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とある昔話

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とある昔話

頭上から降り注ぐ太陽の熱気を、ときおり吹く風がやわらいでくれている。
桜の花はすでに散って、周りの木々は夏の様相へと変わろうとしていた。
初夏。
これから更に暑くなるのであろう。
ジークフリードは額に浮かんだ汗をぬぐい、ふうと息をついた。
日本には梅雨という物があるらしいが、まだまだ先らしい。
この暑さが和らぐのなら雨は歓迎だ。
もっとも、当地の人達にとってはうっとうしくなる季節らしいが。

「そういえば、HANABIって見たことないなぁ……」

姉はいつまでここにいるつもりなのだろうか。
長く滞在するのならHANABIは見てみたい。
箱庭館の庭を散歩しながら、ジークフリードはそう思った。
木陰のある所で少し休もうと、周りを探していると人の姿がみえた。
S・ハルトシュラー。
自分と同じ姓で、自分とは違う人。
どうやら木陰で涼みながら、本でも読んでいるようだ。
ハルトシュラーと視線が合うと、彼女は微笑んだ。

「散歩かね」
「あ、ええ……はい」
「そうか。立ち話も何だ、座るかね?」

そう言って傍らにある椅子を指差す。
断る理由も特に無い。ジークフリードは座る事にした。
そばで見るとやはり姉に似ている。
だが落ち着いた雰囲気は姉に無い物だ。
しかし一族に、姉に似ている従姉妹がいるとは聞いた事がない。
倉刀もあまりハルトシュラーの身の上は知らないようだった。

(いったい、ハルトさんは何者なんだろう……)

彼女はいったい何者なのか。
どうして大人の倉刀が彼女に付き従っているのか。
ジークフリードはハルトシュラーに、純粋に知的好奇心を感じた。
見られている事に気づいたのか、ハルトシュラーが尋ねてくる。

「どうかしたか? ジーク」
「あ、ええ、その……」

ふふ、とハルトシュラーは笑った。
「女性を詮索するのは紳士に欠ける、違うかね?」
「え、ええ……すみません」

ジークフリードは己を恥じた
確かにそうだ。自分が抱く疑問は彼女には関係ない事だ。
他人には言いたくない事だって沢山あるだろうに。

恐縮しているジークフリードに、ハルトシュラーがそっとカップを差し出した。
中にはゆらゆらと緑色の液体が注がれている。

「日本の御茶、緑茶という物だ。口にあうといいが」
「あ、ありがとうございます」

ジークフリードは勧められて、それを嚥下した。
次の瞬間、思い切り顔をしかめる。

「……苦」
「はは、やはりお子様には少々合わなかったか」

しかめ面をしたジークフリードの顔をみてハルトシュラーは笑った。

「だがこの苦さこそ甘さを打ち消すに絶妙でな。倉刀に菓子を買ってくるように頼んだのだが
まだ戻って来ないようだ。いれば菓子と一緒にすすめたのだが、すまんな」
「はあ、そうなんですか」

さぁっ、と一陣の風が庭先に吹いた。
その先に倉刀の姿はいまだ見えない。
どうやら此処にいるのはジークフリードとハルトシュラーだけらしい。
ふむ、とハルトシュラーは顎に手をあてた

「倉刀が来るまで話でもするかね? じきに帰ってくるとは思う」
「はい」

返事をしてからジークフリードは内心、しまったと思った。
本ばかり読んで同年代の女の子と話した事はない。
ジークリンデは話になんか興味を持たず、外に出かけて狐狩りなんかに夢中だ。
どうすれば気の利いた事を言えるのか。
まだ幼いジークフリードには結構な難問だった。
そんな葛藤を知ってか知らずか、ハルトシュラーが語りかけてきた。

「君は、童話や昔話が好きだったね」
「はい」
「では、こんな話は知ってるかね?」

そう言って、ハルトシュラーは一つの物語を語りだした。
それは、こんな話だった。

ある所に、一人の少女がいた。
娘は貴族の家系に生まれ、何不自由なく育てられた。
少女には弟がいて、両親は変わらぬ愛情を二人にそそいだ。
だが家を継ぐのは長男である。
自分はいずれ、偉い人へと嫁がされていくのであろう。
少女は、親が愛情ゆえに進路を整えてくれているのは十分理解していたが
それ以上に、他人に人生を決められるのが嫌だった。
顔も見た事の無い許婚に嫁いで、家の中で暮らすより、
もっと多くの世間を、世界を、少女は見たかったのだ。
そして、少女はある日家を出た。

