創作発表板@wiki

よくある話 中編

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

よくある話 中編


「安流さんはお料理が上手なのですね」
「はぁ、実は僕、生臭坊主でして」
「おや、煩悩を取り払えていないのですか」
「お恥ずかしながら、経も読まずに豚を食い、掃除もせずに魚を食い、訓練をサボって鳥を食べていました」
「陸海空そろい踏みですね」
「近所の子供たちと一緒に狩りなんかしていましたよ」
「それは……楽しそうです」
「楽しかったものでした。寺に帰れば怒られてばかりでしたけれどもね」
「それが普通です」
「……寺の中で疎まれては、いたのです。僕はどこの何者とも知れぬ余所者、ですから」
「それで、反発して修行をしなかったのですか?」
「……熱心に修行をしなかったから疎まれていたのか、疎まれていたから熱心に修行をしなかったのか、今では、ちょっと思い出せませんよ」
「安流さん的に言えば、どちらにしても、よくある話、ですね」
「そうですね。そんな風に修行をサボっていた僕が、寺が襲われて無事だったのは実はとんでもない戦闘の天才で、華麗に凌ぎきった……という伏線ではないので安心してください」
「ないのですか」
「そんな天才だったらかぐや殿に助けられていませんよ。普段はぐうたらで寝てばっかりなのに、いざ怪物に襲われても隠していた才能でたちまち瞬殺してしまう……よくある話なんですけどねぇ」
「対異形用のいくらかの護身をお教えしましょうか?」
「あ、ほら、お鍋が煮えてきましたよ」
「面倒なんですね」

そんな旅すがら。


足柄までの道中、何度か異形に襲われるという事はあった。
全てかぐやが対応してくれた。
圧倒的だった。
寝込みを襲われても、かぐやが対応してしまったのである。なんと鋭い事か。
曰く、かぐやは殺気を感受する事ができるという。だから眠っていても、異形が来ると分かるらしい。

かぐやの強さは、多分上位の異形さえ相手に渡り合えるのだろうと安流にさえ分かる。
それが目的に、何人もの犠牲の上に、かぐやは立っているのだろう。

「強いのですね」

ねずみ色の外套の中から、安流が顔を出す。
すでにそこは焼け野原。
岩さえとろけた炎の跡。

「そんな風にさせられましたから」
「……」
「同情してくれているのでしょうか?」
「はぁ、その……かぐや殿には申し訳ないのですが、うらやましく思います」
「それが普通ですよ」
「ただ、でも、きっと……僕がそんな力を持っていても、かぐや殿のように僕のような者を助けるかどうか……」
「私は異形を殺す、人を助ける……そう、叩き込まれましたから」
「秘密裏に非合法の改造活動なんかをやっていた施設のわりに、教えはまっとうなのですね」
「手段のために目的を選ばない、というだけです」
「手段のために目的を選ばない?」
「御伽 草子郎という男がいました」
「おとぎ、そうしろう?」
「人と異形を掛け合わせたり、魔装開発に勤しんでいた組織の頭領です……いえ、本当に頭領かどうかは知りませんが、私の知る限り一番偉かった人です」
「偽名ですよね?」
「間違いなく。胡散臭いでしょう?」
「とても」
「しかしながら、大往生しました。葬儀も挙げられたようです」

――私たちのような命を使い捨てにしておきながら

そんなかぐやの、言外の声を聞いたような気がした。

「その、御伽さんが亡くなってから、武蔵さんが暴れた、と?」
「そういう時系列です。安流さん、彼は……御伽 草子郎はね、ただ面白かったからやっていたんです」
「面白かったから?」
「そう、異形を破滅させるような魔装の開発も、人間と異形の融合も、すべて面白かったからやっていたんです」
「それは……よくある話、ですね」
「よくいる狂科学者でした。善悪は、どうでもいいのです。ただ自分が楽しい事をしていただけ。たまたま異形の脅威を退けられるから黙認されていた、奇人です」
「なるほど、手段のために目的を選ばない」
「だから、まっとうな教えを私たちに施されても、それが良いからという話ではなく、どうでも良いからという話なのです」

善悪も正邪も問わず。ただただ純粋に好奇心のみを追いかける。
夢を見る、大人だったのだろう。
これ以上の無垢はあるまい。
科学者として、ある意味では究極の姿勢なのだろう。
それは、もしかすると安部、蘆屋、小角、平賀、玉梓に届きうる手段かもしれない。
いや、偽名であるのだから、本当はもしかするとこの五家のどれかに属する者なのかもしれない。

難しい顔をする安流に、かぐやが微笑んだ。

「そんな顔をしないでください。自由になった今、この教えは施されて良かったと思います」
「……全員に、施された教えなのでしょうか?」
「……全員に、という事はないでしょう。お話ししました武蔵は、人の命も思慮の外です。ただ、異形の命を狩れればいい」
「では……」

では、金時。
龍型の異形と、異形に近しくなるよう改造された人間の遺伝子を掛け合わせて生まれた子。
鬼子とは、この事だ。
しかも、聞く限り半分以上、異形ではないか?

