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エクストラオイルは乙女の味方

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エクストラオイルは乙女の味方

 はさみさんが箱庭にやってきた、その夜の事です。

「ここがわたくしの寝床か」

 そう呟いたのは、箱庭屋敷のとある一室。
 体の小さなはさみさんにも一つの部屋があてがわれたところを見ると、屋敷の部屋数にもまだかなり余裕があるようです。
 化粧机の大きめの姿見と広いクローゼット、おそらく昼間の内に焚かれたやわらかな香気は、ここが女性用の客室であるらしい事を感じさせます。

「わたくしの如き鋏には勿体のない待遇だ……これは万里絵君達も呼べば良かったかな?」

 知らずくすくす小さな笑いがこぼれます。
 はさみさん、どうやらこの部屋を気に入ったご様子。

「さて、と。
 ……つくも神の夜はまだこれからではあるが、厄介になる家で夜更しと云う訳にもゆかぬか」

 言って、大きく伸びをします。
 どうやら暫く箱詰めにされていたせいで、体中に凝りが溜まっている模様。
 ダンボール箱の中で皺だらけになった燕尾服とベストを脱ぎ、胸元のリボンを解くと、はさみさんの体を覆うのはシャツ一枚になりました。
 シャツ一枚+はいてない。
 なんだかセクシーです。

「といっても、はさみだぞ?」

 ごもっとも。

「まぁ良いか。寝るとしよう」

 そうですね。
 しかし、はさみさんが向かったのはベッドではなく……あれれ?
 ……化粧机の引き出しを開けて、中にタオルを詰めてますよ?

「ベッドに鋏が寝ていては危ないではないか。わたくしの寝床は此処で十分だ」

 ……はぁ。
 まぁ本人が良いと言ってるなら構いませんけど。

「さてと。
 ふむ、では寝る前に刃を…………おや?」

 どうされましたので?

「打ち粉と油……」

 はい?

「わたくしの刃を手入れする為の、打ち粉と丁子油が無い……」

 おやまあ。

  ――――――――――


 それから数日後の事です。
 中庭にて、倉刀が毎朝の日課である拳法の演舞をしていると、屋敷をふよふよふらふらと漂う小さな影に気付きました。いうまでもなくはさみさんです。
 これも師匠の厳しい教育の賜物でしょう、倉刀はハキハキと挨拶をしました。

「やぁおはようございます、はさみさん。今日も良い天気ですね」
「…………」

 しかしはさみさんは力なく項垂れたままです。

「……あのう、元気が無いようですが、どうかしたんですか?」

 倉刀が心配そうに問いかけますが、これも返事はありません。
 ふと、倉刀は気付きます。
 見れば、燕尾服はよれよれで皺だらけ。長い御髪もキューティクルがとれて、表情もどんよりと曇っているご様子。
 これはあまりの惨状。その哀れさに、暫く倉刀も次の言が出ませんでした。

「…………は、はさみさん!? 一体どうしちゃったんですか!?」
「早朝から騒ぐな倉刀。お前は観てわからんのか?」

 それに答えたのは、ハルトシュラーさんでした。

「観て……ですか?」
「そう彼女は鋏だ。故に、それを鑑みるに何を以ってするか?」
「っ!? 刃ですね、師匠! わかりましたっ!!」

 そう叫び、倉刀ははさみさんの脚――二枚の刃に顔を近づけて、まじまじと観察しますが……。
 なんというか……これは、そのぅ……。

「ええいっ!! 絵面がいかがわしいわっ!!!」
「ごぶへげぞわっ!?」

 怒りの春斗魔神拳炸裂。ハルトシュラーさんは乙女の味方です。
 ……何だか少し理不尽な気もしますが。

「……それで、何かわかったか?」
「わ、わかりましぇん……あ。でも、何故だかいつもより刃の輝きが鈍いような?」
「うむ。50点といったところか」
「ほ、他にも何か?」
「気付かぬか? ほれ、刃の匂い――正確には油の匂いが、いつもと違うだろう」

(匂いを嗅いだらそれはそれで怒るくせに)
 などと倉刀は呟きますが、まぁ世の中そういうものです。

「おい、管理人!」

 突然、ハルトシュラーさんがこの場にいない筈の人物を呼びます。
 倉刀もキョトンとした様子、一体何が

「呼んだか?」
「わぁっ!!?」
 うひぇぇっっ!?

 ……失礼、取り乱しました。
 いたんですね、管理人。

「なに、セクハラの気配がしたものでね」
「な、何なんですかそれ!?」

 管理人、侮れません。

「で、何の用かなお嬢さん?」
「そうだな。近頃、台所などで気付かぬ内に油が減っていたりしていないか? おそらくエクストラバージンオイルだと思うが」
「よくおわかりですな。ま、ほんの少量ですが」

 さほど気にしてもいない風に管理人は答えます。

「あ。でも、オリーブオイルなら調味料として頻繁に使う物ではないのですか?
 フェアリーテイルさんだって英国の方ですし」
「料理で使うからこそ把握出来るのさ、ボウヤ。
 まぁ、味覚音痴で知られる英国人にはピュアオイルで十分だと思うがね」

 ハハハ、と愉快そうに笑います。どうやらこの男、身体の一部が豊かでない女性には容赦がない様子。
 現在の間借り人である女性達が、揃いも揃って……むにゃむにゃ……なので、どうも自棄になっているのかもしれません。
 そんなやりとりを見て、ハルトシュラーさんは呆れた様に溜息を吐きました。

「ハァ……まぁつまりこういう事だ。
 はさみさんはここにやってくる際に、自らの手入れ道具を持って来れなかったのだろう。
 刀剣の手入れに必要なの道具は主に三つ。拭い紙、打ち粉、そして油だ。
 拭い紙ぐらいは何とかなるし、打ち粉を使った手入れなどは月に一回程で良い。
 しかし油はそうもいかん。はさみさんはその構造上、常に刃を露出しているものだから、油の酸化速度も激しいのだろうな。
 マメに油を塗り替える必要があるのだが、いつも使っている油はここにはない。
 仕方なく今日までエクストラバージンオイルで代用していたのだろう」

 ちょっと説明が長かったですけど、ちゃんと読みましたか?

「え~と師匠? つまり、これは?」
「うむ。慣れぬ油の香りに酔ったのだろうな」
「そこでちゃっかり高級オリーブオイルを使うあたりが乙女だな」
「……あぁ。実家の献立も、殆ど和食だったんでしょうね」
「うう……気持ち……悪い……」

 …………。
 何といいますか……いえ、なんもいえねえです。

 ……と。
 ここで終わっても良かったのですが、残念ながら続きがあります。

「わははははっ! 話はこのへげぞが聞かせて貰ったぞ!」

 ……本当に残念な続きが。

「記憶氏か。どうしたのだ?」
「どうしたもこうしたも。さっきおれを呼んだじゃないか!」
「……あの、呼びましたっけ?」
「あ~どうだったかな?」

 本当に呼んでたみたいです。
 暇な人は探して見てください。

「油があればいいんだろ? おれがかって来てやる」
「お、そうか? はさみさんがいつも使ってるのは、丁子油だそうだ。頼んだ」
「んー、丁子油か。どうだったかな? スーパーには売ってたかなぁ?」
「まかせろ!」
「ちょっ? いいんですか師匠!? 任せちゃって!?」
「あぁ、あれも根は悪い奴ではないぞ?」
「なるべく野郎は出て行ってくれたほうが良い」
「あのう皆さん方? モーニングティーくらい静かに飲ませてくれませんか?」
「きおくのはじめてのおつかいへん、はじまるです?」
「わはははははははっ! 行って来る!」
「気持ち悪い……」



 箱庭屋敷は、まともな入居者を募集しています。


  ―了―

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