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第一次掃討作戦前後

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mintsuku

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第一次掃討作戦前後


薄暗い、墨を混ぜたかのような曇り空の下、大勢の隊員が列を連なっていた。
厚沢一等陸佐は、その中を通り壇上へと歩を進める。
辺りを見回すと皆沈痛な、深刻な顔をしていた。
不安、暗澹とした場の空気を感じる。無理も無い。
これから厚沢が指揮するこの隊員達は防衛行動を行う。
訓練ではない、本物の軍事行為。
唯一の救いは、相手が人間ではない事か。
厚沢は深呼吸すると、壇上から隊員達へと語りかけた。

「諸君、わかってはいると思うが、改めてこんにちの状況を説明する。
我が日本国に突如として出現した異形の軍勢は、場所を問わず侵略行為を開始している。
……現在、米軍と共同で作戦を行っているが厳しい状態になりつつある。
地方を守ることが出来ず、東京を初めとする大都市の守備で手一杯の状態だ。
我が隊は、大都市近郊に巣くう異形共と抗戦、掃討に当たる事になる。
ライフラインが寸断された状況ではあるが、これを乗り切れば主要幹線道の確保に成功し、
都市群の連携を強化することが可能だ。補給も可能になるだろう」

補給も可能。
そうは言ったものの、厚沢には確証が無かった。
おそらく全国で異形との戦闘が始まっている。どこも物資が足りないはずだ。
はたして都市に繋がる道路を確保したとして、先はあるのだろうか。
だが現状で八方塞の状況で防戦一方になるのは危険だ。
輜重線を確保する。最悪、民間人の避難経路にはなるはずである。
自衛隊上層部、政府高官はそう考えた。

「……状況は日々一刻と、予断を許さなくなりつつある。
国土防衛、それが我々の……自衛隊の目的・任務である。異形どもの跋扈、
異常気象による災害、物資の欠乏、多くの国民が眠れぬ夜を過ごしている。
この状況を打開できるのは、我々自衛隊をおいて他にはない。
改めて言う、これは訓練ではない。これは訓練ではない!
明日の、日本国の威信をかけた……防衛戦の一歩である!」

喋る言葉の節に力がこもり始める。
胸中の気持ちを代弁するかのように、厚澤は机を叩いた。

「多くの方々が亡くなった! それは同僚であり、民間であり、大人であり、子供であり、
等しく日本国民であった! 家族と肩を寄せ合い生きていく、無辜の人々であった!
何故だ! 何故彼等は死んでいかねばならなかったのだ!?
異形はこの国で何をなそうとしているのか! 諸君! 一つだけ理解できる事がある!
彼等は我が国に仇なす侵略者で、我々は防ぐ刀を持つ勇士である!
この期におよび、自衛隊の違憲、軍事行動を問う者は思い出してみるがいい!
異形がおこなってきた惨劇を! なすすべもなく散っていた人達の無念を!」

厚沢の頬に涙が伝わった。
自衛隊は平時の日本において曖昧な部隊である。
各地で現われた異形、それを掃討する時もまず先に警察が動いた。
発見数が少ない事、放し飼いの動物程度、人々がそう認識していた事も災いした。
異形達は瞬く間に全国に出没し、人間を襲い始めた。
政府が日米安保条約を発現した時には、すでに多くの被害が出ていたのである。
遅きに失した政府の無能さ、そして己の不甲斐無さ。
それらを思い起こし、厚沢はいつのまにか泣いていたのである。

「全員……死者たちに一分の黙祷」

隊員達はそう聞くと目を閉じた。あちこちですすり泣く声がする。
災害によって家族を失った者がいる。異形に殺された者もいる。
それらの無念を感じとり、哀悼を捧げ、隊員達の感情は昂ぶった。

「克目!」

隊員達は目を開いた。その貌には先ほどまでの翳は無い。
何かをやり遂げる、気概を構える、戦士達の眼だ。

「諸君等の勇気と日本が誇る自衛隊兵器によって! 我々は首都を開放するのだ!
これより、第一次掃討作戦『東京都異形掃討計画』を開始する!
全員! 行動開始!」

オオオオオオオオ―――――――――ッッッ!