「仰りたい事は、分かるつもりです。ですが……」

かぐやがうつむく。
儚げな、悲しげな、寂しげな、触れれば壊れてしまいそうなほどに脆い気配。
凛と異形に向かい、気丈に旅する姿からはとてもではないが想像できぬほどに、か弱げな眼差し。

「会いたいと思います。会って、支え合うに至らぬまでも、自分のような者が他にもいるのだと、君のような者が他にもいるのだと、語りたい。語って、つながりを持ちたい」
「つながり……絆」
「望むのは、兄弟としての絆です。家族のような、つながりです」

万感の思いをこめてかぐやがまぶたを閉じる。
初対面からこちら、男と判明して見惚れまいと思う安流だが、しかしこの憂うかぐやには儚げな美しさがあった。
悲しい美しさだ。見惚れて、しまった。

「兄弟が、欲しい」

かぐやの言葉は、心に染み入る。
それは、きっと。
胸の奥底で安流も同じだから。

「金時くん以外に、兄弟のあて……のような情報はあるのですか?」
「甲姫と乙姫という、海の異形と掛け合わされた姉妹がいると聞いています」
「甲姫と乙姫、ですか? かぐやという名や、乙姫という名……もしかすると、」
「お察しの通りです。私たち被験者の成功例には、昔話のネーミングが与えられています」
「それは、……」

二人の声が揃う。

「「面白いから」」
「ですか」
「面白いか否かしかなかったのですよ、御伽 草子郎は」
「では金時くんと武蔵さんも?」
「金時は、金太郎の幼名です。武蔵というのは、昔の剣豪だそうです。他には桃太郎の名を冠する被験者もいました」
「ほう、犬猿雉を連れているのですかな?」
「いえ、彼は魔素を蓄えて育てた桃を食べたのです」
「桃、ですか?」
「はい。植物型の異形と、もはや遜色がないほどに濃厚な魔素を蓄えた桃でした。体内で魔素が暴れて、死に掛けたが生き延びた」
「そして、異形に対抗できるだけの強さになった、と?」
「その桃一つにも何百と犠牲があったのでしょう」
「はぁ……」

そんな事を、面白半分でやっていたのか。
いや、違う。
面白半分ならば、むしろ性質が良かった。
面白全部だったから、御伽 草子郎は性質が悪かったのだろう。

「他の情報は兵器や兵装といったものばかりで、兄弟のあてという情報で言えばその程度です」
「ははぁ、甲姫さんと乙姫さんはまだはっきりしていませんか」
「はい。足で、探すしかありません」
「まずは、金時くん、ですか」
「まずは金時、です。そして……」

かぐやが空を仰いだ。切なげに、狂おしげに。

「兄弟として、付き合えれば……」


旅の行程を言えば五日の道のりであった。
何度か、異形との遭遇で足止めを喰らったがかぐやと安流の邂逅から予定通りと言って良い。

予定通り、足柄という区域において人の住まう集落にかぐやと安流はようやくたどり着いたのである。
山のふもと。人々が寄り添うように過ごしていたであろう集落だ。
そしてそこは、滅びていた。

「……」
「……」

二人、何も言えない。
小さな、集落だった。
そこかしらに菜園だった土地に人の欠片が飛び散り血を吸っていた、住屋という住屋が倒壊しつくしていた。
一目で分かる。すでに滅ぼされて何日か経っている。
今ここで声を荒げて誰かの生存を叫ぶのは無意味だろう。
寒い風が吹きすさぶ。

「墓を作りましょう」

安流が言った。
かぐやが頷く。

丸一日がかかる作業だった。
二人とも、黙々と千切れた足を、砕かれた腕を、もう何も見ていない頭を、かじられた胴を寄せ集める。
ただかぐやの慮る視線に対して、

「よくある話です」

とだけ安流は言った。
どれだけ、どれほど殺されたかは計れなかった。
もしかするとかぐやは何人分の部品集まり、何人分の部品が不足しているか見抜いたかもしれないが、安流にはさっぱりだ。

共同墓地のように、大きな穴に丁寧に屍の欠片を配置して、埋める。
もうすっかり夜も更けた頃合、血塗られた土地に焚き火が一つ灯る。
それを背に、安流の下手な念仏がずっと続いた。

かぐやは、黙ってそれを聞く。聞きほれるように、目を閉じて、悼むように。

「……別の場所までお送りしましょう」

念仏も終わってからしばらく。
かぐやが安流の背に声をかけた。

「しかし……金時くんが」
「それよりも、安流さんです」
「……僕は、そうして頂けるとありがたい。正直、かぐや殿と分かれがたくなっておりまして」
「……私もです」

二人が微笑んだ。この集落について、始めて穏やかな心地になった気がする。

「かぐや殿はこの周辺の地理についてお詳しいのでしょうか?」
「いえ、それほど詳しくはありません。しかし神奈川圏内の大きな自治領について記憶はあります。今回の行程よりも長い旅になりますが……」
「望むところです」

本当に、望んでいた。まだ離れたくない。もう少し一緒にいたい。
兄弟を求めるかぐやに、安流は光を見ていた。
自分も何か求め、何か目指し、何かを得たいと考えたとき……きっと、兄弟が欲しいと、思うとたどり着いたから。
それはつまり、かぐやと兄弟足り得たいと、思ったという事。

しかし自分は一介の僧形だ。
異形を相手に一騎当千の立ち回りをするかぐやに、自分ごときでは。

だから、かぐやに兄弟ができれば良いと、心から思う。

「ではもう休みましょう。お疲れでしょう」
「はぁ、あれほど大きな墓を作るのは始めてです」
「私もです」

焚き火を消した。
住屋の中で比較的被害の小さなものにお邪魔をすれば各々自由に寝そべった。

「安流殿の念仏、……なんだか安らぎました」
「はぁ、読経をさぼりまくっていたものですから、下手だったと自覚しているのですが……」
「ふふ、不謹慎かもしれませんが、また聞きたいと思ってしまいましたよ」
「あまり縁起のよろしいものでは、ないですねぇ」

暗闇の中、かぐやが小さく笑った気がした。


次の日、起きるとかぐやがいなくなっていた。

住屋の中を探してもいない。
集落の中を探してもいない。
集落を出て、山に少しだけ入った。

いくつかの異形の死体があった。
そして、かぐやも死んでいた。

+ タグ編集
  • タグ:
  • シェアードワールド
  • 異形世界

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー