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異形純情浪漫譚 ハイカラみっくす! 第2話

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月と私とエリカ様




私たちが住まう「蛇の目邸」は、人界において「シノダ森」と呼ばれ疎まれる森の奥深く
にある。
この森は強大な力を持つ一匹の妖狐によって支配されており、蛇の目邸が人界にあっても
人目に付かないのは、その妖狐によって張られた結界のおかげでもあった。

「キッコちゃん元気にしてるかなあ」

キッコ様。というのがその妖狐の名であり、しかしご自身は呼称になど興味がないようで、
エリカ様も勝手に狐っ娘――転じてキッコ様とお呼びになられているらしい。
私も幼少の折、蛇の目邸に来訪されたキッコ様を拝見したことがあるのだが、それは見事
な気品と優雅さを兼ね揃えたお方で、動作の一つひとつに合わせて揺れる金毛の尾は幼心
にも大変美麗だったことを記憶している。

エリカ様とキッコ様は仲が良いらしく、久眠から醒めた際はよくキッコ様の住処へと赴き、
眠っている間に起こった世事を教わったりするようだ。
しかし最近ではこの森も物騒になっていると聞いていたので、さすれば早々に雄の生物を
探し出すのが先決ではないか、と申し出たところ「まあまあ、いいじゃない」とのお言葉
が返ってきた。

「今日は雲が少ないね」

向けられた笑顔の後ろ、月のまぶしさに目を細めた私を気遣ってか、エリカ様は愛用の傘
「邪の眼」を開いてそれを遮ってくれた。
私も少々古文書に脅かされ過ぎていたのだろうか。目的を果たすのも大事だが、その前に
自分はエリカ様の従者なのだからと胸に刻み、キッコ様の住処へと羽を向けた。



シノダ森中央にある一本の巨木。他の木々さえも避けるようにして開けた場所こそ、かの
キッコ様が住処と聞く。私はその場所と様子を知ってはいたが実際に訪れるのは初めてで
あり、それが故に異変を察したのは、エリカ様が驚くのを見てからだった。

まるで戦でもあったかのように荒れていたキッコ様の住処。巨木の幹も所々に焼け焦げた
跡や切り傷が残されている。キッコ様の姿もそこになく、ただ荒れた芝生の上に見覚えの
ある幾本かの金毛が散らばっていた。

エリカ様はしばらくの間キッコ様の名前をお呼びになっていたが、戻らぬ返事にようやく
諦めたのか、頬に手をあてて何やら思いを巡らせ始めた。
私はキッコ様の身にただならぬことが起きたように思えてならなかったので、それとなく
エリカ様に伝えてみたところ、難しい顔で頭を捻ったあげく「あなたがやったの?」など
と、とんちんかんなことを仰られる。

私はエリカ様に負けぬほどの難しい顔を作って見せたのだが、どうやらその紅い瞳は私に
ではなく、その後ろへと向けられているようだった。

「さあなー、誰がやったんだか」

聞き覚えの無い声に振り返ると、果たしてそこには人間が――自身の丈を越すほどの長い
棒を携える青年の姿があった。
白いTシャツに汚れたジーンズという大変見窄らしい身なりの青年は、その見てくれとは
裏腹に何か穏やかでない気概を放っている。近頃噂に聞く武装隊とやらだろうか、青年は
棒を構えると、その先を私たちへと向けた。

「しっかしまだお前みたいなのが居るとはね、この森も平和にゃ程遠いか」

ため息混じりに言い捨て、肩をすくめる。
シノダ森が平和かどうかは、異形と呼ばれる私たち妖魔とその外で暮らす人間とでは見解
が異なる。そもそも人間が踏み入ってこなければ、ここは私たちにとって平和な森なのだ。
勝手に土地を踏み荒らし、安全だ危険だなどという人間の気持ちは私には分からなかった。

「この子の言う通りここは本来平和な森よ。異形なんてひどい言われようだけど、私たち
にとってはあなたたち人間こそが異形だわ」

静かながらも刺が効いたエリカ様の返答に、青年は目を丸くしたあと、ぷっと吹き出した。
やがて構えていた武器を脇に納めると、大きな深呼吸からひとつ間を置いて返す。

「いや、ごめんごめん。あんたは『古い方』か、これでも違いは分かる方なんだが」

うら若き雌である我等に対し「古い方」は如何なものかと憤慨するも、それを聞いて私も
合点が行った。近頃シノダ森では低級な妖魔がどこぞより湧き出しては、ところ構わず人
を襲っていると聞き及んでいたからだ。
私自身滅多に外へ出ることがなかったので、そうした者たちを目にしたことはないのだが、
せめて私のように理性を持っていなければ、妖魔の本能による破壊行為は人間にとっても
脅威だったであろう。
それを討伐する役目とあっては、あのように武器を向けたのも致し方のないことか。そう
エリカ様に耳打ちすると「へえ、そうなの」と納得し、邪の眼を握る手の力を緩めた。

人間と問題を起こす妖魔も数多くいるが、元より同じ世界に生きるもの同士がやみくもに
争ってはならない。私はそんな言葉を頭の中で反芻しながらも、目の前にある一つの事実
に気がついた。

――こやつ、雄ではないか。

ハンサムというには程遠いが、なかなかに愛嬌のある顔立ちと溢れんばかりの若さ。
これなら激しく情熱的な生殖行為が期待できるだろう。エリカ様初恋の相手としては申し
分ない。
果たして相手が人間でいいかどうかなどという些細な問題は放っておいて、私はエリカ様
を少し離れたところまで連れ出し、事の次第を伝えた。

「え、裸になるの?」

当然でしょう、と呆れて見せる。
エリカ様は困惑した顔つきで青年に振り返るも、すぐに向き直り「そんなの無理だよ」と
小声で眉をひそめた。
しかしここを譲るわけにはいかない。恋に関しては膨大な知識を持つ私に口答えするなど
言語道断。これまでに見てきたエロスの資料によればそうした行為は裸で行われることが
常であり、つまりはそれが正しい「恋」なのだから。

それもこれも全てはエリカ様の為。
そう説き伏せると、エリカ様はしぶしぶといった表情で服をお脱ぎになりはじめ、やがて
みずみずしいその肌を月光に晒した。
さすがに初めてとあって恥じらいがあるのか胸などを隠しているが、いずれそうした恥辱
も愛欲の渦に消えてなくなるであろう。次はどうするのかとの問いに私はゆっくりと頷き、
答える。

「私を抱いてっ!」

教えたままの台詞を叫びながら飛び立ったエリカ様は、瞬きもせぬうちに青年の持つ棒で
もって叩き落とされた。

「な、なんだ? 色ボケ異形か!」

距離を置き再び棒を構える青年。その手にある棒はやたらと破壊力があるらしく、エリカ
様は裸のまま地面で目を回している。
意外――いや、なんの馴れ初めもなくいきなりこれでは少々強引過ぎたか。
しかしこうなってしまえば後には退けない。私は直ちに「邪の眼」を喰わえてエリカ様の
元へと飛び寄った。

「……よ、よく分かんないけど、やっつければいいのね!」

そう。あわよくば青年の命がどうなろうと、エリカ様の想いを遂げらるならそれでよし。
これは決して争いではなく、恋という崇高な目的を持つ、雄と雌のせめぎ合いなのだ。
斜に構えられた邪の目を見て、青年はぎらりと狼のような眼差しを返してきた。
逆らわずば命ぐらいは取らずにおくものの、恨みたくば我等に刃向かう若さを恨むがよい。

――さあ青年よ、若き雄よ、その身体をエリカ様へ捧げるのだ!

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