創作発表板@wiki

よくある話 後編

最終更新:

mintsuku

- view
だれでも歓迎! 編集

よくある話 後編


「かぐや殿」

ひざまずき、血に僧衣が汚れるのもお構いなかった。

信じられない。信じたくない。
昨日まで、一緒にいた。昨日まで、一緒だった。
唐突すぎる理不尽だ。

「かぐや殿」

かぐやを揺さぶるが返事はない。反応もない。
それはそうだ。上半身と下半身がほとんど千切れた惨状で、生きているほうがおかしい。
屍となったかぐやのまぶたは閉じていた。
しかめ面で、逝っている。

苦痛で歪んだというよりも、しかめ面という方があっている死に顔だった。
これほど体を破壊された痛みは想像できないが、それにしては安らかな方だろう。

「かぐや殿」

安流が震える手で、何度も何度もかぐやをゆする。
返事はない。反応もない。
かぐやの抜けるように白かった肌は、もう紙質のような生き物ではない白になっている。
すっかり冷たい。

「かぐや殿」

何度も何度も、何度も何度も、安流はかぐやをゆする。
現実を受け入れたくない。
まだかぐやの旅は始まって間もないのだ。
まだ会うべき者たちがたくさんいる。かぐやが助ける事ができる人間も、きっと全国にいる。
かぐやはまだ死んでいいような人間ではない。
やっと自由になったのだ。やっと自由になったのに。

「かぐや殿」

これからかぐやは、多くの御伽 草子郎の犠牲者たちを訪れて。
きっと自分には及びもつかない、想像もつかない異能者たちと絆を結んで。
あるいは異形に襲われた人を助けたり。
いろんな人と出逢って、感謝されて、幸福なつながりを得なければならないのに。

「かぐや殿……」

やがて安流が止まった。
死に顔を、見詰た。
しかめ面。苦痛に歪んだ表情と言うには弱い。
体ではなく、なにか心が痛む事を目の当たりにしたような顔。
呆然と安流が自失する。
どうしてかぐやが死なねばならないのか。
命を命とも扱われず。戦いに狩りだされ続け。やっと己のために何かをしようと旅立ったのに。
つながりを、絆を、……兄弟を、求める事は死に至るような事か?

「こんな事……よくある話で、あっていいはずがないでしょう」

どれくらい、現実から目を背けていただろうか。
心も思考も停止していた安流が、ようやく周囲に目を向ける。
かぐやの死体。
そして、熊のような、熊の造形を醜悪にしたような異形の死体が三つ。
さらに、かぐやの燕の子安貝や蓬莱の珠の枝が転がっていた。

交戦したのだろう。
それは分かる。
この三匹の異形は、かぐやに殺された事は間違いない。
では、かぐやを殺したのは誰か。

そこでようやく、かぐやを殺したかもしれぬ異形の可能性に安流は今更気づく。
かぐやをゆすり続けている間、襲われてもおかしくなかったはずだ。
なんと無謀な時間を過ごしていた事か。

「……」

しかし、それを自覚してなお、安流は動かなかった。
一心にこの理不尽な別れを嘆いた。

これからだったのに。
まだかぐやは、始まったばかりなのに。
かぐやがかぐやではない時間はやっと終わったのだ。
だからかぐやはやっとかぐやを始められた。旅。
その、最初の最初。
なのに……

気づけば安流の頬を涙がぬらしていた。

昨日、異形に襲われた集落をすぐに離れていれば良かった。
いや、それは結果からしか言えない。
現実にかぐやは安流が眠っている途中で、きちんと異形に対応してこの三匹を殺している。
かぐやに勝てるような異形など、そうそういないはずなのだ。

だが、しかし、現実にかぐやは倒れている。

昨日、かぐやとの旅が延長する事を喜んだばかりなのに。
今日、かぐやとの別れが唐突な事を悲しまねばならない。

「……」

のろのろと、ようやく安流が動く。
燕の子安貝を拾った。
これも、一緒に供養しよう。
もう戦わなくても良い。もう殺さなくても良い。
そこだけは、かぐやにとってきっと素敵な点のはずだ。

結局、かぐやは望んだ兄弟は一人も得る事ができなかった。
しかし、それでも、

「……――?」

ふと、安流が山を見上げた。
風が降りて来た気がしたのだ。
それも、どこか刺すような風。空気。気配。

いけない、と思った時、すでに遅かった。
かぐやを殺した異形では、と疑った瞬間、それは姿を現した。

小さな、子供。

「また人か」

うんざりしたように、子供が吐き捨てた。

――嗚呼、この子が

ただの一目で安流には分かった。
この子が、金時だ。


150cmに満たぬ身長で、しかし安流が出逢ったどの大人たちよりも金時には迫力があった。
隆々の筋肉を供えた子供の体躯は、鍛えた鋼鉄でできているかのようだ。
日焼けの浅黒さなど生ぬるい、赤みがかかった肌は鉄火を思わせる。

雷神じみた形相で、見上げてくる双眸は火眼金晴。
澄んだ眼だった。

「帰れ」
「君は…」

短い一言に安流はとっさに応じる事ができなかった。
金時だ。金時なのだろう。
龍型の異形の遺伝子と、異形に近しくなるよう改造された人間の遺伝子を掛け合わせて生まれた子。
鬼子。
質は違うが、かぐやと対峙した時に向けられる圧迫感がこの子供にもあった。

こんなにも……こんなにも、今、求めていた人がいるのに。
かぐやは。

「ここにお前らは来るな。帰れ」
「君が、金時くん……」
「!」

子供が眼を見開いた。
子供がかぐやの屍を指差す。

「なんで俺を知ってる? お前も、そいつの仲間か?」
「仲間……」

仲間だったのだろうか。かぐやにとって、自分は。
旅の道連れ。果たして、ただの足手まといではなかったか。
足手まといだっただろう。
それでも親切にしてくれた。一緒に旅を楽しんでくれていたと、思う。
思いたい。

「答えろ! お前も俺たちを殺しにきたのか?」
「殺しに……?」
「そいつは、殺しに来た」

何か嫌な予感がした。
金時。山の異形。かぐや。自分。
線がちらついた気がした。

「ちょ、ちょっと待ってください! 俺たちって……?」
「山のみんな。俺や、こいつらを殺しに来たんじゃ、ないのか?」

金時がみんなと分類するのは、かぐやではなく。
かぐやに殺されたのであろう、三匹の異形。
安流の肌が粟立った。

「金時くん、君はまさか……」
「?」
「異形側、なのか……?」
「何を言っている? 答えろ、お前も俺たちを殺しに来たのか? そうでなければ帰れ」

金時と山の異形。異形側。
自分とかぐや。人間側。
はっきりと線が見えた。境界線。
かぐやが人を助ける位置に立ったように。
金時は異形の位置に、立ったのか。出生の要素を見れば、それは不思議な事ではなかった。

「金時くん!」
「なんだ、お前、だからなぜ俺を知っている?」
「僕はこの人と一緒に旅をしていた。聞いたんだ、君の話を! 君とこの人は同じなんだ! 同じ境遇で……」

思わず安流が後ずさった。
明確な怒気が金時から発せられているのを感じたからだ。
恐い。怖ろしい。異形に囲まれた時よりも、遥かに死を感じる。

「同じ、だと?」
「そ、…そ、そう、そうだ……君も御伽 草子郎の研究で」
「カッ!」

金時が吼えた。ただの一喝で周囲の木々が揺れた。葉が落ちる。
安流がへたり込む。恐い。怖ろしい。

「お前も研究所の人間か!」
「ち、ちちちち、違う!」
「同じにするなよ! こいつはな! こいつは……殺したんだ! 三人も……」

怒気が薄れていく。変わって金時から流れ出るのは、悲愴の気配。
金時が震える手でかぐやに殺された三匹の異形をなでた。
慈しむように。労わるように。悼むように。

「なんで殺すんだよ……三人も……せっかく、せっかく仲良くなったのに……なんでぇ……」

金時が、泣いていた。三匹の異形の傍らで。

「なんでだよ、なんで殺しにきたんだ、そいつは……? なぁ、ふもとの集落の、復讐か? なぁ?
そっちから、先に子供を殺したくせに……なぁ、ここは俺をやっと受け入れてくれたんだ。
みんなみんな、良いヤツなんだ……なんで、殺すんだよ……殺されなきゃ、俺だって殺さねぇよ……なんでだよ」
「!」

安流がおののく。
確かにかぐやのような容姿ならまだしも、異形に近しい容貌の金時は自由になった後。
どう見られていたか、想像に難くない。
そして、やはり、結局、だから、受け入れて、心を開いてくれる者たちがいればそれは……異形だったのだろう。
この山の、異形。この山の、みんな。

「そいつだって、殺されたくなんか、なかったくせに……なんで、殺すんだ……俺は、殺したく、なかった……殺されたくなかった」

かぐやを睨む金時の言葉を、安流は一寸、理解できなかった。
それはつまり……

「殺し……た?」

かぐやを殺したのは金時。

「殺したんですか、君が……かぐや殿を」
「かぐや? そいつか?」

かぐやの屍を金時が指差す。
しかめ面のまま逝った旅の道連れ。
それから、金時は頷いた。

安流が、金時に飛び掛る。

「どうして! どうしてですか! 君は! 君が!? かぐや殿は! かぐや殿は君と! 君を探して! 君は……! 君は! なんで! なんで、君は!!!」
「なんだよ!」

ハエを払うように安流は弾かれ、無様に転がった。力の差など天と地だ。
それでも。この思いは堰を切る。
再度、安流が掴みかかるが、やはり簡単に吹き飛ばされる。一度目よりも加減されているのが分かった。

それで悟る。金時は、優しい。
すぐに安流を排除することもなかった。開口一番帰れと言ったのは命令ではない。忠告だったのだろう。

「かぐや殿は君と兄弟になりたかったのに! 君と一緒だったのに! 君が…! 君は……なぜ……かぐや殿は! かぐや殿はやっとここまで来たのに!!」
「うるせぇ! 兄弟を殺されて黙ってられるか! こいつが殺したんだ、三人も!! 許せるか!!」

安流が止まった。ぼろぼろと涙こぼしながら驚き、戸惑い、そしていろいろな事を察した。

「きょうだい……?」
「そうだ! この山は俺の家だ! みんな俺の家族だ! この三人は、俺の兄弟だ……! 殺されて! 殺されといて我慢できるか!」

安流がへたり込む。
分かる。心に染み入るように、金時の言うことが理解できる。
かぐやは、人の側に身を置いた。金時は、異形の側に身を置かざるを得なかった。
かぐやは人に受け入れられた。金時は人に受け入れられなかった。
それでもかぐやは兄弟を境遇を同じ者に探した。金時は……受け入れてくれたこの山を、家にした。

ならば分かる。
きっと死ぬ間際。金時に殺される寸前。
兄弟を殺されたと怒り狂う金時を相手に、なにもできなかったのだろう。
金時に体を引き千切られる苦痛よりも、金時の兄弟を、殺した苦痛に顔をしかめて逝ったのだろう。

だからもう、安流も何も言えない。
金時を責める事もできない。ただ、悔やむしかない。
そう、後悔が湧き上がる。

兄弟を求めたかぐやに、安流は隔たりを感じていた。
それはかぐやの持つ超常の力に気後れしたから。
こんなに強い人と、僕では兄弟になれないだろう。
決めてしまった。

金時が山の異形に受け入れられたと時、ただの一つ後ろを向いた気持ちはなかっただろう。
太陽のような歓喜が、安流でさえ想像できた。
それに比べて。
自分は些細な力の上下だけで、たったの一言を言えなかったのだ。

――僕と、兄弟になりましょう

「嗚呼……」

涙が止まらなかった。へたり込んで動けない。
そんな安流に、金時もまた何も言えなかった。
殺されて悲しいという気持ちは、とても良く分かるから。
だから、金時は一言だけ残して去ろうとする。

