創作発表板@wiki

ややえちゃんはお化けだぞ! 第13話

最終更新:

eroticman

- view
だれでも歓迎! 編集

ややえちゃんはお化けだぞ! 第13話




カラスと入れ替わるようにして現れた黒尽くめの少女、ハナちゃん。
その親しみやすそうな名前とは反する異様な雰囲気に、森の木々さえも隠れるようにざわ
めきを潜めていた。

「それじゃあ……さっきのカラスは」
「アレも私」

しかしハナちゃんが一体何者なのかという素朴な疑問は、こともなげに返された不自然な
答えを前に「何がなんだか分からない娘」という白紙に戻ってしまった。
これなら正直、カラスのままであってくれた方がまだ分かりやすいようにも思える。

「そんなことより、早く私を連れて逃げていただけないかしら? もしも見つかるような
ことがあれば――」

言いながら歩み寄るも、すれ違った目線は森を走るいくつかの光に向けられていた。
町の人たちが不審者を探しているのだろう、草をかき分ける音に混ざって数人の話し声が
近づいてきている。

「――私、あの方たちを殺しますよ」
「いやいや、殺しちゃダメだよ」
「夜々重さんに止められていたので逃げてはきましたが、捕まったら面倒なんですもの」

冗談とは思えない冷笑に一瞬たじろぐも、俺は自分が何のためにここへ来たのかおぼろげ
に理解することができた。
おそらく俺はハナちゃんを助けに来たのではない。ハナちゃんによって引き起こされるで
あろう惨事を防ぐために派遣されたのではないだろうか。

俺は激しい憤りを感じながらも、白紙だったハナちゃんメモに「性格面、大いに問題あり」
と一筆書き添える。とにかくここは地獄でもなんでもない穏やかな人間界なわけで、そう
いうアグレッシブな思考はいただけないのだ。

「分かった、背中に乗ってくれ」
「もっとこう……ジェントリーに言えなくて?」

やおら不服そうな顔を向けるハナちゃん。
それで事が済むならば、ここは堪えねばなるまい。

「……お、お嬢様。背中に御乗りください」
「よろしくてよ」

後ろからそっと首に回された白い手の先で、うさぎのぬいぐるみが虚ろな目を向けている。
さすが夜々重の親友と言うべきか、その掴みどころのなさは今まででもトップクラスだ。



卍 卍 卍



「夜々重さんに任せてあるなら、身体のことは心配ありませんの」
「そうならいいんだが……」

人ひとりを乗せて飛ぶというのは思ったよりも難しいことらしく、早くハナちゃんを安全
な場所まで連れていって夜々重の元へ戻りたいのだが、前に進むように気持ちを込めても、
なかなか速度は上がらない。
逸る気持ちに加えて、背中に押し当てられる感触の濃淡は男心に大変気恥ずかしいものが
あり、必要以上に緊張していた俺を覗くように、ハナちゃんが肩ごしに顔を並べてきた。

「人が集まる場所において、幽霊はその力を充分に発揮することはできません。あの子が
一体どうやって貴方の身体を取り戻すのか……とっても楽しみね?」
「人の生死に関わることを、そんな紅茶のお菓子みたいに言わないでくれ」

先程の「殺す」発言もさることながら、ハナちゃんという奴はどうにもそのへんがズレて
しまっているようで、思えばどことなくあのリリベルと彷彿とさせるものがある。
しかしそんなハナちゃんをして、なぜ死体が見つかってしまったのかと訪ねれば、勝手に
入ってきた隣の猫に驚いて声を上げてしまったからだそうで、なかなかに憎めない子だ。

「とと、とにかくですね、あの子はどんなに些細な問題でも常に私の想像を超えたやり方
で解決してくれます。時には手段も選ばないというところが余りにもチャーミングで」
「それはハナちゃんも一緒のような気がするけどな」
「あら、お上手ね。でもあの子に比べたら私など足元にも及ばなくてよ」

皮肉のつもりで言ったのだが、前向きに受け止めるあたりさすがハナちゃんというところ。
これが命の恩人かと思うと少々薄ら寒いものがある。
気付かれないように肩をすくめて正面に向き直ると、途切れた森の先におかしな光景が
広がっていることに気がついた。
最初は自分の目を疑ってみたものの、その深刻さを把握するにつれて、徐々に胸の鼓動が
高まっていく。

