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ややえちゃんはお化けだぞ! 第1話

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eroticman

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ややえちゃんはお化けだぞ! 第1話




 高校生になったら、きっと素敵な出会いが待っていて、もっと楽しい人生になるだろう。



 そう思い続けて早半年。俺の人生のサブタイトルは「中」が「高」になっただけで、
すでに3クール目を迎えるくだらない学園ドラマの様相を呈していた。

 かといって別に落ち込んだりするような悲劇的な学生生活でもなく、まあ起伏がない
のもそれはそれでいいじゃないか、というところに落ち着いてため息をつくのが、ここ
毎日の日課みたいなもんである。

 思うに俺は何か突拍子もないことに期待をしつつも、どこか平穏無事でいたい、あまり
感情を揺さぶられたくない、と常日頃から考えているが故、その結果として今の自分が
あるのだろうと分析しているのだ。例えば――

「どいて、どいてー、ちこくひひゃう!」

 ――こんなベタを通り越してネタみたいになった台詞が聞こえたその時ですら、自分に
はなんら関係のない事象だろうと、その瞬間は思った。
 大方かじりかけの食パンでもくわえているのか、おぼろげに近づいて来るもごついた声
をよそに、ふと時計に目をやる。

 もちろん腕時計などではない。
 暗い部屋の中で薄緑色に光る長針と短針は、ちょうど深夜の二時を指していた。

「こんどちこくひたら、ただじゃすまにゃいひょー」

 いや、これは何かおかしいぞ、とようやく声が聞こえてきた方に起き上がると、突然壁
から何かが飛び出してきて、確認する間もなく息が止まるほどの強い衝撃に襲われた。
 何が起きたか分からないままベッドからごろごろと転がり落ちたかと思えば、続けざま
罵声が浴びせかけられる。

「ちょ、ちょっと! どこ見て寝てんのよ!」



 夜ベッドで眠りかけていたら、遅刻寸前の少女がぶつかってきた。

 世の人類を二分したとして多少はツッコミ側にいるであろう俺も、さすがにこの事態は
予測不能であり、すぐ隣で「あいたたた」なんて腰をさすっている白装束の少女に対して
なんら有効な言葉が思い浮かぶことはなかった。

「ぼーっとしてないで、拾うの手伝ってよ!」

 かつてないほど寄っていると思われる俺の眉間のシワの先には、薄汚れた巾着袋から
これまた薄汚れた何冊かの本がはみ出し、そのうちの何冊かは見るも無残に散らばっている。

「ああ、もう本当! 遅刻したらあなたのせいだからね!」

 何がなにやら、こちらが面食らっているのもおかまいなしに文句を言うものだから、
何か急に悪いことをした、なんて気持ちになってしまい、散らばった本に手を伸ばしてみた。

《幽霊の歴史(現代編)》

《霊数学(Ⅰ)》

 それを見て、俺はようやくふう、とため息をつき、落ち着きを取り戻すことができた。
 これはきっと何かおかしな夢を見ているに違いない、とそう思ったからだ。

「何ため息なんかついてんのよ、こっちは急いでるんだけど?」
「んなこと言われてもな、ここは俺の部屋だぞ? 勝手にぶつかって小汚いもん散らかし
やがって、ため息のアドバンテージはこっちにあるんだよ」
「な、なによ! 急にむつかしいこと言って」

 怒りの形相を見せた少女は、黒く艶のある髪を伸ばしながらすうっと立ち上がり――。
いや、立ち上が――。そいつに足はなかった。

 さすがに我慢の限界である。いくら夢とはいえこんなばかげた話はない。
 一体何のコントだというのか、これじゃあまるでベタベタの幽霊じゃないか。
 しかも幽霊といえばあれだ。あの頭につける三角のやつ。名前は知らないがもしやそれ
もついているのでは、と目をやると――あった。白く小さな額を覆うように、ちょこんと
可愛らしくそれがついている。俺はたまらずに吹き出した。

「お前、もしかして幽霊なのか」
「そうよ、何か可笑しい?」

 腰に両手をあててむすっとしている少女だったが、はっときづいたように窓の外へ目を
やると、がくりと顔を落とす。ずいぶん落ち着きのない幽霊だな、なんて思っていると、
やがて気落ちしたような声を漏らした。

「もう、いいわ……」
「何が」
「もう間に合わないから」
「だから、何がさ」

 笑いを堪えながら聞き返す俺の前で、少女は行儀正しく膝の裏へ手を回し、白装束を
折りながら静かに正座をした。

「私は夜々重」
「ややえ?」
「そう、享年15歳」

 俺は再び吹き出した。

「どうせ遅刻だからさ、もう、今日は学校休むことにする」
「お前は俺を笑い殺すつもりか」
「……ねえ、さっきから本当、失礼にもほどがあるわよ」

 少しだけ冷たいその言い方に、俺は何かうすら寒い気配を感じて我に返った。確かに
夢とはいえ、幽霊とはいえ。こんなに笑っちゃあ悪いのはこっちだろう。

「ああ、悪かったよ。俺の名前は――」



卍 卍 卍



 夜々重と名乗る幽霊は生きた人間と話すのが久しぶりらしく、それからしばらくの間
続けられた会話から、物言いは高飛車でもどことなく愛嬌のある幽霊であることが伺えた。
 こいつは頭の後ろに巨大な鈴を付けており、それは一体なんだとか、かわいいでしょ、
みたいなやりとりも、結局何か分からずじまいだったが心潤わすものがある。