隊員たちの咆哮が天を轟かす。
それは頭上の暗雲を祓うかのような、雷鳴のような叫びであった。




「失敗?」
「ええ」

どこかの一室、研究所のような部屋で、男女が話していた。
年齢もそれぞれまばらの、四人の男性と一人の女性。
白衣の胸部分にはプレートがついている。
それぞれ『平賀』『蘆屋』『安部』『小角』『玉梓』とかかれている。
その中で一番の年長者、平賀は髭をなでながら蘆屋に尋ねた。
好々爺でございと、人当たりの良い顔を浮かべる平賀は
知らず知らずのうちにこのメンバーの纏め役になっていた。

「そいつはどうしてかの、蘆屋君?」
「簡単なことですよ平賀さん」

猛禽を人間にしたかのような険しい風貌。
その佇まいは、同年代をも一歩引かせる独特の雰囲気があった。
気軽に話しかけられるのは平賀くらいなものであろう。
鷲のようなするどい眼差しをかえし、蘆屋は答えた。

「異形が何者かもわかっていない。その習性も、目的も。
おそらくこの作戦、成功はしないでしょう。不確定要素が多すぎる」

そういってコーヒーを口につける。
失敗。それは日本国民にとって憂慮すべき事態になるのだが、
蘆屋の表情には動揺はみられなかった。
代わりに一番の最年少、安部が動揺を露にする
その様子はまるで小動物のようだ。

「そ、それじゃあ日本はどうなっちゃうんですか?」
「さあな」
「さ、さあって、蘆屋さん……」

表情がくるくると変わる安部の肩に、ポンと手が置かれる。振り向くと玉梓がいた。
化粧をすればおそらく映えるのであろうが、ボサボサの長髪を無造作に後ろに縛った
その容姿は非常にだらしがなく、白衣を着ていなければ研究所員とは思えないだろう。
度々注意はされるのだが、本人は気にも留めていない。
研究所の三本指と呼ばれる才媛でなかったらとっくに追い出されている事だろう。
猫を抱きしめるような気安さで、玉梓は安部を抱きしめた。
意外とボリュームがある胸の弾力を顔で感じ、安部は真っ赤になって飛びずさる。

「な、なな何をするんですか!?」
「落ち着いた?」

かんらかんらと、玉梓は屈託なく笑う。

「男がじたばたしてちゃ駄目さね。どっしりと構えてんけりゃね。
アンタ、ちゃんとついてるんだろ?」
「もうちょっとデリカシーを持ってくださいよ!」

喧々囂々と、言い争いをする二人。
もっとも、安部の言葉を玉梓が聞き流しているだけだったが。
どうやらおかげ様で、安部の不安はどこかにいったようである。
その喧騒に離れた場所で、小角が壁に身体を預けていた。
その巨躯は施設の警備員と見間違えるほどだ。
だが彼は、れっきとしたここの研究員である。
その容貌から誤解されがちだが、なかなかの好人物である。
惜しむらくは寡黙なので、心情がよく理解されない事であろうか。

「曰く、彼を知り己れを知れば百戦して危うからず、彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。
彼を知らず己れを知らざれば、戦うごとに必ず危うし」
「その通り」

小さく呟いた小角の側に、いつのまにか蘆屋が立っていた。
口の端を歪ませて、くっくっくっと含み笑いをする。

「我々は異形を知らん。今までの物理法則を無視した生命体……。
小角、もし生きたまま捕らえる事が出来たならさぞかし素晴らしい事だろうな。
そう思わんかね」

科学者としての血が騒ぐのか、その時を想像して更に笑いが大きくなる。
小角はそんな蘆屋を一瞥しただけで、興味なさそうに視線をそらした。
窓から見える景色は、しとしとと降る雨模様だ。
それは、生きようと足掻く者たちへの涙雨か。
それとも、時局を洗い流さんとする先触れか。

―――空はまだ、依然として晴れない。

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