「ほら、やっぱり面白い」
「……じ、冗談じゃねえぞ」

できうる限り速度を上げて町の上に辿り着き、見下ろす景色――俺の町が燃えていた。

「なにやってんだ、あのバカ!」

建ち並ぶ家々が暴れるように炎を噴き、火の粉と共に巨大な黒煙を巻き上げている。
空を覆い尽くすように広がった煙は至る所でくすぶる赤い炎を投影し、まるで悪魔の嘲笑
のように揺らめいていた。
まさか俺の身体を取り戻すためにこの大惨事を引き起こしたというのか。即座に町の中へ
と向きを変えるも、強い力に首を締め付けられ、一瞬喉が詰まる。

「大丈夫、落ち着いて。これは夢よ」

飛び交う怒号と悲鳴、逃げ惑う人々の影。家の脇に止まっていたはずの救急車は電信柱に
激突しており、弱々しく点滅する赤色灯がその無力さを訴えていた。
俺にとっては確かに非現実的な光景だが、夢と言うには余りにも無理がある。

「これが夢なわけあるか! ふざけんじゃねえ!」
「もちろん貴方の夢ではないわ、これは夜々重さんの夢。物理的な現象ではありません」
「ああ? 夜々重の夢だ?」
「そう、今目の前に広がっているのはあの子が何百年もの間、毎晩見続けてきた悪夢よ。
元々思念体である幽霊にとって、幻覚を見せることなど造作もないこと」

理解不能な説明と首を締め付けるありえない力に、呼吸だけが激しさを増していく。
そんな中、遥か上から大きな鈴の音が聞こえた。それは今までに何度も聞いたことのある、
夜々重の鈴の音だった。

「……聞こえるでしょう? あの子の悲しみが」

答えることを忘れて見上げた夜空に、また大きな鈴の音が響き、町に降り注ぐ。
その乾いた切ない余韻は、俺の身体から次第に怒りを失わせていった。

「それならなにも、こまでしなくたって……」
「混乱に乗じて貴方の身体を運び出すためでしょう、しかしそれだけではありません」

何か言おうと開きかけた唇に、冷たい指が触れる。
途切れた会話。ひときわ大きな鈴の音が町を包み、全ての炎が闇に消えた。

町は何事もなかったかのように元に戻り、路上を逃げ惑っていた人たちも周りを見回して
困惑している。俺の家を囲んでいたはずの人だかりは既になく、救急車を前に首を傾げる
数人の影があった。

「貴方の死体発見と突然の大火災。人は同時にいくつかの不可解な事象に見舞われたとき、
とかくその原因をひとつに絞りたがるものです。即ち火災が幻だと理解すれば――」
「俺の死体が幻だったとしても、おかしくないってことか……」
「ご明察」

ハナちゃんはそう言いながら、眠そうなあくびをかみ殺す。
俺は初めて目の当たりにした夜々重の知略に、ただ呆然と町を見下ろしていた。



卍 卍 卍



寂れた小さな駅、商店街の路地裏にハナちゃんを降ろすと、スカートを持ち上げながら
丁寧にお辞儀をしてくれた。

「いつかまたどこかで会うこともあるかもしれませんね、その時はどうぞ宜しく」
「こっちこそ、身体のこと……ありがとう」

言いながらも、結局俺は何一つ役には立っていないような気がして、どこか沈んだ気持ち
を隠せずにいた。
向けられた笑顔から目を逸らすと、白い顔がその距離を詰める。

「気にすることなくてよ。貴方の心はまだ人間なのですから」

人間だから――。バカバカしくも的を射た答えに、つい笑いがこぼれた。
そういえばハナちゃんは何者だったんだろう。と別れ際に訪ねてみると、恐るべき答えが
返ってきた。

「死神」
「し、死神……?」

冷たい風が路地を通り抜ける。
ハナちゃんは驚いた俺を確認すると満足そうに微笑み、背を向けてから「自称ですけどね」
とだけ言い残して、灯りの消えた商店街へと姿を消していった。


+ タグ編集
  • タグ:
  • シェアードワールド
  • 地獄世界

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー