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甘味処繁盛記 偽・開店編

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mintsuku

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偽・開店編


絶対に昨日まで空き家であったはずだ。間違いない。
きちんと記憶しているわけではない。
しかし、ここまで変化した日常の風景を、まがいなりにも自警団の隊長を勤める己が見逃すはずがない。
だから門谷は腕を組んで眉間にしわを寄せるのだ。

和泉。
それがこの地の名である。
大阪に近しく位置するが辺境に連なる村である。故に、都会のように急激な変化に乏しい。
緩やかな日常。穏やかな毎日。異形という恐怖が付き纏いこそするが、極めて静かな村なのだ。

歴史に異形が明確な姿を現すまでの前時代の、いくらかの名残はある。
が、しかしやはり衰退した文明の街並み。その、やや外れ。
間違いなく昨日まで空き家であったはずのそこに、

<甘味処 『鬼が島』>

そんな看板がかかっていた。
きれいに手入れされ、おしゃれな和風の構えをこしらえた甘味処。
外でもいただけるように長椅子に赤い座布団が並んでいて実に風情があった。
丁寧に洗濯が繰り返された事をうかがわせる疲れ方をした暖簾は歴史さえ感じさせる。

鬼が島。

門谷は、99%の不審と、なんか自分の記憶違いでこの甘味処の開業を忘却しているのだろうというごまかし1%で暖簾をくぐる。
怪しすぎて、仕方がない。
こんな甘味処ができておきながら、自分の耳に入ってこないはずがないのだ。
街の見回りから異形に対する防衛戦までこなす自警団の、隊長。
第二次掃討作戦を潜り抜けただけの経験は積んでいるのだ。情報の機微に遅れるなどという愚をどうして犯そう。

「失礼する」

暖簾をくぐり、からからと横滑る扉を開ければ、

「……」

店内に一人の男を認めた。
着流しを纏った細身の男だ。一目で分かる。

(強い……)

戦いが避けられぬ場所にい続ける門谷の嗅覚が物騒な方向に反応する。
机を布巾でぬぐいながら、その男の所作には隙がないのだ。それでいてやわらかい。
まるで風景と同化した自然物であるかのように、不自然さがないのだ。

そも、純朴、素朴で日本人の風流を体現したような店内である。
いやにこの男と調和していた。
しかし、この清潔感と明るい造形はやはり昨日空き家だったというにはおかしい出来栄えだ。
おかしい。
絶対怪しい。

「く」

店の出入り口で、思考に名乗りが遅れた門谷の耳に声が届く。
無論、店内を掃除している、眼前の男から発せられた声である。

「くくく」

その声調が明確に笑っている事を示し始めて門谷が緊張した。
男の口角が吊り上り、その闇夜よりも黒々とした双眸が細るのに……異様な迫力があったのだ。

「くははははは、ははははは!! はーっはっはっはっはっはっ! はははははは! ははははははははははははは!
あーっはっはっはっはっはっ!! ははは! ははははは! ははははは! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!
は! はは! ははは! はははは! はははははは! ははははははははははははは!!」

呵呵大笑が店内に響き渡る。
なんと、力強い声なのだろうか。
まるで風が叩きつけられるかのような感触を哄笑に覚える。
しかも風は風でも熱風だ。灼熱を浴びせられているかのような心地。強い迫力。強い圧力。

射抜くような男の視線から、門谷はもう目が離せない。
これはもはや、立会いの空気である。
男の鬼気に飲まれぬように門谷が気合を漲らせた。
その気配を悟ってか、いっそう男の笑い声が大きく、強く、……そして澄んだものになっていく。

