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異形純情浪漫譚 ハイカラみっくす! 第3話

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人と魔≒棒と傘



「やめるっつーなら、今のうちなんだが」

青年はそう言うと面倒そうに一度頭を掻き、棒を構えて見せた。
まぐれとはいえ、エリカ様を一撃で叩き伏せたところを見るにただの棒ではないようだが、
それは「邪の目」とて同じこと。いかに優秀な武器を有していても、所詮使い手が人間で
あってはたかが知れている。

もちろんそんな威嚇に屈するはずも無く、露をたたえた芝生の上を静かに一歩、また一歩
と踏み寄るエリカ様。互いの間合いに入るか入らないかのところで一度足を止め、ぽつり
と何か一言交わす。それをきっかけにいよいよ戦いが始まるのかと思いきや、エリカ様は
突然踵を返し、私の元へと戻ってらした。

「ふ、服着てくれって!」

言いながらそそくさと着物を抱え、慌てて袖を通し始めるエリカ様。どうやら先程の一撃
で自分が裸であることを忘れていたらしい。
私はそれと分かるように微妙な表情を作って、裸では戦えないのかと詰問してみたのだが
「むりむり」の一点張りで一向に譲る気配がない。

まあどちらにせよ青年を倒せるなら良しと着替えを手伝うも、どうも身体が強ばっている
せいで上手くいかない。結局ところどころ裾をはみ出したまま一応それらしく形を成すと、
エリカ様はようやく邪の目を構え、ふたたび青年の方へと戻って行かれた。
その乱れた着こなしと私の切った髪の毛は妙に似合っているように思える。

「――お待たせしましたっ」

紅潮したエリカ様が間合いを踏み抜く。それと同時に青年が棒を抜いた。
ぶん、と風を切る音。高い金属音と白い火花が闇に散る。
打ち合された武器と武器。拮抗する力の軋みを境に、二人の顔が近寄った。

「速いわね、言うだけあるじゃない」
「そっちこそ、やっぱそのへんの奴らとは訳がちげえ……なっ!」

言葉と同時に蹴りを返す青年。しかしエリカ様もそれを見越していたのか、後ろへと跳ね
退く。武器を握り直し、構える二人。

単純な腕力だけならば恐らくは青年の方が上であろう。妖魔といえどエリカ様は馬鹿力を
有するような、そういった類の妖魔ではない。
それでも今一度の打合にて互角なところを見ると、武器においてはやはりこちらが有利か。
雨を凌ぐが如く「力を散らす」邪の目、単純な打撃だけならほぼ全てを無効にできるはず。
青年もそれに気づいてか、怪訝な視線を邪の目に向けた。

「おかしいな、本気で打ったが手応えがねえ」
「この傘は女の子用にできてるのよ」

言いながら笑顔で邪の目の先を軽く振る。と、青年はその動作を見逃さず膠着を破った。
人とは思えぬ速度で距離を詰め、気付いたときには二度目の火花が散る。
続けざま、雄叫びと共に雨のような攻撃を加えてくる青年とは対象的に、華麗にそれらを
いなすエリカ様。

こと世事に疎いとはいえ、戦いに関しての身のこなしはさすが蛇の目家当主というところ。
暗いシノダ森を明滅させながら何度も何度も金属音を響かせ、やがて幾十度目にして一際
強い火花が青年の顔を照らした。
攻防の合間をぬって打ち入れていた裂傷により滲む血と汗。しかし未だ不敵な笑みは消え
ていない。そのような猪まがいの攻撃を続けていて本気で勝てると思っているのだろうか。

「大分お疲れのようだけど、そろそろ諦めて私を抱いたら?」

青年は応えず唾を吐き、ただ大きく肩を上下させていたが、不意に動きを止めると覚悟を
決めたのか武器を上段に構えた。エリカ様はそれを見てから私に視線をよこし「言っても
聞かないみたい」と言いたげに肩をすくめる。
黙ってエリカ様を抱きさえすれば良いものを、なまじ力があるものだから抵抗するとは
愚か、いや哀れとしか言い様がない。
さすればその死後にでも、エリカ様の身体の中で快楽とともに果てるが良い――

「でやああああ!」

猛々しい叫びとともに繰り出される渾身のひと振り。当然エリカ様は合わせるように邪の
目を斜めに構え、受ける。
――と、聞きなれた金属音の中に信じられない音を拾った。
びきん、という鈍い軋み。その音が何なのか私が答えを出すよりも早く、エリカ様本人が
気づいたのだろう、攻撃を受けきらずにそのまま横へと流し、焦燥した顔を上げる。

「そんな……邪の目にヒビを入れるなんて」
「生憎こっちの武器は男の子用なんでね」

青年がにやと口元を曲げる。構え直されたその棒は不思議な青白い光を帯びていた。
こっからが本番だぜ――青年の言葉通り、再び始まった戦いは見た目先ほどと同じような
ものではあるのだが、明らかにエリカ様が押されている。
嵐のような猛攻を受け、しかし受けきれずに下がる。守り一辺倒で攻撃を入れる隙もない
のか、時折散る火花の中に浮かぶエリカ様の表情からも、既に余裕は消え失せていた。

「どうした、色ボケ姉ちゃん」

迫合の中、余裕を見せ始めた青年が足払いを放つ。
ほんの小技ではあったが、力で押されていたためかエリカ様は見事にそれ受けて転倒して
しまった。間をおかず突き下ろされる棒をなんとか避けるも、青白い光がエリカ様の腰を
僅かに掠め、地面を穿つ。

これはどうしたことなのか、青年の持つ棒が光を帯びてから全く形勢は逆転している。
かつて幾匹もの妖魔が人の理を超えた武器によって討たれた例は少なくないが、私の豊富
な学識の中にもあのような棒の資料はなく、ただ目の前で繰り広げられる信じがたい戦局
に胸の鼓動だけが早まっていく。
接近戦は不利。エリカ様も思い至ったのだろうか、黒い翼を広げて上空へと飛び立った。

「あっ!」

しかし、地面ごと貫かれていた袴が下に残ってしまったことはエリカ様にとって予想外で
あったらしく、白い足を月光にさらしながら前裾を抑えている。
なんとも情けない主の姿に溜息混じりの苦笑いを作ると、ここで初めて青年と目が合った。
そんな彼もまた同じように苦笑いを浮かべていた。
今この場では敵とはいえ、同じ感情を共有してしまうと中々憎めないものである。

「お前、あいつの使い魔だろ? こりゃあどうしたらいいんだ」

その問いかけに対し、言葉を話すことの出来ない私はなんとか身振り手振りで「そのへん
に放っておいてください」といったことを伝えると、青年も頷きながら意図を汲みとって
くれたらしく、汚いものでもつまむようにして袴を棒から外し、ぽいと投げ捨てた。

「ちょっと、投げることないじゃない!」

程なくして降りてきたエリカ様に対し、青年は棒を下段に構えると、そのまま地面へ突き
刺す。

「あんたじゃ俺には勝てねえ。悪いがおとなしく去ってくれ」
「あら、まだ分から――」

続きを言いかけたところで、一陣の強い風がエリカ様の衣を吹き上げる。
ひらひらと逃げようとする着物を必死に抑えながらも、淡い桃色の下着だけはエリカ様を
守る唯一の味方であるように見えた。
私と青年は再び顔を見合わせ、苦笑いを通り越した和み笑いをたたえあうより他はない。

「手加減はするが、殺しちまったらすまん」

振り返りざま、青年の口元がそう動いたように見えた。




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