 これが夢でなければ、まあなんと言うか、素敵な出会いというものに分類してもいいの
かもしれない。
 ひとしきり話すネタも尽き、訪れた静寂。窓から差し込む眩しい月明かりが、夜々重の
ほころんだ唇をきらきらと輝かせている。

「じゃあ、そろそろ私行くね」

 この頃になると俺は夜々重と別れるのが少々名残惜しくなっていて、それは大変に非現実
的な感情であるにも関わらず、なんとか長い間この夢を見続けていたいと感じはじめていた。
そして、彼女を引きとめようと口を開こうとした時、それは起きた。

「なあ、もう少しだけ……」

 首が熱い。

「こ、ここに……いてくれ……な」

 焼けるように熱い、息が出来ない。

「どうしたの!」

 苦しさのあまりうつむいてしまった俺の背に、夜々重の冷たい手が触れるのを感じた。

「なにか病気? ど、どうしよう!」

 慌てる夜々重の声、そんなもの患ってない。ただ、首が。首が燃えるように熱い。
 視界の端を闇が侵食し始め、みるみるうちに何も見えなくなる。暗闇に閉ざされた感覚
の中、ぱらぱらと何かをせわしくめくる音と、夜々重の焦った小声だけが響き渡っていた。

「あ、これだ……ええっと。大丈夫、ゆっくりそのまま」

 恐らくは俺に向けられているのだろうその言葉を頼りに、まるで冷たい鉄の塊に圧縮
されていくような苦しさに身を委ねる。俺は一体どうしちまったんだろう。

「苦しいけど頑張って、身体は無理に動かさずに。大丈夫だから」

 心の中で「ああ、わかった」と答える。

「心配しないで」

 心の中で「ごめん、なんか急に」と答える。

「私が助けてあげるから……」



卍 卍 卍



 深く、暗い海の底から急浮上していくような、止めることのできない眩しさが、凄まじい
速度で身体を貫いていく。

 それは永劫かと思われるほど長い、ほんの一瞬だったのかもしれない。とてつもなく長い
夢から覚めた、とてつもなく短い時間。

 取り戻した視覚が彩る世界は、相変わらず真っ暗な部屋の中で、俺の記憶の残るままに
正座をしている夜々重の姿があった。

「大丈夫?」
「あ、ああ……、何だったんだ? 今の」
「いや、その……ね」

 何か動揺したようなばつの悪そうなひきつった笑顔をたたえながら、夜々重は黒い手帳
を差し出してきた。
 表紙には「死徒手帳」と小さな箔押しがされている。

「死徒手帳?」
「死んでるから、私」
「ああ、生徒手帳みたいなもんか」

 折り目を付けて開かれた内容は次のようなものだった。

《私たち幽霊は、生きた人間と長い間接していると、本人の意思に関わらずその「呪い」
を人間へ付与してしまします。呪いの種類はさまざまですが、概ね私たちの死因に関わる
ものが多いようです》

「なんだこりゃ」

 手帳越しに視線をあげると、夜々重はそれに気づいて目を逸らした。
 どうも様子がおかしい。

「なんだっていうか、そのまま……なんだけど」
「はあ?」

《恨みのない人間に対して呪いを付与することのないよう、十分に気をつけましょう》

「なるほど、幽霊と長い時間一緒に過ごすと呪われちまうってことか」
「ご、ごめん。そんなのすっかり忘れてて……驚かないの?」

 ふんと鼻を鳴らして、俺は続きに目をやった。

《誤った呪いを付与してしまった場合、速やかに担当教師に報告し、その後閻魔大帝もしく
はその親族と相談のうえ、解呪申請を提出してください》

「閻魔大帝だってよ」
「私みたいな低級霊じゃ、そう簡単には会えないんだよ」

 夢というのが、その人間の想像力や発想力から創られるものならば、俺はなんと現代
社会に汚染された夢を抱いているのだろう。まるでニュースで報道されている役所みたい
ではないか。

「いいじゃねえか、地獄に殴りこみだ!」
「ねえ、本当に分かってる? 悪いのは確かに私だけど、これって大変なことだよ?」
「分かってるって!」

 笑いつかれて深呼吸する俺のすぐそばで、ごとり、となにか倒れる音がした。

「あ」
「あ? あってなんだよ」

 白く細い指が、震えながら示す先。
 苦悶の表情で目を見開く、俺が倒れていた。

「俺じゃねえか」
「う、うん」

 俺の目の前で、俺が死んでいる。

 この時、もしやこれが現実だったらという、とても不吉な予感がした。
 もちろんそんなことはないのだろうが、笑いが込み上げてくることもなかった。

「なあ、夜々重」
「なに?」
「これ、夢だよな?」

 ごくりとのどが鳴る。

「なに言ってんの?」

 怪訝な顔を向ける夜々重の頭の後ろで、あの大きな鈴が、がらんと大きく鳴った。



卍 卍 卍



 きっとこの先、素敵な出会いが俺を待っていて、楽しい人生になる。
 ほんの数時間前までそんな風に考えていた俺を待っていたのは、

 夜々重と名乗る変な幽霊との出会いと、人生の終着駅だった。


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