まるで天から降り注ぐような、地から響き渡るような笑い声。
これは本当に笑い声か、と門谷が疑い始めた時分。
ぎょっと後ずさってしまった。

一寸前まで。
そう、本当に一瞬の前まで、店内には男一人だけだったはずなのに。

増えている。
着流しの男の、影じみて立つ一人。
天井に逆さになって立つ一人。

そして、

「う……!?」

後ずさった門谷にぶつかる感触。
門谷の後ろを、取って立つ一人。
門谷を包囲するかのように、新たな三人。

男の笑い声が何か遠いもののように聞こえた。
門谷が、自身の緊張がどういうものか、理解し始める。
これは、これでは……

(まるで異形に囲まれたようだ)

ぴたりと、男の大笑いが止まった。
喜色満面に三日月を描く口元が、禍々しく開く。
そして活力を内包してやまない太い大きな声が言葉を紡ぐのだ。

「いらっしゃいませー! 一名様ご案内!」
「「「いらっしゃいませー!!!」」」

同時、三つの影が動き出す。

「こちらのお席にどうぞ!」

門谷の背後の影が、まるでダンスでもエスコートするかのように席まで誘導せしめる。
その優しさと導く柔らかさたるや、さながら羽毛。

「お茶をどうぞ!」

そして男の影に付き従っていた影がほかほかと湯気立てる茶を恭しく差し出すのだ。
香ばしい新緑の匂いが門谷の鼻腔をくすぐるが、しかしそれ以上に茶を差し出す態度、礼節はさながら忠犬のごとき見事さであり、それこそが門谷の心をくすぐる。

「こちらお品書きになります!」

そして天井に逆立っていた影がふわりと舞いては、降り薄いが外装のしっかりとした品書きをそっと開くのだ。
流れるようなその如才ない動きは、まるで猿。

気づけば席に着いて茶をすすりながら品書きを手にしていた。
なんという接客の妙技。
喉を鳴らして驚愕していれば、ようやく脳が視覚情報を正しく認識するに至る。
そう、品書きにはでかでかと、誇らしげに、これしかないというほどに、

<吉備団子>

としか書かれていなかった。


「で、桃太郎さん、あんたまだ店の申請は出してないと?」
「うん、ごめん。無断」

数分後、そこには着流しの男を前の席に座らせて職務質問する門谷の姿が!

甘味処 『鬼が島』
着流しの男は、その店長であるという。
桃太郎と、名乗った。20代半ば。活力と迫力に満ち満ちた男である。
それこそ、異形を相手どって丁々発止と切り結べると言っても信じられてしまうほどに力強い体躯であり雰囲気である。

「無断は駄目だろ。それくらい分かるだろう?」
「しかし……」

真正面から桃太郎が門谷を見据える。
堂々と。心気漲り。

「早く店出したくね?」
「いや、許可取るまで我慢しろよ」
「今から出そう」
「順番が違うだろう」

少しだけ、桃太郎の表情が硬度を帯びる。
そしてなるほどな、などと小さく呟けばにぃやりと笑みを零した。
世の清濁を達観し、それどころか楽しんでいるかのように深い瞳。

「これで、見逃してもらおうか?」

くつくつくつ、と喉から低い笑い声。桃太郎が一箱を取り出す。
そしてそっと、ふたを開けてみせた。
金か、と思ったら吉備団子だった。

「………」
「………」

桃太郎、ドヤ顔である。

「む、足りんか。強欲なヤツめ。なんならもう一箱……」
「なめとんのかい!」
「……分かった、いいだろう。もう二箱だ! この業突く張り!」
「吉備団子はいい!」

いや、金なら受け取るというわけではないが。

「昨日までここ、空き家だったろ?」
「うむ」
「一日でこれ、こんな店にしちゃったの?」
「頑張った」
「頑張りすぎだろ」
「店出したくて店出したくて」
「……」

はぁ、と門谷が嘆息する。少なくとも、熱意はもりもりと伝わる。
ちょっと歯車が狂った仕事人間なのだろう。筋さえ通せば、後は甘味所経営に尽力してくれればいい。
品が吉備団子しかないけど。