外の世界。
何者かもが新鮮で、あらゆる物が楽しかった。
少女はさらに、世界の果てへ果てへと探求の旅をつづけた。
旅をつづける中、やがて少女は多くの知識と技量を身につけるようになった。
少女の類まれなる才能は多くの出来事を吸収し、改良し、己の物と化した。
少女は戯れに己の力を試すことにした。
手のひらから何かを生み出すことなど、少女にとっては造作もなかった。
人々の頭の中にしか無かった空想上の生き物は、地上に自分の場所を築くべく
その地にいた人々を駆逐しようとした。
人々は、少女を魔王と呼んで怖れた。
生み出した「娘」は男共を虜にし、「竜」は空を駆け周りを灰燼と化し、
「薬」は人々に黒い斑点を生み出し、全土を恐怖に陥れた。
少女が自分の過ちに気づき、事態を治めた時には、
地にすまう多くの生物が、黄泉路を通り、あの世へと旅立っていた。

―――自分に愛情を注いでくれた、家族までも。

少女は悲嘆した。
何かを生み出す力を持ってはいたが、既に失った物を呼び戻す力は自分には無かったからだ。
少女は旅を続ける事にした。元に戻す事ができると信じて―――。

旅を続け、やがて少女は極東の島国へとたどり着いた。
そこで一軒の屋敷を構え、自己の鍛錬に没頭する事にした。
その結果、多くの物が生み出された。
だが、愛する家族をこの手に取り戻す術を生み出す事は適わなかった。
少女は絶望に打ちひしがれた。
手に入れたあらゆる知識と技量は、少女に死ぬ事を許さなかったのだった。
身内もおらず、目的も無く、ただただ生きていくだけの時間の牢獄。
過ぎていく時間の中で、少女は自分が誰であるかも忘れていった。

そんな少女の屋敷に、来訪者が現れるようになった。
各地を旅してきた自分の作品に感銘を受けた者達。
それらが技術を学ばんと、門を叩いてきたのだった。
少女は自分が何者であるかを思い出した。
あのような事が起こる事を怖れた少女は、屋敷を外界と隔絶させた。
そして、己の名前を伏せるようなった。
それでも、高名な噂を耳にした創作者達は、少女を一目見んと居場所を探した。

魔王と呼ばれた少女は、いつしか時が経つ内に芸術の神と呼ばれるようになった。
少女はその噂を聞いて自嘲した事であろう。
ただただ、人を怖れて引き篭もっているだけなのに、と―――。
過去の作品が多く有って、近年の作品を聞かないのは何故かしら、と―――。

「いかがかな」

語り終わって、ハルトシュラーはジークフリードにむきあった。

「悲しい……お話ですね」

ジークフリードはポツリと呟いた。その顔には複雑な表情が浮かんでいる。

「覆水盆に返らず……生きていくうちに後悔する事が人には出てくる物だ」
「はあ……」
「ジーク、姉は好きかね?」
「え?」

突然の質問にジークフリードは面食らった。
首を傾げしばし考え込む。
そして口を開いた。

「色々とやんちゃな所もありますけど―――」
「…………」
「僕は、お姉ちゃんが好きですよ」
「……そうか」

ハルトシュラーはその答えを聞いて笑った。
心なしかその笑みは乾いているかのようだった。

「……では」

ずい、とハルトシュラーは顔をジークフリードに近づける。
息遣いが聞こえそうな距離。
ごくり、とジークフリードは唾をのんだ。

「君にもし恋人が出来て、分かれ道に姉と恋人が居たとする。片方を選ぶともう片方の道が崩れ
奈落へと真っ逆さまに落ちていくとしたら―――」

真剣な目。凛とした、それでいて詰問するかのような声。

「―――君は、どちらを選ぶかね?」
「え……」

先ほどより、ずっと難しい質問。
自分にはまだ恋とかはよくわからない。しかし姉は嫌いじゃない。
だが、どちらを選ぶと言われたら?
ジークフリードの視界が、ぐるぐると渦をまく。

「あ……う……」

答えられない。答えられるはずが無い。
だが、もし。もしも。
将来、そんな事が起こりうるとしたら?