「この山は、俺たちの住処だ。お前は帰れ」

帰る場所は、ない。
だからかぐやは兄弟を求めた。そして、自分も。
良いな。純粋な心地で安流は思う。遠のく金時は、かすんだ視界ではきちんと捉えられない。
後悔とやるせなさと喪失感と虚無感の中で、安流が拳を握り締める。
そういえばまだ、燕の子安貝を握ったままだった。ずっと、握り締めたままだった。

音がした。
まるで亡者のように緩慢な所作でそちらを見た安流は、目を見開いた。
異形。
かぐやが殺した三匹と、同型の醜悪な熊のような異形が一匹、そこにいた。

「嗚呼……」

――嗚呼、死ぬ

まるでかぐやと出会う寸前の気分だった。
いきり立っているのは一目で分かる。その異形もまた、きっと、仲間が三匹も死んでいる惨状が悲しいのだろう。
そして、そんな場にいる安流を、許すとは思えない。

「あ……」

後ずさった。
後悔とやるせなさと喪失感と虚無感の中。死にたくないと思った。
強く強く、そう思った。

「ああ……」

異形がのそりと近づいてくる。右手が振りかぶられた。
その鋭い爪は一振りで安流など絶命せしめるに足るだろう。
死にたくないと、思った。

「ああああああああああ!!」

異形がその腕を、振り下ろす。
顔をかばうように、安流が腕を突き出した。
その手の中には、燕の子安貝。

死の衝撃はなかった。代わりに、衝突音。
閉じたまぶたをそろそろと薄目に開ける。突き出す腕の、向こう側。

「え」

貝の薄幕が異形と安流を隔てていた。
呆然と、手の中の貝を見やる。
燕の子安貝。
防御の魔装。かぐやの、魔装。
襲ってきた異形に目もくれず、安流がかぐやを振り返った。
かぐやの魔装だ。ならばこうして、貝の防壁の展開は、かぐやがした以外どうするというのだ。

「あ……」

しかし、かぐやは死んだまま。
生き返る、はずがない。

「え……え、ど、どうし……」

異形が防壁を突破しようとするが、どうしても崩せない。
貝の薄幕を破れない。
それを他人事のように見詰ながら、安流は混乱した。
考えが及ばない。
言った。かぐやは確かに、こう言った。

――いえ、起動の承認は遺伝子認識になりますので……

遺伝子承認など、その人間しか使えぬという制約でしか、ないはずだ。
なのにこれでは、

「あ」

なのにこれではまるで、

「ああ」

なのにこれではまるで、自分が使ったかのような……

「あああ」

親でも子でも、遺伝子は違う。
しかしただ、一組。遺伝子が同じである関係は――

「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!!」


やがて、安流を諦めて異形が去った後。
集落の共同墓地の横に一つ、かぐやの墓を立てた。

その晩、墓の前に陣取った安流が念仏を絶やす事無く。

『安流殿の念仏、……なんだか安らぎました』
『はぁ、読経をさぼりまくっていたものですから、下手だったと自覚しているのですが……』
『ふふ、不謹慎かもしれませんが、また聞きたいと思ってしまいましたよ』
『あまり縁起のよろしいものでは、ないですねぇ』

ただ最後の会話を噛み締めた。

かくして、安流とかぐやの旅が終わる。
安流はこれより諸国を放浪し、御伽 草子郎の研究被験者たちをつなげる事に尽力する。
例えばそれを兄弟と呼称し、喜ぶ者もいた。
例えばそんなつながり無意味だと嘲笑する者もいた。
それでも安流はつたなく五つの魔装を操りながら、おかしな運命を背負った者たちに絆を作るように奮闘するのだ。

そしてその輪は御伽 草子郎の被験者にとどまらず。
数多の兄弟を各地に作って、安流はとてもとても大きな大きな絆を作る事になる。

道中、その口癖を繰り返し。

「よくある話です」





+ タグ編集
  • タグ:
  • シェアードワールド
  • 異形世界

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー