71 無題
「華煉――」
「駄目に決まってんでしょ! ほれ――」
零が手に取った特上鳥モモ肉のパックを神速で奪い取り、
華煉は特売の豚バラ肉を突き出した。
「駄目に決まってんでしょ! ほれ――」
零が手に取った特上鳥モモ肉のパックを神速で奪い取り、
華煉は特売の豚バラ肉を突き出した。
「……僕は一日に鶏肉を二百グラムは食べないと寝つきが悪いんだよ」
「だったら一生寝るんじゃねえ。アタシが豚と言ったら豚、今日は生姜焼きを食べるんだ!」
「……僕のアパートを全焼させた癖に――」
「ぐぅっ――!」
明らかに痛いところを突かれた様子で、華煉はぶるぶると震えだした。
「だったら一生寝るんじゃねえ。アタシが豚と言ったら豚、今日は生姜焼きを食べるんだ!」
「……僕のアパートを全焼させた癖に――」
「ぐぅっ――!」
明らかに痛いところを突かれた様子で、華煉はぶるぶると震えだした。
「アレは――丸腰の旦那が……」
華煉が丸腰と言っているのは、グレモリーの戦闘魔獣、マルコシアスの事である。
「マルちゃんは華煉の火を避けただけだ。もう一度言うぞ、僕のアパートを"全焼"させた癖に」
「うう……」
零がマルちゃんと読んでいるのも、鬼人型と魔獣形を行き来するマルコシアスのことである。
華煉が丸腰と言っているのは、グレモリーの戦闘魔獣、マルコシアスの事である。
「マルちゃんは華煉の火を避けただけだ。もう一度言うぞ、僕のアパートを"全焼"させた癖に」
「うう……」
零がマルちゃんと読んでいるのも、鬼人型と魔獣形を行き来するマルコシアスのことである。
「兎も角、僕は華煉のせいで住所不定に身を落としたわけだ」
「だ……だからウチで食う寝るの世話はしてるだろーが!」
「そう、そして僕は今日、チキン南蛮をとても食べたい。ちなみに僕が料理できる」
「何――!」
華煉の釣り目に、不利な表情が見えた。
――もうひと押しか?
タルタルソースも僕が作る。零がそう告げるより、華煉の立ち直りの方が早かった。
「だ……だからウチで食う寝るの世話はしてるだろーが!」
「そう、そして僕は今日、チキン南蛮をとても食べたい。ちなみに僕が料理できる」
「何――!」
華煉の釣り目に、不利な表情が見えた。
――もうひと押しか?
タルタルソースも僕が作る。零がそう告げるより、華煉の立ち直りの方が早かった。
「い……今"火乃国"の財布を握ってんのはアタシだ!」
「ちっ、強権発動か……」
「アタシが豚と言ったら豚、モヤシの炒め物で三食耐えると言ったらそうする。
家庭菜園とニワトリで自給自足し、灯りも風呂も自分の術で賄うと言ったらそうするんだ、
文句あるか!?」
「……無い」
口から火を噴きそうな勢いの華煉にそう言われれば、従うしかない。
――『また』丸焼けは嫌だし。
「ちっ、強権発動か……」
「アタシが豚と言ったら豚、モヤシの炒め物で三食耐えると言ったらそうする。
家庭菜園とニワトリで自給自足し、灯りも風呂も自分の術で賄うと言ったらそうするんだ、
文句あるか!?」
「……無い」
口から火を噴きそうな勢いの華煉にそう言われれば、従うしかない。
――『また』丸焼けは嫌だし。
「けど華煉、もしかして……貧乏人?」
「ぐっ――!」
「…………貧乏人、か。火の一族も今や貧乏人なのか」
そうか……とため息交じりに追い詰めてやると、華煉の長い髪が怒髪と化して天を突き始めた。
「アンタ――灰になりたいの!?」
怒りに固まらんばかりの華煉から、焼けつくような熱気が発せられた時だ。
「ぐっ――!」
「…………貧乏人、か。火の一族も今や貧乏人なのか」
そうか……とため息交じりに追い詰めてやると、華煉の長い髪が怒髪と化して天を突き始めた。
「アンタ――灰になりたいの!?」
怒りに固まらんばかりの華煉から、焼けつくような熱気が発せられた時だ。
「暑い! 今日は暑いのう」
砂糖より甘そうな幼女の声が、華煉と零の足元から聞こえた。
砂糖より甘そうな幼女の声が、華煉と零の足元から聞こえた。
「ほう……今日は豚シャブか。よいのう、よいのう。妾の家も今日はチゲ鍋にするつもりなのじゃ」
「何――!?」
「あ、やばい――!」
二人して驚愕に身を固めるが、その理由は異なる。零が驚いたのは幼女が気配も感じさせずに、
いつの間にか足元にいたからで、華煉が固まったのはその正体を知る故だ。
「何――!?」
「あ、やばい――!」
二人して驚愕に身を固めるが、その理由は異なる。零が驚いたのは幼女が気配も感じさせずに、
いつの間にか足元にいたからで、華煉が固まったのはその正体を知る故だ。
「暑い日に鍋というのもまた良い――だがしかし、そのバラ肉はいささかしゃぶしゃぶに向かぬな、
ほれ、投げ売り特売のパックなどにせずこの肉にするがよい」
「……高い」
「あ……あ……」
幼女が差し出したのは、零の出したモモ肉よりも更に三割は高いパックだ。
なぜか唖然としている華煉の手から、魔法のように豚バラ肉と交換する。
ほれ、投げ売り特売のパックなどにせずこの肉にするがよい」
「……高い」
「あ……あ……」
幼女が差し出したのは、零の出したモモ肉よりも更に三割は高いパックだ。
なぜか唖然としている華煉の手から、魔法のように豚バラ肉と交換する。
「暑くて食欲が出ぬのなら冷しゃぶにするがよいぞ、どうしてもと言うならばじゃがのう」
「あの……違うんだけど、君?」
「ほれ、そして豚しゃぶに必須の青物じゃ」
零のセリフを無視して、幼女は材料を放り込んでいくが、既に予算オーバーも甚だしい。
「あの……違うんだけど、君?」
「ほれ、そして豚しゃぶに必須の青物じゃ」
零のセリフを無視して、幼女は材料を放り込んでいくが、既に予算オーバーも甚だしい。
「あの、僕達はだね――今日は」「よいよい、妾が材料を吟味して進ぜよう!」
幼女の声に、零は――
「いやあの、話が見えないんだけど」「これ、若い者が遠慮するでない」
――なぜか、抵抗する勇気が削がれていく。
「ち……チキン南蛮を食べるはず――」「大丈夫! 妾に任せておれ!」
幼女の声に、零は――
「いやあの、話が見えないんだけど」「これ、若い者が遠慮するでない」
――なぜか、抵抗する勇気が削がれていく。
「ち……チキン南蛮を食べるはず――」「大丈夫! 妾に任せておれ!」
――十分後。
「チゲ鍋 モツ鍋 おでんに すきやきー♪」
「どうして、どうして僕は両手いっぱいに豚しゃぶの材料を持っているんだろう?」
気づけば、四日分の食費がビニール袋の中身に化けていた。
「どうして、どうして僕は両手いっぱいに豚しゃぶの材料を持っているんだろう?」
気づけば、四日分の食費がビニール袋の中身に化けていた。
「おだしをとって シャキシャキお野菜ー♪」
「ま、まさか都市伝説だとばかり思っていたけど、あれが本物の"鍋奉行"!?」
抱えきれないほどの食材によって、首をかしげるのも一苦労だ。
「ま、まさか都市伝説だとばかり思っていたけど、あれが本物の"鍋奉行"!?」
抱えきれないほどの食材によって、首をかしげるのも一苦労だ。
「お肉は煮過ぎちゃ 固くなるー♪」
「鍋と見れば口を出さずにはいられないおばあさんだと聞いていたけど、
まさか幼女だったなんて――」
抗うことなんてできようはずもない。
伝説として有無を言わさない迫力に、身震いを起こす零であった。
「鍋と見れば口を出さずにはいられないおばあさんだと聞いていたけど、
まさか幼女だったなんて――」
抗うことなんてできようはずもない。
伝説として有無を言わさない迫力に、身震いを起こす零であった。
「チゲ鍋 モツ鍋 おでんに すきやきー♪」
「あ……華煉が『お鍋のマーチ』一番をリピートしてる」
苦労して斜め三十度の手刀を華煉の脳天に叩き込むと、壊れたレコードよろしく
調子っぱずれの歌を繰り返していた頭ががくんと停止しする。
「あ……華煉が『お鍋のマーチ』一番をリピートしてる」
苦労して斜め三十度の手刀を華煉の脳天に叩き込むと、壊れたレコードよろしく
調子っぱずれの歌を繰り返していた頭ががくんと停止しする。
「は……っ! 思わずお鍋のマーチに中毒症状を起こしてたぜ!
それから今、アタシをどついたのは何処のどいつだ!」
あたりを見回す華煉。当然そこには零しかいない。
「ものすごく速い、風の悪魔だったよ。追い払ったけどあっという間に去って行った」
「何、そうだったのか。今度見かけたら真っ白な灰にしてやる」
頭をさすりながら、華煉はまだ見ぬ悪魔に闘志を燃やす。
零は心の中で、そのうち出てくるかもしれない風の悪魔とやらの冥福を祈った。
それから今、アタシをどついたのは何処のどいつだ!」
あたりを見回す華煉。当然そこには零しかいない。
「ものすごく速い、風の悪魔だったよ。追い払ったけどあっという間に去って行った」
「何、そうだったのか。今度見かけたら真っ白な灰にしてやる」
頭をさすりながら、華煉はまだ見ぬ悪魔に闘志を燃やす。
零は心の中で、そのうち出てくるかもしれない風の悪魔とやらの冥福を祈った。
「それから華煉、マルちゃんが居なくなってる。お店の前につないでたのに」
「――何っ!?」
誇り高く、伝説的な実力を誇る戦闘魔獣マルコシアス。
ペット禁止のスーパーであるために彼がつながれていた柱は、確かにもぬけの空だった。
「――何っ!?」
誇り高く、伝説的な実力を誇る戦闘魔獣マルコシアス。
ペット禁止のスーパーであるために彼がつながれていた柱は、確かにもぬけの空だった。