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頭文字D

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頭文字D


20XX年、日本。
そこは八百万の異形達が闊歩する、悪鬼夜行の世界。
平和だったのはいったいいつの日だったろうか。
しかし、そこでも人は生きる。明日も知れぬ生活を。

夜の山道を一台の車が走っていた。
ところどころアスファルトがひび割れているが、走れないことはない。
ガタガタと車体を揺らしながらその車は先へと急いでいた。
チラリと時刻を確かめると、男は舌打ちをした。

「まいったな……街までだいぶかかりそうだぜ」

男は、街から街へと手紙を運ぶメッセンジャーである。
異形出現以来、場所によっては電磁波の乱れが起こり、うまく電波が伝わらない場所がある。
そんな場所へと男は情報を、ときには物資を運ぶのだった。
時には野盗、はたまた異形にも襲われる事がある。
そんな時には積んである重火器によって危機をくぐり抜けて来た。
今の日本に銃刀法など過去の遺物である。
今、生きているのは自分たちである。
自分たちが生きる手段こそが法なのだ。

何度目かのカーブを抜け、ゆるやかな直線の上りへと出た。
あとは下り坂、山を抜ければ街まではもう少しである。
ふうと一息つく男の目に、バックミラーが光を反射した。

(……何だ?)

バックミラーを調節し、光をずらしながら後ろを確かめる。
自分の後方から車が走ってきている。
ハイビームランプで追いすがるようにと。

「……マジかよ」

男は驚いていた。
流線のフォルムが美しく月明かりに映えるスポーツカー。
ルーフが無いのは、俗にいうオープンカーという奴だ。
峠を走行するその様は、平時なら男特有の憧れの目で見た事であろう。
だが、驚いたのはその事にではない。
乗っているモノに対して、男は驚愕したのである。

いや、乗っているというのであろうか。
運転席と助手席に足をのせ、車体後部にと身体を預ける西洋甲冑の姿がそこにあった。
片手で長槍を構え威風堂々と腰掛けるその様は、まるで戦場へと赴く騎士の姿を連想させる。
だが、騎士の頭はもう片方の手に携えられていた。
あるべき場所に首がない、異形の騎士。
車の大きさからいって鎧の大きさは2~3メートルはあろうか。
自分の首を携えた甲冑騎士が、外車に乗って後方から来ていたのだった。
異形。
まさしく異形。これを異形と呼ばずして何と呼ぼうか。
男はミラーにかけていた手をシフトレバーへと伸ばし、車を加速させた。

「へっ! 来やがったぜ!」

山道の下り坂を男の車がギリギリの速度で駆け下りていく。
その後ろを異形の車が追いすがってくる。
男はブレーキを踏まずに坂道を疾走した。
ミラーを確認するが、どうも振り切れそうにもない。
それどころか、じわりじわりと迫ってくる。
相手の目的はわからないが、いずれにせよ禄でもないことだろう。

「……しょうがねえな」

男は奥の手を使う事にした。
シフトレバーを、横にあるボタンを押しながら捻ると、機械音が車中を駆け巡る。
そして、車上に大きな砲台が姿をあらわした。
これこそ秘密兵器、軍から払い下げで売ってもらった対戦車砲だ。
連発はできないが威力は申し分ない。
ふっ飛ばしてきた盗賊たちがその証明だ。
後ろに迫る異形も同じ運命を辿る事になるだろう。
くるくるとレバーを捻るとそれにあわせて砲塔も回転する。

「くたばりなぁっ!」

後方の異形に照準をあわせると、男はふたたびボタンを押した。
轟音をあげて砲身が異形へと炸裂する。
離れていても直撃の熱気を感じる。
これではひとたまりもないだろう。

―――そう思っていた。

側面に異形が迫ってくるまでは。

「なにい!?」

驚愕の眼をひらいて男は異形を見据えた。
運転席のミラー側、対向車線にそって異形車が走っていた。
抱えている生首がニヤニヤと笑っている。
爆炎をあげてはいるが、たいして効いては無さそうだった。

―――それで、終わりか?

言葉はわからないが、異形がそう呟いた、そんな気がした。
それが男の最後の感情だった。

運転席から助手席へと長槍をやすやすとつらぬき、そのまま車体を抱え上げる。
頭上で蠢く獲物の蠕動を確かめると、異形はそのまま谷底へと車を放り投げた。
はるか崖下で、紅い炎があがるが、すでに興味は失せていた。
異形は雷雲のような音を唸らせると、自分が乗っている外車のエンブレムを撫でた。
チカチカと、外車のライトが応えるように点滅する。
そう、この外車も異形なのだった。
デュラハンとオボログルマ。
魔物知識の有る者は、甲冑と車をそう識別したことだろう。
では何故二匹で一対となっているのか?
そう思い首を傾げることだろう。

デュラハンは頭上の月を見あげた。

(アノトキモ コンナ ツキヨノバンダッタ―――)

月はあのときも美しく頭上で輝いていた。
地に倒れ、車を失ったあの時も―――

あの日、デュラハンは人間共の襲撃にあった。
奇襲に遭い愛車を失ったのだ。
からくも撃退するも、無残な姿の馬車が残された。
生命を護っても、己の足というべき物を失ったのだった。
半身を喪失し、呆然とするデュラハン。
生まれ招じた時より馬車に乗っていたデュラハンは、
それが無い状態を考えられなかったのだ

(―――ナゼダ ドウシテ?)

あても無く彷徨い、あちこちを這いずった。
人間共と戦った、異形とも戦った。
だが、己の存在する意味は、まだ見出せなかった。

(―――ナゼ オレハ ココニイル?)

彷徨い続けたデュラハンは、とある街を通り過ぎようとした。
すでに人の気配は無く、廃墟とかした無人街。
そこでデュラハンは出あったのだ。
ディーラーショップ。
デュラハンには知識が無かったが、人間たちの乗り物を販売する場所だ。
そこで唸り声をあげる、一台の車。
付喪神という物がある。朧車というモノがある。
古くなった器物は、生物へと変貌を遂げるのだという。
長い年月を経て意思を持ち、動くのだという。
その車は、大気中の魔素を少しずつ吸収、吸着させ、
確かに異形へと変貌を遂げていた。
しかし、輪止めをかけられ、生まれたばかりのその異形は身動きが取れない。
ライトが苦しそうに、チカチカと点滅する。
それは、目の前のデュラハンに語りかけてるようだった。

ハシリタイ、ハシリタイ、ハシリタイ―――

道具がその意味も無く縛られ、そしてその主人たる人間もすでにいない。
デュラハンは朧車の魂の叫びを確かに聞いた。
ああ、そうなのだ。

(ワレト イッショダ―――)

己が存在する意味、うまれ生じ活きて行く意味。
デュラハンは朧車に自分の境遇を重ね合わせていた。
身体を預けるべき馬車を失った。
乗せるべき人を失った。
それでは終わりなのか?

否!

(キサマモ ワレモ―――)

デュラハンは、輪止めに手をかけた。
渾身の力で掴むと、それを引き摺りあげる。
一本、二本、まるで杭のように埋まっていたそれを、
凄まじい膂力で抜きさる。

(マダ オワッテハオラヌ!)

三本、四本、引きずり出したそれをまとめて抱え上げ、放り投げる。
それはショーウインドウを破り、外へ広がる路を作った。

「ハシリタイカ……」

デュラハンは朧車に問いかけた。
言語を介するのかどうか、デュラハンはわからなかった。
朧車は、地に響くようなエンジン音で答えた。
それは、漢が漢に応える、無言の言葉だった。

ハシリタイ―――

―――ソウカ、ナラバ

デュラハンは、手を差し出した。

「ワレト トモニクルカ?」

ウォォォンと唸りを上げ、朧車は展示台を降りる。
そして、デュラハンの手に車体を触れさせる。
デュラハンは、朧車へと乗り込んだ。
運転席と助手席へと足をかけ、後部へと腰掛ける。
それは、懐かしい感触だった。
身体を預けられる、信頼できる半身。
デュラハンは再び手に入れたのだった。
朧車も同じ気持ちなのだろう。
エンジンを回転させ、目まぐるしくライトを点滅させていた。
デュラハンもそれに合わせて咆哮する。

(ワレラ オナジミチヲハシラン!)

気分が高揚するデュラハンに呼応して朧車は、
ライトをハイビームにかえる。

「イザユカン! トモニユコウ、ワレラガミチヘ!」

デュラハンの言葉を聞き、朧車は発進した。
心地良い風と振動が、デュラハンの身体に浴びせられる。
懐かしい感触。
デュラハンは喜びに包まれた。
まだ奔れる。ここに居る。ともがらがいる。

(ワレラハ オワッテハオラヌ―――!)

真夜中の廃墟の街を、二体の異形が駆けて行く。
エンジンの咆哮が戦場に響く鬨の声のように、深夜の闇を震わせていった。

それからデュラハンと朧車は走り続けた。
あても無く、目的も無く、ひたすらに。
何故自分たちが居るのかはわからない。
だが確かに自分達はここにいる。走りつづけて、風を感じている。
デュラハン達は、そこに一つの目的を見出していた。
人間共と戦った、他の異形とも矛を交わした。
度重なる困難、しかしデュラハンは乗り越えてきた。
己が半身と一緒に乗り越えてきた。
今や二体は一体のアヤカシになっていたのだ。
月は明るく夜道を照らす。
まるでデュラハン達の前途を祝福するかのように。

フォォォォンッ!

(ヌ―――?)

デュラハンは音に気づき、後ろを振り返った。
後方からモーター音が聞こえる。一台のバイクが居る。
だが、乗っている人のシルエットは奇妙な物だった。
首から上が無い、顔にあたる部分には蒼い炎が灯っている。
首なし人間がバイクを運転していたのだった。
朧車に勝るとも劣らないモーター音の咆哮を上げ、追いすがってくる。
パッパッ、とバイクのランプが点滅した。
まるで、失せろと云わんばかりに。
チカチカと、朧車も点灯する。
意を介し、デュラハンは車のボディを優しく撫でた。

(ナンビトタリトモ ワレラノマエ ハシルコトユルサズ!)

凄まじいエンジン音とモーター音をあげて、
バイクと車が深夜の山道を滑走していく。
頭上の月は何も語らず辺りを照らしている。

20XX年、日本。
そこは八百万の異形達が闊歩する、悪鬼夜行の世界。

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