をしているそれらは以前自らがクズハの意志に介入した折にもチラとその姿を見かけた事のある者達だ。
 キッコの姿を認めて敵意を示すそれらに対して彼女は訊ねた。
「我の痕跡でも探りに来おったか?」
 異形は答えず、ただ破壊衝動に衝き動かされて殺到してくる。それを確認し、
「言葉を持たぬか失ったか……」
 言いながら、目前に迫った口ばかり大きく単眼が不格好に辺りを見回している四足の異形の顎へと下方から右足を突き刺した。
 悲鳴も無く宙に飛ばされたそれに蹴り足を引き戻したキッコは片手を差し出し、
「消えよ」
 腹から瞬時に焼き滅ぼした。
 余熱を帯びる腕を軽く払って二匹目を狩る為に地を蹴る。
 駆けて来ていた異形は逆に目前に跳ね飛んできたキッコに驚き身を避けようとし、
 巨大な妖狐の姿を露わにしたキッコの前脚に踏みつけられた。
 人化に使用していた≪魔素≫の残滓を身に纏った大妖狐は身震いを一つし、異形の首元を噛み千切った。
 ……不味い。
 口の中の肉にそう感想を抱き、血を噴き出して痙攣しているものには見向きもせずに三匹目へと目を向けたところ、銃弾が彼女の視界の端の異形を撃ち抜いた。
「キッコさん絶好調じゃん」
 彰彦がジャケットから抜いた左右の拳銃から微かに≪魔素≫を感じる硝煙をたなびかせている。
「不味くてやる気が多少萎えたがの」
 口の中の肉片を吐き捨てる。隣で匠が墓標を叩きつけて異形の頭を砕いた。
 彼は異形の群れを確認して眉を詰め、唸る。
「この複数種混ざった群れ……和泉に現れていた異形と傾向が同じだ」
「さて、どこの阿呆が率いておるのやら」
 言いつつ尻尾に纏わりつかせた≪魔素≫を尾を振り抜いた勢いで放つ。
 雷撃混じりの熱波に姿を変えたそれに焼き崩される異形へ目もくれずに次の獲物を狩ろうとするキッコの耳に音とも声ともつかぬ響きが聞こえ、異形達の行動に変化が現れた。
 突然彼女らの周囲から身を退いたのだ。


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 響きは銃を抜く彰彦と同じ位置で魔法の陣を組んでいたクズハの耳にも届いていた。
「これは?」
 響きが聞こえた途端退いた異形達は森の木々の間からこちらに先程までと変わらぬ害意を向けてきている。
 陣に手を加えて中距離を穿つように異形に土塊の杭を打ち込みながら匠を見ると、匠は訝しげな顔で独語していた。
「――退いた?」
 言いながら警戒の気配を漂わせて数歩後退する匠に銃撃を続けていた彰彦が言う。
「さっきまでいきり立ってたくせにな、一体なんなんだ?」
「いきなり何かが聞こえた途端にですね」
 クズハが二人に半ば確認のように言うと、二人は不可解な顔をした。
「何か聞こえた……か?」
「いや、特には……クズハ、何を聞いたんだ?」
「――え?」
 匠さんも彰彦さんも……何も聞こえていない?
 耳には未だに響きが木霊している。どういうことだろうか? そうクズハの脳裏に疑問が浮かんだ瞬間キッコが大声で告げてきた。
「人には聞こえぬ響きぞ! 気を付けよ!」
 キッコの叫びと共に耳に来る響きの調子が変わった。同時、異形達の動きに変化があった。
 退いていた異形がひと塊になって突撃してきたのだ。
 キッコと匠が突撃する一群に打撃を加えるが、
「っ!」
「このっ」
 己の身を顧みない突貫に異形の群れはその数を大きく減じながら尚も直進を続けた。その狙いと思しきものは、
 結界の木……!
 背後にある結界の支点となっている木を意識してクズハは新たに陣を組みあげる。
 役に立たなくちゃ……!
 どこか脅迫観念じみたそれを行動の原動力として完成した魔法を前方の一群へと放とうとした瞬間、
 耳に響き続ける響きの調子がまた変わった。
「避けよ!」
「クズハ!」
 キッコの警告とそれに数瞬遅れて事態を察知した匠の逼迫した叫びが飛んだ。
 クズハの耳はそれらの声が飛んできたのより更に一瞬遅れて、異形達の突撃音に隠れるようにして聞こえる葉鳴りの音を聞いた。
 クズハから見て左方、森の木々の陰から異形が飛びかかって来たのだ。
 奇襲。
 身を避けようとする間にも迫る剛毛の猿のような異形の爪に、いけないと瞬時の思考が走り身を固めた時、クズハは弾き飛ばされた。
「っ、彰彦さん!」
 クズハを肩からの体当たりで弾き飛ばした彰彦は奇襲を仕掛けてきた異形の一撃を片腕で受け止めた。もう片方の手に握った銃を異形の顔面に突き付け、
「――ってぇよ馬鹿野郎」
 引き金が引かれた。
 奇襲をかけようとした異形の顔面が≪魔素≫込みの銃弾で粉々に吹き飛び、前方から追っていた異形の一群を匠の墓標が成した大刃が側面から両断した。


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 ひと通り異形を斬り払った匠は周囲を警戒しながらキッコに聞く。
「異形は」
「もうおらんの、響きも消えた。今回はこれで最後だろうて」
「そうか……」
 墓標の刃を≪魔素≫の破片へと解体する砕音が森に木霊した。
 思わず息を吐いて身体の緊張を解くと、匠は彰彦に何度も頭を下げているクズハに声をかける。
「クズハ」
「――あ、はい」
 跳ねるように振り向いたクズハの表情にはどこか気後れしたような色がある。
 彰彦が匠を見て参ったとジェスチャーするのに苦笑し、
「大丈夫か?」
「はい……あの、ごめんなさい。今度はもっと上手くしますから……」
 気後れの原因はやはり先程の戦闘らしい。
「気にすんな。ありゃ敵さん天晴れだわ」
 彰彦が言うが、なにもクズハに対するフォローというだけでもないと匠は思う。確かに敵ながら天晴れとでも言うべきかもしれなかった。
彼等の先程の動きは……。
 あれは間違いなく作戦、だったな。
 作戦行動をとってくる異形との戦闘は第二次掃討作戦中、ある程度の社会をテリトリー内で形成していた上位の異形達がよく行っていたので未経験というわけでもない。
 しかし、
 まさかあの本能剥きだしの異形達がそれをやってくるとは……。
 キッコが驚いていたのを見るにつけても珍しい事だと分かる。
 指揮をとっていた存在が相当な実力で、力で彼等の本能を超越して従えたってことだろうか。
 そう考えながら異形の一撃を受けた彰彦の腕へと目を向ける。
「彰彦、お前腕は大丈夫か?」
「ああ、大丈夫大丈夫」
 森に入る為に持ってきたという長袖には多少穴が空いてはいるが、
彰彦はそんなものはどこ吹く風でなにやら熱心に倒した異形を観察しながらひらひらと手を振ってみせた。
 彼はそれにしても、と身を逸らせて異形の観察を終えると、
「あの特攻が囮だったとはな」
「ああ、それこそ生存本能完全無視の突進で驚いた」
 答え、そういえばと聞きそびれていた事を訊ねる。
「クズハ、それにキッコも。何か聞こえたって言ってたけど」
 クズハがはい、と応答する。
「なにか、響きのようなものが聞こえてきました。その響きの調子が変わるごとに異形達の動きが変わっているように感じましたけど……」
 そう言ってクズハがキッコを見ると彼女も同意する。
「うむ、何かしら指示を出しているようであったな。人には聞こえぬ音域での指示だったようだが」
 キッコの言葉に匠は確かに彼女等が響きと表現する現象は何も聞こえなかったと頷いた。
 指示を出しているのは特殊な音域を発することができる異形か……。
 それがここ最近和泉周辺に出没する異形達の大将だろうかとあたりを付けていると、≪魔素≫がキッコの周りに集中するのを感じた。
「――さて、大体森の様子も掴めたの」
 目を向けると、人化を果たして髪を払い、尻尾と耳を隠したキッコは匠達を振り向いた。
「満足した。和泉に戻るぞ」
「ん? いいのか? 日が落ちるまでもう少しあるぞ?」
「構わぬ、それにヨモギは我にも小言をよく言うでな。最近構ってないから余計に言われそうだて、カタバミ相手にガス抜きしてもらわねば」
 そう言ってキッコは匠に背を向け、和泉に向かって歩いて行った。
 研究区からわざわざやって来てもう満足とはいささか早すぎはしないのか。
 匠はそう思うがキッコは何か口直しが欲しいとぼやいている。
 アレの考える事はよくわからん……。
 考えるだけ無駄なんだろう。
 匠はそう結論し、森を歩いて行った。
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