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一太刀

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一太刀

「長巻って武器の長巻ですか?」

「ああ」

 僕の部屋の入り口で、珍しく管理人さんが声を掛けてきたと思えば、いきなりそれだった。
 なにやら頬に切り傷。いや、全身がボロボロで、目つきもそれとなく真摯なものに見える。
 状況が理解の範疇を超えて、僕は傍と戸惑った。

「えっとー。状況から察するに、戦いに負けるなり辛勝するなりで、もっと強い武器が欲しくなったわけですよね?」

「ああ、そうだよ。俺の棒が不全でな」

「いや、なにと戦ったんですか?」

 そこはかとなく下に進む会話を遮り、まずはと疑問を口にする。
 ちなみに長巻とは、戦国時代に流行った薙刀と太刀との中間にある武器で、腕力が必要だが容易に扱える武器として知られる。
 ちょうど柄と刀身が1:1程度の割合を持つ武器のことだ。

「男が棒を磨くのは、女に対してだろう?」

「意味が分かりません。というか、師匠に頼めばいいじゃないですか」

「それは意味がないんだよ」

「はぁ……」

 なにやら訳有りな様子に、しばし悩む。
 体つきから察するに、管理人はなにか武術をやっているような筋肉質なものだった
 長巻術、と言われると確かに厚い手の皮や、適度に鍛えられたしなやかな四肢から用意に察することができる。
 それらはこの館の管理で身に付いたと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。

「それで、僕になにか利益があるんですか?」

「……そうだな。手伝ってくれれば、利益があることは約束する。だが」

「だが?」

「それ以上にこれは、男のプライドを掛けた戦いだ」

「………」

 管理人さんの眼に、見えない炎が揺れた気がした。
 ゆらりと目に見えるほどではなく、しかし、業火と呼ぶにふさわしい闘志の炎。
 それは師匠が創作にかける熱意と同じ類のもので、僕はバネに弾かれたように返事をしていた。

「僕の力量が役に立つと言うのであれば、やらせてください」

「恩に着る」

 なんであれ、彼に男の目をさせる。いや、修羅と同じ目をさせるほどの熱意を向けられて、創作者として応えられないわけがない。
 曲がりなりにも偉大なる師を持つ身。これは、一作り手の性ともいうべきものだった。

「期日は2週間。お前が出来る最高の業物を頼む」

「わかりました。必ず僕の限界の作品を、いや、限界を超えた作品を作ってみせます」

 僕らふたりにしては珍しい、なにか純粋な熱を帯びた誓いが、ここに一つ交わされた。

 まず問題となったのは、刃金と皮鉄に使う玉鋼だ。
 刃物に関する技術の高い日本は、同時に一般の理解が少なく規制は厳しいものとなっている。
 玉鋼の供給は日本美術刀剣保存協会が行っており、刀匠以外には販売していないのだ。
 さらに最高クラスの1級Aは、需要の低下によってたたら製鉄の操業回数が減少し、手に入る刀匠は数が限られている。

「……自力で作るか?」

 この製鉄方法は、三日三晩の時間と道具、材料があれば可能である。
 いや、その材料が問題なのだ。
 良質な砂鉄が取れる河川など限られているし、それが身近にあるわけではない。
 なにより、この町を出ようにも、電車がこないではないか。

「どうしたの?」

「ああ、ゆるるちゃんか」

 悩みごとをしていたら、どうにも庭を歩き回っていたらしい。
 深く物事を考える時の小規模な放浪癖は、僕の悪い癖だ。

「んーちょっと、頑丈な鉄が必要でね」

「ほうほう」

「まあ、ゆるるちゃんに言ってもしょうがないんだけどさ」

「なるほどよくわかりました。キャンディどうぞ」

「ありがとう」

「ちょっとまってください」

 疲れた頭には、糖分が必要か。
 いや、きっと彼女はそんなところにまで頭が回ってはいないのだろうけれど、自分の思考を柔軟にするためにそう捉える。
 んー。これは師匠に頭を下げて鉄を譲ってもらうか。いや、長巻に使う鉄の量は多い。きっと足りないだろう。
 しかし、正当な手順を踏むと、時間が掛かりすぎるし、なにより長巻が規格外刀剣扱いになる。現在の銃刀法では新たに製作できない。
 刀匠の免許も持たない僕が手に入れるのは、非常に難儀なことだろう。

「これをどうぞ」

「へっ?」

 新たな思索に飲まれていた僕は、彼女がなにかを行っていたことに気が回らなかったようだ。
 彼女の手には、鈍いピンク色の光を放つ金属の塊のような物が握られていた。
 色を除けば、それはなにか加工前の金属であることは分かる。

「なんか、高そうだけど、貰っていいの?」

「どうぞどうぞ。おだいはけっこう」

 悩むが、彼女に科学では説明が出来ない不思議な力があることは分かる。
 しかし、この金属の特性を検査する間に、鉄を手に入れる時間はなくなってしまうに違いない。
 刀とは、鉄の特性を理解し、その上でその特性を最大限に生かす技工なのだ。

「おともだちのピンチを、ゆゆるはみすてられません」

「ゆゆるちゃん……ありがとう。使ってみるよ」

 彼女の魔法の力と、なにより彼女の友情に、僕は賭けてみることにした。

「これが僕の限界です」

 僕が鍛え上げた刀身は、加工前のピンク色から離れ、白銀の輝きを有していた。
 管理人の長身を考えて柄、刀身は共に長く、軽量化を図るために樋を二本掘り、出来る限り棟を盗んだ。
 刃文は古いが見目もよい大乱れで、見栄えはしないが実戦を考慮し蛤に研ぎ、反りは浅い。
 なにより最大の特徴は、この巨大な刀であっても軽く感じる全体のバランスだろう。

「こいつは、見事な大業物だ」

「ありがとうございます」

 だが、ここまでの仕上がりになったのも、全てはゆゆるちゃんのチートのお陰だった。
 軽く丈夫で、折れず曲がらず、鉄ではないが容易に焼きが入り、加工しやすい。
 まさに刀工にとって、夢の金属。いや金属であるかも怪しいが、この金属の真価を活かしきれたとは言えない。
 それでこの出来だ。きっと師匠が扱えば、鉄すら斬る名刀となっただろう。

「銘はなんという?」

 これならば、技術で劣ろうとも、師匠の刀を上回ったかもしれない。
 プラスティックの刀と鋼の刀を比べるようなレベルで、技量とは関係なしに根本的な差がありすぎる。

「それは、あなたが目的を果たした時に」

「そうだな。ああ、それがいい。時間だ。共に行こうか? 成果を見届けに」

「分かりました」

 鉄をも斬り裂く剛刀を背中に差し、男たちは歩み始める。

 管理人が足を止めたのは、箱庭館の裏庭だった。
 鬱蒼と茂る竹林と館の壁との間には、採光のために、やや広い庭が設けられている。
 そこにはすでに先客が待っていた。

「次はないと言ったのだがな、管理人」

「俺は早いが数で補う主義でね、いくらでも再戦させてもらうよ」

 なにやら剣呑な会話を交わし、師匠は腰の刀に手を当て鯉口を切り、管理人は背から長巻を引き抜く。
 半身に構えるお互いが、どちらも目が本気だった。

「その刀、まさか……クラム・オブ・ヘルメスか?」

 長巻を見て師匠がつぶやいた伝説の金属の名前。
 なるほど、あの奇跡的なまでの加工のし易さとこの出来は、まさしく伝説であろう。

「しかし、今度は倉刀も共犯とはな。もう一切の手加減はせぬぞ? 死ね」

「いい言葉を送ろう」

 瞬間、管理人の動きが目では捉えられなかった。

「ほうっ」

「追い詰められた狐はジャッカルより凶暴だっ!」

 あの長大な武器を振るい、その威力をバネに爆ぜるような移動。
 その勢いに任せて袈裟懸けに一刀。リーチを生かした突き。払い。反転回し蹴り。
 緩急の波は激しく、元より身体的なリードは、武器の間合いがさらに広げる。

「くっぅ……」

 いや、それだけじゃない。わずかだが、師匠が押されている。
 管理人さんは、意外だが。本当に、ほんっとうに心の底から意外だが、強い。
 それも人外と呼んで差し支えない師匠に並ぶほどに、異常なほどに、強いのだ。