ふぁさ―――

「あ……」

悩むジークフリードを、ハルトシュラーが抱きしめた。

「すまない、意地悪な質問をしてしまったな」

怯える子供を落ち着かせる母親のように、ハルトシュラーは優しく背中を撫でる。

「あ、いや、き、きにしないでください!」

どぎまぎと、赤面しつつジークフリードは身体を離した。
バクバクとなる心臓を落ち着かせるために、緑茶に口をつける。
今度は味が全然わからなかったが、その冷たさは幾分自分を落ち着かせた。

「あ、あの、ハルト……さん」
「なんだ?」
「その―――」

ジークフリードはハルトシュラーに尋ねようとした。
その質問の頭を、喧騒が掻き消した。

「こんな所にいたのね、ジーク!」

声のした方を振り向くと、そこにはジークリンデが立っていた。
つかつかと二人のほうへと歩み、ぐい、とジークフリードの腕を掴む。

「館の中を結構探し回っちゃったわ。あなた部屋に居ないんだもの。さ、行きましょ!」
「え、ええ? 行くってどこに?」
「それは行ってからのお楽しみよ!」

満面の笑み。
姉がこういう笑みをするのは大抵自分にろくでもない事と認識している。
そして一度こうと決めたら、己を曲げない事も重々承知している。
ジークフリードは観念してジークリンデに付き合う事にした。

「あの、ハルトさん。お姉ちゃんに呼ばれたので」
「そのようだな、茶会はまた今度にしよう」
「はい、すみません」
「なに気にするな」

ハルトと会話中も、ジークリンデはお構い無しに腕を引っ張ってくる。

「う~ん、ジークに相応しいのは何かしら……死神博士? イカゲルゲ?」
「何言ってるのか全然わからないよ、お姉ちゃん」

喧々囂々とする姉弟に、ハルトシュラーが尋ねた。

「弟は好きかね? え…と、ジーク…リンデ?」
「はあ?」

呆れた顔でジークリンデはハルトシュラーを見つめた。
いったい何を言ってるのか? と言った表情だ。

「当たり前じゃない、何言ってるのよ。可愛い弟だしね」
(それなら、なんで厄介ごとに巻き込むのかな……)

姉の傍らで、弟が複雑な顔をする。
その言葉を聞いてハルトシュラーは頷く。

「ならば、良し」
「そう、良かったわね。行きましょジーク」
「あたた……引っ張らないでよ、お姉ちゃん」

二人が去っていった後、ハルトシュラーは緑茶を口につけた。
すでに幾分か温くなっている。
ハルトシュラーは注ぎ直すとそれを飲み干し、目を閉じて倉刀が帰ってくるのを待った。
どれだけ風を感じた事であろう。
遠くから倉刀の声が聞こえ、ハルトシュラーは目をあけた。

「いやすいません師匠、此処らへんの地理はまだ詳しくなくって」

皿に買って来たドーナツを広げながら、倉刀は話す。

「ミスダードーナツ探すのに手間取りましてね。これが新商品のクッキークルーラーみたいですよ」
「うむ、すまんな。私では陳列棚の上まで届かんのでな」
「へへー気にしないでくださいよー。あ、お茶貰いますね」

自分のぶんの菓子をわけ、倉刀は自分のカップへお茶を注ぐ。
そんな倉刀を、ハルトシュラーはまじまじと眺めた。

「……なんですか師匠? なんかついてます?」
「……いや、そういえば似ていたのだな、と思ってな」
「え? 何がですか?」
「知らん、黙って食え」
「ちょっとー、教えてくれたっていいじゃないですか」

倉刀の問いかけに答えず、ハルトシュラーは目の前の菓子に手を伸ばした。
黙々と次々にドーナツを頬張る。
そんな師匠をみて、倉刀は呟いた。

「黙ってれば、年相応の娘さんなんですがねぇ……」

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