「戸籍は?」
「ない」

桃太郎などとふざけた名前を名乗った時分に予想はしていた。
時代が時代だ。戸籍なく生まれて育つ者もいる。
そもそも一度政治が壊滅してるのであったけどもなくなってる者もざらだった。そういった者達に名は意味がない。
ただ自治領として民政が機能している所で新しく作るなりできるのだから、ダブルパンチで桃太郎の胡散臭さが増した。

「さっきいた三人もか?」
「おうよ」
「とりあえずさっきの三人の名前も聞いとこうか」
「じゃじゃ丸、ピッコロ、ポロリだ」
「じゃじゃ丸、ピッコロ、ポロリ……と」
「流石に知らん年代か。すまん、いまのは嘘だ。まこちゃん、しんちゃん、しょうちゃんだ」
「しばくぞ」
「摩虎羅、真達羅、招杜羅だ」
「まこら、しんだら、しょうとら……と」

メモしていきながら、門谷は考える。
桃太郎。足す、三人。鬼が島。吉備団子
悪ふざけか、店の宣伝効果のためか。門谷の口元がへの字に曲がる。

「流浪か」
「流浪人だ」
「流浪で団子売りか……」
「珍しいか?」
「まぁ、さすらうのは仕方ないかもしれんが、なぜここだ?」
「ここいらの水は質が良くてな」

当たり障りがない解答だった。
料理や菓子作り精通しているわけではない門谷からは、深く突っ込みにくい。

「大きな街に比べると異形の危険が付き纏うぞ」
「生きてるやつは大体友達」
「食われてしまえ」
「客としてくるのならば食わせるのもやぶさかではないな」
「出会い頭にめちゃくちゃ笑われたのは、あれなんでだ?」
「開店初のお客さんで、張り切って……」
「笑いすぎだろう」
「笑い上戸でな」
「こんな朝っぱらから酒飲んでんのか?」
「エアアルコール」
「虚しくならんか」
「世の無常に比べればどうということはない」
「比較するもんがおかしい」

それからいくらか問答が続く。
飄々と受け答えをする桃太郎に、門谷が何度かメンチを切るがどこ吹く風であった。
さしあたって、仕事に対する熱意やら和泉に住む意思やらは確認できた。

受け入れるか、どうするか。
審判がなかなかに難しい。
賊徒の可能性から、化けた異形である可能性まで多くある。
肯定的に考えれば、その審判にかかる時間を商売に当てたいから無断で開店しちゃったとぎりぎり捉えられる。
役所さえ通せば、土地は移住する者に公平に分配されるので、まぁ、この空き家を希望すれば宛がわるだろう。

が、しかし無許可は容認できない。

「自警団の詰所まで来てもらおうか」
「ほぉ、いやらしい拷問とかされるのか」
「なんでだよ」
「しかしそれではさらに店を出すのが遅れるではないか」
「言っとくがお前がややこしくしてるんだぞ」
「頼む、時間がないのだ。田舎のおばあちゃんが病気で、薬を買うのにまとまった金が要る」
「いや、しかしだな」
「おじいちゃんは今月を乗り切れるかどうかも怪しいのだ」
「おい、じじいとばばあで食い違ってるぞ」
「すまん、今のなし。娘が結婚するんだが、まとまった金が……」
「ふざけてんのか?」
「一秒一秒を真心こめて生きている」
「……」

門谷がこめかみ抑え始めた。
桃太郎は真顔一直線である。

「本当に、なんで無断で店なんか出した?」

門谷が切り込んだ。桃太郎はと言えば、
なに、そんな事も分からないの? なんなの? ばかなの? しぬの? と言いたげな顔だ。

「なに、そんな事も分からないの? なんなの? ばかなの? しぬの?」
「分かるか」
「突如として現れたおしゃれな店。店内には渋い俺。出される吉備団子は日本一……ブレイク確実だろう」

あ、こいつ馬鹿だ、と門谷は思った。

「あるだろう、都市伝説で昨日までなかったのに突然現れた不思議な店的なの」
「それをやりたかったのか?」
「うん」

ぶん殴って桃太郎なる男を詰所まで連行することにしました。


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