創作発表板@wiki

なかよしハウス第八話

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

なかよしハウス第八話

なかよしハウス第八話『ふりーどくんのあやまち』

 床にはまだひんやりと冷たさが残る早朝。ひとけのないロビーでは木枠の窓から射し込
んでくる朝陽が、浮かぶほこりをふわふわと幻想的に輝かせている。
 そこには一人の少年が、ある張り紙を前にして首を傾げていた。

「お悩み相談所?」

 少年の名前はジークフリードくん。おてんばなお姉さんと共に最近この箱庭館にやって
きた、なんだかとっても気の弱そうな男の子である。

「色んな人がいるかと思えば、こんな部屋まであるんだ……」

 関心しながらドアノブに手をかけ、迷わず、しかしゆっくりと扉を押し開く。
 施設的な名称を付けられたその部屋に、まさか魔女が生活しているとは知らずに――



 空いた隙間から流れ込んでくる、少しだけ暖かい空気と甘い香り。
 すーっとそれを吸い込んだフリードくんの目に入ったのもは、ベッドの上で白いシーツ
からはみ出したウサギのスマイルプリント。そう、ゆゆるちゃんのお尻であった。

 扉に気が付き、もぞもぞとシーツを引きずりながらベッドから降りてくるゆゆるちゃん。
それを見て徐々に紅潮し始めるフリードくんが思わず声を出す。

「あ、あの……」

 ゆゆるちゃんは自称400歳ぐらいであるのだが、見た目はただの小さな女の子であり、
多少パジャマがはだけていたところで、単に微笑ましい朝の光景と言えなくもない。
 ただ、同い年ぐらいのフリードくんにとっては、そうもいかないようだった。

「ご、ごめんなさい!」

 ばたんと閉めた扉に背中をあずけ、堅く目をつむって胸の鼓動を押さえる。

「ひ、人がいるなんて思わなかったんだ!」
「きがえるので、おまちください」
「はい……」

 思わずそう返事してしまうフリードくんは、扉の向こうで聞こえる衣擦れの音に顔を赤
らめながら、かちゃりとドアノブが回る音に背中を浮かせた。

「おはいりなさって」
「う、うん」

 再び静かに閉じられたドアには、営業中のプレートがゆらゆらと掲げられていた。


☆ ☆ ☆

「じゃ、じゃあ。ゆゆるちゃんはここで色んな人の悩みを聞いてるんだ」
「たちまちかいけつします」
「そうなんだ……優しいんだね。お姉ちゃんとは大違いだ」

 自信満々のゆゆるちゃんとは逆に、フリードくんはどうも落ち着かないといった様子で、
なかなか目を合わせようとはしない。初対面が可愛らしいお尻だったとあっては、それも
仕方のない事だろう。

「では、おなやみをどうぞ」

 フリードくんにも悩みはある。
 それはお姉さんの奔放っぷりや、自分の気の弱さもあるのだろうが、やはりそのへんは
「童話と民話創作スレ」あたりを参照してもらう事にして、今この時点では、得体のしれ
ない箱庭館で上手くやっていけるのかという不安も大きい。

「――でも、ゆゆるちゃんみたいに可愛くて優しい子がいるなら、僕頑張るよ」

 目を伏せながらもそう決意するフリードくんであるが、ゆゆるちゃんは進級試験のため
に悩み相談所を開設している訳で、それが優しさからくるものなのかと言えば、ここには
多少の疑問が残る。
 そんな事情を知らないがゆえ、ゆゆるちゃんを天使のように勘違いしてしまったのだろ
うが、いくらなんでも魔女と天使では月とスッポンなのである。

「また、遊びに来てもいいかな」
「もちろん」

 爛々と輝く熱いまなざしを最後に残し、音も無く扉が閉まる。
 ぽつんと部屋に残されたゆゆるちゃんの胸には、今までとは違うガラスのハートバッジ
が現れていた。
 その中にはピンク色の液体が半分ほどまで入っている。

「あいじょうにんていバッジ……」

 さてさて、今まで集めていた友達認定バッジは、友達ができれば一つ加えられるという
大変分かりやすい設定であったのだが、愛情認定バッジとは一体なんなのか。

「このピンクがたまると、ともだち10にんぶん」

 と、こちらも非常に分かりやすく、人に愛されることでピンクの液体が溜まっていくらしい。
 一体いくつのバッジを集めれば試験に合格するのかは分からないのだが、フリードくん
の中に湧き上がってしまった半分ほどの恋心が満たされれば、これは大変な進歩と言える
だろう。

「ゆゆる、がぜんやるきわいてきた!」

 動機が不純と言えなくもないが、フリードくんのハートを射止めるために鼻息を荒げる
ゆゆるちゃん。
 颯爽と広げた本をぱらぱらとめくり、ぴたりと手を止める。

 “ふんわりハートであの子をゲット! ラブリービスケット「徹(テツ)」”

 魔女の愛情表現といえばもちろん、心のこもった手作り料理なのである。


☆ ☆ ☆

 誰もいない食堂で、時計がこちこちと音を響かせる。並んだテーブルの隅で向かい合う
ゆゆるちゃんとフリードくんの間には、可愛らしく包まれた一つの袋が置かれていた。

「こ、これをくれるの? 僕すっごく嬉しいよ!」

 フリードくんはお世辞にも幸福とはいえない人生を送ってきているため、目にはもう涙
などが浮かびはじめていた。ゆゆるちゃんも満面の笑顔でそれに答える。

「わあ、ビスケットだ!」

 その包みから現れたのは形こそいびつであれ、どこからどう見てもビスケットそのもの
なのだ。いや、普通であればこんな表現はおかしいのだが、そう書かざるをえないところ
がゆゆるちゃんらしい。

「いただきまーす」



 ――昼下がりの箱庭館。
 どかんという鈍い爆発音が、古ぼけた天井からぱらぱらと砂埃をこぼした。

「なんで……どうしてこんなことを……」

 咳き込みながらゆゆるちゃんに目をやるフリードくん。
 その口や鼻からは、灰色のハート型をした煙がぽわぽわと噴出している。

「ゆゆるのこと、もっとすきになってくれた?」
「と、友達からで、お願いします……」

 溢れる涙を堪えて閉じた口が、残ったビスケットを噛み潰し、再びどかんと爆発した。

「お姉ちゃん、僕もう帰りたい……」



 こうして結局ゆゆるちゃんの愛情バッジは儚くも消え去り、替わりに現れた友達バッジ
は、なんだかいつもよりも輝きが鈍いような気がする。

「おとこごころって、むつかしい」

 ちょっぴりだけ大人の階段を登ろうとしたゆゆるちゃん。
 400歳という年齢が、人間に換算すると一体どれほどなのかは定かではないのだが、
男心よりも先に学ばねばならないことが、まだまだ盛りだくさんなのでる。



つづく

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー