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異形純情浪漫譚 ハイカラみっくす! 第4話

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春宵の 月満ち充ちて 恋焦がる




――殺しちまったらすまん。

それは人間が吐いたとは思えぬほどの、自惚れと傲慢に満ちた言葉だった。
だというのに、私は胸の内に湧き起こる得体の知れない焦燥感を抑えきれずにいる。

青年は明らかに間合いの外であるにも関わらず、地面に刺さした棒を力強く滑らせ、裂帛
の声を上げた。瞬間、接地点から褐色の飛沫が上がり、稲妻のような斬撃が地を走る。

想像を絶したその技を目の当たりに、エリカ様は受けることすら危険と察したのか、直撃
寸前で上空へと退避する。しかし青年はそんな事お構いなしとばかりに地面から棒を振り
抜いた。
目標を失ってもなお地を裂き続ける驀進。そこで私はその正体に気づき、驚愕する。

走る斬撃――否、それは地面を抉り上げる長大な刃であった。

息をつく間も与えず、二十尺を越える蒼刃がエリカ様へと襲いかかる。一瞬早く邪の目を
開いてそれを防ぐも、眩い閃光と共に弾き飛ばされてしまった。
よもや人間がここまでの術を身につけているとは思わなんだ。いや、あの青白い光は人の
持つ力ではない、むしろ我々妖魔の気に近いものに思える。

「もう、あったまきた!」

とはいえそれも巨大さゆえ取り回しが大雑把になるのか、完全に振り抜かれた巨刃は次の
太刀までに時間がかかるはず。
今この場に限ればこちらが有利、加えてこれが最期の駆け引きになるだろう。エリカ様も
そこを逃さず空中で体勢を整えると青年に向き直り、邪の目を先端に高速の矢と化す。

一時はどうなることかと思いきや、これで勝ったか、と胸をなでおろした時、青白い刃が
ふっと姿を消した。
刹那取り戻される暗闇。青年へ目を移せば軽々と棒を取り回し、真っ直ぐエリカ様に向け
直している。それはもはや棒とは呼べぬ、蒼い輝きを槍頭に付した退魔の槍。

「悪く思うなよ」

鍛え抜かれているのだろう、細身ながらも引き締まった青年の腕が光る槍を打ち出した。
絶叫――。
輝く満月の中、まるで番えた弓のように、胸を貫かれ仰け反るエリカ様の姿が。
夢とも現実ともつかないその光景に、私はただ呆然とすることしか出来なかった。

やがて力なく地に落ちる我が主。巻き上がっていた土煙と芝生が收まったころ、ようやく
自身を取り戻した私は、硬直の解けた身体を走らせ、倒れるエリカ様の元へと駆け寄る。

――エリカ様!

私は大変なことをしてしまった。己が知識に溺れるが故、主の力を過信するが故、とんで
もない計り違いをしてしまったのだ。
なぜ途中で気づかなかったのだろう、なぜこんなことになるまで見惚れていたのだろう、
私は一体、どこまで愚かな従者なのだろうか!

「心配すんな。そんぐらいで死ぬようなタマじゃねえよ」

傍らに立つ青年の言葉を受け、恐るおそるエリカ様へ前足を伸ばすと、はだけてあらわに
なっていた胸が僅かに上下していることに気がつく。
私は夢中で身体を揺らした。するとエリカ様は「茶箪笥のビスケットが……」などと意味
不明のうわ言を漏らされた。

――よかった!

ビスケットをどうされたいのかは分からないが、とにかく全身の力が抜け、溶けるような
安堵が胸を満たしていく。ほどなくして溢れた安堵は涙となって視界を滲ませた。

「これに懲りたらあんまり人襲うなよ。お前もな」

青年は棒を肩に乗せると私の頭を二度ほど撫で、ごろごろと鳴る喉を確認すると森の奥へ
姿を消していった。



† † †



それから何時間か過ぎ、エリカ様は湿った芝の上でようやく意識を取り戻して、弱々しく
上体を起こした。一度腰を上げてしおらしく座りなおすと、どこか気落ちした風に小さな
ため息をつく。
やがて何か言いかけ、しかし苦しげに胸の傷を押さえる。そこから滲むのだろう悔しさに
唇を噛み、強く閉じられた瞼から一筋の涙が零れた。

久眠から醒めたばかりとはいえ、たかが人間ごときにあのような失態を晒したとあっては、
相当な屈辱であろう。
私はそんなエリカ様の姿に胸をほころばせ、浮かんだ微笑みと共にそっと声をかけた。

――エリカ様、その胸の痛みこそが「恋わずらい」に違いありません、と。

はっと向き直るエリカ様。私は月へ目を移し、自信をもって諭す。
恋に落ちた乙女というのは、まるでぽっかりと胸に穴が空いたような心持ちになると云う。

「……ほんとだ、穴が開いてるわ!」

人間ごとき下等生物ならともかく、格式高き蛇の目家の当主であるエリカ様ともあれば、
実際胸に穴が開いてしまってもなんら不思議はない。それは後ろの景色がはっきり見える
ほど見事なものであった。
青年の棒(おそらくあれが彼の「男根」なのだろう)により貫かれ、月光を浴びて迎えた
絶頂。人間以上の力をもった青年と、妖魔であるエリカ様にとっては、今ここで行われて
いた戦いそのものが性行為、つまり「恋愛」だったのではないだろうか。

「なるほど!」

私の知り得ていた知識など、所詮は書庫にある本で得たものばかりで、恋の知識に関して
は人間同士のものしか持ち合わせていなかったのだ。
目を丸くして頷くエリカ様を「どうです、今すぐにでもあの青年に逢いたいでしょう」と
小突いてみると、頬に手をあててしばし考えたあと、こくりと小さくうなずいた。

「逢いたい……」

胸に開いた「恋の穴」を優しくさすりながら、薄く目を閉じ、空を見上げる。
その紅い瞳に映る月には、きっとあの青年が微笑んでいるに違いない。

「逢って、滅茶苦茶にしてやりたい……」

私はくすりと一つ笑い、お盛んですね、と言葉を添えた。
今日は一旦屋敷へ引き上げて、明日また青年を探し出し、存分に行為に励みましょう。
そう締めくくるとエリカ様は「そうね!」と立ち上がり、大きな翼を羽ばたかせた。

「これが――この気持ちが恋なのね!」

恋とはそれ即ち性行為を示し、また妖魔にとっての性行為とは、戦いを示すのだ(と思う)
当初の予定よりも少々時間はかかりそうだが、主の成長を見守る従者の気持ちというのは
中々悪いものではない。
全ては順調、気分は上々。私も首に回されていた大きなリボンを翻し、主の後を追った。



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