「もっと! もっとだ! 俺に生きる実感をくれ!」

 瞬間、僕はどちらを応援すべきか、分からなかった。
 誓いを立て、自らが鍛えた武器を持つ友が、師の持つ魔剣を打ち負かすのを望むのか。
 それとも、自らが敬愛する師匠が、やはり無類の強さを持って安堵を与えてくれるのか。

「与えてやるさ! 私の一太刀でな!」

 ふざけた管理人の調子に合わせ、師匠が吼える。
 だが、確実にじりじりとだが師匠は押されているのだ。
 お互いが人と思えぬ動きで、人と思えぬ戦いを繰り広げ、そして払い間をとった。

「なるほど、確かに強いな」

「引く気になったかいお嬢ちゃん。ガンガン攻めるのもいいが、敵わない相手には身を委ねるほうがいいぜ?」

「黙れ。といいたいが、なるほど、私では貴様には勝てん」








「――だが」







 師匠の魔剣が揺れる。
 陽光を浴びて、芸術的な刃文が鈍く輝く。

「私は」

 構えは、示現流。
 高く刀を掲げ、八双より更に高く。やや寝かせたもの。
 それは、トンボと呼ばれる構え。

「創作の魔王」

 飛行。
 三足で3間の距離を一呼吸のうちに詰めるといわれる歩法。
 まさしく、彼女は飛来するように距離を詰める。

「ハルトシュラーだっ!」

 ただ一太刀、豪快な袈裟。
 初手に管理人が使った剣技。示現流、一ノ太刀。
 だが、その攻撃は管理人の見切った動きであり、また、その速さも管理人の比ではないほどに、頼りない。

「はははっ俺の負けだ」

 そして、続くはずの突きと払いは、彼女の刀から振るわれることはなかった。
 その一太刀を受け、僕の鍛えた長巻は、ただ一刀の元、両断されていた。
 師匠は素早く太刀を返し、金打の音すら残さず、鞘に収める。

「剣術で負けようとも、創作には負けず」

 鉄をも斬り裂く剛刀は、伝説をも斬り伏せる魔剣に敗れた。
 それを認識したのと、管理人が物凄い速度で僕を抱えると、一目散に駆け出したのは、ほぼ同時だった。

「はぁ……はぁ……あの魔王には勝てないか」

「いや、凄かったですよ。正直見直しました」

「やめろ。男にフラグが立っても気色悪いだけだ」

 川原まで逃げて、並んで夕焼けを眺める。
 息はとっくに切れており、戦わずただ共に逃げた僕でさえ疲れがピークに達している。
 尋常ではない剣術の腕に、そしてその剣豪が僕の刀が振るったという事実に、例えようのない興奮が僕を包んでいた。

「師匠より剣術が上手い人なんて、初めて見ましたよ」

「そうかい」

 タバコを咥えると、慣れた手つきで火を着ける。
 優しい香りの煙が僕らを包んだ。
 立ち登る紫煙が、風に巻かれてフラフラと頼りなく消える様を、しばし呆然と眺めて、それから彼に問う。

「なんで師匠と戦ってたんですか?」

「あ? 言ってなかったか?」

「ええ、聞いてません」

 一口、煙を口に含む。
 吐き出す白煙は、名残を惜しむかのように彼をまとって、それから消えた。

「ふむ、裏庭からはベランダが見えるな?」

「ええ、ちょうどベランダの直下ですから」

「つまりだ」

「はい」

 空気が凍る。悪寒が走る。
 今、僕はナニか聞いちゃいけないことを聞こうとしている。
 だが、好奇心がそれに勝った。

「あの位置からだと盗撮に、下着奪取し放題なんだ」

「あ゙あ゙?」

「長巻にしたのはな。ほら、日本刀じゃベランダに届かないが、長巻か槍なら届くだろう?」

「えーと、つまりですね? 下着泥棒を手伝わせたと?」

「役得があるだろ? 嘘は言っていない」

「おいこらてめぇ! 僕も共犯に認定されちゃったじゃないですか!」

「うるさいっ! 共犯じゃないかっ!」

「どんな顔して帰ればいいんだよおおぉぉぉおぉおおぉ!」

 綺麗なオレンジ色の空に、野郎どもの絶叫が木霊した。



             - 終わり -

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