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S・ハルトシュラー

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S・ハルトシュラー

朝、ジークフリードが目を覚ますと、ジークリンデの姿はすでに無かった。
どうやら自分をおいて出かけたらしい。
机には書置きが残されている。

  起こしたけど起きなかったので出かけます
     朝食は頂きました      ジークリンデ

壁にあった時計をみると、九時を少しまわった所だ。
いったいこんな早くからどこへ行ったのだろう。
まあ、考えが突拍子も無いのはいつもの事である。

「ここのメニュー、何があったっけ」

自嘲して、身だしなみを整えるとジークフリードは部屋を出た。
廊下を歩くと、ところどころで騒がしい。
この箱庭館に来てから幾人かと挨拶を交わした事があるが、ずいぶんと個性的な
人たちが集まっているように思える。
今まで姉はとんでもない人物だと思っていたが、他にも大勢といた。
世界はやはり、広いのである。
とりあえず、当分ビスケットは食べたくないな。
そんな事を考えながら一階の食堂にたどり着くと、管理人と出会った。

「おはよう、ジークフリード君」
「おはようございます」
「ああ、悪いね。朝食は君のお姉さんが二人分食べちゃったんだ」
「わかってます。すみませんが、作ってもらう事はできますか。料金はお支払いしますので」
「ああいいよ。何か要望はあるかい?」
「出来れば、バタートーストとコーンポタージュを」
「あいよ」

席に座って本を読んでいると、やがて料理が運ばれてきた。
甘い匂いと温かさが食欲をさそう。
遅めの朝食をとりながら、ジークフリードは管理人に尋ねた・

「お姉ちゃんがどこへ行ったのか、わかりますか?」
「うーん、残念だけど知らないな。悪いな」
「いえ、ありがとうございます」

行き先も告げずに飛び出すのはいつもの事だ。
多分夕方頃には帰ってくるのだろう。

「僕はどうしようかな……」

本屋か図書館でもあればそこに行くのだが、この街の地理にはまだ詳しくない。
とりあえずジークフリードは箱庭館の周りを散歩する事にした。

箱庭館の後ろには、綺麗な庭があった。
所々に卓と椅子が設置されてあり、くつろげるようになっている。
箱庭館の宿泊者が、ここでティータイムを愉しんでいるの見かけた事がある。
ジークフリードはその中を進んでいた。

「わぁ……」

ジークフリードの前にひらひらと、ピンクの花びらが舞い落ちた。
自分の何倍もある木から舞い落ち、その周辺を染めていく。

「もしかして、これが桜?」

図鑑で見た事はあるが、実物を見たのは初めてだ。
ジークフリードは、しばしその光景に目を奪われた。
舞い落ちる花びらと、木々のさんざめきが心を落ち着かせる。

「綺麗だな……」

どれほど時間を忘れて見上げていたのだろうか
ジークフリードは、後ろから声をかけられた。

「桜が好きか、少年」

そう尋ねられ、ジークフリードは後ろを見ず返した。

「ええ」

赤や青とは違う、柔らかな色。
それが辺りに舞い落ち、桜色に染め上げる。
目を奪われないという方がおかしいというものだ。

「でも、実物を見たのはこれが始めてですけどね」

はにかみながら振り向いたジークフリードは、次の瞬間
キョトンとした顔に変わった。

「……お姉ちゃん?」

そこには見知った女性が立っていた。
自分がよく知る人物、ジークリンデである。
ジークリンデは、ジークフリードの顔を見ると驚いた顔をした。
しばし呆然としたが、ニッコリと微笑みこう言った。

「私は君のお姉さんではないよ、ジーク…フリード。私の名前は……ハルト、
 ハルトと呼んでくれ」
「あ、すいません。ハルト…さん」

ジークフリードは相手をもう一度見てみた。
なるほど、自分の姉によく似た人物だ。
だがよく見てみるとどこか違う。
何が違うと聞かれても答えようがないが、しいていうならば雰囲気か。
姉とは違って落ち着いて大人びた雰囲気だ。
それに、カチューシャをつけている。
姉がそういった類の物を身につけていた所は、生まれてこの方見た事が無い。
うっとうしいから、という理由で装飾品はつけたがらないはずだ。

ジークフリードは向きなおって、会釈した。

「ごめんなさい、お姉ちゃんに似ていたから」
「世間にはよく似た人物が三人いるというからな」
「あはは、そうなんだ」
「立ち話もなんだ、あそこで座りながら話でもしないかね」

ハルトは近くにある卓を指差した。
ジークフリードはうなずき、そこへ座ることにした。
両隣に座って、一緒に桜を眺めているとハルトが口を開いた。

「桜は、何故綺麗かわかるかね。ジーク」
「……うーん、なんだろ」
「一説によれば、桜の下には死体が埋まっているという」
「……それ、ホント?」

怪訝な顔をしてジークフリードは、ハルトの顔を見つめた。
ハルトは視線をそらさずに真っ直ぐ前を見ながら続けた。

「桜は人間の死体から血を、精気を吸い取り幹へと宿らせ、花を咲かす。
 だからこそ、紅いのだと」
「……怖いね」

ジークフリードは桜の根元を見つめた。
それが本当なら不気味な事この上ない。思わず身震いをした。
だが次の瞬間、ハルトは笑って答えた。

「……まあ、それが本当なら、桜並木の通りには死体がいっぱいあるわけだが、
 それを植えた工事業者達は殺人集団という事になるな」
「ハハ、そうだよね!」

つられてジークフリードも笑った。
それから色々と桜や、周りにある花の話を続けていると、倉刀がやってきた。

「ここに居たんですか師匠、探しましたよ。それとジークフリード君、こんにちは」
「こんにちは倉刀さん……師匠?」

ジークフリードは隣のハルトを見た。
姉と変わらなさそうな年代の少女、それが大人の倉刀の師匠とでもいうのだろうか。

「あ、そうか。君の隣にいるのが僕の師匠、ハルトシュラーさ。
 こう見えても、僕なんかよりずっと経験を積んでいるんだよ」

ジークフリードは倉刀とハルトを交互に見つめた。
どうやら本当らしい。
大人びた雰囲気を感じさせるわけだ。

「あ、どうもすいません、ハルトシュラーさん」
「そんなにかしこまらなくていい、ハルトで結構」
「あ、はい」

それにしても……とジークフリードは思った。

「奇遇ですね、僕の姓もハルトシュラーなんです。ジークフリード・ハルトシュラー」
「でしょう? 偶然の一致て凄いですよね、師匠―――」
「倉刀」

凛とした声で、ハルトは倉刀の声を遮った。

「私を探しに来たのは無駄話をするためではあるまい、何か伝えに来たのであろう」
「あ、すんません」

はっとした表情で、倉刀は帽子をかぶりなおす、そして困った顔をしながら答えた。

「実は……鋏さんと管理人が決闘をしてまして」
「ほう」
「仲裁に入ったんですが……他の皆さんは遠巻きに眺めてるだけでして」
「ふむ、それはわかった。しかし何故私が出ねばならんのだ?」
「あの…その…言いにくいんですが、懲りずに……下着泥棒を試みようとした管理人を
 濡れ衣をはらす! とはさみさんが真剣を抜いて大立ち回りを……」
「ほほう」

空気が張り詰める音を、ジークフリードと倉刀は聞いた。
殺気によって温度は下がるのだという事を二人は覚えた。

「あの下衆、二度ならず三度までも……修羅の貌も三度までという事をその身体に教えてやろう」

ゆっくりとハルトは立ち上がった。
ジークフリードに見せていた笑みはもう浮かべていない。

「すまんなジーク。もっと話していたかったが、急用が出来た」

それでは、とハルトは箱庭館の方へ駆けていった。
それはまるで一陣の風のようだった。

「はは、じゃあ僕も行くとするかな」

後に続いて行こうとする倉刀にジークフリードは尋ねた。

「あの、ハルトさんは倉刀さんの師匠と聞きましたけど、何を習ってるんですか?」
「う~ん、何をと言われても……全部、かな?」
「全部?」
「絵画、彫刻、作曲、その他色々考えうる全て、あの人はああ見えてずっと長生きしている。
 さっきも言ったけど、僕なんかよりずっと経験を積んでいるんだよ」
「……そうなんですか」(……やっぱり、口の聞き方に気をつけるべきだったな)

ジークフリードは少し後悔したが、ふと疑問に思ったことを倉刀に聞いてみる事にした。

「そういえば、ハルトさんて名前は何ていうんですか?」
「名前?」

う~ん、と倉刀は首を傾げる。

「師匠はあんまり過去や自分を語りたがらないからなぁ……イニシャルがSという事だけしか」
「S? S・ハルトシュラーですか?」
「うん、そう」
「S…ハルトシュラー、ですか……」

ハルトが去った方角を見つめながら、ジークフリードはボソリと呟いた。

ジークリンデが帰ってきたのは、やはり夕方だった。
それも、珍妙な客を伴って。

「オメーがジークフリードかよ……俺はエーリヒ、世露死苦!」
「よ、よろしく……お願いします……」

   !?
                         ダチ         ダチ
「オイオイ……ビッとしろよ……リンデの『親友』はよ、俺の『親友』なんだからよ!?」
「あらあら、ジークは親友じゃなくて、弟よ?」
「こまけー事はいいんだよ!」

   !?

(どうしよう……)

ジークリンデが連れてきた人物は、今までジークフリードがあった事のない人物だった。
いかつい格好に、強持ての風貌。
白地の服の背中には、黒字の刺繍がしてあった。

  「懸流曼魂」

ゲルマンだましい、そう読むらしい。
それを聞いたとき、ジークフリードは何故だか目の前が真っ暗になった気がした。
姉は気にかけず、エーリヒと話に華を咲かせている。

                       スピードノムコウガワ
「早く逝けってよう……囁くんだよう……『アーリア人』に辿りつけってよう……」
「そうよね、これぞ我が闘争! て感じなのだわ」
「さすが、わかってんじゃねーかよ……リンデよぅ」

   ビキビキ…   !?

ジークフリードは倒れそうになりながら、なんとかエーリヒとの会話をやりすごし
ジークリンデに聞いてみることにした。

「お姉ちゃん、あのさぁ」
「どうしたのジーク?」
「僕たちの他にさ、ハルトシュラーて人がここにいるんだけどさ」
「ああ、居たわね。なんかボロ雑巾に向かって鉄棒を何回も振り下ろしてたわ」
「ハルトの姐御はよ、半端じゃねーぜ……」
「何か感じなかった?」
「何かって?」

キョトンとした顔でジークフリードを見つめるジークリンデ。

「例えば、お姉ちゃんに似てるとか」
「はぁ?」

ジークリンデは呆れたような顔をする。

「似てるわけないじゃない。似てるわけないわ、アタシはアタシ、私だもの」
「おう、リンデと姐御はよ、別モンだぜ!? ジーク!」

    !?

   ビキビキ… 

   ビキビキィッ!?

「は、はぁ……」
「世間にはよーく似てる奴がいるモン、だぜ!?」

   !?

「そうそう、他人の空似って奴だわ」

傍らのエーリヒは、似てるとは思っていない。
当人の姉ですから否定している。
やはり、自分の考えすぎなのだろうか。

「そんな事より、ジーク。今夜は徹夜よ」
「ええ!? なんで?」
「嬉しいんだよう……同郷の奴と、こんな所で会えるなんてよう」

   !?

この男と故郷は同じなのか。
あまり信じたくないが、そうらしい。
ジークフリードは結局、二人につきあわされた。
解放されたのは深夜になってからである。
乱雑とした部屋を片付けるのは明日にしようと決め、ジークフリードは寝る事にした。
寝る前に机に座り、今日あったことを日記につける。

「―――エーリヒ君は怖いけど、根は良い人みたいです。明日も良い日になるといいです、と」

パタン、と日記帳をとじ、背伸びをする。
今日も色々あった。
姉は楽しそうだが、自分には疲れる。
この箱庭館に来てからは特にだ。
ふぅ、とため息をつく。
シャワーを浴びて寝間着に着替え、ベッドに入ろうとしたが、
ジークフリードはふと、足をとめて日記帳を開いた。
さらさらと、ペンを動かす。

Siegfried Hartschuller

ジークフリード・ハルトシュラー、それが自分の名前。
さらさらとまた、ペンを動かす。

Sieglinde Hartschuller

ジークリンデ・ハルトシュラー
それが姉の名前。

「S・ハルトシュラ……まさか、ね」

ボソリと呟き、ジークフリードは灯りを消してベッドの中へ入った。
もうだいぶ眠い。きっと明日も色々あるのだろう。
とりあえず、身体を休めよう。
目を閉じたジークフリードはすぐに夢の世界へと足を踏み入れた。
もうすでに、胸の中に抱いてた疑問は、あやふやな物となっていった。

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